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S女小説「インテリア企画室の鬼女様達」

S女小説「インテリア企画室の鬼女様達」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

ホームページ制作業を営む男が、女性クライアントに虐め抜かれる物語「女性様、どうか私にお仕事を」シリーズ第二話。

澤田ホームページ制作室の売り上げが向上しないのは、ひとえに澤田伸吾の怠慢にある。妻であり社長である涼子は、そう決めつけ、彼に厳しく激しい指導を行う。女帝の命による不毛な営業回りの末、伸吾はネイルサロンの店長岸野冴子の紹介で、ようやくインテリア企画室のホームページ制作を請け負えることになるのだが、そこでも彼を待ち受けてるのは、困難に次ぐ困難、暴力に次ぐ暴力であった。女性のストレス解消玩具として、不器用で臆病な中年業者は精根尽き果てるまで陵辱されていく。

第一章 女性室長の横暴と誘惑

第二章 女性チーフの屈辱指導

第三章 新人女性の衝撃的変貌

第四章 嗜虐の恍惚に潤む乙女

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プロローグ

「どうしようもないね、こんなんじゃ」
 ソファの澤田涼子は、苛立つように帳簿を脇に放る。
「す、すみません……」
 夫の伸吾は、妻であり事務所社長である彼女の足元に正座させられ、小さい身をいっそう縮めている。
「目標達成どころか、ここんとこ毎月下がってきてるじゃない。もう十月だよ。終わっちゃうよ、今年」
 澤田ホームページ制作室の女社長は、唯一の社員で部下である夫を厳しい眼差しで見据えた。
「は、はい……」
 あまりに強い視線に伸吾は思わず目を伏せる。目の前には素足に突っかけたグリーンのサンダル。今日の彼女は、紺色のワンピースで、胸の大きな膨らみの上には、シルバーのネックレスが掛かっている。伸吾の目線は妻の胸元まで上がって、そこで止まる。五つ年下の彼女とまともに目を合わせることができない。
「ちゃんと見なさいよ、こっち」
 強い口調でそう言われて伸吾は妻の顔を見上げる。ややボリュームのある唇に朱色のルージュを引いた美人は、ゆるいウェーブの掛かった栗色の髪を鎖骨にふわりとかかるくらいにセットしている。
「あ、あと残り三ヶ月、今年の売り上げ目標に向けて、一生懸命、頑張りますので……」
 夫から妻への敬語は、もはや二人の間でまったく違和感のないものになっていた。
「どうがんばるのよ」
「え……あ……」
「煙草取ってきて」
「あ、は、はい……」
 伸吾が差し出したメンソールシガレットを一本抜くと朱色の唇で口にくわえ、彼に火を着けさせる。夫の顔へ向けてふーっと煙を吐き出すともう一度聞いた。
「ねえ、どうがんばるの? どうやったら、もっと受注が増やせるの?」
「は、い……」
「考えてんのかなあ、少しは」
 涼子の足からスリッパが落ち、素足のつま先が伸吾の額を小突く。
「ああっ……」
「少しは、ここを使わないと」
 妻の足の裏が、薄くなってきた伸吾の頭頂を二三度叩く。
「ごめんなさい、や、やります……ちゃんとやりますので、だからもう……」
 伸吾は泣きそうな顔で声を絞り出す。
「何よそれ、できてないから、言ってるんでしょ」
 涼子は強い口調で言い放つ。
「は、はい……すみません……」
「灰皿」
 伸吾はガラスの灰皿を取ってきて、妻に渡そうとする。
「持ってなさいよ」
 伸吾は膝立ちの姿勢で、ガラスの灰皿を両手に持ち、妻が灰を落とすのに備える。
「だいたいさあ、営業回りもしないで、仕事を増やそうって考え自体が甘いのよ。違う?」
「あ、は、はい……」
「回ってきなさい。飛び込み営業、今日からさっそく。そうね……一日五件は最低ノルマ」
「そ、それじゃ、作業ができなくなります……」
 ここのところ一段とやせ細った伸吾はガラスの灰皿を持つのも難儀な様子だ。
「やる仕事なんてたいしてないじゃないの。時間は作るものなのよ。五件でいいっていってるのよ。こんな緩いノルマないわよ。普通は」
 涼子は伸吾が持つ灰皿にポンポンと灰を落とす。
「あ、あああ……」
 営業の苦手な伸吾にはそれでも大きな重荷だった。
「何よ、何か文句あるの?」
「…………その……できれば……作業の方に専念したいので……営業の方は、社長の方で、お願いできないでしょうか……」
 迷った揚げ句に口に出した伸吾の懇願に、涼子はうっすらと笑みを浮かべる。
「え?」
 頭がおかしくなったのとでもいいたげに笑う。伸吾の背筋に冷たいものが走る。
「い、いえ……も、もちろん、私も少しはやります。営業も。なので、社長の方でもどうか……お願いできませんでしょうか……」
「ふっ……」涼子は鼻で笑う。「面白いこと言うわね、伸吾、お前……置いて、灰皿」
「あああ……すみません、ごめんなさい……」
「灰皿を置け。要らないのよもう」
 伸吾は妻の命令に従い、震える手でそれをそっと床に置き、元の膝立ちに戻る。
「口を開けろ、舌を出せ」
「しゃ、社長……りょ、涼子さま……」
 伸吾は許しを乞おうとするも、涼子の眼差しに圧倒され、口を開き、おずおずと舌を出す。差し出した舌の上に、紅いマニキュアの指が近づいてきてポンポンと灰を落とす。
「はううっ……」
「ねえ……この会社に対する私の役割は出資と管理。営業を含めた実際の仕事は、伸吾、あなたの担当。それ最初に言ったよね」
 そう言って涼子は、伸吾の顔に煙を思いっきり吐きつける。夫は思わず咳き込みそうになるのを我慢する。
 そんなこと言われただろうか。彼にははっきりした記憶がなかった。
「覚えてない?」
 もう一度火の着いた煙草が伸吾の口元に差し向けられる。彼はすぐさま口を開け、舌を伸ばす。
「あ、あい……」
「そう、じゃあ、思い出させてあげようか……」
 涼子はそう言うと、夫の舌の上で、火の着いた煙草を揉み消す。ジュッと音がして、伸吾の舌の上に刺すような痛みが走る。
「うううっ……」
「覚悟しなさい」
 涼子は吸い殻を夫の口の中へ捨てるとソファの背もたれにゆったりと背中をあずけ、長い脚を組み直す。
「革手袋。ブーツも」
「しゃ、社長……りょ、涼子さん……」
「聞こえなかった? 早く持ってこないと、もっと酷いことになるわわよ」
 伸吾は急ぎ玄関近くの棚から、指導用の革手袋と黒革のロングブーツを持ってくる。その間、こっそり口のなかの吸い殻をティッシュに吐き出し、ゴミ箱に捨てた。
 革が艶めく手袋を妻に渡し、「あああ……りょ、涼子さま、どうかお手加減を……」と震える声を出す。
「いいから、早くブーツ履かせな。また、いちいち言わせるの?」
「い、いえ、ただいま……」
 伸吾は床に這いつくばるようにして、涼子の長い脚に黒革ブーツを履かせる。ファスナーをチーッと上げる音が伸吾の恐怖心を煽る。
 今から年下の妻に、このブーツで嫌と言うほど蹴られ、踏みつけられるのだ。まるで家畜のように。いや、家畜だってそのような扱われ方はしないだろう。女主人の嗜虐心を満たすために、この家の奴隷である自分が奉仕させられるのだ。そうだ。まるで奴隷だ。
「思い出した?」
 涼子は、革手袋を装着しながら言う。
「は、はいっ、思い出しました」
 靴を履かせ終えた伸吾はすぐに答えて、女主人の顔色をうかがうようにして膝立ちになる。
「何を?」
 手足に革を装着した妻に強い口調で聞かれて、伸吾の頭は真っ白になる。
「あ、いえ……」
「何を思いだしたの? ねえ」
 涼子がソファから少し体を起こして、革の手で伸吾の胸ぐらをつかみ上げる。
「すみません……ごめんなさい……」
「謝ったって分かんないでしょ。ねえ、何を思いだしたのかって……」
 つかんだ胸ぐらをさらに締めてせり上げる。
「……うくううううっ……りょ、涼子さま……」
「また、口から出任せで適当な返事したのね……」
「……申し訳ありません……ゆ、許してください……」
 右の革手がさっと上がったかと思うと、伸吾の頬を激しく殴打した。
「あぐううっ……」
 胸ぐらを捕まれたまま叩かれたので、衝撃が頬から脳髄にまで伝わり、伸吾は一瞬脳震とうを起こしたような状態になる。キーンと耳鳴りがして、あとから痛みが追ってくるような感覚だ。
「お前が、営業も含めて全部やるっていうから、出資してあげたのよ。忘れたなんて言わさないわよ」
 この立場の相違は、涼子の親の遺産を原資とした夫婦間の財力格差が根底にある。
「あ、はいっ、そうでした。わ、私がやります……」
「だから、それは、今更じゃなくて、最初から決まってたことなんだよ。ねえ。お前、ちょっととぼけすぎじゃない?」
「も、申し訳ありません……」
「謝罪は聞き飽きたよ。立て」
 涼子は伸吾の胸ぐらを引き上げるようにして、自分も立つ。夫の両肩を持って、打ちやすい距離を取る。
「歯を食いしばれ」
 ブーツの脚を少し開いて、妻は夫に命ずる。
「りょ、涼さん……」
 夫は懇願の眼差しを妻に向ける。
「口で言ったって分かんないんだからしょうがないでしょ。歯、くいしばんないと、切れちゃうよ。口の中。いいの?」
 伸吾は慌てて奥歯を喰い締める。
 妻の平手打ちがいきなり頬に飛んでくる。
「はがうううっ……」
 二発、三発、四発、五発……強烈な往復ビンタがふがいない部下、情けない夫を襲う。
「ひいっ……あがあっ……あわああっ……ぐわううっ……」
 左右に打たれまくり、最後の一撃で、たまらず伸吾は床に崩れ落ち、女軍曹の足元にすがる。尖ったブーツのつま先が窓からの光を受けて妖しく光っている。
「はうああああああっ……ゆ、許してください……涼子さま……申し訳ございませんでした。私は、自分の責任を、りょ、涼子さまに押しつけようとしていました……」
 必死で懇願する夫を、妻は肩で息をしながら興奮の眼差しで見下ろす。続きのセリフを促すように無言で見つめる。
「りょ、涼子さま……ど、どうか、このブーツの脚で、私に、少し、気合いを入れてやってください……」
 伸吾は、この状況をなんとか最小限のダメージで乗り切れないものかと、あえてそう言ってみる。彼女の怒りがこの程度で収まらないのは明白だ。
「少し……じゃないでしょ、ねえ」
 ブーツの脚が上がって、伸吾の首根っこを床に踏みつける。
「あがあああっ……す、すみません……ど、どうか……お気の済むまで……」
 夫の申し出に妻は、「そう、じゃあ、遠慮なくやるわよ」と言い、脇腹にまずは一発目の蹴りを入れた。

第一章 女性室長の横暴と誘惑

☆ 一

「失礼します」
「どうぞ」
 ドアを開けてくれた女性は、伸吾をオフィスのなかへと招いてくれた。
「お忙しいところをすみません。はじめまして、ホームページ制作の澤田です」
 伸吾が戸川インテリア企画室を訪ねるのはこれが二度目である。一度目は、飛び込み営業だったが、そのときはスタッフを通じてすげなく断られた。室長の戸川真帆まほに会うのは初めてである。年齢は三〇を少し超えたくらいだろうか。いかにも上品で肌つやの良い美女は、スーツではなくて、クリエイティブな職業らしい、エキゾティックなワンピースドレスをまとっていた。
 伸吾が名刺を差し出そうとすると、戸川女史も執務机から名刺を持ってきて交換した。
「岸野先生にはお世話になっていまして」
 ネイルサロン店長の岸野冴子のことを伸吾はそのように呼んだ。このインテリア企画室は、彼女からの紹介だった。モデルハウスや住宅、オフィスのインテリアをコーディネートする専門事務所だ。室長の戸川真帆を始め、数名のインテリアコーディネーターが集う女性集団である。
「ええ、冴子から電話があって、とても真面目な方だって伺ったから。ごめんなさいね、一度はお断りしてしまって」
 真帆と冴子は高校時代の同級生とのことだった。
「いえ、こちらこそ、アポもなく、いきなり伺ってしまって。すみませんでした」
「飛び込みの営業訪問は基本的にとりあえずすべて断るよう言ってあるから」
「あ、ですよね……」
 このことは妻の涼子にぜひとも伝えねばと伸吾は思った。いかに自分に無駄な時間を使わせようとしているのか。もちろん、言い方には十分気をつけなければならないが。
「ホームページ、ご覧になりました? うちのいまの?」
「あ、はい……一応、拝見させていただきました」
「恥ずかしいわ。昔いたバイトの学生に作らせたんですけど、素人でしょ? やっぱり」
「あ、そ、そうですね。デザイン自体は悪くないと思いますが、いろいろと改善できるかと思います」
「そうでしょうね……あ、ごめんなさいね。お茶も出さずに。ちょっと待っててください」
「あ、いえ、お構いなく……」
 遠慮する伸吾を制し、真帆は席を立つと、手際よくお茶を入れて、持ってきてくれた。

「あ、良い香り……ジャスミンですか……」
「ええ、外寒かったでしょ」
「はい、温まります。ありがとうございます」
 なんだか心までポカポカとしてくるようだった。
 しばし話した後、「じゃあ、澤田さん。とりあえず、どんなホームページになるのか、簡単でいいので、企画と見積もり持ってきてもらえますか?」と室長。
「あ、はいっ、あ、ありがとうございます」
「あ、でもね、澤田さん……」真帆は少し申し訳なさそうな顔をする。「冴子の紹介だし、澤田さんにお願いしますって、ここで言ってしまいたいんだけど、実はよそからも提案をもらっててね……先週かな……」
 それを聞いて、伸吾はがっくりする。妻の顔が目に浮かぶ。この仕事が決められなかったら、どんな目に遭わされるのだろう。伸吾の衣服の下はすでに満身創痍だった。
「あ、あの……戸川先生……」
 伸吾は持っていたティーカップを皿に戻すと姿勢を正してテーブルに手をつき、頭を下げた。
「え、澤田さん……」
「ど、どうか、私にお仕事をさせていただけませんでしょうか……」
「ちょっと……澤田さん頭をお上げになって……」
「あ、はい……すみません……」
 伸吾が顔を上げると真帆の視線が飛び込んできた。顔が熱くなるのを感じる。
「もちろん、澤田さんの企画と見積もりがもう一社より良ければ、決めますよ……それでは、駄目なの?」
 そう言う真帆の耳のピアスがまぶしいほどにキラキラと光っている。
「もちろん、それでかまいません、いやそれが当たり前だと思うんですが……う、うちは妻が社長でして……」
 それを聞いて真帆は小首をかしげる。伸吾はこのあとを続けるかどうか迷っている。
「奥さんが社長さんなのね、それで? 差し支えなければ聞かせて。協力できるならばしたいから」
「あ、はい……」
 話せるだけ話そうと伸吾は思った。なんとかこの仕事をいただける約束が欲しい。
「ひと言で言うと、凄く怖いんです」
「怖い? 奥さんが?」
 真帆は思わず吹き出す。
「あ、いえ……」
 伸吾は恥ずかしさで首筋までが熱くなるのを感じる。
「ごめんなさいね。笑ったりなんかして。でも、分かるわ。そう言う家庭もあるわよね。でも怖いって言ったって、女性でしょ。きつくたしなめられるくらいじゃないの?」
「い、いえ……本当に厳しくて……」
「厳しいって、どういう風に?」
「先生、戸川先生……、あの、ここだけの話にしていただけますでしょうか……」
「ええ、もちろん。聞かせて」
 真帆は興味津々と言った面持ちになる。
「殴られます。相当に激しい体罰を受けています……」
 伸吾が真剣な眼差しで訴えるも、真帆は冗談でしょう、とでも言いたげに「ふっ」と鼻で笑い受け流す。
 伸吾は、「失礼します」と言うと、上着を脱ぎ、シャツを腕まくりして見せた。
「あっ」
 真帆は思わず声を上げる。伸吾の華奢な腕には無数の古傷と痣があった。
「反対の腕も、このシャツの中もです」
 伸吾は胸やお腹を指して見せた。
「そう、なんだ……」
 ありったけの同情を引き出せると思っていた伸吾は、真帆のいくぶん乾いた返事は意外に思われた。拍子抜けした。
「あ、あの……」
 ホームページ業者は、もう一度、テーブルに手をついて、頭を下げる。
「分かったわ、状況は……」
 そのとき初めて伸吾は、彼女の言葉使いが変わったのを悟った。今度は、下げた頭を上げろとも言われなかった。頭を下げたまま、彼女の言葉に耳を傾ける。
「奥さんが怖いから、社長さんが恐ろしいから、仕事くださいってことね」
「……は、はい……」
 伸吾はいったん顔を上げて返事をしたものの、真帆の視線の強さに圧倒されて再びテーブルを見る。
「だけどさ、それは、お宅の事情でしょ。ウチとそのことが何か関係があるのかしら? ねえ、顔を上げて」
「はいっ……す、すみません……」 伸吾は悲しそうな目で真帆を見上げる。「か、関係ありません……申し訳ありません……だけど……」女性から同情を引きだすための、いつもの表情をつくる。
「だけど?」真帆は毅然とした態度で業者を見据える。「奥さんに殴られるのが怖いから、なんとかしてください?」
「…………」
「澤田さん、ウチの仕事見てくれれば分かるけど、私、何事も中途半端はいやなのね。ホームページもきちんとやるなら、徹底的にやる。予算だって、ケチなことは言わないわ。質の高いものには高い値段がつくことは私たち自身が知ってますから」
「は、はい……」
 洗練されたこのオフィスのコーディネートを見ても仕事の高いクオリティは分かる。スティールの額縁に入れて壁に飾られている図面はどれも高精度で、芸術性すらあった。
「それなりの覚悟がある人にやってもらいたい。あなたにそれがある?」
 真帆は明らかに興奮している。伸吾は岸野冴子や妻の涼子に通じるものを彼女にも感じた。
「あ、ありますっ……先生、ございますっ……」
 伸吾はありったけの誠実さを目に湛えて訴える。
「本気でやれるって言うなら、考えてあげてもいいわよ」
 真帆は状況を楽しみながらも落ち着いた所作でお茶を啜る。
「も、もちろんです」
 伸吾はお茶を皿ごと脇へどかすと、テーブルにしっかり手をついて、今度は額がコンと音を立てるまで頭を下げた。
「お願いします……この通りです。戸川先生の仰る通りに……戸川先生のご指示に完璧に従って……最高のホームページをお作りしますので……ど、どうか……私にお仕事をお与えくださいませ……」

S女小説「インテリア企画室の鬼女様達」

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S女小説「ネイルサロンの女王様達」

S女小説「ネイルサロンの女王様達」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

ホームページ制作業を営む男が、女性クライアントに虐め抜かれる物語。

ホームページ制作業者、澤田伸吾のオフィスにある日、一本の電話がかかってきた。クライアントの病院で受付をしていた朝霧麻衣子という若い女性からだった。彼女はすでに病院を辞め、知人に誘われてネイルサロンの運営に新しく参加すると言う。そこのホームページを伸吾に依頼したいとのことだった。ちょうど売り上げが下がってきていた折で、伸吾は、妻でありオフィスの社長である涼子から尻を叩かれ、打ち合わせに出向く。待っていたのは麻衣子とサロンの店長姉妹の美女三人だった。幸福な仕事とつかの間喜んだ伸吾だったが、ほどなく美女達に駄目出しをもらい、妻にも厳しく叱咤される。仕事を手放さないために、伸吾は美女達の無理難題や欲望に応えなければならない。男の気弱な態度が女性たちのS性に火を着けてしまい、状況はどんどんエスカレートしていく。

第一章 与えられたチャンス

第二章 逆セクハラ・デート

第三章 美女の下で打ち震え

第四章 仕事が欲しいのなら

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一章 与えられたチャンス

☆ 一

「もうちょっと、しっかりやんないとさ。どうしようもないわよ、これじゃ」
「う、うん……頑張ります……」
 帳簿を見ながら妻の澤田涼子さわだりょうこが、夫の伸吾しんごにいつもの説教を始める。
「うん、じゃないでしょ」
「あ、はい……」
 仕事中は、夫婦ではなく社長と従業員の関係だ。そうするよう涼子から言われているので伸吾は彼女に対して敬語を使わねばならない。少々屈辱的ではあるがいたしかたない。
 長年、広告制作の会社に勤めていた伸吾だったが、五年前に独立してホームページ制作業を始めた。想像以上の苦戦を強いられるなか、二年前に妻が遺産相続したのを契機に彼女の提言で法人化した。妻の涼子が社長を務めるというのが資金を提供する彼女の条件だった。年齢のこともあり、再就職は困難だと思われた伸吾はそれを受け入れざるを得なかった。法人と言っても妻が社長で社員は彼ひとりだ。
「そもそも、営業に回ってるの?」
「い、いや……今のところは紹介で……」
 長年、制作畑でやってきた伸吾は営業は大の苦手だった。
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃないでしょ。こんな状態が続くんだったら、あたしいろいろと見ていくからね……」
 これまではどちらかというと放任していたが、そろそろめていかねばと、涼子は考えていた。
「わ、分かった。いや、分かりました……」
 月に一回の帳簿チェックですらプレッシャーなのに、これ以上干渉されてはたまらない。
「じゃ、じゃあ、仕事始めますので……」
 伸吾は妻に一礼すると、そそくさと社長の部屋を出て、自分の仕事部屋へ戻った。澤田ホームページ制作室は、マンションの一室だ。自宅の隣がちょうど空いたので法人化と同時に購入したのだった。

 伸吾がパソコンを立ち上げたと同時に電話が鳴る。
「朝霧ですけど、分かります?」
 声の主は思いがけない女性ひとだった。
「も、もちろんです。朝霧さん、いまどちらに?」
 澤田伸吾は、朝霧麻衣子まいこのことを思い出す。クライアントの個人医院で受付をしていた、二十六歳の美女だ。何ヶ月か前に、用事で医院を訪ねたときに先月辞めたと聞いてがっかりしていた。
「それなんですけど、ネイリストの知人がネイルサロンを開業するので手伝ってるんです。私もスタッフで入ることになってて」
「そ、そうだったんですね」
「ええ、で、ホームページを作りたいんですけど、知ってる人がいいなってことになって。澤田さんだったらって思ってお電話してみたんです」
「あ、ありがとうございます。ぜひ、よろしくお願いします……」
「よかった。じゃあ、店長に話してみますので、打ち合わせの日程はまた改めて相談しますね」
「はい。了解しました。ありがとうございます……」
 電話を切ると、背中に気配を感じた。
「新規?」
 妻、いや、社長の涼子が伸吾の後ろに腕を組んで立っていた。社長とは言っても彼を監督するだけなので、スーツなどかしこまったものではなく、ブルーのワンピース姿だ。それでも長身美人の彼女が着ると、上に立つ人間としてのオーラが伝わってくる。伸吾は思わず圧倒される。
「ええ、あ、はい、社長。ネイルサロンさんからホームページ制作の依頼です。須賀医院さんからの紹介で」
 伸吾はなぜか受注のいきさつを詳しく話す気にはならなかった。特に朝霧麻衣子のことは黙っていようと思った。
「あ、そ。頑張って作って」
「は、はい……」

 一週間後、澤田伸吾は、電車で一時間ほどの街へ、打ち合わせに向かった。
「は、はじめまして、澤田と申します」
 喫茶店で彼を迎えてくれたのは、朝霧麻衣子と店長の岸野冴子きしのさえこ、そして冴子の妹、陽子だった。
 いきなり三人の美女を前にして、伸吾は緊張した。朝霧麻衣子が魅力的な女性だと言うことは分かっていたが、店長の岸野冴子、そしてその妹の陽子も劣らぬ美貌の持ち主だった。美しさに加えて、岸野姉妹は長身でもあった。年齢は朝霧麻衣子が二十六歳、岸野冴子が三十二歳、妹の陽子が二十四歳だった。伸吾の胸が年甲斐もなくときめく。
「麻衣子ちゃんから、ある程度のことは聞いてると思いますけど、ざっと説明しますね」
 名刺交換や簡単な自己紹介のあと、店長の岸野冴子は、そう切り出した。切れ長の目が魅力的な美人である。朝霧麻衣子が色白で清楚な、いかにも女性らしい魅力だとしたら、店長の冴子は背も高く、目鼻立ちがくっきりして、シャープなイメージがある。濃いフェロモンとともに芸術家のような強い気を発していた。畏怖も多少感じたが、初対面ということもあって物腰そのものは柔らかだった。妹の陽子は、年齢通りのフレッシュな魅力にあふれていた。面立ちは姉に似ているが褐色肌の健康そうな美人だ。これまではマンションの一室を使って岸野姉妹で口コミだけでやっていたのだが、スポンサーが新しくついたのでサロンを戸建で新築して開業することになったらしい。

「了解しました。オープンは二ヶ月後ということですね」
 伸吾は冴子に確認する。
「ええ、間に合います?」
「すぐに取りかかれば、大丈夫だと思います」
「そうですか、じゃあ、まずは見積もりをお願いします」
「あ、はい……分かりました」そう言いながら、伸吾は妻の顔を思い出した。この仕事はなんとしてもものにしなければならない。彼女にこれ以上あれやこれやと口出しされないためにも。
「あ、あの……岸野店長、もしよろしければ、サーバーの準備など始めててもよろしいでしょうか……」
「サーバーって?」
 朝霧麻衣子が尋ねる。
「は、はい……ホームページを格納するコンピュータを、レンタルなのですが、早めに準備した方が、確実にオープンに間に合うと思いまして……」
 伸吾は、はったり混じりの説明を素知らぬ顔で行った。
「そうね。じゃあ早めにやってもらっとくか……」
 店長の冴子が独り言のように言ったが、妹の陽子がすかさず口を挟んだ。
「お姉ちゃん、他にも見積もり取ってたんじゃないの?」
「あ……そうだった。澤田さん、悪いけど、それはちょっと待っていただけます?」
「あ、はい……すみません、ちょっと、先走ってしまって……分かりました……」
 伸吾は少々ばつが悪い思いをして、愛想を含んだ笑みを美女達に振りまいた。
「ごめんなさいね」
 朝霧麻衣子に冷静な目でそう言われ、伸吾は穴があったら入りたいほどだった。その目はまるで、私に恥をかかせないでよとでもいいたげであった。伸吾は一瞬、背筋に寒いものを感じた。

「どうだった?」
 オフィスに戻ると、さっそく妻の涼子が報告を求めた。
「うん、あ、いや、はい……おそらく大丈夫だとは思いますけど、あい見積もりになってるみたいで……」
「紹介じゃなかったの?」
「……のはずなんですけど……どうしましょう……」
「どうしましょう、じゃないわよ。とにかく企画と見積もりつくって、紹介してくれたひとに、念押ししておきなさい……ところで誰からの紹介なの? 院長先生?」
「いや、それが……」
 伸吾はあまり隠してもよくないと思い、朝霧麻衣子のことを話した。
「うん、じゃあ、その彼女にうまいこと取り入って。きっちりものにしなさい」
 妻で社長の涼子は女性ばかりのクライアントということについては、特段、心配する様子もなかった。浮気するほどの甲斐性などないと思っているのだろう。彼女の興味は伸吾がきちんと利益を上げてくるかどうか、そのことにしかないようだった。

 その夜、伸吾はさっそく企画と見積もりを作成し、ネイルサロン店長の岸野冴子にメールした。スタッフで紹介者でもある朝霧麻衣子にもCC(同報送信)しておいた。
 しかし、それから一週間、彼女たちからなんの反応もなかった。

「どうなってるの? ネイルサロン」
 今日も妻で社長の冴子が尋ねてくる。
「も、もうそろそろ、依頼がくると思うんですけど」
「だって、相見積もりとられてるんでしょ。そんな悠長なこと言ってていいの? そもそもメールはきちんと届いてるんでしょうね」
「……だと思いますけど」
「だと思いますけどお? そんな調子だから、いつまでたってもまともな売り上げが上がらないのよ。すぐに電話しなさい。今すぐにっ」
「は、はい……」
 伸吾は渋々、携帯電話を取り、少し迷って、店長ではなく、朝霧麻衣子の方に連絡を取ってみた。

☆ 二

「ごめんなさいね、正直言ってまだ迷ってるの」
 店長の岸野冴子が伸吾の目の前で、資料を比較しながらそう言う。今日は彼女たちが事務所として借りているマンションの一室に呼び出されている。冴子の左右には側近の二人、朝霧麻衣子と冴子の妹、陽子が座っている。
 一昨日、伸吾は麻衣子に電話したのだが、店長に直接会って話した方がいいんじゃないのと言われ、さっそくアポを取って出向いたのだった。
「あの……率直に言っていただいてかまいません。迷われてるのは、料金の問題でしょうか、それとも内容の方でしょうか……」
 伸吾は上目遣いで女性店長の顔色を伺う。この案件を絶対に取ってこいと、妻の涼子からは至上命令を下されている。
 伸吾の言葉を受け、冴子は苦い笑みを浮かべ、右隣の麻衣子の顔を見る。すると麻衣子が言葉を発した。
「店長、私に遠慮することないですよ、思ってること仰ってください」
「そう。じゃあ、言わせてもらいますね……率直に言って、どっちもです。もう一方の制作者さんより、料金が少し高めだし、内容も……その方は女性なので、よく私たちのこと分かってらっしゃるようで。もちろん、麻衣子ちゃんの紹介だから、お宅にお願いしたいのはやまやまなんですけどね……」
 想像以上に強い球を投げられ、伸吾は焦った。
「あ、あの……料金はご都合にあわせます。内容も、皆さんの……」
 店長の冴子が伸吾の狼狽ぶりを楽しむかのように微笑んで首をかしげる。
「あ、あの……皆さまのご希望に添えるよう、できる限りやりますので……」
「できる限り?」
 冴子がおちょくるように言う。
「い、いえ……ご要望に添えるまで……」
 伸吾は部屋の空気が急激に冷えていくような感触を覚える。
「澤田さん」朝霧麻衣子の顔から笑みが消える。「そういうときはさ、完璧にって言わなきゃ。完全に私たちの要望に応えてくれるんでしょ? じゃないんですか?」
「あ、は、はい……」
「何か、はっきりしませんね……」
 冴子がため息をついて、手に持っていた資料を机に放り出した。伸吾が朝方まで掛かってつくった企画書が無造作に散らばる。
「い、いえ……やります、やらせてください……皆さまの……」
「誰? 皆さまって……」
 麻衣子がすかさず口を挟む。その笑みには嗜虐的な趣が見て取れた。以前、病院の受付にいた頃には見せなかった表情だ。
「店長さま、朝霧さま、そして陽子さま……皆様方のご要望に添えるまで一生懸命やりますので……」
 思いも寄らぬ麻衣子の言動に戸惑いを感じながら、伸吾は緊張の声を出す。
「ホントに?」
 冴子が念を押す。
「は、はい……」
「うち、意外とサディスト揃いだから、マジで厳しいこと言うかもよ。いいの?」
 冴子の口調が明らかに変わった。脚を組み直し、伸吾を見下している様子だ。サディストという言葉を聞いて耳を疑ったが、冗談でもなさそうだった。
 伸吾の脳裏に、一瞬、ここまで言われるならば、断った方が良いかもしれないとの思いがよぎったが、妻の厳しい顔が浮かんでそれをかき消す。
「はい、分かりました……ど、どうか、よろしくお願いします」
「ふふっ……まだ決めてないわよ。これから、三人で話して近いうちに連絡するわ」
 冴子のセリフに、麻衣子が同意の笑みを見せる。彼女も伸吾を明らかに見下している。冴子の妹である陽子は、多少同情的な眼差しだ。彼女に取り入ることができれば、なんとかうまく進めることができるのではないだろうか、と伸吾は一条の光を見た気がした。
「す、すみません……早とちりしてしまいまして……では、ご連絡をお待ちしてますので……」
「その前に、見積もり出し直してよ。希望の金額はあとで伝えるから」
 店長の冴子が、ワンレングスの髪を触りながら言う。
「あ、は、はい……承知しました……」

「何やってるのよ、いったい」
 事務所に戻って事の成り行きを報告すると、今度は妻の説教が待っていた。
「ごめんなさい、思ったより気の強そうなお姉さん方で……」
「ふん、丁度良いじゃない。せいぜい鍛えてもらいなさい。そのお嬢さん方に。それとさ……事務所の掃除、もっときちんとならない? そう言うところにあなた出てるのよ。だから、いつもこんな展開になるわけ。分かるでしょ……」
「は、はい……」
 早く見積もりを再提出せねばと思いながらも、妻の小言を聞き終わるまではそれに取りかかることもできなかった。
「アタシの部屋も、きれいに掃除して……」
 冴子は社長室の部屋の掃除も伸吾に命令した。これまでは自分でやってくれていたはずなのだが、伸吾は次第に自分の立場が弱くなっているのを感じた。
「は、はい……」
「今すぐ」
「え、あ、あの……社長、ですが、先方様から、見積書をすぐ出すよう、言われてまして……」
「じゃあ、早くやんなさいよっ」
 涼子が声を荒げる。
「はいっ」
 伸吾は肝が縮む思いがした。

 翌日、朝霧麻衣子から伸吾に電話があった。
「礼の件、発表するわね」麻衣子はもったいぶってそう言った。「澤田さん、お宅に決まったわよ」
「あ、ありがとうございますっ」伸吾は電話の相手に頭を下げる。「……じゃあ、さっそく取りかかります。いえ、取りかからせていただきます」
「うん、よろしくね……」
 業者とはいえども年上の男性として敬意を示してくれていたかつての彼女はもういないようだった。
「あの、朝霧さん……」
「麻衣子でいいわよ」
「ま、麻衣子さん……店長さまにお礼にお伺いしておかなくてよかったでしょうか」
「そうね、ホントはしといた方がいいのかもしれないけど、彼女も設計士さんとの打ち合わせとかで忙しいから、私からよく言っとくわ」
「あ、ありがとうございます……助かります、麻衣子さん……」
「じゃあ、しっかり頼みますね、澤田ちゃん
「あ、は、はい……」
 伸吾は、病院の受付で彼女を初めて見た頃を思い出す。短大を出たばかりでとても初々しかった。あの色白美女に、ちゃん呼ばわりされる日が来るとはよもや思わなかった。

 さっそく伸吾は、ホームページの制作に取りかかった。女性向けのサイトはあまり経験がないので不安だったが、二週間ほど掛けて、なんとか形にした。朝霧麻衣子に連絡を取る。
「いつ、お持ちしましょうか?」
「ちょっと待ってて」
 受話器の向こうで話し声が聞こえる。店長の冴子と相談している様子だ。
「とりあえず、メールで送ってって。その後、打ち合わせしよ」
「あ、はいっ、承知しました」

 サイトの完成ファイルをクライアントの女性たちに送り、伸吾は返事を待ったが、三日経っても四日経っても音沙汰がなかった。
「そろそろ、電話してみたら」
 妻の涼子にそう促され、伸吾は憂鬱な気分で麻衣子に電話を掛けた。
―――厳しいクライアントさまでなければ、あれほど魅力的な女性もいないのに……
 そう思いながら、彼女が出るのを待つ。
「はい……」
「あ、麻衣子さん、澤田です……い、いま大丈夫でしょうか……」
「ええ……」
「メールの方、見ていただけましたでしょうか……」
「あ、ああ、うん……」
 彼女の反応に不安になる。
「い、いかがでしたでしょうか……」
「うーん、ちょっとピンとこないかな……」
 いきなりそのように言われ、伸吾は一瞬言葉に詰まった。しかし、決済をするのは店長のはずだ。
「店長さまは、ご覧いただけたんでしょうか」
「もちろん、見てるわよ」
 麻衣子は明らかに不機嫌な声でそう言った。伸吾はしまったと思った。彼女をないがしろにするつもりで言ったのではないのだったが、女性に接するときは言葉使いに細心の注意を払わなければならない。しかし、店長の冴子がどう思うかが一番大切であることには変わりない。なにしろ、決裁者なのだから。
「店長さまの方は……」
 伸吾は気を振り絞るようにしてもう一度尋ねてみた。麻衣子は、「ちょっと待って」と言い、受話器の向こうで何やら近くにいる女性と話している。店長の冴子がそばにいるようだった。
「今日、こっちにこれる?」
「きょ、今日ですか……」
 人に会う用事はなかったが、作業するつもりだった。夕方から夜にかけてつぶれるなら、徹夜確定だ。麻衣子は無言で伸吾の返事を待っている。女性たちが譲歩する気配はみじんもなかった。
「は、はい……承知しました……伺います」
「……」
 肝がきしむような沈黙があった。
「あ、う、伺わせていただきます。すみません……」

 

S女小説「ネイルサロンの女王様達」

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S女小説「娘の奴隷に堕ちるまで」

S女小説「娘の奴隷に堕ちるまで」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

妻の下僕に成り下がった揚げ句、実娘の奴隷として生きるに至った男の物語。

妻の香澄に養われ、主夫として生活している湯村郁夫(45)。彼ら夫婦には、兄妹二人の子供がいた。妹の真由美は小学校五年生にしてすでに中学一年生の兄より背が高く力も強かった。真由美は母親から受け継いだ心身の恵みを成長とともに次々に花開かせていく。長身、美貌、知性、そして類い希なる嗜虐性を……。真由美の残虐な天質の矛先は次第に実父へと向かっていく。

第一章 十一歳、目覚めの春

第二章 十五歳、気づきの夏

第三章 十七歳、好奇心の秋

第四章 十九歳、嗜虐の冬

本文サンプル

第一章 十一歳、目覚めの春

☆ 一

「何やってんの?」
 小学校五年生になったばかりの真由美が兄、康夫の部屋に入っていく。真由美は腰まである長さの髪を水色リボンのついたバンドでアップにまとめ、大きなハートマークのついた赤い長袖Tシャツを着て、デニムのミニスカートを履いている。
「な、なんだよ。勝手にはいってこないでよ」
 中学校一年生の康夫は、すでに自分よりも背の高い妹に抗議する。早くも身長百六十センチを超えようとしている真由美に対して、兄、康夫の方は、まだ百五十センチほどしかなかった。
「あ、何、いまのそれ? 背中に隠してるの見せてよ」
 母親譲りの整った面立ちが初潮の始まりとともに大人びた気配を現し始めている。
「な、何でもないよ。出てってよ」
「見せなさいっ」
 大きくて力の強い真由美が康夫にのしかかっていく。兄が背中に隠していたのは、真由美が低学年の頃買ってもらって、いまでは見向きもしていないテディベアのぬいぐるみだった。

「どうして私の人形があんたの部屋にあるわけ?」
 真由美が康夫の腹の上に馬乗りになって責める。
「ねえって」
 康夫の両手首を押さえつけ、顔を近づける。
「ううううっ……ご、ごめん、返すから……」
「そんなの当たり前でしょ。どうして盗んだのかって聞いてるの」
 ピンクの色つきリップクリームを塗った真由美の唇はかすかに艶を放っている。
「……ぬ、盗んだなんて……ちょっと借りただけだよ……」
 妹のあまりの剣幕に兄は萎縮する。
「ドロボウ。康夫、お前は盗人ぬすっとだよ……」
 妹は気弱な兄に嗜虐心を抱く。
「そんな……ひどいよ……」
「ほら、もう泣きそうな顔してる……泣き虫……」
「お願いだからもうやめて。真由美ちゃん……」
「やめないわよ。懲らしめたげる。ドロボウの泣き虫はこうやってね」
 口をすぼめた真由美の口から唾液が康夫の口に向けて垂らされる。
「うぷうっ……わあああっ……や、やめてえっ…………真由美ちゃん、お願い……」
 首を振り必死にもがくも、ひ弱な兄の力では妹の体を押しのけることなどできない。
「だめ、罰だ。康夫、まっすぐ上向いて、口開けて……」
「や……やめて……」
「口開けなって」
 真由美は康夫の両腕を太股で挟み込んで動けないようにする。
「ううううっ……い、痛い、止めて、真由美ちゃん……」
「あんたが抵抗するからでしょ。ほら、こっち向きなさい」
 康夫の顔を両手で包み、きっちり正面を向かせる。
「口を開けなさい」
「うううううむむむううっ……」
―――そんな……唾を飲ませるなんて……
 康夫の口は閉じたままだ。
「ふっ、開けなさいよ、その可愛いお口をさ」
 真由美は兄の頬に両手の親指をあててゆっくりと力を込めていく。
「うわあああああ……」
 康夫の口が無理矢理開かされる。
「ふふふ……小鳥さんみたいだね」
 真由美はそう言うと、もう一度自分の口をすぼめ、唾液を兄の口を狙って垂らす。泡立つ妹の唾が一直線に兄の口へと入っていく。
「ううううう……」
 康夫の目から涙がツーッとこぼれていく。
「ほら、またそうやって、すぐに泣く。涙流したって許さないよ。悪いことしたのは、あんたの方なんだから」
 真由美は自分の方が体が大きくて強いことが分かってからは、康夫のことを「お兄ちゃん」と呼ぶのをやめた。それと同時に康夫は「真由美」と呼んでいたのを「真由美ちゃん」と言うようになった。真由美が命じたのだ。強いものが勝ち、権威を振るう弱肉強食。それは子供の世界とて同じことだ。
「飲みなさい」
「うう……」
「私の唾を飲み込むの。ごっくんって」
 少女の目に興奮が宿る。
「の、飲んだよ……」
「嘘言わないで。喉が動いてないじゃない。ほら、ごっくんって飲み込むのよ。もう一回垂らそうか?」
「わ、分かった……飲むから、真由美ちゃん……」
 康夫は鼻を啜ると真由美に分かるように喉を動かし、彼女の唾液をを飲み込んだ。
「どう? 私の唾のお味は?」
「そ、そんなの…………」
 美味しいわけがない。康夫は鼻をぐずつかせながら、抗議の表情を見せる。
「汚いわね、あんたは。中一にもなって子供なんだから」
 真由美は手の届くところにあったティッシュを一枚取って、康夫の顔に押しつける。
「ほら、しゅんって、かみなさい」
 康夫は母親に赤ちゃん扱いされたような気持ちになり、少し憤るも、体の大きな妹には逆らえず、言われた通りに振る舞う。
「汚いなあ」
 真由美はペーパーを丸めながらまたもや嗜虐的な気分になる。母親から受け継いだ血は争えない。
「自分のものはちゃんと自分で始末しないと。ママにもそう言われたよね」
 真由美はそう言いながら、丸めたティッシュを康夫の口に突っ込む。
「うぷうううっ……やうぇえええっ……」
 思わぬ真由美の攻撃に康夫は目を白黒させながら、またもや涙をポロポロと流す。
「ふふっ……よおし、お仕置きだ」
 自分より小さくて色白の兄を虐めたい気持ちがさらに高まってきて、頬を一発平手打ちしてみる。
―――はうっ……ああっ……
 康夫が信じられないと言った顔で真由美を見つめる。
「何よ、その顔は。叩いたのよ。私が、あんたを。なんか文句ある?」
 真由美はそう言ってさらに少し強めに今度は手の甲で反対の頬をつ。色白の頬がみるみる桃色に染まっていく。
「面白い。赤くなっちゃって……でも、康夫、お前が悪いんだよ。人の物勝手に盗ったりするから。そもそも人形が欲しいなんて、まるで女の子じゃん。ねえ、そうでしょ」
 ティッシュを詰め込まれ苦しそうにする兄の頬をもう一回打つ。
―――あうっぐううううっ……
 さらに反対からもう一発。
「ひいいい……は、はゆいひゃあん……」
「何それ、何言ってんのか分かんない」
 真由美は冷笑を浮かべながら、二歳年上の兄の頬をかまわず殴打する。
「ま、真由美ちゃん、も、もうそのくらいで……」
 突然大人の男の声がそう言った。父親の湯村郁夫ゆむらいくおだ。さきほどからドアを少しだけ開け、子供たちの様子をこっそりと覗いていたのだ。
「何よ、パパ。勝手に覗かないでよ」
 真由美は一瞬驚いたものの、郁夫に注意されたからと言って、すぐに尻の下の兄を解放してやろうとはしない。
「入るよ」
 郁夫はそう言って、息子のそばに近寄り、とりあえず口からティッシュを取り出してやる。
「いつから覗いてんのよ」
「い、いまだよ。何だか騒がしかったから……」
 真由美が部屋に入ってすぐにそっと扉を開けて様子を伺っていたとは言わない。
「ひとのこと勝手に覗き見して。ママに言いつけちゃうよ」
 郁夫が妻の香澄、つまりは真由美の母親にすっかり頭が上がらないのを、真由美は薄々感じている。特に彼女の生理が始まってからは、香澄は彼女の前で郁夫にあからさまに強い態度を見せるようになっていた。
「覗き見じゃないよ。喧嘩して怪我でもしたら大変だから……」
 父親は娘をなだめるようにして言う。
「喧嘩なんかじゃないわ。私が注意して懲らしめてんだから。康夫のことを」
 娘はひるむ様子もなく訴える。
「真由美ちゃん、お兄ちゃんに、そんな言い方したり、上に乗ったりしちゃよくないよ。女の子なんだから……」
 郁夫は困惑ぎみに娘を諭す。
「そいうの嫌いだな。関係ないじゃん。こいつそもそも私の人形盗んだんだよ。だからこうやってんの」
 真由美は尻を少し浮かすと、ドスンと康夫の胸の下あたりに落とした。
―――あうううううっ……
「ちょ、ちょっと真由美ちゃん、も、もうそのくらいで、許してあげて……ね……康夫も反省してるみたいだし……そうだよね……」
 郁夫は長男の方を向いて言う。すぐに彼も頷く。
「ホントにいぃ?」
 もう一度尻を浮かして、ヒップアタックする。
―――くううううううっ……
 康夫は妹の攻撃を受け、ごめんなさいを言わねばと思うが、父親の手前、歯を食いしばって耐えている。郁夫はまるで自分を見ているようで息子のことがいっそういじましくなる。
「真由美ちゃん、パパからも謝るから、もう、許してあげて……この通り……」
 康夫は十一歳の娘に対して正座し頭を下げる。
「そう……パパが、そこまでやるなら、今回だけは許したげる。でも、康夫、次やったら、これくらいじゃすまないからね。分かった?」
 真由美の澄んだ瞳に見据えられ、兄は何度も頷く。

☆ 二

「は、はい……分かりました。すぐに行きます」
 二人の子供の父親で、なおかつ主夫でもある郁夫は妻からの電話を切ると壁の時計を見上げた。午後十時を過ぎる頃だった。外で働いていただいているご主人様、妻の香澄かすみを迎えに行かねばならない。彼女にしては早い方だ。郁夫は着替えを済ませて、息子と娘の部屋をそれぞれ覗く。二人とも小さな寝息を立ててすやすやと眠っているようだった。
 車を運転して繁華街へと向かう。
 指定された居酒屋が見える位置に車を駐め、妻の香澄に電話をする。郁夫は駐禁の取り締まりに冷や冷やしながら十分ほど待たされる。
 遅い時間にもかかわらず、多くの人々で賑わっている。特にOLたちの姿が目につく。近頃は男性よりも女性の方が外食や飲みごとに積極的なようだ。
 それにしても外でお酒を飲むなんていつからしてないだろう。そんなことは夢のまた夢だ。それが大げさに聞こえないくらい、郁夫は妻の香澄に厳しく管理されていた。それは主夫の立場上、いた仕方がないことだとも思っている。
―――コンコン……
 ついうとうとしていると助手席のガラス窓が叩かれる。ベージュ色のスーツを着た長身女性が立っている。妻の香澄だ。三十九歳にしては若々しい美貌とプロポーションを保っている。郁夫は慌てて車を降り、彼女の方へ回る。車のドアを開けるのは郁夫の仕事だ。
「何ボーッとしてんのよ」
 ほんのりと頬を染めた妻の後ろにさらに顔を赤くした若い男性が立っている。郁夫がハッとしていると香澄が拳を握って上げたので、男性の手前恥ずかしかったが、やはりいつものように頭を差し出す。お約束のように頭に拳が振り下ろされるが、今日は愛人が見ている手前か、心持ち打ち方が軽かった。
「ご、ごめんなさい……ちょっと考え事をしていて」
「ふっ……大したこと考えもしてないくせに。少しはお金になることでも考えたら?」
「あ、は、はい……」
「ほら、でしょ」香澄は若い男性を振り返って言う。「こんなこと言われてもさ、気の利いたひとことが返ってこないのよ。馬鹿だから」
「いえ、そんな……」
 若い男は苦笑いしながら郁夫に申し訳なさそうにする。郁夫の方も彼のことがまともに見られず、妻に手をあげられ、こき下ろされた恥ずかしさにうつむく。
「彼も送ってくから、後ろ開けて」
 妻は夫に平然と非情な命令を下す。
「は、はい……」
「いいですよ。湯村課長、そんな……僕はタクシー拾いますので」
 妻の部下は恐縮する。
「そんなこと言わないでよ」若い部下に対して彼女は甘え声を出す。「乗ってかないと、評価下げるわよ」さらには冗談ぽく付け加える。
「わ、分かりました。業務命令であれば」若い部下は罪の意識から逃れるようにそう言う。「じゃあ、御言葉に甘えて……すみません……」
 男は郁夫に本当にすまなそうに頭を下げる。
「いえ、いいんですよ、大丈夫ですから……うちはこれが普通なので、気にしないでください……さあ、どうぞ……」
 郁夫は後ろのドアを開ける。
「失礼します、すみません」
 若い男が先に乗り、妻が続く。ドアを締めると後ろから婦警が近づいてくるのが見えた。郁夫は慌てて運転席に戻り、とりあえず車を発進させる。
「何よ、慌てまくって」
 早速妻のクレームが飛んでくる。
「ごめんなさい、駐禁の婦警さんがいたもので……」
 それに対してなんの反応もなかったので、郁夫は彼女の部下に向けて「どちらまで?」と聞いた。なんだか本当にタクシーの運転手になったような気分だった。部下は申し訳なさそうにして郁夫に自宅の場所を告げる。
「だいぶ混んでるようなので、少しかかるかもしれませんけど、ごめんなさい」
「いえ、とんでもないです」
 繁華街の渋滞を抜けるのにしばらく時間を要しそうだった。
「いいじゃない、そんなに慌てて帰らなくても」
 香澄が右手を部下の太股にそっと載せ、ゆっくりと撫でるように動かす。
「あ……」
 男は信じられないというふうに彼女を見る。会社での清楚で凜とした女性課長とは別人の湯村香澄がそこにいる。確かにこれまで二度ほど、この女性課長と体を重ねたが、まさか旦那が運転する車の後部座席でこのような行為に及んでくるとは思わなかった。今宵居酒屋で語っていた話は冗談ではないようだ。すでに女性課長の手は男の股間まで伸びてきている。
「あ、か、課長……」
 うわずった男の声を聞いて、郁夫は思わずバックミラーを見てしまう。焦る部下と挑発的にこちらを見る妻の表情がそこにある。彼女は目で、郁夫にこう言っている。
―――そう、そのままずっと見ていなさい。今から私たちがすることを。これは命令だから。目を背けたりするとあとで酷いよ……
 天が彼女の言葉を支援するように、渋滞はほぼ車を静止させていた。そのおかげで郁夫はバックミラーを注視できる状態にあった。
「ねえ、こっち見てよ。私を見て」
 香澄は部下の顔を両手で挟むようにしてこちらに向けさせた。
「か、香澄さん……」
 男は動揺のあまり、思わずそう呼んでしまう。
「ご主人が見ている前で、いくらなんでも……」
 若い部下は香澄の耳元でささやくように言う。
「いいんだって。夫は私に酷いことされるのが好きなんだから。言ったでしょ、さっきも」
 香澄がそう言って唇を部下の唇に重ねる。バックミラーには二人の横顔が重なって映っている。郁夫はそれを堪え忍ぶようにして見ている。後ろからクラクションが軽く鳴らされ、車を前に詰める。
 郁夫が視線をバックミラーに戻すと香澄が男の口のなかに舌を差し入れていた。男はもはや観念して彼女にされるがままになっていた。自分から積極的にならないのが郁夫への申し訳なさ、もしくは彼が本来持つ誠実さのように見えた。しかし、そのような彼の態度が、かえって香澄の好色を際立たせる。
 香澄は朱色に艶めいた唇で若い部下の唇を貪る。くちゅくちゅと郁夫に聞こえるように音を立てる。思わず視線を背けたくなるような、なんともいやらしいディープキスだ。エロスに満ちた接吻をしながら香澄は華奢な男の体を折れるほどに抱きしめる。
―――くううううっ……はあああっ……
 思わず若い男は声を漏らす。女のあえぎ声のようなか細い声だった。香澄は長い舌をねっとりと男の口に差し入れながら左手を下げていく。その長い指は男のズボンにたどり着くと、ジッパーの金具を親指と人差し指でつかむ。そして、それをゆっくりと下ろしていく。
「ああっ……香澄さん……か、課長……そ、それは……だ、だめです……」
 思わず男は唇を外して、口走る。
「いいのよ、黙って私にまかせなさい」
 エメラルドブルーのマニキュアが光る香澄の左手は男のズボンを通過し、パンツの割れ目に指を入れると、あっという間に彼の肉竿をつかむことに成功した。
「なによ、こんなに大きくしちゃって。お口で言ってることとずいぶん違うじゃない」香澄は悪戯っぽく男に微笑む。「この子の方が正直みたいね」
 そう言うと線の細い男のものにしてはずいぶんと立派なそれをズボンの外へ引っ張り出し、握りなおすと親指の腹で鈴口をいやらしくこする。
―――はああうっ……
「……こんなに、おつゆも出しちゃって……したいの?……」
「や、やめてください……そんな……旦那さんの前で……」
「だから、コイツは大丈夫だって。冗談だと思ってんの? 私がさっき言ったこと。じゃあ、ちょっと見せたげようか……」
 そう言って彼のものをつかんでいた手を挙げ、親指についた愛人の体液を窓から差し込むネオンの明かりに光らせた。それをそのまま運転席の方へ差し出す。
 香澄は信号が赤になったばかりなのを確認すると、右腕で郁夫の首を締めるようにして運転席ごと夫に抱きつき、浮気相手の体液がついた親指を彼の唇に近づける。
「舐めなよ」
「あ……か、香澄さん……」
 郁夫はうろたえ、部下が抗議の助け船を出してくれることに少し期待するが、彼は出世や会社のことも考え、下を向いて女性上司の判断と行動にゆだねる。
「早くしないと信号が変わるでしょ。やらないとあとで酷いわよ」
 郁夫は観念して口を半開きにする。
「ほら」
 香澄は郁夫の唇に浮気相手の体液がついた親指をねじ込む。
―――うぷうぷううううっ……
「ほら、ほらあ、しっかり舐めなよ。ご主人様の浮気相手のガマン汁。ありがたく舐めな」
 酒臭い息が運転手に吐きつけられる。だいぶ飲んでいるようだ。そこまで言われるともはや郁夫の方でもあきらめがつき、香澄の親指をちゅぱちゅぱと音を立てながら舐め尽くした。
 なんとも退廃的な空気が車内に充満する。
「……ね、ホントだったでしょ。うちの亭主、私の下僕なの」
 そう言って香澄は部下の隣に戻ると再び彼のものを握って顔を近づける。
―――あああああっ……
 香澄の赤い唇が部下の勃起を咥え、そぼそぼと音を立てながらフェラチオを始める。

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S女小説 民営女性刑務所内「男子収容区」

S女小説 民営女性刑務所内「男子収容区」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

仕事社会で、刑務所で、若く美しい女性たちに虐げられ蹂躙され続ける男の運命。
元中学校教員だった瀬戸山春樹(40)は、美貌と権力を併せ持つ女性たちに翻弄され、ついには刑務所に投獄されてしまう。不運の果てに男が収監されたのは女子刑務所に増設された男子収容区だった。厳しく容赦のない女看守たちによって彼の苦難にはさらに拍車が掛かる。

プロローグ
第一章 女豹たちの餌食
第二章 甘い罠
第三章 妖しき尋問
第四章 紅の獄舎
第五章 鬼女の宴
第六章 蹂躙の果て

本文サンプル

プロローグ

「確かに多少でも男子受刑者を受け入れて頂けるのは助かります」
 法務省矯正局長の矢津正隆は、二人の女性を交互に見て言った。「なにしろ、刑務所はどこも過密状態ですから」
 法務省矯正局とは刑務所などの矯正施設の管理監督を行う法務省の部局である。
 その局長である矢津を都内高級料亭の個室に呼びつけたのは、法務大臣の天野千晶ちあきであった。傍らには彼女の娘で桜木女子刑務所所長の天野由希が座している。桜木刑務所は官民協働の女子刑務所として発足したが、民間出身の天野由希が所長に就任以降、幹部も一新され、女性中心の組織として生まれ変わり、実質、彼女が独自運営する民営刑務所といっていい状況になっていた。
「では、先日お伝えした趣意と計画通りに進めますので」
 紺色のスーツに身を包んだ天野由希が言う。気高さを感じさせる美貌と長身、男勝りの性格は母親譲りである。
「あ、はい、承知しています……」
 矢津はそう言いながらも、女子刑務所内に男子収容区を増設したいという彼女の要望に、不安を感じずにはいられなかった。
「よろしく頼むわね。矢津さん」
 娘に代わって念を押す母親の千晶は相変わらず着物がよく似合っていた。非公式の懇談のときは今日のように趣味の和服を着付けて出かけることが多く、来年還暦とは思えぬ美貌とスタイルを保っている。
「分かりました」
 法務大臣直々の依頼とあっては、矢津としても断るわけにはいかない。なにしろ就任以来、死刑執行命令書に躊躇なく判を押してきた女傑である。局内には《冷血》《魔女》といった陰口を言う者さえいるが、実質は《女帝》だ。そんな彼女や彼女の血を分けた娘に逆らうことは、せっかくここまで上り詰めた地位や待遇を失うも同じである。
「名称が、女子刑務所から女性刑務所に変わるということで……」
 矢津は男子収容区の増設とともに気になった名称変更の意図をもう一度確認しようとした。
「趣意書に書かれていたと思いますけど、よくお読みになりました?」
 苦笑しながら天野由希所長が言う。
「あ、はい……ただ、これについても前例がないものですから」
 矢津はたじたじになる。
「簡単に言えば、女性が中心になって運営していくということです。檻の中も外も女性メインだから、女性刑務所。いけませんか?」
 天野由希が鋭い口調で応じる。
「矢津さん、あなたちょっと頭が固すぎるんじゃない?」
 母親の天野千晶にまで畳み掛けられ、矢津は難癖つけたことを後悔する。
「い、いえ……ごもっともです……これからは女性の時代ですから……」と還暦になったばかりの矢津は笑顔を引きつらせた。
「ただ、くれぐれも男女の分離はきっちりとお願いいたします。男子区域には男性の刑務官を必ず……」
 矢津は苦渋の表情を浮かべながら、そう声を絞り出した。
「矢津さん、本当に計画書お読みになったのかしら? 分離はもちろんきっちりやりますよ。設計図通りに。それと……男子収容区を担当する女性刑務官は、全員身長が百七十センチ以上の武道有段者、あるいはボクシング等の格闘技経験者。対して収容予定の男子受刑者は、身長百六十センチ未満、体重四十八キロ未満に該当するものが中心です。そんな男が二三人束になってかかったところでうちの女性看守にはかなわないでしょう」
「し、しかし、万が一と言うこともありますので……」
「そんなにご心配なら、定期的にそっちから検査官でも送ってくれば? 実際に見ていただければよく分かると思います」
 天野由希が苛立ちを隠さずに言った。
「は、はい、よろしければ、そうさせていただきますので……」
 しまいにはどちらが局長でどちらがその下位機関の所長なのか分からなくなってくるほどだった。
「空けて。ちっとも進んでないじゃない」
 天野千晶にそう言われ、下戸の矢津は無理矢理、大きめのお猪口を空にする。
「じゃあ、名称変更も男子収容区増設も全面認可ということで」
 天野由希がうっすらと笑みをこしらえて言う。
「は、はい、承知しました。書類決裁は早急に執り行いますので」
「助かるわ」
「よろしく。それ前提で娘の方も動いてますから」
「は、はあ……」
 矢津は母娘の杯を受けながら、悪寒のような不安を覚えた。

第一章 女豹たちの餌食

☆ 一

―――事故でもあったんだろうか……
 軽トラックのハンドルを握る瀬戸山春樹は、腕時計を見て焦りをさらに募らせる。思わぬ渋滞に巻き込まれ、さきほどから車はわずかばかりしか進んでいない。この時間帯に目抜きの通過は無謀だったか。ため息が白い湯気に変わる。エアコンまで故障して、踏んだり蹴ったりだ。通りの百貨店やショップの店先には、サンタクロースやトナカイのディスプレイが目につく。
―――今年も何も買ってあげられそうにないな……
 瀬戸山春樹は、長年勤めていた公立中学校を四年前に辞め、自営業として軽トラ運送を始めた。安定した公務員職を辞するに当たって、当然妻は猛反対したが、すでに教師としての自信を失ってしまっていた彼は、「決して苦労はさせないから」と彼女を説き伏せて新しい道を選んだ。
 しかし、世の中はそんなに甘くなかった。当初快調に見えた業績も不況の波と競争過多には抗えず、年を追うごとに先細りし、いまでは妻、理恵の実家に援助してもらわざるを得ない状況だった。今年四十歳になる春樹だったが、不惑どころではなく、戸惑ってばかりで、五つ年下の彼女にはまったく頭が上がらなかった。せめて誕生日やクリスマスなどにはプレゼントを贈り、美味しいレストランにでも連れていってご機嫌を取っておきたいところだったが、それすらままならなかった。二人の間に子供がいないのが今となっては救いになっていた。

 瀬戸山春樹が田原町配送センターに到着したのは、約束の四十分後だった。大幅な遅刻だ。
「失礼します、瀬戸山運送です……」
 緊張して事務所に入ると、受付近くに席を置く、この春入社したばかりの新人女性がこちらを向く。女性ばかりのこのオフィスには、起業したときから使ってもらっているが、一向に慣れることがない。
「ずいぶん、早いじゃない。だいぶ待ってるよ、中西課長」
 元ヤンキーの面影をずいぶんと残す彼女が、奥のデスクを指さす。年上といえども、外注業者にはこれが当然という態度だ。
「すみません、山内さん、お世話になってます」
 瀬戸山春樹は、二十歳そこそこの茶髪社員にペコペコと頭を下げながら、脇を通って、中西という女性課長の元へ向かう。「女軍曹」と異名を取る長身の麗人だ。女性スタッフたちの好奇の視線に晒される。
 しかし、くだんの女性課長の元にはすでに先客がいた。同じく運送を請け負っている零細企業の社長だ。
「そこをなんとか……中西課長様、もう一度機会をいただけませんでしょうか」
 初老の男がブランドもののスーツに身を包んだ女課長にペコペコと頭を下げている。彼女の年齢は彼の娘くらいだろう。
「だから何度も言ってるけどさあ、お宅とはもう取り引きしないんだって」
 姿勢良く起立する初老社長の方も見ずに、彼女はデスクで仕事をしながら対応する。
「中西様からいただいているお仕事がなくなると、うちは、本当にもう……」
 グレーの作業服を着て頭の禿げあがった老体は、泣きそうな顔をして、二十代後半の美人担当者に懇願する。
「私がそんなに大切な客ならさあ、どうしてあんなふざけた見積もり持ってくるわけ?」
 ようやく仕事の手を止め椅子を回して、初老の方へ体を向ける。
「い、いえ……そう申しましても、中西様、あれでも、相場よりだいぶお下げした見積もりでして……」
「そっちの相場なんて知らないわよ。っていうか、私言ったよね? これがうちの予算だって」
「……は、はい……」
「だったら、どうしてそれより高い金額を平気で持ってこれるわけ? なめてない?」
「……い、いえ……そ、そんなことは……」
「いいから……もう、行ってよ、じゃまだから……」
「か、課長様……」
 瀬戸山春樹は目を疑った。初老が、その場で靴を脱いで脇に置き、彼女の足元に土下座をしたのだ。
「こ、この通りです……」
「なによ……」
 中西京子という美人担当者は立ち上がり、小鼻を膨らませて、老いた下請け業者を見下ろした。
「どうか、も、もう一度だけ……お願いします……この通りです……中西様……課長様……」
 周囲がしんと静まる。女性社員たちの口が止み、手が止まり、視線が二人に注がれる。
「そう……そこまでやるの……覚悟あるんだね?」
 女性担当者は体重を片脚に移動させ腕組みをする。
「は、はいっ」
 老体は長身の女性権力者を見上げる。
「じゃあ、あの見積もり、半額にして持っといで」
「……え、あの、そ、それだと……うちはまったくの赤字に……」
「今回は、ペナルティだよ」
「……か、課長様……」
「止めようか、もう、時間の無駄かな……」
「い、いえ、わ、分かりました。承知しました。や、やらせてください……」
 慌てる禿げ社長に、女豹が強い視線を浴びせる。なにか別の言葉を待っている様子だ。
「あ、ありがとうございます……課長様……精一杯勉強させて頂きますので、今後ともどうかよろしくお願いいたします……」
「じゃあ、早く行きな。次が待ってるから」
 そう言って中西課長は、離れて待つ春樹の顔を一瞥する。ようやく立ち上がって靴を履いた社長は何度も女性担当者に頭を下げ、春樹にも一礼すると逃げるようにして女性だらけの事務所を出て行った。
「な、中西課長、おはようございます。遅くなりまして、申し訳ありません……」
 瀬戸山春樹は、緊張の面持ちで女性担当者に声を掛ける。
「今何時だと思ってんのよ」
 彼女は、壁の時計を確認すると春樹に鋭い視線を投げた。
「も、申し訳ありません。中西課長……途中、工事で渋滞していたもので……」
「言い訳はいいわよ。ギリギリに出るからそういうことになるんでしょ」
「は、はい……課長の仰る通りです。も、申し訳ございません……」
 春樹は屈辱に心を振るわせながら伏し目がちにそう言った。相手は一回りも年下の女性だが、大切なクライアント様である以上、何を言われても逆らえない。個人事業者の宿命だ。
「見てたでしょ、あの禿げ」
「……は、はい」
「うち、どんどん厳しくしていくからね。業者がだぶついちゃってしょうがないのよ今。金額とスピード。これで片っ端からふるいにかけてくから」
「わ、分かりました……」
「渋滞してましたとかいう言い訳は、今後一切通用しないからね」
「しょ、承知しました……」
「いいわね」
「は、はいっ……この度は、本当に申し訳ございませんでしたっ……」
 春樹はもう一度、深々と頭を下げる。
「しっかりやって」
 女性担当者は、机の上から配送指示書を取ると、もったいぶるようにして春樹に渡す。
「はいっ……あ、ありがとうございます」
 春樹はいつもよりかしこまった調子で、両手で恭しくそれを受け取ると、さきほどの老体に負けぬほど何度も辞儀をして、若い女性たちの蔑んだ視線があちこちから飛んでくる中、そそくさと事務所をあとにした。

☆ 二

「ねえ、今月、たったこれだけ?」
 銀行通帳を手にソファに腰掛けているのは、瀬戸山春樹の妻、理恵である。トイレに行こうとしていた春樹は、妻の強い口調に捉えられるようにして、彼女のはす向かいに正座する。
「あ、ああ……ご、ごめん……先月、いくつか代金を回収しそこねちゃって」
 春樹は畏怖の眼差しで、五つ年下の美人妻を見上げる。三十五歳の彼女は、大学時代にキャンパスのミスコンで優勝したことがあるほどで、まだ二十代にも見える美貌を維持していた。
「なによそれ。仕事やったんなら、お金しっかりもらってきなさいよ。もう貯金もほとんどないんだしさ。どうするつもりなのよ、いったい。うちの実家からの援助も限度ってものがあるわよ」
「すみません、ホント。頑張ります」
 春樹はそう言って頭を下げながら、―――君が少しパートにでも出てくれるとだいぶ助かるのに―――と恨み節を心の中でつぶやいた。しかし、それはさせないという約束だ。本当にもう少し頑張るしかないと思った。
「ボーナスだってないんだからさ、うち」
「うん……」
「本当は、買いたいものだっていっぱいあるんだからね」
「はい……」
「もうちょっと、しっかりしてよ」
 理恵はそう言うと立ち上がった。長い髪をゴムで留め直す。
「どいて」
「あ、ごめん……」
 妻は苛立ちを露わにした足音を残して、自室へと消えていった。

 翌々日も春樹は田原町配送センター事務所を訪ねた。
「ありがとうございます。頑張らせて頂きます」
 春樹の目の前で整髪料を光らせた四十がらみの男が礼を述べながら担当課長の中西京子に何度も頭を下げている。近頃、営業の猛アタックを掛けていた同業のライバルだ。振り返ると春樹の目を見ずに黙礼をして去って行った。
「お、おはようございます」
「おはよ」
 ふと中西京子の腕に目がいく。いかにも高級そうな腕時計が嵌められている。春樹の目線に気づいたのか、京子は、「これ?」と言い、「貢ぎ物よ」と冗談のように付け足したが、春樹はそれは本当にライバルが彼女に進呈したものではないだろうかといぶかった。その推測はおそらく当たっていた。なぜなら、京子の口から次のようなセリフが飛び出したからだ。
「瀬戸山ちゃん、悪いけどさ、来月から二十番の配送、よそに回すから」
「えっ、か、課長……」
 健康器具を扱う二十番配送は瀬戸山運送の売上の三割ほどを占める大口受注だった。
「うちも、いろいろしがらみがあってさ、大変なのよ。他になんかあったら回したげるから」
 有無を言わさぬ調子だった。京子の腕時計が光りを放ち、春樹の目を射る。宝石がふんだんにあしらわれた舶来の腕時計とこの配送替えが無関係とは思えなかった。そのような営業の方法があることを知っていた春樹だったが、不器用な自分には不向きだし、ひとつひとつの仕事を誠実に遂行して顧客の信頼を得ていこうというのが元教員である彼の方針だった。

 春樹は気持ちを整えようと、センター内の休憩スペースで缶コーヒーを飲む。幾人か自分と同じ立場の男性ドライバーがいて、みんな女に使われている身だと思うと少し気が楽になった。何本か用事の電話を掛けて、トイレを済ませ、駐車場へ向かう。
「そんなにゆっくりしてて大丈夫なの?」
 運転席のドアに手を掛けたところで、後ろから声がした。振り返ると中西京子だった。
「あ、課長、すいません、急いで行きます」
「待って」
 肩に手を掛けられる。
「は、はい……」
 春樹は体を反転させてかしこまる。京子は栗色の髪が風に煽られ口にまとわりついたのを払うようにする。
「元気出しな。向こうから見てたら、死にそうな感じで歩いてたよ」
 京子は紺色のスーツからはみ出そうなほど豊かな胸の前で腕を組んで、春樹を見据える。
「す、すみません。大丈夫ですから……」
「ホントに大丈夫?」
「は、はい……」
「資金繰りとか、間に合ってる? ……瀬戸山ちゃんとこも大事な外注先のひとつだからさあ。私も一応、気にしてんのよ」
 髪の端を指先に巻き付けながら中西恭子が言う。いつもの彼女らしくない仕草だ。
「あ、ありがとうございます……そ、それは……資金繰りはやはり、大変です……」
 中西京子に思わぬ女性の色香を感じ、一瞬、見栄を張りそうになったが、仕事を増やしてくれるのではという期待の方が上回って、春樹はそんなふうに言ってみた。
「友人が、女性なんだけど、金融業をやっててさ。困ってるんだったら言ってよ。紹介するから……」
「え……そ、そうなんですか……」
「うん、要るときはいつでも言って」
 京子はこれまでに見せたことのないような優しげな微笑みを春樹に与えると彼の背中を軽く二度叩いて去って行った。

☆ 三

 街の空気は澄んで冷たく、新しい年を歓迎するような快晴の空だった。
 瀬戸山春樹は、今年もあまり多いとは言えない取引先の年始挨拶を済ませ、中西京子に渡された名刺を片手に目的の雑居ビルを目指して歩いていた。なんとか年は越すことができた。しかし、今月を乗り切ることはかなり際どいと思われた。やはり中西京子から取り上げられた仕事が大きかった。その彼女から紹介された金融会社に向かっている。大手ほど金利が安くないのかもしれなかったが、背に腹は代えられない。中西京子の紹介する女性が経営しているという安心感もあった。
 だいぶ年季の入った五階建ての雑居ビル。すえた匂いのするエレベータを最上階まで昇る。ドアが開いた正面に入り口のオフィスドアがあり、「レディースワン」というネームプレートが貼られている。
「失礼します」
 鉄の扉を引いて開け、中に入る。受付の机があり、その向こうはパーティションで仕切られている。呼び鈴を鳴らして待つと、OL服を着た受付嬢がやってきた。
「いらっしゃいませ」
「あ、電話でお約束した瀬戸山ですけれども」
「はい、どうぞ中へ」
 頭をポニーテールにして、普通のOLよりもいくぶんカジュアルかと思われる雰囲気の女性に案内される。応接スペースの革張りソファに座るよう促された。反対側の半分が事務スペースになっていて、代表者と思われる女性がひときわ立派な執務机から立ち上がってソファの方へ向かってくる。他にはいまのところは、さきほどのOLがいるだけだった。
「あ、お世話になります。瀬戸山です」
 春樹は立ち上がって代表者の女性に挨拶する。
「はじめまして、瀬戸山さん。伊吹です」
 伊吹冴子さえこは電話の声から想像する通りの美女だった。春樹が見上げるほどの長身とシャープな美貌。年齢は中西京子と同じくらい、二十代後半だろうか。
「は、はじめまして。よ、よろしくお願いします」
「こちらこそ。さっそくだけど、融資の件ね。事前に調べさせてはもらってるけど、自己申告の方もお願いします」
「あ、は、はい……」
 書類を渡され、指示通りに必要事項を記入していく。融資希望金額の欄にきたところで、伊吹冴子の方を見上げると、「ご希望は?」と聞いてきた。
「あ、あのできれば二百ほど……」
 伊吹冴子は口を閉じたまま微笑を見せて首をかしげる。
「最初っからそれはちょっと無理ね。五十が限度だわ」
 それでも今月はとりあえずしのげそうだったので、「わ、分かりました。ありがとうございます」と答える。
「でもさ、瀬戸山さん、結構いっちゃってるよね。もう。銀行も大手金融も目一杯でしょ、これ。大丈夫なの?」
 冴子がそう言ったときに、ちょうどポニーテールのOLがお茶を持ってくる。恥ずかしさに体が熱くなる。
「ありがとうございます」
「ねえ、大丈夫?」
「あ、は、はいっ……大丈夫と思います。なんとか……頑張ります……」
 念を押されたのでいったんペンを机に置いて姿勢を正して彼女に答える。
「上、脱いだら? 汗かいちゃってるわよ」
「あ、はいっ……し、失礼します……」
 春樹はグレーのジャンパーを脱いで脇に置いた。
「うち、看板にもある通り、基本、女性専門なのね。だけど、瀬戸山さんは中西さんの紹介ってことで特別だから」
「あ、はい。ありがとうございます」
「彼女からもあなたの真面目な仕事ぶりは聞いてるわ」
「ありがとうございますっ」
 中西課長が高評価してくれたことについて素直に喜んだ。
「うん、じゃあ、まず五十からおつきあい始めようか。その後はまたそれから……」
「はいっ、あ、ありがとうございます。助かります……」
 春樹は伊吹冴子を救いの女神のように崇めて感謝の気持ちを表した。

 一月も月末が近づき、ずいぶんと寒い日が続いた。その日、春樹が配送センターの駐車場から車を降りると粉雪が舞い始めた。
「今月もありがとうございました。どうぞよろしくお願いいたします」
 事務所に入り、瀬戸山春樹は中西京子に請求書を手渡しながら深々と頭を下げる。
「うん、来月もよろしくね。安全運転で」
「は、はいっ」
 短いメロディが流れる。
「もうお昼か。一緒に行こうか。どう?」
 中西京子から食事に誘われるなど初めてだった。
「あ、はい、大丈夫です」
 京子の案内で個室のある店に入り、すき焼き定食を注文した。
 しばらく雑談をした後、京子が唐突に「そいえば借りれたの? 結局」
 そう言われて、春樹はハッとした。ここのところ気を回さねばならないことがあまりに多かったせいか、彼女に融資成功の件を報告することをすっかり忘れていたのだ。
「ああっ、す、すみません。ご報告が遅れてしまいまして……お貸し頂きました。あ、ありがとうございました……」
「なんで言わないの?」
「すみません」
「しかとしてんじゃないわよ。ったく」
 京子の怒りが思ったより本気のようだったので、春樹は、「申し訳ありません」とテーブルに額をつけるようにして謝った。
「お待たせしました」
 すぐ脇の襖戸が開いて和服姿の若い女給が料理を運んできたので、春樹はとてもばつが悪い思いをした。

 食後のコーヒーを飲んでいると、ふと中西京子の腕時計に目がいった。縁にあしらわれたエメラルドグリーンの宝石が照明に輝いている。
「あ、あの……中西課長……こんなことしては失礼なのかもしれませんが、こ、これよかったら受け取っていただけませんでしょうか」
 春樹は、本当は車両整備の支払いのために下ろしたばかりの銀行封筒を懐から取り出すと差し出した。
「じゅ、十万円入っています……」
「別にそんなつもりであなたを誘ったわけじゃないんだけどね」
「いえ、ホントだったら私の方からご接待しなければならないところをすみません。ですのでどうかこれはお納めくださいませ……」
 春樹はそう言って封筒をさらに彼女の方へ押しやった。
「そう。だったらありがたく受け取っとくわ。伊吹さんにもよろしくいっとくし……そうね、配送の方もなにかあったら……」
「ぜ、ぜひ。よろしくお願いします」
 春樹は一回りも年下の女性クライアントに深々と頭を下げながら、どうしてもっと早くこうしなかったのかと自分の生真面目さを後悔した。

☆ 四

 晴天の日、桜咲く公園のベンチで、その華やいだ景色とは裏腹に、春樹の心は沈みきっていた。
 毎月五日がレディースワンへの返済日だったが、今月、四月は利息に加えて元金の一部を要求されていた。中西京子からの仕事をあてにして伊吹冴子の言われるままに重ねた借金はあっという間にふくれあがり、今日はきっちり二十万円の現金を調達して返済しなければならなかった。子供たちがボール遊びではしゃぐ声が聞こえ、春樹は地面を見つめていた目線を上げる。
―――ああ、あんな頃が自分にもあった。あの日に戻りたい。しかし、考えたら、あの当時も女の子にはよく虐められたな。そういう運命なんだろうか……
 春樹は公園から雑居ビルまでの百メートルほどの道のりをゆっくりと歩いた。それはまるで刑場へ向かう囚人のような足取りだった。

「二十万、工面して頂けました?」
 外出から戻ってきた伊吹冴子が革のロングコートを脱いで受付嬢に渡すと三十分ほど待たせた春樹の正面のソファに腰掛けた。
「あ、あの……そ、それが……申し訳ありません……もう少し待って頂けないでしょうか……」
「どういうことかしら?」
「昨日あるはずの入金が先方の都合で一ヶ月遅れになりまして……」
「…………」
 伊吹冴子はシガレットケースから煙草を一本取り出すと火を着けた。一口吸うと、「で、今日はいくら準備してきたの?」
「すみません……五万円ほどで、ご容赦頂けないでしょうか。残りは来月必ずお支払いしますので……」
「ふざけるんじゃないわよ」
 煙がまともに春樹の顔に吐きかけられる。
「申し訳ありません……」
「なめてない?」
「い、いえそんなことは……」
「カナちゃんは?」
 冴子が事務スペースにいるOLに声を掛ける。
「あ、別室ですけど」
「誰?」
「大谷さんです」
「日雇いのおじさん? また遅れてんの?」
「ええ」
「ちょうどいいわ。ちょっと行きましょうか」
 春樹を連れて事務スペースの向こうの扉を開ける。段ボールが積み上げられた倉庫のような部屋の中央にスーツを着た大柄な女性が椅子を逆向きにして大股を広げ座っている。背もたれの上部に両腕を組んで、顎を預けている。鋭い目線の先では、白髪頭の老年が固い床の上に靴を脱いで正座させられている。
 レディースワンで取り立て係を務める、椅子の女性、三浦加奈子が冴子たちの方を見る。
「トチっちゃったのがきたからさ。初めてだけど。ちょっと見せてやってくれる?」
 冴子がそう言うと、緩いパーマをあてた茶髪女性は、「了解」と返事をし、フーッと老年に向けて大きくため息をつく。
「大谷さん、アタシ、今日までっていったよね?」
「あ、はい……ですので、明日には必ず……」
 もう何十回と繰り返されているやりとりを女は春樹の前でもう一度披露する。
「ボランティアでやってるわけじゃないんだからさ……」
 そう言って先月二十五歳になったばかりの三浦加奈子は立ち上がり、学生時代陸上部で鍛え上げた脚で椅子を脇に蹴り飛ばす。椅子は大きな音を立てて脇の段ボールに当たり、大谷と呼ばれる老年の近くまで跳ね返って横に倒れる。
「す、すみません……」
 慌てて頭を下げようとした老年の白髪を鷲づかみにし、上を向かせる。
「何度同じこといわせんだよ、大谷、ああ?」
 ドスの聞いた女の声が部屋中に響き渡る。同じフロアに他のオフィスはないようなので、通報されるようなこともなさそうだ。春樹は思わず身をすくめる。加奈子が手を離すと体を震わせた老年は彼女を見上げそして床に向かって何度も謝罪の言葉と一緒にペコペコと頭を下げる。
 加奈子は椅子を起こすと、スーツの上着を脱いで背もたれに掛ける。
「申し訳ありません、三浦様……明日には必ずお返しいたしますので……」
「何回も聞いたよ、その言葉は。結局、痛い目見ないと分かんないんだろ?」
 加奈子は白いシャツを腕まくりしながらそう言うとスチールのロッカーから、革の手袋を取り出して嵌めた。腕に龍のような刺青が見える。
「立てよ」
 老年の作業着の胸ぐらをつかんで無理矢理に立たせる。ヒールを履いた彼女は、老年より二十センチほど背が高い。
「歯を食いしばれ」
 老年は目をつぶって言われた通りに従う。胸ぐらがさらに引き寄せられ、大谷はほとんどつま先立ちになる。加奈子の右腕がサッと上がり、老年の頬がパーンと音を立てる。往復で三発の平手打ちが炸裂する。
―――ぼ、暴力じゃないか……こ、こんなことがあっていいのだろうか……
 凄まじい制裁を目の当たりにした春樹は大きく唾を飲み込み、体を硬直させる。
「大谷」
「は、はいっ」
「お金返せないと、こういうことになるの。覚えときな」
 三浦加奈子はそう言うとさらに五発ほどさらに激烈な平手打ちを老年に食らわせる。
 春樹はまるで自分が言われ殴られているような気分になった。加奈子がようやく胸ぐらの手を緩めると、老年はその場に崩れ落ちるようになり、「申し訳ございません、明日には必ずお返ししますので」と何度も懇願し加奈子のパンタロンの裾にしがみついた。
「馬鹿、汚れるでしょ」
 加奈子は大谷の手を蹴り離し、怒りのままにその首根っこを踏みしだく。
「うわあああっ……ご、ごめんなさい……」
「い、伊吹さん、あ、あれじゃ、あんまり……」
 春樹が思わず声を上げる。それでも冴子は平然としている。相手は身寄りのない日雇いだし、脅して口をふさぐ方法などいくらでもあると思っている。
「あなたも人ごとじゃないわよ」
 そう言われて春樹はハッとする。老年が二十五歳の長身女性にさらにひとしきり脇腹や太股を蹴りまくられるのを見せられた後、ようやく春樹は応接室のソファに戻された。
「分かったでしょ」
「は、はいっ……できる限り……」
「できる限りじゃないわよ。十日だけ待つわ。あと、忠告しとくけど、どうやら配送の仕事も安定してないようだから、空いた時間にバイトでもやったら? 今度、トチったらあんたもああいう目に遭うよ」

 途方に暮れていた春樹だが、入金が遅れていたクライアントに粘り強く交渉した結果、冴子との約束日ギリギリに支払ってもらうことができ、今回はなんとか事なきを得たのだった。
 

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mywife

内容紹介

可憐な若妻に下僕として仕えるに至った夫の物語。

出版会社の地方支社に勤務する会社員湯村郁夫(31)は、部署の後輩で社内アイドルだった香澄(25)と結婚。同時に香澄は寿退社するが、夫は都会生活を望む彼女のために会社に願い出て、一年後に本社へ転勤。夫婦は晴れて東京での生活を始める。夫の郁夫は新規部署に配属になるも、そこでの直属上司は地方支社時代に彼の後輩だった松井貴子(29)だった。ロサンゼルス支社から戻ったばかりの彼女に、かつて部下として寵愛を受けた香澄は再会し、影響を受ける。次第に変わっていく妻香澄にうろたえるばかりの郁夫はついに彼女の日記を盗み見し、その事実に驚愕する。

第一章 妻の日記

第二章 昂ぶる願望

第三章 下僕生活

第四章 姉妹への謝罪

第五章 女の怒り

第六章 牡犬の果て

本文サンプル

第一章 妻の日記

☆ 一

私の名前は湯村郁夫ゆむらいくお。二十二歳で大学を出て教育関連の出版会社に就職し、サラリーマンとしては、まずまずであろう人生をスタートさせました。当初半年ほどは、研修などを含めて東京にいましたが、今ひとつ都会の空気になじみきれず、郷里の地方都市にある支社への転勤を希望しておりました。会社にとってはそれがまさしく好都合だったようで、私の意向はすぐに受け入れられました。
「湯村さん、若いのに中央に残りたがらないなんて珍しいわね。だけど、正直言って助かるわ。こっちは人員過剰だったから」
私の会社の特徴は、女性が管理職に多く登用されていることでした。私の直属上司だった当時の係長もその上の課長も女性でした。社長を始め、役員の過半数が女性であることが大きな理由かと思われます。
地方支社へ転勤し、やはりそこでも上司は女性で、私はそこそこに可愛がってもらいながら、地方ならではののんびりとした空気のなか、さほど困難でもない業務をこなす毎日でした。
松井貴子まついたかこが私の部署に転勤してきたのはそれから二年後でした。彼女もこの地の出身で、私と同じ動機や流れをたどったようでした。年齢は二つ下、私の二年後輩になります。目力が強く、いかにも利発そうな美人は、国立大学出身で、モデルのように背が高くスタイルも良く、非の打ち所のないような女性でした。彼女がまだ東京での研修時に、出張で初めて見たときは、年下にもかかわらず、おいそれと声を掛けるには畏れ多いオーラを感じました。
「私の場合、別に東京が嫌いってわけじゃないんですけどね……研修で湯村さん見かけて、一目惚れしたから、追いかけてきちゃった」
そんなことが即座に言える女性でした。ウィットに富んでいて頭の回転が速い。もちろん、冗談だと分かっていましたが、彼女にそんなことを言われていい気にならない男はいないでしょう。その日から、私は松井貴子の虜になりました。まずは、仕事の面で頼りになりたく思い、彼女が困っていそうなこと、今後困りそうなことまで先回りしてサポートしていきました。
「ありがとうございます。助かるわ、湯村さん。さすがっ」
そんな風に、彼女は他人を乗せるのがうまく、そのうち、私以外にも松井貴子信者が増えていき、その手助けの波に乗るようにして、彼女はあっという間に支社の誰よりも仕事を把握し、こなせるようになりました。揚げ句、二年ほど経つ頃には、私と同じ肩書きの主任へと昇格したのです。それでも彼女は、「私がここまでこれたのは湯村さんのおかげです」と私を先輩として立て続けてくれました。
同じ頃、地元採用で入社してきたのが短大卒の植村香澄うえむら かすみでした。当時二十歳でしたが、《可憐》という形容がまさしくしっくりくる純真乙女でした。まだどこかに少女の面影すら残していました。化粧などしなくても美しい白い肌。大きな瞳にはけがれというものがまったく見当たりませんでした。一目見た瞬間身震いがするほどでした。「美しい」のナンバーワンが松井貴子なら、「可愛い」の最上級は、植村香澄でした。彼女は松井貴子の元で仕事をすることになりました。松井貴子のスキルやノウハウを直に教え込まれ、植村香澄かすみもみるみる実力をつけていきました。松井貴子は悪い虫除けの役割も果たしました。香澄ほどの社内アイドルを男子社員が放って置くわけにはいきませんが、貴子の目が届いている間は誰も手を出すことができませんでした。私にしても同じです。松井貴子がいる間は、食事に誘うことすらできませんでした。
転機が起こったのはその二年後。会社がロサンゼルスに出版拠点を出すことが決まったとき、そのコアスタッフとして白羽の矢が立ったのが、英語力も抜群な松井貴子でした。出身地であるこの地やこの支社には人一倍愛着があった彼女ですが、千載一遇の機会と異国でキャリアを高めてみたいという向上心がそれを上回ったようでした。熟慮の上、ロスへの転勤を決断しました。彼女に二年間育ててもらった香澄は涙を流して別れを惜しみました。私も涙ぐんで、彼女の最後の日を見送りました。
松井貴子が去って、私の香澄への思いはさらに強まりました。松井貴子をサポートしたように、私は自分のことは二の次になるほど、仕事の面に置いて香澄を全力で支援しました。もちろん、松井貴子の擁護から外れフリーの立場になった彼女を、周囲の男が放って置くはずはありません。私以外の幾人かと、食事や映画のデートくらいはしていたようです。私はある日、断られるのを覚悟でプロポーズしました。断られたらもうあきらめようと思っていました。
「あなた以外にも、二人からプロポーズされたわ。だけどね……床に跪いてまでしてくれたのは、郁夫さん、あなただけだったよ」
それが本当に決め手になったのかどうかは分かりませんでしたが、とにかく私は彼女と結婚したくて必死でした。その思いが伝わったのかもしれません。
松井貴子が転勤してからおよそ一年後、私は香澄と結婚しました。
時期を同じくして、松井貴子もロサンゼルスで結婚したようでした。現地のフレンチレストランでシェフをしている男性だと、はがきに書いてありました。
「へえ、さすが貴子先輩って、感じね。なんだか、すべてにおいて格好いいわ」
ファッションモデルのような服装をして、やや年配の彼氏と写真に写る貴子のはがきを見て、香澄はつぶやくように言いました。
「しかし松井姓は変わらないんだね。婿養子なのかな」
私は彼女の美貌に改めて感嘆しながら、気になったことを口にしました。

☆ 二

香澄との結婚生活は何もかもが理想通りでした。会社を寿退社し、専業主婦となった彼女は相変わらず美しく、料理も上手で、きれい好き。私も仕事が終わればすぐに帰宅し、彼女の美味しい手料理を弾む会話とともに味わう日々。二人の2LDKマンションは、幸せに包まれていました。しかし、一年後、地方都市での穏やかでのんびりした生活に終わりがきました。東京への転勤が命じられたのです。とはいっても、これは私の希望によるものでした。正確には、香澄の要望です。
「一度は、東京で生活してみたいわ……」
テーマパークや観劇、美術館など、東京には地方にはない女性の楽しみがたくさんあります。心から愛する妻の願望であれば、私が動かないわけにはいきません。また、私の方でも少し刺激を求めていた時期でしたので、二人の総意として、東京への転属志望を出しておいたのでした。一年後、東京本社で事業拡張に伴う部署の新設がありましたので、晴れてそちらに転勤となりました。私の志願は今回も会社にとって渡りに船だったようです。
東京本社に初出社の日、配置辞令が掲示され、私は驚くことになります。新設された図書設備課という部署へ配置されたのですが、そこの課長に松井貴子の名があったのです。ロサンゼルスでの引き継ぎに時間が掛かっているようで、彼女の出社は一週間後ということでした。私は帰ってさっそく妻の香澄にその話をしました。
「そうなんだ……」
彼女としても複雑な心境のようでした。自分にとっては尊敬する先輩ではあるけれど、自分の夫が元後輩で年下の彼女に使われることになるわけです。
「ま、まあ、僕はあまり気にしてないけどね。というか、彼女は優秀だし、リスペクトしてるから、一生懸命仕えさせてもらうつもりだよ」
私のその言葉を聞いて、香澄はいくぶん安心したようでした。
「うん、そうね。頑張ってね。それにしても貴子さんと同じ東京にこれから住めるなんて、嬉しいわ。たまに会えるかもしれないし」
香澄の貴子への心酔ぶりは相当なもので、私の境遇よりも、彼女との距離が縮まったことにむしろ喜びを感じている様子でした。

「湯村さん、お久しぶり」
松井貴子は初出社するなり、私にまず握手を求めてきました。彼女は自信と熱意に満ちていました。そして、舶来のスーツや装飾品を身につけた彼女の美貌は一段と磨き上げられていました。仕事が出来る大人の女性としての魅力がますます輝いていました。
「ここで頑張って三年以内にはこの課を部に昇格させたいの。そのためには、湯村さんの力が必要だわ。よろしくお願いします」
そう言って私に頭を下げてくれました。私はそれを見て、ここでも彼女を全力で支えようという気力が湧いてきました。
初日に私たちは昼食を共にしました。
「しかし、松井さん、よくロサンゼルスから帰ってこれましたね」
彼女の方が上司である限り、タメ口は終わりにしなければいけない。敬語を使わなければならない。これは、再会した瞬間からそうすると決めていました。彼女もそのことには異存はないようでした。
「うん、まあ、いろいろあって……ロサンゼルスの方もなんとか軌道に乗ってきたし、私がいなくても大丈夫かなって思って」
「旦那さんは? あっちでシェフをされてたんですよね、確か……」
「うん、それがね……」
交通事故で腕を怪我してしまい、指先を動かせなくなり、シェフを断念せざるをならなくなったとのことでした。東京に戻ってきたのはどうやら、そのことも大きな理由のようでした。
「旦那さん、いま、お仕事は?」という私の質問に、貴子さんは大きくかぶりを振りました。
「大きな子供を養ってるようなものよ」

☆ 三

「貴子さんが、遊びにおいでって、ご自宅に」
一ヶ月ほど経った我が家での夕食時、香澄が嬉しそうに言いました。二人は時折、電話で連絡を取り合っているようでした。
「え? ああ……そうなの……」
正直言ってあまり気が進みませんでした。
「僕は遠慮しとくよ。香澄ちゃん、ひとりで行っておいで」
「ええっ、どうして?」
松井貴子の部下になって、一ヶ月。彼女は海外での厳しいビジネス経験を経て、恐ろしいほどに変貌を遂げていました。かつて私の下で働いていた女性とはすでに別人でした。他の同僚の前で、彼女に叱責されることもしばしばでした。同僚はすべて女性でした。妻の香澄の前でもし、あのような態度をとられたら、と思うと私はゾッとしました。香澄に社内でのありのままを話す気にはなれませんでした。貴子さんに心酔している彼女は、私よりも彼女の方に肩入れして、私の話しぶりを伝えてしまうかもしれません。そうなると会社での私の立場はますます厳しくなります。
「会社で毎日会ってるしさ、向こうも気疲れしちゃうだろうし……」
「だって、貴子さんが二人でおいでっていってるのよ」
「社交辞令だよ。それは。いいから、君ひとりで行っといで」
私は少し投げやりぎみに言いました。
「そう……わかった」
香澄は少し気分を害したかもしれませんでしたが、私もそれを取り繕おうとは思いませんでした。休日に口うるさい上司を訪ねる暇があったら、ゆっくり寝ていたい。松井貴子に日々、急き立てられ、どやされて、私はとても疲れていました。

「どうだった?」
松井家のランチに招かれた香澄に、私は夕食時、そう問いかけました。
「うん、楽しかったよ。旦那さんも凄く優しそうな人で」
「だろうな。婿養子になってくれるくらいだし、写真通りの感じ?」
私が写真で見た限り、ロサンゼルスに単身渡りシェフとして身を立てていたにしては、少々頼りなさげに見える細身の優男やさおとこでした。身長も妻の松井貴子よりずいぶん低かったように思います。
「旦那さん、ひろしさんね、うん、見た目のままだね」
「ふうん、貴子さんは別に何も言ってなかった? 僕のこと」
「どうして?」
香澄はこれまであまり見せたことのないような意味ありげな笑みを浮かべます。
「いや、別に……」
私は困ったようにして白身魚の皿に視線を落としました。
「結構、厳しく鍛えられてるんだって? 貴子さんに」
香澄のその言葉に私はドキリとしました。
「あ……ああ……別に、そうでもないんだけど……」
「家で、落ち込んだりしてないか、気にしてたよ。貴子さん」
「あ、そう?」
私はとぼけましたが、そう妻に言ってくるくらいなら、もう少しお手柔らかに願いたいものだと思いました。

その翌々週も香澄は、松井貴子の家に遊びに行くと言いました。
「また行くの?」
「うん」
「そんなにお邪魔していいの?」
「だって、向こうがおいでって言ってくるんだから」
「香澄ちゃんだって行きたいんでしょ」
「そうだよ。なんか問題でもある?」
以前ならそんな物言いを私にすることはありませんでした。貴子さんの家に通い始めてから、彼女はどこか変わったように思いました。

「嫁がたびたびお邪魔してるようで、すみません」
私はそれまで知らぬ振りをしていたことについて上司の貴子さんに詫びました。
「いえ、私が呼んでるんだから、いいの。あなたもそのうち、一度おいでたら? 気が向いたらでいいけど」
そう言って貴子さんは微笑みました。そのとき私は、彼女に初めて《あなた》と呼ばれました。それまでは湯村さんだったのに。

「ふう、なんだか疲れちゃった」
ある日の夕食後、香澄がそう言いました。その日は、終日、買い物やら役所の用事やらで出歩いていたようでしたが、そんなセリフを今まで彼女の口から聞いたことがなかったので、意外に思いました。
「郁夫ちゃん、お皿洗ったりしないよね?」
彼女は悪戯っぽく微笑んで言いました。私のことはこれまでさんづけでしたが、そのとき初めてちゃんづけで呼ばれました。
「別にいいよ。洗うから」
休日で、ずって寝転がってましたし、もてあましていたところだったので、お安いご用とばかりに、皿洗いにいそしみました。水を触っているうちに心も少し落ち着きました。

次の週の土曜日も、妻の香澄は終日出歩いてきたようでした。
「皿、洗おうか?」
私は自ら、皿洗いを買って出ました。
「助かるわ、よろしく」
少しばかりは遠慮があるかと思いきや香澄はすぐにそう返しました。その口ぶりはどこか貴子さんに重なるところがありました。
―――あれだけしょっちゅう会ってるんだから、それは影響受けるよな……

☆ 四

その日の夜、私たち夫婦はちょっとしたことからいさかいを起こしました。テレビのチャンネル争いです。どこのカップルにもありそうなたわいのない言い争い。
「分かった。じゃ、ドラマにしよ」
折れてくれそうにない香澄に私は白旗を揚げ、スポーツ中継からチャンネルを変えました。
「もう、始まってるじゃない。毎週見てたのにぃ」
私が譲っても、彼女はふてくされた態度を変えませんでした。私はうろたえました。こんな彼女は初めてです。
「そんなにふくれないでよ。ごめんだからさ」
私は機嫌をとるようにそう言いました。
「脚揉んで」
CMが始まると彼女は唐突に言いました。
「え?」
「脚揉んでくれたら許してあげる」
少々屈辱的ではあるけれども、彼女の白くて長い脚を揉むことは、男にとって嫌なことではありません。長く一緒に暮らしている夫婦であってもそれは新鮮な体験に思われました。
「わ、わかった……やるから、許して。香澄ちゃん、お願い」
私は照れ隠しもあって、少しふざけるような調子で、彼女の脚に向かいました。
「真面目にやってよ。本当に足疲れちゃってるから」
私のそんな態度をいさめるようにして、彼女は言いました。その口ぶりの背後に、松井貴子の姿が浮かぶようでした。
「う、うん……」
本当は、はい、と返事をしなくてはならないのではないだろうか、というほどに彼女の態度はクールでした。
「ちょっと待って、ごめん」
私は気を落ち着けるためにいったんトイレに行きました。戻ってくると香澄は黙ってドラマを見ています。どこを揉んだら良いのか聞くのもはばかられるほど彼女はテレビに集中しています。私はソファの下に正座に近い形で座り、彼女の左脚のふくらはぎを下から両手で揉み始めました。学生時代にテニスをしていた彼女の脚は見た目より筋肉質でしまっていました。
「だいぶってるみたいだね」
私が言うと、「しっ」と彼女は静かにするよう言いました。脚を揉みながら無理な姿勢で、私も最初はドラマを見ていましたが、首を横に向けてテレビを見るのがきつくなり、途中から見てもよく分からなかったので、体勢を戻して考え事を始めました。
―――それにしても、貴子さんの家で彼女は何をしてるんだろう? 単におしゃべりに行ってるだけか? 確か旦那は主夫らしいけど、彼はその間は? ……
私は彼女が毎日、パソコンで日記をつけていることを思い出しました。
―――多分、貴子さんの家に行ったときのことはつけてあるだろう。なんとか、見ることはできないだろうか…………ああ、いや、簡単だ。だけど、夫婦とはいえ、日記を見るのはまずいかな……
彼女の日記を盗み見ることがさほど難しいことではないと気づいた私は、しばし好奇心と闘わなければなりませんでしたが、最終的に行動に移すことにしました。
「あと、土踏まずも、揉んでくれる? ごめんね」
脚をずっと揉ませ続けて、さすがに悪いと思ったのかCM中に香澄はそう言いました。
「ううん」と私は首を振ります。
思い浮かんだ出来心を実行する気になっていたので、むしろ彼女に罪悪感を先行させていました。
「こう?」
私はテレビを背に、彼女の足の裏に正対する格好になり、両親指で彼女の土踏まずを押します。
「うん、いいけど、頭下げてくれる。テレビ見えない」
「あ、ごめん……」
私は這いつくばるようにして、頭を伏せます。足の裏の埃をなぜるように落とし、親指を使って土踏まずを指圧します。彼女は明るいグレーのルームウェアを着ていました。下はミニスカートで股間から白い下着が見え隠れしますが、夫婦だからか気づいてないのか彼女は気にならない様子です。私の方がどぎまぎさせられました。年下妻に足の裏を揉まされているという事実のせいかもしれません。
ほどなく指が疲れてきました。こんな作業は日頃やらないので当然です。許しを得るように、彼女の顔を見上げますが、依然としてテレビに熱中しています。私の視線に気づかないことはないと思うのですが、無視されているのかもしれません。私はほどほどのところで、もう一方の足に移ります。結局、ドラマが終わり、彼女がトイレに立つまで、続けなければなりませんでした。

私たちは夫婦でひとつのパソコンを使っています。それぞれにアカウントを持っていて、パスワードを入力し、ログインして使います。ですが、私が管理者としてセットアップしたパソコンだったので、彼女のファイルは私のアカウントから見ようと思えば丸見えの状態でした。

☆ 五

翌日、彼女がまたもや松井貴子宅に出かけて行った午後、私は胸を高まらせながら、パソコンデスクに座りました。罪悪感を抱きながらも、彼女のフォルダを開き、目当てのファイル群を見つけました。それはワープロファイルで、月ごとに別れていました。几帳面な彼女らしい整理の仕方でした。
私は彼女が松井家に行った日の日記を探しました。一番最初のものが見つかりました。

一九九七年五月十二日(日)
―――
松井家にお邪魔して、貴子さんと再会。四年ぶりに会う彼女は一段と輝いて見えた。私もあんな女性になりたいと改めて思う。私たちがソファでくつろいでいるところへ、旦那さんがお茶を出してくれて、まるで主夫といった感じ。四十二歳っていってたけど、そんな年上の男性でも貴子さんにかかっては、しょうがないか……。ロサンゼルスのことなど、いろんな話をしてくれたけれど、D&Sの話が面白かった。ちょっと刺激的♪ さっきいろいろ調べてみたけど、凄い世界があるんだなあ。まだまだ私はひよっこだわ。しかし、ひょっとしてこちらの夫婦もそういう関係? はっきりは聞かなかったけれど、どうもそんな気配が。
―――

―――D&S? ……
聞いたこともないその言葉を、その場でネット検索しましたが、社名などの固有名詞が出てくるばかりで、私にはなんのことか分かりませんでした。

一九九七年五月二十六日(日)
―――
こないだお邪魔したばかりなのにまたしても松井家を訪問。貴子さんが家事のことで旦那さんを叱っていた。かなり厳しく。旦那さんも、食べさせてもらっている負い目があるのか、しゅんとしてまったくの無抵抗。怒られるまま。正直言って、ちょっと情けないって思った。旦那さん、うちの郁夫と同じで、百六十センチちょっとくらいしか身長がなくて、貴子さんは百七十センチもあるから、よけい哀れな感じ。圧倒されてるんだもん。考えてみたら、貴子さんは、郁夫の上司だから、うちのもあんなふうに叱られてんのかな。もしかして。
貴子さん、家事のことだけでは叱り足りないみたいで、私への挨拶の仕方が良くなかったって言って、旦那さんに何度もやり直しをさせた。私もどうしていいか分からないからそのまま受けた。彼の繰り返しの挨拶を。だって、貴子さんの家だから。正直言って、優越感みたいな気分は感じた。なんだろう、これ。
私たちがしゃべっている間中、旦那さんは脇で起立したまま。下がっていいとか、座っていいとか言われてないからだと思う。やはり松井家はD&Sを実践していた。DはDominance(支配)でSはSubmission(服従)。妻が夫を服従させる関係。ロサンゼルス時代の隣家がたまたまそうで、夫婦で行き来する間に感化されたらしい。基本はCFNM(クローズド・フィーメイル・ネイキッド・メイル:Clothed Female Naked Male)、つまり夫は服を着た妻の前で、裸でいなければならないってこと。私に事前にそれとなく知識だけを話したのは、反応を見て、実践しているのを見せて良いかどうか、確かめたんだと思う。おそらく。ということは、それなりの反応をしたのかな。私……。
私さえよければ、次回からは、いつもの松井家の状態で、旦那さんが裸の状態で接客するって言われたけれど、さすがにそれはちょっと考えさせてくださいって言っちゃった。いくらなんでもなあ。よその旦那さんの裸を見るのはショックが大きすぎる。パンツも履かせないっていったから、本当に全裸だもん。
―――

香澄の身長は、百六十八センチで、私は百六十二センチ。私たち夫婦の間では、身長差のことはタブー、と思っていましたが、日記には平然と書かれていました。そのことにまずショックを受けました。そして、私のことを郁夫と呼び捨てにしています。《うちの》という言い方も気になりました。書き言葉とはいえ、それもこれまでの彼女だったらありえないことでした。彼女は確実に変わってきています。いえ、松井貴子に変えられているのです。

一九九七年六月五日(水)
―――
貴子さんから電話があって、今週末のお誘い。行きますって言っちゃった。ということは旦那さんの全裸を見るってことだな。正直言って見て見たい気もしないではない。何事も経験、経験!
―――

一九九七年六月九日(日)
―――
リビングでいつものように待ってたら、旦那さんが、お茶とお菓子を運んできてくれた。うん、いつも通り。彼が服を着ていないという以外は♪ イメージできていたからか、思ったより恥ずかしくもなかったし、驚きもしなかった。彼も小ぶりね。フフッ。そう、アレの小ささを貴子さんに私の前で指摘されて、彼は恥ずかしそうな泣きそうな顔をしてた。「夫婦関係もオープンになったことだし仕事やってもらおうか、ひろし」って長い脚を組みながら貴子さん。その言い方、命令の仕方が本当にサマになってるわ。なんと彼に脚を揉ませ始めた。もちろん、旦那さん、いえ浩は、従うしかない。足の裏のツボやふくらはぎなどを一生懸命マッサージする彼を見て、けなげに感じる。「香澄さんの脚も揉んであげなさい」って言うから、私は一瞬驚いたんだけれども、せっかくの機会だし、お願いすることにした。よその旦那さんに脚揉んでもらえるなんて、まずないからね。とっても気持ちよかった。そう、揉んでもらうカラダ的な気持ちよさと、あとは精神的なこと。なんだろう、ホント。それから玄関からヒールを持ってこさせて、足に履いたままの靴磨き。敷物や磨く道具を手早く準備して、本当によく訓練されてるみたい(笑) 私のパンプスも磨いてもらった。おかげでピッカピカ。「ありがとうございます」って言ったら、貴子さんに駄目って言われた。下男にお礼なんて要らないんだって。「凄いですね、貴子さん」って言ったら、まだまだこんなものじゃないらしい。なんだか、また次が楽しみになってきた。
―――

香澄が私に脚を揉ませたのは、やはり貴子さんの影響でした。でなければ、いくら不機嫌だったとはいえ、彼女がそんなことを私にさせるはずがないのです。

その日の夜、私たちは住まいから徒歩で行けるお気に入りのレストランに出かけました。
「ひょっとして明日も行くの?」
翌日が日曜日だったので、そう尋ねてみると、「うん、言ってなかったっけ? 言ったよね」とベージュのワンピースに身を包んだ彼女は微笑んで言いました。
「あんまり頻繁にお邪魔するのもどうなの?」
「いいじゃない。お招きを受けてるんだから」
彼女は平然と私の言葉を否定するようになりました。こんなこと、地方にいた頃はありませんでした。
「僕もいっていいかしら」
私は貴子さんに以前、誘われていたことを思い出し、遠慮気味に言ってみました。
「明日は止めといた方がいいわ」
香澄は紙ナプキンで形の良い口元を拭きながら言います。
「どうして?」
「オンナだけの大事な話があるから」
貴子さんの旦那さんが全裸で彼女たちに仕えていることまでは知っています。それ以上のことを香澄が見たり体験したりすることを私は怖れました。しかし、それを無理に止めさせたりすると、日記を見たことを感づかれるかもしれません。私はもう少し様子を見ることにしました。そうするしかなさそうでした。
「煙草吸っていい?」
「え?」
私が驚く顔の前で、香澄はバッグから煙草とライターを取り出し始めています。きっぱりとしたその言い方に私はむしろうなずかされた恰好で、彼女はすかさず火をつけると吸いたくてたまらなかったとでもいうようにして即座にフッウウっと強く煙を吐きました。少し前から、彼女が煙草を吸っているだろうということには実は気づいていました。匂いで分かります。妻は近くにいたウェイトレスに灰皿を持ってきてもらいました。
「男の人の前では吸わないつもりだったんだけど、なんだか急に吸いたくなっちゃった」
私は自分が男の勘定に入ってないような気になり、少しばかりショックを覚えました。しかし彼女の煙草を持つ手のしぐさは思ったより悪くありません。むしろ格好良いと思いました。私は自分の妻が煙草が似合う女性だということに気づき、なぜか胸の鼓動を高めました。
「煙草吸う女ってどう?」
「うん、僕は全然かまわないし、むしろカッコイイとさえ思う。だけど、僕の奥さんには健康でいて欲しいから……」
「止めて欲しい?」
「う、うん、できれば……」
「やだっていったら?」
「……香澄ちゃんが、それでも吸いたいっていうんだったら……僕は、うん、止めない……」
妻は意味ありげな笑みを浮かべます。
「そんな言い方したら私が止めるとでも思った?」
「い、いや……」
クールな彼女のものいいに私は戸惑いました。
「安っぽいドラマじゃないんだからさ……」
冷静にそう言われて、私は赤面し、体が火照るのを感じます。
彼女はフーッと大きく煙を吐くと、「やっぱ、軽いのダメだなあ。元のに戻そ。美味しくないや」
副流煙と呼ばれる煙が私の方へやってきます。煙草の煙は吸わない人のところに向かってくるというのは嘘ではありません。私は軽く咳き込みました。
「それ演技? じゃない?」
妻はまるで女優のような美しい微笑みを煌めかせます。批判的めいたことを言われているにもかかわらず、私はこの時間、いま、彼女といるだけで、それだけで素晴らしいと思いました。それほどの魅惑的な笑みでした。
「で、でもやっぱり……体に良くないんじゃない?」
「妊娠したら止めるわ。子供ができるまで、いろいろ体験しておきたいの。いろんなことを」
そう言われると私は煙草のことや他のことも渋々了承するしかないように思いました。

翌日、香澄は昼の少し前に出かけていきました。行先はもちろん、貴子さん宅です。

☆ 六

香澄が外出している間、私は気が気でありませんでした。テレビをつけても見続ける気にならず、すぐにリモコンを切りました。このところ妻の外出が多いせいか、家の中が散らかりがちです。掃除機を掛け、少し片付けようかとも思いましたが、それでは彼女の思うつぼにはまってしまうと考え、止めました。ソファに腰掛け、ボーッと前を見つめていると、テレビの下の棚にビデオテープの箱が無造作に置いてあるのが目に入りました。

 

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train

内容紹介

女子高に非常勤講師として転任してきた男が女性だらけの通勤電車のなかで遭遇する逆痴漢トラブルそして職場における虐待、陵辱。

週一の授業枠だけでは生活できない四十一歳の非常勤講師、小池則夫は、コールセンターでのアルバイトも余儀なくされる。しかし彼が学校、職場への通勤で使う姫島線電車は、女権企業グループが鉄道および沿線エリアの企業、学校、商圏をも支配する特殊鉄道路線であった。逆痴漢、暴力、女装強要、陵辱……則夫や男たちを待ち受けるさまざまな苦難や屈辱。しかし、最低限の生活をなんとか維持していくためには、この電車に乗り続けるしか、彼らに選択は残されていないように思われた。

第一章 女は男を弄ぶ
第二章 女は男に唾を吐く
第三章 女は男を辱める
第四章 女は男を虐め倒す
第五章 女は男に舐めさせる
第六章 女は男を嫐り尽くす

本文サンプル

第一章 女は男をもてあそ

☆ 一

―――次は、つきはま、月浜。姫島線……女子高、コールセンター方面は、お乗り換えです……
 電車から吐き出された小池則夫こいけのりおは、姫島線に接続する通路に向かう。とたんに周囲の人混みが女性ばかりになる。会話を弾ませながら歩くセーラー服姿の女子高生たち、ジャージやスポーツウェアをまとっているのは体育女子大の学生だ。それにブランド品に身を固めた美しいキャリアウーマン、流行ファッションを取り入れ、溌剌としたOLさんたち。皆、人材派遣会社やコールセンターの正社員様方だ。
 則夫は自分の境遇をつくづく惨めに思う。女子高の非常勤講師としてこの地に転任してきたばかりである四十一歳独身の彼は、コールセンターの契約社員としても働き始めた。産休明けからさらにしばらく休むはずだったはずの女性教諭が急遽、現場復帰したのに伴い、彼の授業枠が週一日に激減したからだった。まさかそれだけでは生活できない。
 姫島線・コールセンター行きの電車はすでにホームに到着している。
 姫島線は、ここ月浜駅から埋め立て地へ走る通称《オンナ沿線》だ。終点には則夫が勤務するコールセンター、その手前に女子体育大学、その前に同じく則夫が非常勤講師として籍を置く女子高、その途中には人材派遣会社などがある。もともと造船所とその関連施設のための専用鉄道だったが、造船所の廃業と共に路線も廃線となった。それを女系コンツェルンが買い取って再開発しようとしているのだった。手始めに復活させた四つの駅周辺に、手持ちの企業や学校を移転させ、これらを起点に女系経済特区へと発展させる計画らしい。時代は変わったものだ。
 小池則夫は今日も先頭から一つ手前の車両に乗る。彼女はまだのようだ。最初入り口付近にいた彼は人混みに押されて、奥へと移動する。出発間際には、女性だらけの満員車両になる。シャンプーや香水、そしてなまめかしい体臭……車両にたちまちオンナの熱気が立ちこめる。
―――今日は、別の車両に乗ったのかな……
 則夫が残念に思っていると、「おはようございます」
 声の方を向くと、まさしくお目当ての彼女、同僚の浅田恭子あさだきょうこだった。
「あ、お、おはようございます」
 コールセンターで同じチームの女性である。大学を出たての二十二歳、色白で目がパッチリとしていて、まるで人形のような顔立ちをした美人だった。白い半袖シャツの出勤服が清潔感にあふれている。緩いウェーブがかかった栗色ヘアは、胸のあたりまで長さがある。則夫はせっかくの通勤時間を彼女と会話したいのだが、すし詰め電車の密着度にそれもはばかられる。気がつくと恭子は耳にヘッドフォンを嵌めて違う方向を向いていた。
―――あ……
 則夫は先頭の女性専用車両への入り口近くに立つ女子高生を見つける。杉崎菜々緒すぎさきななおだ。長いストレートの黒髪に、高校二年生とは思えぬ自信に満ちた目力を持つ彼女は、目鼻立ちのくっきりとした美人で成績も抜群、しかし大いに問題のある生徒である。とにかく素行が最悪だ。けれども誰も彼女を注意できない。なぜならば、女子高の理事長の娘であるからだ。則夫は彼女に見つからないよう少し方向を変えて顔を伏せる。
「や、やめてください……」
 男性の声が聞こえる。則夫は恐る恐る菜々緒の方を見やる。長身の彼女が、三十前後の男性の背後にピッタリとくっつき、後ろから抱くような格好をしている。さらには菜々緒の連れである女子生徒三人が男を前から囲んでいる。則夫は、このような場面を目撃しても教え子たちを注意することができなかった。あの杉崎菜々緒のグループだし、目に映る彼女たちは大柄でいかにも凶暴である。しかし、則夫は女子生徒が囲む隙間から、男性の様子を伺い気に掛けた。いかにも大人しそうな子羊のような男だった。菜々緒が彼のシャツの上から乳首を触っている。
「ああっ……ごめんなさい……すみません……」
 彼は小さな声で助けを求めるように言うけれど、則夫にはどうすることもできない。菜々緒はまだ高二であるが、周囲の女子高生たちはたとえ先輩であっても、理事長の娘を注意することなどできない。女子大生も、OLたちも、面白そうに眺めているか無視するかのどちらかであった。
「ほら、ってきたよ、乳首……」
 菜々緒が嗜虐的な笑みを浮かべて男性の乳首をなで回している。
「ボタン外してあげて」
 菜々緒が男性の真ん前に立つ女子生徒に言うとショートカットの彼女が男性のネクタイを緩め、上からワイシャツのボタンを三つほど外す。
「あああっ……やめてください……」
 男の言葉を鼻で笑い、菜々緒の手が、男性の裸の胸に滑り込んでいく。
「ほら、下着つけてないと、こうして簡単に乳首つままれちゃうよ」
 菜々緒はそう言って男性の左乳首に右手を回し込んでつまみ虐める。
「はあああっ……や、やめて……」
 男性が大きめの声を出すと、目の前の女子生徒が、手を挙げ頬をピシャリと張った。
「あんた、それ以上声だしたら、殺すよ」
 その脅し声が低く、あまりに迫力があったので、男性はすっかり怯えてしまって、女子生徒たちのなすがままになった。

「あ、あの……お姉さん方、私、次で降りますので、どうか、これくらいで……ご勘弁ください」
 男性は卑屈な口調で、女子高生たちに懇願する。
「そう、僕ちゃん、次で降りちゃうの……」
 そう言いながら、菜々緒は腕を下に降ろしてもぞもぞし始める。
「ああああ……」
「さて、可愛い息子ちゃんはどこかしら……」
「や、やめて……お願い……」
「やめてじゃないだろ、触って欲しいくせに」
 そう言って正面の女子高生が、男性の両頬を挟むようにして右手でグッと握る。彼はひな鳥が喘ぐような口の形になって、涙目でパクパクと動かした。
「ちっちゃいなあ、小魚みたいだね」
 菜々緒がそう言うと、他の女子生徒たちも、「どれどれ」とかわるがわる手を下ろして彼のズボンから下半身を引っ張り出し、いじり始める。
―――次は、いちづか、市塚……派遣センター前……
 電車が減速を始めた頃、菜々緒たちからようやく解放された男性は、「す、すみません……」と自分を痴漢した女子高生たちに頭を下げ、逃げるようにその場を離れた。則夫は、そばの浅田恭子に、「僕、ちょっとここで降りますので、すみません、チーム長に少し遅れますって、お願いします」と言付けた。
―――いちづか、市塚です……
 顔色を悪くした男性に、則夫は、「大丈夫ですか」と声を掛けると、彼を抱きかかえるようにして、電車を降りた。ホームを渡った正面にあるベンチに二人して腰掛ける。
「大丈夫ですか……」ともう一度声を掛けると、「はい……大丈夫です、すみません……ありがとうございます」と彼は気を取り直したようにして言った。
「すみません、彼女たち、うちの生徒でして……」
「あ、先生ですか……」
「ええ、非常勤で赴任したばかりなんですが……」
「そうですか……じゃあ、知らないかもしれないけれど、彼女たちには逆らわない方がいいですよ……」
「はい、知ってます。うちの学校の理事長の娘の杉崎菜々緒です」
「ああ、ご存じなんですね……」
「はい、でもどうして、あなたがそんなことを知ってるんですか?」
「女子高の理事長は、派遣センターの役員さんでもありますから。有名ですよ。この界隈でお仕事をいただくには、とにかく女性には逆らってはいけないんです」
「はあ……」
 則夫には男性の言葉が、妙に現実的で身にしみた。
「すみません、ご心配掛けちゃって、もう大丈夫ですから……じゃあ、失礼します」
 彼は立ち上がると、服の乱れを確認して直し、則夫に一礼して、改札の方へ歩いて行った。

☆ 二

 則夫がコールセンターのオフィスフロアに到着した頃、チームでは朝礼が終わろうとしていた。
「す、すみません……申し訳ありません……」
 謝りながらチームのデスクに向かう。
「どうしました?」
 チーム長の長岡雅美ながおかまさみが小池則夫に聞く。二十六歳の彼女が、切れ長の眼差しで直立不動の彼を見据えて言う。
「あ、はい」
 則夫は、さきほど電車で一緒になった同僚の浅田恭子の方をチラと見る。
―――うまく、伝えてくれてないんだろうか……
「聞きました。男の人連れて、一緒に降りたんですって?」
「あ、はい……」
 チームは、彼以外女性が五人。女性ばかりの前で、逆痴漢のことを自分の口からはどうにもいいだせなかった。
「すみません、彼が、その、気分が悪そうだったもので……」
「お知り合い?」
「……い、いえ……そう言うわけでは……」
「ずいぶんと博愛精神に富んでいるんですね……そんな余裕がおあり? まだ研修中のご身分で」
 一回り以上も年下の彼女に、たっぷりと嫌みを言われ、則夫はめげそうになったが、ただただ謝る以外になかった。
「す、すみません……今後、気をつけます……」
「お願いしますよ」
「はい……申し訳ありません……」
「じゃあ、朝礼は終わります。皆さん、今日も一日頑張って、よろしく……小池さんは行きましょうか」
 純白のスーツに身を包んだ彼女は則夫を連れて、広大なフロアを横切り、小さな別室へ入っていく。研修用の特別室だ。十畳ほどの部屋には中央に電話機とノートパソコンが置かれた机があって、そこに二人は向かい合って腰掛ける。
「基本的なことは、もう大丈夫かしら? 今日から実践やってくけど」
 肩までのふわりとした髪型。涼しげな目許は、ハンサムレディーといった印象を抱かせる。
「は、はい……たぶん……」
「たぶん? 大丈夫なの? そんな自信なさげで」
「は、はい……なんとか、やらせていただきます、どうかよろしくお願いします……」
 則夫はおどおどした調子で、チーム長の長岡雅美にうやうやしく頭を下げる。
「じゃあ、やってみようか。フロアじゃヘッドセット着けて全部パソコンでやるんだけど、ここはアナログでいくね。しゃべり方とか対応力見るから」
 雅美はそう言って、紙の電話番号リストを彼に渡す。
「は、はい……」
 則夫はリストの一番上の電話番号を押す。
「間違えないようにね」
「はい……」
 女性の声が出る。若妻といった雰囲気だ。
「あ、お忙しいところすみません……私、○○化粧品の小池と申しますが、奥様でいらっしゃいますでしょうか……」
―――あ、いいです、セールスだったら……
「あ、はい、すみません……」
 すぐに電話は切られた。
「なに、それ?」
 雅美が則夫を蔑むような目で厳しく見つめる。
「もっとはっきりしゃべんなさいよ……そんな言い方じゃ、会社や大事な商品までがいい加減なものに聞こえるでしょ……」
「は、はいっ……すみません……」
 雅美の激しい剣幕に、則夫はたじたじになる。さすがは若くして、チーム長になっているだけはある。
「それからさ、すぐに引き下がるんじゃないわよ、『あ、はい、すみませんっ』て。そんなので注文取れるはずないでしょっ……」
 腕を組んで厳しく注意する。
「はい……」
「次、かけて」
「はいっ」
 則夫は次の番号を回す。やはり若い主婦らしき女性が出る。
「あ、お忙しいところすみません……私、○○化粧品の小池と申しますが、奥様でいらっしゃいますでしょうか……」
 さっきよりは、滑舌を意識してしゃべるが、結果は同じだった。
「次、どんどんやって」
 雅美は則夫にそう命じると席を立ち、灰皿を持ってきて、タバコに火を着ける。十件、二十件かけても、商品説明まで行き着かない。泣きそうになる則夫に、タバコの煙が吐きつけられる。
「なに、休憩してんのよ。続けて、どんどん」
「は、はい……」
 さらに、二十件ほどかけたところで、雅美が止める。反応は依然としてゼロだ。
「甘くないでしょ?」
 何本目かのタバコを灰皿で揉み消しながら言う。
「は、はい……」
 則夫は泣きそうな声を出す。
「朝から遅刻してる場合じゃないでしょ? 人助けできるような身分なの?」
 また蒸し返すのかと思いつつも則夫は「はい……すみませんでした……」と言うしかなかった。
「一件とれるまで、この研修終わらないからね。いい?」
「は、はい……」
 則夫の目から涙があふれるのを確認すると雅美が席から立ち上がった。
「あんたさあ……」
 近づいていって、則夫の胸ぐらをつかみ上げる。
「涙流すくらいなら、最初からきちんとやってよっ」
 そう言って、右手で彼の頬を強く張った。
「あううっ、すみませんっ」
 則夫は涙を飛び散らして謝る。体は女性上司への恐怖で震えている。
―――まさか、手を挙げられるとは思わなかった。個室で指導するというのはそう言うことだったのか……
「続けなさいっ。そのリスト全部。商品説明に行くまでは、昼休みもなしだからねっ」
 そう言い残すと、雅美は席を立って部屋を出た。トイレに入ると下半身がすっかり濡れそぼっているのを確認する。そしてショーツを降ろして、便座に腰掛けると、その潤った秘部に自身の指を入れる。四十過ぎの男が自分に怯えて流す涙を思い出しながら、雅美は自慰にふける。
―――あああ……ああいう男を見てると、徹底的にいたぶってあげたくなるわ……

☆ 三

 ようやく地獄の研修期間は終わったものの、則夫はその日の午前中も皆の前で、こってりと雅美に絞られた。
「一日中、電話かけて、三件って、冗談のつもり? 売れって言ってんじゃないわよ。タダの試供品あげるだけなのに、どうしてそんなに断られちゃうわけ? 給料泥棒だよ、これじゃ。来月から、完全歩合にしちゃおうか? ……」
「す、すみません、そ、それでは生活が……」
「生活掛かってんだったら、もうちょっと真剣にやったらどうなの? まるでやる気が感じられないのよ……」
「申し訳ございませんっ……ど、どうか、これから頑張りますから、長岡チーム長様……どうか……」
 激しい罵声を浴びて、彼はすっかりしょげきっていた。

「大丈夫ですか……」
 隣の浅田恭子が心配そうに声を掛ける。他の女性たちは昼食へと降りていった。
「あ、はい……ありがとうございます……」
 恭子から優しく声を掛けられ、則夫は感極まってしゃくり上げる。
「拭いて」
 彼女からハンカチを渡される。
「小池さんは、大人の男性なんだから、泣いてちゃおかしいですよ」
「あ、はい……すみません……こ、これ洗ってお返ししますので」
 則夫は涙と鼻を拭いたハンカチをポケットにしまった。
「お昼、行きましょうか?」
 思わぬ恭子の提案に、則夫は泣き顔で微笑む。
「あ、はい……」

「少しずつ頑張ればいいんじゃないですか」
 ハンバーグランチを食べながら、恭子は則夫に優しく微笑んでくれる。
「は、はいっ……ありがとうございます……」
「やだ、どうしてまた泣くの? 泣き虫ですね、小池さん」
「すみません……そんなこといってくれるのは、浅田さんだけなんで……」
 則夫は恭子から借りたハンカチをポケットから取り出し涙を拭う。
「あ、あの、浅田さん、聞いてもいいですか?」
 ナポリタンを一口食べ終えて、則夫が聞く。
「はい」
「今朝も見ましたよね。電車のなかで」
「え?」
「あ、あの……派手な感じの女性が、男の人を……」
「ああ……はい……」
「うちの生徒の杉崎菜々緒たちだけかと思ってたんですが、あんなことをするのは……」
「小池さん、知らないの?」
 恭子はぽってりとした赤い唇についたソースを紙ナプキンで軽く拭って言う。
「あ、はいっ?」
「姫島線って、そういう路線なんですよ。有名です」
「そう言う路線って……」
「《逆痴漢電車》です。朝のラッシュアワーは特に……」
「そして、あの電車に乗ってくる男性は、それ覚悟のひとも多いらしいです。覚悟っていうか、半分はやられにきてるようなものね……自分たちから……」
「えええっ……」
 驚きのあまり、則夫はいったんフォークを皿に置いた。
「女性も、ほら、この路線って、S系のひとが多いでしょ。そう言うエリアだから」
「は、はあ……確かに……」
「それで、杉崎菜々緒たちも」
「彼女のところの家系なんかは、まさに女傑揃いだから、生まれ持ったものもあるかもしれない……」
「だったら、僕と一緒に降りたあの男の人も、それを承知で……」
「ええ、だから……ちょっと気まずかったんじゃないかしら、あのひとも……」
「でも、嫌がっているようにも見えましたよ……」
「さあ、どうなんでしょう……でも、知らずにあの人材派遣会社にくるひともいるでしょうからね。本当のところは分からないわ……でも彼は見かけがいかにも軟弱そうだったら、間違いなく標的になるでしょう」
 そう言って恭子は、則夫の顔をまじまじと見る。
「な、なにか? ……」
「いえ、小池さんも、お年の割りに若く見えるし、それに、なんか、かわいらしいお顔してるから……気をつけた方がいいかも……」
「そ、そんな……恭子さん……」
 則夫はつい、彼女を下の名前で呼んだ。恭子はなにも言わず微笑む。則夫はその笑顔にたちまち癒やされ、照れ隠しのようにして、残りのナポリタンを口に運ぶ。

☆ 四

―――次は、じょしこう、女子高前……
「僕、今日は次で降りますので」
 満員電車のなか、則夫は浅田恭子の耳元で言う。
「頑張ってくださいね」
 恭子の愛らしい微笑みが沈みかけていた心を少し晴れやかにしてくれた。
 今日は女子高で教師として働く日だ。女子高勤務は、コールセンターとはまた違った苦難がある。女だらけの職員室。正教員という立場をかざして、産休上がりの国語教師は則夫に厳しく当たり彼を虐めた。そして女だらけの教室には、例の菜々緒たちの不良グループがいる。ただの不良ならいいが、こちらも理事長の娘という立場を最大限に利用して、則夫を好きなようにからかい、いたぶっていた。

「今日の授業はここまでにします。宿題の方、よろしくお願いしときますね」
 則夫は教壇から女子生徒たちにそう言うと、板書を消し、戻り支度を始める。
「ちょっと、小池先生」
 声の方を向くと窓際のいちばん後ろの席から杉崎菜々緒が呼んでいる。
「はい……」
 緊張の面持ちで彼女を見る。杉崎菜々緒が手招きをする。女子生徒の手招きに、教師の方がおもむかなくてはいけないのだろうか。非常勤講師と理事長の娘。その立場の差を思い、則夫は教壇を降り、彼女の方へ向かう。
「呼んだら、すぐにきなよ」
 長い黒髪を艶めかした杉崎菜々緒は机に投げ出したローファーの足で則夫の脇腹当たりを軽く蹴る。菜々緒や不良グループは上履きをダサいと思っているのか、教室内でも革靴を履いていることがあった。
「ああっ……ご、ごめんなさい……」
 則夫は彼女や彼女の取り巻きの前で、そんな卑屈なセリフを言い、怯えた態度をとったことに、少し後悔した。立場を自ら決定的にしたようなものだったからだ。
 セーラー服の胸元には赤い大きなリボンタイがあしらわれていて、菜々緒はそれをいじりながら、則夫に命令を下す。
「お昼買ってきてよ、ウチらの」
「え……」
 則夫がうろたえていると、他の女子生徒が、「いいの? 菜々緒ちゃんに逆らって。あんた非常勤なんでしょ」と言った。
「カバン取って」
 菜々緒は机の脇を顎で指す。則夫は屈辱にまみれながら、それを取ろうとする。
「返事はっ」
 お尻に衝撃が走る。
「あっ、はいっ」
 後ろから他の女生徒がローファーで蹴ったのだ。菜々緒以外の生徒にも暴力を振るわれたことに則夫は動揺する。
「なかに財布入ってるから」
 則夫はカバンのなかから高校生には似つかわしくないブランドものの本革財布を取り出すと菜々緒に渡した。彼女はそのなかから高額紙幣を一枚取り出し、彼に渡す。皆が一斉に注文を彼に言う。
「ちょ、ちょっと待ってください、書きますので」
「そう、書き取りが大切だよね。あんたも授業で言ってたじゃん」
 周りから笑い声が起こる。全員分のオーダーをメモ帳に書き留めると、菜々緒が、「小池ちゃんも好きなの買ってきな。一緒に食べようよ」
「え、……でも……」
 さすがに生徒におごってもらうのは気が引けた。
「んなこと言ってる場合なの? 遠慮しないでよ」
 菜々緒は見透かしたように言う。
「……あ、はい……いいんですか……あ、ありがとうございます」
 正直に言って嬉しかった。則夫の懐事情は、昼をたびたび我慢しなければならないほど逼迫ひっぱくしていたからだ。

「お待たせしました。すみません」
 そう言いながら則夫は売店から買ってきたパンや飲み物を女子生徒たちに配る。もちろん、菜々緒に一番最初に渡し、お釣りも戻す。
「自分のも買ってきた?」
「は、はい……ありがとうございます」
「なに買ったの?」
 他の女子に聞かれ、則夫が説明すると、「二つも買ったんだ。ひとつでいいんじゃないの? 非常勤のくせに」
 笑いが起こったが、則夫は小さな声で、「すみません……」と言うしかなかった。
「でさ、小池ちゃん、さっきなに怒られてたの? 恵子けいこ先生に」
 菜々緒がサンドウィッチの包みを開けながら聞く。用事で職員室に行ったときに、則夫が国語の正教員に激しく罵倒されていたのを目撃したのだった。
「あ、はい……先生に事前にレジュメを提出するよう言われてたのを忘れてまして」
「そうか、恵子先生の方が上司だもんね」
「年齢は小池ちゃんの方が全然上でしょ?」
「恵子先生まだ、二十代だよ」
「小池ちゃん、あんたいくつ?」
「あ、はい……四十一になります」
「いってるねえ」
「四十オーバーだとは驚きだわ」
 セーラー服姿の美女たちは、パンを頬張り、ストローでジュースを飲みながら、思い思いに好き勝手なことを言って、則夫が困惑する様子を楽しんでいた。
「食べなよ、小池も」
 菜々緒が言うと、他の女子生徒も、「食べな、小池」「小池、菜々緒ちゃんにいただきますって言うんだよ」と呼び捨てにし始めた。
「は、はい……杉崎さん、い、いただきます……」
「小池えっ、あんた、ちょっとウルウルきてない?」
 隣にいた女子生徒が言う。
「泣いてんじゃないわよ」と皆が笑う。則夫が惨めさに目に涙を浮かべようが、彼女たちは容赦がなかった。むしろ、そのことになおさら攻撃心を焚きつけられたようだった。
「週一しかないんだから授業、しっかりやんないと。恵子先生に迷惑掛けないように」
 菜々緒は、まるで彼の上司であるかのような口ぶりでそう言った。
「は、はい……気をつけます……」
「でも、週一しか授業なくて生活できるの?」と他の女子。
「説明しな」と菜々緒が嗜虐的な笑みを浮かべて言う。
「あ、は、はい……じ、実はこれ以外の日は、コールセンターの方に行ってまして……いちおう、契約社員としてですね……」
「バイト扱いでしょ? 聞いてるよ」
 菜々緒の母親はこの学校の理事長であると同時に、コールセンターを含む複数企業の幹部でもあった。姫島線沿線の学校や企業は女権企業グループの傘下にある。幹部の娘にもいろいろな情報が入っているようだ。
「バイトが見栄張ってんじゃないわよ」と取り巻きの茶髪女子が則夫の華奢な肩を突く。
「あ、はい……すみません」
 則夫は恥ずかしさのあまり、穴があったら入りたいような気分だった。
 女子生徒たちは、食べ終えたカスや袋を、まだ食事中の則夫に集める。彼はそれをすぐさまゴミ箱に捨てて戻ってくる。彼のもうひとつのパンが、菜々緒の足元に置かれていた。パンの上で彼女は長い脚を組んでいる。
「小池、こっちきな」
「は、はい……」
「そこ、正座しろ」
 彼をパンの前に座らせる。取り巻きの女生徒たちが興味津々に見守る。他の女子生徒たちも異様な雰囲気に引き込まれるようにして集まってきた。
「お前、見てたでしょ、こないだの朝」
 菜々緒がローファーのつま先を則夫の眉間すれすれに近づけて言う。
「え? ……」
「ウチらが、電車の中で遊んでたときだよ」
 例の痴漢行為のことだと則夫は思った。
「あの彼と電車降りて、なにやってたの?」
「あ、は、はい……気分が悪そうにしてらしたので、大丈夫かなと思いまして……」
 則夫が怯える態度に菜々緒は自分が興奮し始めているのを感じる。
「ウチらのせいで気分が悪くなったって?」
「い、いえ……そう言う意味では……」
 則夫の額から脂汗が流れる。
「そう言う意味じゃん」
 菜々緒の黒い革ローファーのつま先が則夫の眉毛のところに触れる。
「す、すみません……」
「食事、途中でしょ。食べなよ……」
 床に直接置かれたカレーパンを則夫は見つめる。
「で、でも、もう……床に……」
「なに? 汚いから食べられないって? 小池、あんたそんな贅沢言える身分なの?」
「い、いえ……」
「ここの授業だけじゃやってけないくらい困ってんでしょ?」
「は、はい……」
「だったら、床に落ちたパンぐらい食べれるでしょ」
「で、でも、そ、それは……ちょっと……」
 大勢の教え子にしかも女生徒ばかりに見られるなかで、大人の男としてさすがにそれはできないと則夫は思った。
「そう、できない? だったらできるようにしたげようか……」
 菜々緒は冷たい笑みを浮かべ、机のなかに手を入れる。ものを探り当てるとそれを引き出す。指先が出るタイプの黒い革手袋だ。当人たちだけでなく、周囲にも緊張感が走る。女子生徒が教師に体罰を与えようとしているのだから。立場がまるで逆転している。
「歯、食いしばって」
 そう言うと、菜々緒は組んだ脚を広げ、左手を伸ばして則夫の胸元をネクタイごとつかんでひねりあげた。
「ううううっ……く、苦しいです……」
「だよね、そうやってんだから……」
 菜々緒が高二女子とは思えぬ低いトーンの声を出す。
「歯をくいしばれ」
 もう一度、そう繰り返し、則夫が言われた通りにするのを確認すると、強烈な平手打ちを彼の頬に食らわせた。それも一発で終わらせず、二発、三発、四発、五発と叩きのめした。
「ひいいいっ……ご、ごめんなさい……許してください……」
 則夫は泣き声を上げて、十七歳の教え子に許しを乞う。

小説 S女様リンチ系「逆痴漢電車」

Kindle小説サンプル

S女小説 女軍慰安夫「早乙女小隊の日々」

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内容紹介

冷徹な女性将校、残虐な女軍曹……美しく激しい女性軍人たちに蹂躙、陵辱される男兵卒たち。
大東亜戦争開戦直後、従軍看護婦として比島(ひとう:フィリピン)に招集された早乙女佳乃(よしの)は、ほどなく陸軍少将の播磨(はりま)に見初められ愛人となる。やがて播磨は被虐趣味を告白し、将校服を纏い長靴を履いた長身佳乃の足下にひれ伏すようになる。佳乃は自身の奥底に眠らせていた嗜虐性を徐々に目覚めさせ、もはや戯れでは収まらなくなってくる。播磨の計らいで軍隊の鉄拳制裁を目の当たりにした佳乃は、抑えられない衝動を覚え、ついに自身のための小隊を編成するよう播磨に命令する。一方、内地では身長、体格が及ばぬ理由で徴兵をいったんまぬがれたはずの勤め人田手雅行(まさゆき)が比島への招集を掛けられた。境遇を同じくして南方行きの船室に集う優男たちの行く末は……。

第一章 海ゆかば
第二章 革かおる
第三章 胸きしむ
第四章 声たかく
第五章 肉おどる
第六章 魂のぼる

本文サンプル

第一章 海ゆかば

 

☆ 一

一九四二年 六月

―――いよいよだ……
病院船の甲板から見送りに手を振り、二十六歳の早乙女佳乃さおとめよしのは気持ちを新たにした。高等女学校を卒業し、日本赤十字社で三年間の看護修業。内地の病院で五年間勤務した後、従軍看護婦として招集された。赤十字社に属する看護婦は、有事の場合はそういう決まりになっている。軍人の祖父や父を見て、話を聞いて育ち、お国のために尽くすのが本分だという考えが自然と身についた。だからこそこの道を選んだのだ。紺の制服、帽子、黒の編み上げ靴、白い手袋といった看護婦の正装が、長身美人の彼女をいっそう凜々りりしくみせている。赤十字の腕章を左腕につけ、これから比島ひとう(フィリピン)へ向かい、マニラの陸軍病院に勤務するのだ。昨日まで泣きはらした母親が笑顔で埠頭から手を振り続けるのを見つける。佳乃は、半分、申し訳ない気持ちで一段と大きく手を振ってそれに応える。
「比島はいまや完全に日本のものだから、心配しないで」
佳乃は昨日もそう言ってきかせ、生みの親を少しでも安心させようとした。実際、日本軍は、一九四一年十二月八日の真珠湾攻撃とほぼ同時に比島上陸を開始し、年明けには首都マニラを陥落、ひと月前の一九四二年五月には米軍を敗北に追いやり、比島全土を占領していた。かの地は内地と同じようなものだ。何も心配することはない。汽笛が鳴り、船がゆっくりと動き出す。佳乃は郷愁に引かれる気持ちを振り切るようにして手すりを離れ、舳先の方へ歩いて行く。

一九四二年 七月

「ご気分は、いかがでございますか?」
早乙女佳乃さおとめよしのは寝台の上で目を覚ました陸軍少将の播磨常定はりまつねさだに話しかけた。
「あ、ああ……もうすっかり……」
そう言って半身を起こしかけた播磨はりま佳乃よしのはやんわりと制する。
「まだ、いけません……昨日は、あんなに高い熱があったのですから」
「なんの、これしき……どうせただの風邪です」
「もう一度お測りしましょう……さあ、横になられて……失礼いたします」
そう言って佳乃は水銀体温計を播磨はりまの脇に挟む。
―――なんという……
四十九歳の播磨は、白衣の長身女性に思わず見とれる。いかにも意志の強そうな眼差し、整った面立ちはまるで銀幕女優のようだ。
「どうかいたしましたか?」
「いや……」
陸軍少将である自分にはほとんどの女性が、いや男であってさえも臆するものだが、この看護婦にはまったくそういうところがない。播磨は彼女への思いをいっそう強めた。
「あの……早乙女さんとおっしゃいましたか……」
細身で小柄、言葉が柔らかく物腰も穏やかな播磨は軍服を脱いで伏せているととても軍人には見えない。どちらかというと文弱の徒といった印象だ。
「はい」
「下の名前をお教え願えますか」
そう聞かれ、看護婦は恥じらうような笑みを見せる。
佳乃よしのです。早乙女佳乃ともうします」

播磨は治療が済んでからも、部下の見舞いなど、何かと理由をつけては佳乃が勤める病院を訪れた。挙げ句、ついに自身の宿舎に彼女を招き入れることに成功した。播磨と佳乃が男女の関係に至るまでに出会いからひと月とかからなかった。

「あなたとずっとこうしていられるといいのですが」
播磨は隣で伏す佳乃に話しかける。二人は事を終え裸のままだ。
「え、駄目ですの? 内地に奥様がいらっしゃるから?」
「いや、そうではなくて。かような安穏あんねいはそう長くは続かないだろうと思うのです」
現地ゲリラによる襲撃等は時折あったものの、確かに当時の比島はほぼ平時に近い様相であった。従軍看護婦と軍幹部がこのような逢い引きを行えることが何よりもそれを表していた。
「どうして? 我が国が負けるはずないじゃありませんか」
「米国を見くびってはいけません。このままで終わるはずがない」
「まあ……とても陸軍少将さまの口から出る御言葉とは思えませんわ。そんな気弱な……」
播磨はそれ以上の言葉をふさぐようにして、佳乃と唇を重ね合わせた。

一九四二年 八月

「……も、もう、戻りませぬと。明日も早いことですし」
佳乃は寝台から長椅子へと移動し、乱れた浴衣ゆかたを整えながら言う。度重なる播磨との逢瀬を決して嫌とは思わなかったが、やはり気が引けた。お国に身を捧げるつもりでこの地までやってきたのだ。仮に招集がなかったとしても、志願するつもりでいた。
「心配ご無用。あなたの上司である軍医たちのことはよく存じ上げているし、病院の責任者とは昵懇じっこんの間柄です」
播磨も浴衣を羽織り直して、寝台に腰掛け、丸い眼鏡を顔に戻すと、佳乃の美貌をあらためて確かめるようにする。
「そんなことより、少し頼みがあるのです」
「何でしょうか、わたくしは、少将様のためなら何でも。何なりと」
佳乃は少し離れた位置から背筋を伸ばしてそう言う。
「……うん、その……わたしを、そのあなたの手で、ぶってみてはもらえないだろうか」
その告白そのものが、すでに彼を興奮に導き始めている。
「ぶつ?」
佳乃は一瞬、播磨が何を言っているのか分からなかった。
「そう、この頬を叩いていただけないだろうか」
播磨は指先で軽く自分の顔を叩く。
「ど、どうして、そんなことを……まさか、できません……わたくしが、少将様の頬をひっぱだくだなんて……そんな……」
「どうか、お願いです」
播磨は寝台を立って進み、佳乃が腰掛ける前まで来るとしゃがんで膝立ちし、彼女の太股に手を置いた。
「でも、どうして……わたくしには少将様を叩く理由もありません」
「理由? 理由など……ではこうしましょう……あなたは強いこころざしをもって、この地におもむいたはず。それをあろうことか私は軍の将校という立場にあるにもかかわらず、また、内地に正妻を持つ夫であるのに、あなたといまこのような時間を過ごしている。もちろん、あなたに罪はありません。すべて私の我が儘わがままによることです。私をその手で断罪していただきたい……」
「そんな……それならば、私も同罪ですわ……あなたさまに命じられて嫌々ここにいるわけではありませぬから……」
「いや、それならもう理屈はいいのです。わたしは佳乃殿、あなたさまに叱咤しったされたい。それだけのことです……どうか、お願いします……」
そう言って播磨は佳乃の右手を両手でつかみ、彼女を見上げる。
「そういったご趣味が?」
見下ろす眼差しに、播磨は侮蔑の光を探す。その眼差しに耐えられぬようなそぶりを見せてうつむく。そして、こっくりとうなずく。しばし、部屋を沈黙が包む。軍用車が往来するエンジン音が遠くに聞こえる。
「……分かりました。あなたさまがお望みなら、かなえて差し上げましょう……眼鏡を、お外しになって下さい」
「よ、佳乃殿……」
播磨は嬉々とした表情で、看護婦の命に従う。細い黒縁の丸眼鏡を長椅子の脇の小さなテーブルにそっと置く。そして許しを乞うような、また戒めを望むような目をして、大柄の麗人を見上げる。佳乃は覚悟を決めた眼差しで播磨をしっかりと見据える。佳乃の手が播磨の頬を触る。滑らかな手のひらが頬をなでる。女子おなごにしては大きな手だと播磨は思った。
「あなたは悪いお人です」
佳乃はまるで自分に言い聞かせるようにそう言うと、播磨の頬をひとつ張った。パンという乾いた音が部屋に響いた。佳乃がいたたまれないような表情を見せたので、播磨はすかさず口を開いた。
「いいのです、これでいいのです、ありがとうございます。いや、わたくしが佳乃殿に犯した罪はこの程度にございましょうか? もっと強く、幾度も打ち下ろしてくださいませ……」
「ほんに?」
「ええ」
佳乃の肩がかすかに上下している。興奮しているのだろうか。播磨は、続く殴打に期待を寄せ、目を閉じかけたが、誰にどこを叩かれたのかしっかりと記憶に残したくて目はもちろん、五感と神経を目の前の麗人に集中させる。
「では」
佳乃はそう言いながら、播磨の頬をさすり、手を大きく挙げると、さっきよりも強く頬を目がけて振り下ろした。大きな乾いた音がして、播磨の華奢な体は大きくかしぐ。
「ああ……」
播磨は思わずもだえるような声を漏らす。
「だ、大丈夫ですか……」
佳乃は心配そうに播磨の顔を覗き込む。
「心配は無用です……いや、そのような慈愛だけはどうかご勘弁願いたいのです」
「あ、はい……」
「さあ、もっと……今くらいの強さでかまいませぬから、幾度も私を叩きのめしてくださいませ」
そう言って播磨は頬を差し出した。
「いいのですね……あなたさまがそうおっしゃるならば……」
佳乃の表情が毅然としたものに変わる。浴衣の襟を整え、左手の指先で、播磨の顎を少し上に向けさせる。
播磨常定はりまつねさだ……」
「は、はい……」
「あなたは、お国に命を捧げる人々の上に立つ者として、大きな間違いを犯しました」
「はい……」
「それは罪です」
「はい」
「罪には罰を与えねばなりません」
佳乃の右手が大きく挙がり、播磨の頬を再び打つ。すかさず、その手の甲が戻りしな、反対側の頬を打つ。佳乃はそれを三度往復させて、最後にこれまででいちばん強い一撃を放った。播磨の体が床に投げ出される。佳乃は一瞬、声を掛けようと思ったが、思いとどまった。
「佳乃様、いまのは貴女あなた様のお力のいかほどでしょうか。八分、九分、それとも……」
播磨は体を起こすと長椅子に腰掛けたままの愛人に言った。
「さて、半分、いえ、それほどもいっていないかも。三分くらいですわ」
「そ、そんなにお手加減を……」
「当たり前ですわ。こう見えてもわたくしは幼少の頃から柔術を習っておりましたの」
「佳乃様の本当のお力が見てみたい……」
「そんなことをすれば、播磨様、あなたさまは、人前に出られないお顔になってしまいますわ」
佳乃は播磨の唇の端から少し血がにじんでいるのに気づいて、懐からハンケチを取り出し、それをそっとぬぐってやった。
「それから、佳乃様、私と二人きりのときは、私を下人扱いしてくださいませ。そしてそれにふさわしい言葉を使っていただきたいのです。名前も呼び捨てでどうかお願いします」

それ以降、播磨は逢瀬のたびに、佳乃に殴打をねだり、彼女もそれに応じた。最初は幾ばくかの躊躇があった彼女も次第に大胆になっていった。
「播磨、まだ打ち足りないわ、もう一度頬を出しなさい。もっと私が打ちやすいように」
「は、はっ、佳乃様」
播磨は長椅子の佳乃にさらに近づけるように床に着けた膝をすり寄せる。
「ほら、またけようとする」
殴打の動きに入ると播磨は少し顔を傾けるようになっていた。佳乃の張り手が回を重ねるごとに強くなっていき、播磨は顔が腫れるのを怖れていた。幹部会議などに支障がある。
「ご、ご容赦くださいませ、佳乃様。あまりに貴女様あなたさまの殴打が強いもので、私の頬が腫れてしまいますもので……」
「ご自分から殴れと言っておいて、そんな我が儘を言うのかしら」
佳乃はそんな台詞せりふが言えるほど余裕を持ち始めていた。好奇心が芽生え、この刺激的な播磨との関係に彼女自ら傾倒し始めていた。
「も、申し訳ございませぬ……」
播磨は、その場に跪き、頭を床につけた。佳乃はほくそ笑む。
―――この姿を皆が見たら、どう思うだろう……
遊びだとは言え、陸軍少将に土下座をさせている自分に、これまで味わったことのない満足を感じた。
「よし、播磨、あなたがそこまでするのなら、許してあげます。少しは力を加減して差し上げましょう」
「あ、ありがとうございますっ」
播磨は半分本心で、そう言い、さらに何度も頭を下げる。まるで米つきバッタのように。
「その代わり、数は増やしますよ」
佳乃は、笑ってそう言い、播磨の体に脚を入れて起こし、胸ぐらをつかんで引き上げた。

そんなある日、播磨は自ら運転する軍用車に佳乃を乗せ、監督下にある小隊の訓練地へとおもむいた。車は両脇に草木が覆い繁る道を半時間ほど走り、突如開けたところで止まった。広場を囲むようにして、いくつかの小屋が建ち並んでいる。馬小屋の横に若い軍人が待っており、車をその近くに駐めると、近づいてきて敬礼した。彼は紺の看護婦正装を身に纏った麗人に目を奪われる。ハッとして播磨の方に視線を戻すと、「少将殿こちらです」
軍人は少尉だった。若い少尉は二人を将校用宿舎の一室へと案内した。部屋はがらんとしていて、壁の小さな窓の方に向いて椅子が二つ並べてある。少尉が敬礼をして去っていくと、播磨は、「さあ、そこへ腰掛けてください」と佳乃を促し、自分も座った。外から目立たぬ特製の小窓からは営庭が見渡せた。日頃から目を掛けている少尉に頼んで作らせたものだった。しばらくすると広場を挟んだ正面の兵舎から男たちが出てきて整列を始めた。一五、六人ほどが、横一列に並んでいる。ややあって、少し年かさのいった男が現れ、大声で兵たちをののしると、右の端から一人ずつ、頬に強い平手打ちを張っていった。佳乃が播磨に会うたびに施している所行だが、いま彼女の目に映っているそれはまったくもって容赦のないものだった。大きくかしいだり、よろける者もいたが、皆すぐに直立不動に戻った。
「まあ……、全員が一斉に、皆でなにか間違いでも?」
連帯責任です。ひとりが間違いを起こすと、その場にいた皆の責任になる。それが軍隊というものです」
「まあ……」
佳乃は一瞬、播磨の方を見たが、すぐに視線を広場の方に戻し、次に行われることに注目した。しかし、彼らを叩いた曹長が去ると男たちもすぐに兵舎の方へ戻ってしまった。佳乃は少し残念そうな顔をして、播磨の方を見る。
「佳乃様、次の隊がじきに現れますから」
播磨がそう言うとすぐにその言葉通り同じ人数くらいの分隊が現れ、同じようにあとから出てきた曹長が、罵声を浴びせると一発ずつ兵を叩いていく。ただし、今度は手に何かを持ってそれで殴っている。
「あれは……」
「革製の内履きです」
「そのようなもので……さぞ痛いでしょう……本当に痛そうだわ」
佳乃はそう言いながら、窓の向こうの光景に釘づけになっている。
「あれは、相当に痛いと思われます」
播磨は佳乃をまるで上官のように見立てて言う。
「それに屈辱的だわ。足に履くもので頬を殴られるなんて」
「確かにそうです。肉体的な戒めに加え、精神的な苦痛を与えることによって鍛えるとでもいいますか……」
「物は言いようね」
佳乃は鼻で笑うようにし、その態度が播磨を興奮させる。
「次は?」
去って行く男たちを見て、佳乃が聞く。
「はい、まだ」
次の曹長は、拳で兵たちの頬を殴っていった。全員が例外なくその場に崩れ落ち、しばらくは起き上がれない。それほど強烈な殴打を加えられていた。しかし、佳乃はそれを平然と眺め、「殴る方は痛くないのかしら」と独り言のように言った。
「もう終わり?」
まるで物足りないとでも言うように、佳乃は播磨を見る。

「どういうつもりでわたくしにあんなものを見せたのかしら?」
帰りの車の中で、佳乃は播磨に尋ねた。
「はい、軍隊における鉄拳指導がどれほどのものかを是非、お目に掛けたくて」
「確かに驚いたわ。わたくしがそちらにしている制裁などかわいらしいものね……」
「は、はい……」
「かといって、あなたをあれ以上強く殴ると差し障りがあるのでしょう。あのように革の靴や拳で殴ってもいいというならばやりますけれど」
興奮が甦ってきて、佳乃はつい本心を打ち明けた。
「……」
「できないでしょう」
佳乃は意気地のない男を見る目で、運転席の播磨を向く。
「申し訳ございません」
「それにしても……一度でいいから、私もああいう厳しい指導者の立場になってみたいものだわ」

☆ 二

一九四二年 九月

「今日は、佳乃様のために品物を用意させていただきました」
いつものようにひとしきり頬を打たれた播磨が、別室から風呂敷包みを持ってきて、長椅子の横に置いた。
「どうぞ、お開けくださいませ」
「わたくしに開けさせるの? 播磨、お前が開けなさい」
「はいっ、申し訳ございません。では……」
平然とお前呼ばわりされ、播磨の体に電気が走る。風呂敷の中身は新品の将校用軍服、同じくまっさらの長靴ちょうか革帯ベルト、軍帽だった。いつか体や足の寸法を細かく測られたのはこのためだったかと二十六歳の従軍看護婦は納得した。佳乃は浴衣を脱ぎ、長椅子の上に置く。下着は身につけていない。くびれの利いた大柄の肢体が照明の光にきらめく。染み一つない滑らかな肌に、播磨はあらためて驚く。佳乃が一糸まとわぬ姿になっても恥じらいを感じていないふうに見えるのは、馴れ合いがひとつ、そして自分への蔑みもあるのではないかと思うと播磨は興奮した。自分の宿舎として米軍から接収した離れの一軒家を準備させてよかったと播磨はあらためて思う。そのおかげで、佳乃とこのような大胆かつ奇譚な逢い引きを楽しむことができるのだ。
佳乃はやや青みを帯びた茶褐色、すなわち国防色の軍服の上下を嬉しそうに手に取る。まずは短袴たんこを履く。太股の部分がゆったりとした短い丈のズボンである。ボタンを留め、太くて黒い革帯ベルトを締める。続いて軍衣に袖を通す。佳乃の顔がうっすらと汗ばむのを見て、播磨は米国製であろう大型の扇風機を移動させ、佳乃によく風が当たるようにする。扇風機はゆっくりと首を振り、南国の湿った空気をかき混ぜる。軍衣のボタンを下から止めていくごとに、シルエットが出来上がっていく。女性のくびれ体型に合わせて、腰をきゅっと絞った特注の将校服だ。肩幅は男子用とほとんど変わらない。佳乃の肉体の完成度に播磨はあらためて惚れ惚れする。
播磨はその場にしゃがみ込み、黒い革の長靴ちょうかを持って、佳乃を見上げる。その表情から二十六歳の看護婦は、少将の意をくみ取る。
「播磨、わたくしの足にその長靴を履かせなさい」
「はっ」
「その前に……お前は浴衣を脱いで裸になりなさい」
播磨はあたりを少し気にする様子を浮かべたが、佳乃の「早くっ」という声に弾かれるようにして、帯を解いた。佳乃は長椅子にゆったりと腰掛け、長い脚を組む。
「失礼いたします……」
播磨は長靴の一つを取り、佳乃の片脚に下からあてがう。女性は履き口を両手で引っ張りつま先を伸ばすようにして長靴に足を差し入れていく。最後は床でドスンと踏み下ろす。もう一方も同じようにして履く。
「この長靴も特別にあつらえさせていただきました。佳乃様のおみ足は並の男子おのこよりも、なごうございますので」
佳乃のための特製長靴は踵が高く、つま先も鋭い角度に改良されていた。磨けば磨くほど艶めくであろう上質の牛革がふんだんに使われている。
「それで? わたくしにこんな格好をさせて、いったいどうして欲しいのかしら?」
足元で所在ない様子の播磨を見据えて言う。痩せた裸体で縮こまる中年男には、もはや少将の威信のかけらもなかった。
「さ、早乙女中尉殿……」
中尉ちゅうい?」
佳乃は首の下の襟章を触ってみる。斜めに傾いた四角形は、将校の襟章。一本線上に星二つは、中尉のものである。播磨が彼女のために密かに用意できた最上位の襟章だった。
「も、申し訳ありません。それがわたしに用意できる精一杯で……」
「先日、平気で部下たちを殴っていた人たちの位は?」
「あ、あれは曹長や軍曹です。早乙女中尉殿よりはずっと身分の低い」
「あれくらいでも良かったわ。あまり偉くなると、易々やすやすと拳も振るえないでしょう」
「あ、はい……しかし、何事にも例外はございます。実際に気性が荒く、すぐに手を出してしまう将校たちもおります」
「そう……それがわたくしということかしら? 播磨」
播磨は怯えた表情を作って、佳乃を上目遣いで見る。
「は、はい……」
「では、殴っていいわけね、あなたを。あの惨めな兵隊たちのように。顔を拳でいっていいのでしょう?」
佳乃はつばの付いた軍帽を被ると長椅子から立ち上がり、右の拳を左の手のひらで包んだ。女性のしなやかさと男性の力強さを併せ持ったような大きく美しい手だった。
「ど、どうか……お許しください……早乙女佳乃中尉殿」
播磨は素っ裸のまま床に正座して縮こまる。
「ど、どうか……」
頭を床に着けるように下げる。
「お前のいまの位はなんなの? まさか、裸になって女の足元で土下座する男が少将だなんていわせないよ」
「は、はい……わたくしは……ご、伍長程度のものかと……」
そう言って佳乃を見上げる。すぐに、播磨の期待通りの返事が返ってくる。
「……伍長? ふん、お前は二等兵だ。わたしの前では。いいか、播磨。最下位の駒として、わたしの厳命に従えっ」
長靴の足でドンと床を踏み鳴らす。
「はっ、ははあっ、佳乃中尉殿。誠にありがたき御言葉。この播磨常定二等兵、あなたさまに一生涯忠誠をお誓いいたします……」

「も、申し訳ありません……」
数日後の夜、佳乃と床を共にした播磨は、男としての役割をまったく果たせなかった。
「どうしました……いえ、どうして欲しい?」
裸のまま寝台に腰掛けた佳乃は同じく裸の播磨をじっと見据え、妖しい笑みを浮かべる。
「き、厳しく、ご叱咤くださいませ」
「また軍服に着替えて欲しいのでしょう?」
「は、はい……」
「すぐに持ってきなさい。お前はもちろん、裸のままで」
浴衣を羽織ろうとした播磨をたしなめる。
「はっ」
播磨は眼鏡を掛けて寝台から起きると佳乃の軍装一式を入れた行李こうりを持ってきた。
あれは、用意できていますか?」
「あ、は、い……」
播磨は、興奮の面持ちで、行李から白い布を二つ取り出し渡した。ひとつはふんどしだった。長さ三尺(九十センチ)、幅一尺(三十糎)の白布の端が筒状に縫われ、その筒にやはり白い紐が通してある。越中ふんどしと呼ばれるものである。寝台脇に立った佳乃はそれを広げてみて、床に正座する播磨に放り投げる。
「どうやるの? 履かせなさい」
「はっ」
播磨は、「失礼いたします、佳乃中尉殿、向こうをお向きいただいてよろしいでしょうか……」
「待ちなさい……」
佳乃は壁に立てかけてある大きな姿見すがたみの方へ向かい、その前に立つ。播磨は彼女の背中ごしに鏡に映された立ち姿を見る。佳乃は豊満な胸の前で腕を組んでいる。見事なくびれ具合の腰つきで長い脚を広げて堂々と立ち、部下の播磨二等兵がふんどしを着けるのを待っている。
「遅いっ」
強い声でそう言うとすぐさま振り返り、播磨の頬に平手で強打を放つ。
「ひっ……はっ、申し訳ございません、早乙女中尉殿っ、すぐにかかりますっ……」
播磨はふんどしを佳乃の尻の上から垂れるようにあてがい、上部の紐を腹の方へ回し、自分も前に回って、へそのあたりで結ぶ。佳乃はくすぐったい様子も見せず、堂々と腕を組んだまま、ちょこまか動く播磨の仕事を見下ろしている。

 

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S女小説 ミストレスオフィス「Mの告白」

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内容紹介

マゾの自覚がある中年男が、女性ばかりのオフィスに派遣登録され、彼女たちのS性を目覚めさせる。
美女ばかりのオフィスに派遣スタッフとして送り込まれた良夫は、歓迎会の席で、自分はM男であることを告白する。好奇心を刺激されながらも、最初は様子を見ていた女性たちだが、次第に自分のなかのS性に目覚め、暴走を始める。想像以上の暴虐に、怯えおののく良夫に、唯一、優しく接してくれたのが、二十歳の新入社員、夏美であった。

第一章 カミングアウト
第二章 男の潮吹き
第三章 淫欲の餌食
第四章 うら若き嗜虐心
第五章 サド妻の奔放
第六章 淑女の暴虐

本文サンプル

第一章 カミングアウト

☆ 一

「ちょっと、ぼんやりしすぎじゃないですか?」
 打ち合わせテーブルに呼びつけられ、増田良夫ますだよしおは上司の瀬口朝香せぐちあさかに注意を受ける。
「すみません……」
 リストをうっかり見落として、注文の商品を送りそびれた。あまりに到着が遅いという顧客からの電話で、さきほどミスが発覚したのだ。
「しかも、一回目じゃないでしょ」
 先週も同じ間違いをしたことを三十二歳の美人課長はとがめる。
「は、はい……すみません……」
 契約社員として先月入社したばかりの四十二歳は身をすくめてうつむくばかりだ。
「おはよう」
 部長の大島洋子おおしまようこが、ダークグレーのスーツに身を包んで入ってくる。
「お、おはようございます……」
「どうした?」
 穏やかでない空気を察して、洋子が朝香に聞く。
「彼が《美容茶》を送ってなくて、お客さんからクレームが……」
「え、また?」
「ええ……」
「いいわ、あなた仕事に戻って。あとは私がやるから」
 部長の大島洋子は課長の瀬口朝香にそう言い、バッグを置いて、指導を入れ替わる。
「どうしようか、増田さん」
「え……」
「え、じゃないでしょ。うちの信用に関わることだから。商品の送り忘れなんて。それをこんなに簡単に何度もやられたらたまったもんじゃないわ」
「す、すみません……」
「もう何度も聞いた、それ。派遣会社さんに電話入れようか」
「あ、いえ、大島部長、それはどうか……」
 派遣会社の担当女性を拝み倒してようやく手に入れた職場だ。ここをクビになれば、またしばらく無職に後戻りだ。
「それはどうか、何よ。言葉を省略しないで、ちゃんといいなさいよ」
「あ、はい……大島部長、それは、派遣会社様に連絡するのはどうか、ご容赦くださいませ」
「だけど、担当の彼女、誰だっけ……ええと、仁科にしなさんか……彼女言ったよ。使えなかったらいつでも別のと交換しますって」
「ああ、どうか、それだけは……お許しください」
 良夫は、仁科という名前を聞いて身震いをした。仁科由香にしなゆか……暴力も辞さない彼女の熱血指導を思い出す……。

「いい加減にしてくださいよ」
 三度目の遅刻で、派遣先からクビを言い渡された良夫を呼びつけて、派遣会社正社員の仁科由香は激しく問いただした。
「どういうつもり?」
「すみません……夜勤の掛け持ちがあったもので、ほとんど、寝ていませんで」
「それが、言い訳になると思ってんの?」
 二十七歳の美人担当者は、四十二歳の良夫にもはや敬語など使う気も起こらないようだった。夜の派遣も由香に紹介してもらった仕事なので少しは斟酌しんしゃくしてもらえると思った良夫が甘かった。
「いえ、はい……すみません……」
「はい? ……ちょっと、別室行こうか」
「あ……」
 うろたえる良夫を引っ張って、由香は個室に連れて行く。畳が敷かれた六畳ほどの何もない部屋だった。懲罰房のような空間だ。由香は内鍵を閉め、「防音部屋だから」といい、靴を脱いで奥に行くよう良夫に命ずる。自分も靴を脱いで上がり、向かいに良夫を立たせる。
「いい加減にしてくんないかな……」
 そう言うと激しい平手打ちを良夫に食らわせた。
「あうっ……」
 まさか本当に暴力を振るわれると思っていなかった良夫は、痛みと恐怖で体を震わせる。
「訴えたかったら、そうしな……その代わり、仕事にありつけることなんて一生ないだろうから。こっちはむりやっこ仕事見つけてきてあげてさ、世話してんのに……」
 彼女の言う通りだと良夫は思った。こんな自分に仕事を探してきてもらえるだけでもありがたいと思わなければならないのだ。
「訴えるなんて、そんな。由香さんには感謝しかありません……」
 おもねる気持ちを込めて、下の名前で呼んだ。由香は、少し落ち着いた様子で腕まくりをする。
「そう、でも感謝の気持ちがあるんだったら、どうして、何度も遅刻すんの? アタシに恥じかかせたいんだ……」
 自分の言葉に興奮するようにして、激しい平手打ちをもう一発食らわせる。
「あひっ……す、すみません、由香さん……反省しています……反省していますので……」
 良夫はその場にひざまずく。
「本当にすみませんでした……」
 目の前には、仁科由香の長い脚。黒いストッキングを履いた女性担当者の脚がある。それがいまからどう動くのか。良夫は自分を厳しく指導する女性をゆっくりと見上げる。紺色のタイトスカートに同色のジャケット、白いインナーがぐっと盛り上がり、彼女の豊満なバストを表している。男を見下ろす視線には嗜虐の悦びが感じられる。

―――遠慮なく、指導してください……
 もともと由香にそう願い出たのは、良夫の方だった。
―――殴っていただいても結構です……
 最初、彼女は冗談と受け止めていたようだが、少しアルコールが入っていたこともあって、良夫がすべてを告白すると驚きながらも納得してくれた。
―――へえ、増田さんって、そういう人なんですね。じゃあ、遠慮なくやっちゃおうかな。私……
 良夫は、思い切って、由香を居酒屋に誘ってよかったと思った。元来お酒好きだった彼女は、駅前で偶然会った良夫の誘いに簡単に乗ってきたのだった。

 慎重な彼女は、暴力を振るってから、「訴えたかったら、そうしな……そのかわり……」と予防線を張るようなことを言ったが、そもそも良夫の希望なのだから、いくら怪我しようが良夫には訴える気持ちなどさらさらない。
「由香さん……どうか……気合いを入れてやってください……私、たるんでいるようなので……」
「そうだね、ちょっと増田ちゃんはたるみすぎだね。どうしようか……」
「あ、あの……由香さん、どうか、私のことは呼び捨てにしてやってくださいませ。《さん》づけはもちろん、《ちゃん》も何もつける必要はありませんので……」
「そう……じゃあ、どうしようか、増田」
「あ、足蹴にしてもらってかまいません……」
「いいの?……」
 腕組みをして良夫を見下ろしている。
「はい……」
 黒いストッキングの片脚が目の前から消えて、背中に重たい衝撃がのしかかってくる。
「ううっ……あ、ありがとうございます……」
 見上げると、彼女は興奮を表情に浮かべている。
「あ、あの、由香様、仁科由香様、私の頭の下げ方は十分でしょうか、この程度で……」
 そういって、顔を伏せる。
「ふん、高いわね、頭が……」
 ストッキングの片脚が再び上がり、良夫の後頭部を踏みつける。
「ああああっ……申し訳ございません……」
「いいの、こんなことやられて、アナタ、頭踏まれてるのよ、女のアタシに……」
 由香は、ぐいぐいと脚に力を込めていく。
―――ううううううっ……ひいいいっ……
「あ、ありがとうございます……由香様……あ、あのもしよろしければ、ビンタをあと、十発ほどいただけませんでしょうか……気合いを入れてください……」
「いいの、そんなこと言って、知らないわよ……アタシこう見えて、結構力強いんだからね」
「は、はい……覚悟は出来ています。鼻血が出てもかまいませんので……」
「言ったわね……じゃあ、立ちなさい……」

 良夫は、彼女自らの意思で殴られていると念じ込み、懲罰を受けた。興奮しきった仁科由香は、良夫の頬を本当に鼻血が出るまで、往復に平手打ちした。そのときの恐怖を今、大島洋子の前で噛みしめている。
「大島部長……」
 良夫は椅子を降り、彼女の足元に跪いた。そして、床に頭をつける。
「申し訳ございません……あ、あの……反省していますので、今回だけはお見逃しいただけませんでしょうか……」
「ちょ、ちょっとやめてよ、びっくりするじゃない……」
 いきなり土下座をしてきた良夫に面食らっている。開いていた脚を慌てて閉じる。
「すみません……でも、どうか……ここを辞めさせられたら、私、本当に行くところがないんです……大島部長様の言うことはなんでもききますので、どうか、置いてやってくださいませ……」
 良夫は悲しげな目で、洋子を見上げる。
「とにかくさ、ミスは困るわけ」
 ビジネスの修羅場を数多くくぐり抜け、三十代で部長にまで上り詰めた洋子であっても、いきなりの良夫の卑屈な態度に困惑しきりの様子だ。
「すみません、私がいたらなくて……厳しい指導をしていただいてかまいませんので……」
「厳しい指導、ね……それでミスがなくなるならいいけど……」
「は、はい……努力します。とにかく、配送に関しては徹底的に気をつけますので」
「うん、そこは最低限、絶対におさえてね……分かったわ、椅子に戻りなさい」
 良夫は、土下座をする前と後で、洋子の言葉遣いや態度が少し変わったことに気づいた。これから、この大島洋子部長と瀬口朝香課長には徹底的にしごかれることになるだろうと想像すると背中がゾクゾクしてきた。

 この職場はマンションの一室で、美容系通販会社の一部署になっている。ここに通うのは契約社員である増田良夫の他、部長の大島洋子、課長の瀬口朝香、そしてもう一人、この春入社した高本夏美たかもとなつみという二十歳の正社員がいた。ストレートの黒髪に愛くるしい面立ちの彼女に良夫は一目惚れをした。独身の四十二歳にとってあまりにもまぶしすぎる存在だった。自分の娘のような年頃の彼女だが、身分の上では上司に当たる。正社員と契約社員の違いは大きかった。しかし彼はその身分の差を喜んで受け入れた。
「夏美さん、コーヒーおれしましょうか」
 良夫は隣の席の彼女に声を掛ける。親しみを込めて、すぐに下の前で呼ぶようにしたのだが、彼女もたちまちそれを受け入れてくれた。
「え、いいんですか、じゃ、お願いします……」
 彼女は笑って答える。女性たちは、良夫のそういった態度を徐々に理解し、受け入れ始めていた。

「明後日、飲みに行こうか、みんな……増田さんの歓迎会やってなかったし」
 部長の洋子が言う。皆、予定も異論もなかった。良夫は、あれ以来、顧客の信頼を失うような大きなミスはなかったし、これで、雇用の継続が認められたのだと思うと嬉しくなった。
「あ、ありがとうございます……」
「お店どうしようか。少人数だけど、予約しといた方がいいよね」
 洋子がそう言うと良夫が、「あ、大島部長、私、やっときましょうか?」
「大丈夫?」と長身の朝香が強い視線で見下ろす。
「は、はい……なんとか」
「わかった。じゃあ、まかせる」
 そう言う洋子に良夫は、予算や料理の希望を聞いて、店探しを始めた。完全個室で雰囲気のいい居酒屋が見つかったので、洋子に確認を取ると、そこでいいという了解が得られた。

☆ 二

「ええっと、じゃあ、増田さんの歓迎会ってことで……」
 歓迎会当日、洋子が、良夫にひと言を促す。
「あ、はい……ふつつかな者ですが、ど、どうかよろしくお願いします……」
「なんか、嫁入りみたいだね」
 皆笑って、乾杯をする。座敷個室のテーブルを部長の大島洋子、課長の瀬口朝香、正社員の高本夏美、そして派遣社員の増田良夫の四人で囲んでいる。
「でも、ホント、ありがとうございます。これからもずっと雇っていただけると言うことでよろしいのでしょうか」
 良夫は向かいの洋子にわざと卑屈な物言いをしてみる。
「ミスがなければね。致命的な」と彼女も良夫の態度に応える言葉を放つ。
「しっかし、びっくりしたわよ、いきなり土下座なんてしてくるから」
 そう言う洋子に、朝香も夏美も驚いた様子だった。良夫は恥ずかしげにうつむく。
「え、いつ?」と朝香。
「ほら、あのとき。送り漏れで、あなたに交代して叱ったでしょ。アタシが」
「ああ……」
 右前の朝香が興味深げに良夫を見る。
「ひょっとしてさあ、叱られて喜ぶタイプ?」
「あ……どうでしょうか……もしかして、そういうところもあるかもしれません……」
 良夫は照れながら言う。隣の夏美の視線を感じてドキドキする。彼女はどんな風に思っているだろう。
「正直に言ってみ、M男ちゃんなの? アナタ」と洋子。
「うん、だったらさ、それなりにこっちも接するから」と早くもアルコールで顔を赤らめた朝香が言う。
「ええ、ホントですか」と夏美が高い声を上げる。
「…………かも……しれません……」
 良夫はウーロン茶のグラスを握ったまま恥ずかしそうに下を向く。
「そうか……どんなことやって欲しいの?」
 課長の朝香が積極的に聞いてくる。
「いえ、別にそんな……あ、でも、ミスしたときなどは、厳しくお願いします。遠慮は要りませんので……」
「厳しくって、どの程度によ」
「叩いてもいいわけ?」
 上司二人が畳み掛けるように聞いてくる。
「は、はい……」
「そんなこと言うなら、本当に殴っちゃうよ……」
 洋子がそう言ってビールを一気に飲み干す。
「あ、はい……あ、部長、お代わり頼みましょうか……」
「うん」
「アタシも」と朝香。
「はい……夏美さんは、大丈夫ですか?」
「うん、私はまだ」
 これまで《はい》だった返事が、《うん》に変わった。二十歳になったばかりの女性の返事が。良夫は、個室を出て、飲み物をオーダーしに行く。
「増田ちゃん、これ押せば、オーダー取りに来てくれるんだよ」と朝香が戻ってきた良夫にテーブルの上のリモコンボタンを指さして言う。真っ赤なマニキュアにドキリとする。洋子が笑う。夏美も微笑んでいる。
「ああ……」
「そう言うとこなのよ、アナタ。ちょおっと抜けてるでしょ」
「はい……すみません……」
「でもいいじゃん、オーダーいちいち、取りに行かせようよ……ねえ、そう言うのもOKでしょ、増田ちゃん……」
 意地悪そうな目をして言う朝香に、良夫は、「あ、はい……それがご命令であれば……」
「だよね、上司様の命令だもんね」
「は、はい……あと……」
「何?」
 洋子がタバコを取り出してくわえる。上司二人はタバコをよく吸うが、これまで男性の前では控えてきた。
「あ、火、お着けします」
 良夫がそう言うと、洋子は笑みを湛えて顔を前に出す。良夫はライターを手に取り、緊張の面持ちで、女性上司のタバコに火を着ける。洋子は美味しそうに吸うと煙を脇に避けて吐く。
「あ、大島部長、煙、普通に吐いてもらってかまいませんので、避けたりしないで……」
「ああ、そうか……で、何だっけ?」
「あ、あと、よかったら、呼び捨てでお願いします」
「名前を? 増田って?」
「どうして?」
「この中で、私がいちばん年上ですけれど、皆様の部下ですから、それの方が立場がはっきりしますし……」
「そう、あなたがいいって言うんだったら、私らはいっこうにかまわないわよ、増田」
 そう言って、洋子が笑う。
「夏美ちゃんも、増田って呼んでいいの? 増田」
 朝香もタバコをくわえる。すかさず、良夫が手を伸ばして、火をつける。
「はい……夏美さんがよければ、もちろん……」
「いえ……私はさすがに……」と二十歳になったばかりの夏美が照れる。
「正社員と契約社員だから、上下関係はあるわね。確かに」
「はい、それはもちろん、承知の上です」

 良夫は、女性三人のオーダーを聞いて、外へ出る。
「あ、すみません」
 さっきと同じ若い女性スタッフを呼び止める。
「注文いいでしょうか?」
「あ、あのよろしかったら、室内のベルを使ってもらっていいでしょうか」
「そ、それが……女性上司たちから、私の態度がよくないので罰として、直接注文を取りに行ってこいと言われてまして……中川様、申し訳ありませんが……ご協力いただけませんでしょうか……」
 良夫は泣きそうな顔をすると、女性の名札を見て言った。
「あ、はい……分かりました……ご注文どうぞ……」
 女性は少し笑ってそう言った。

 お酒がワインになると女性たちは急に飲むペースが速くなった。
「ワインお代わり。ボトルで頼んじゃおうか」
 洋子の声に反応して、すぐに良夫はメニューを調べる。
「デキャンタってのがありますけど……」
「ああ、それでいいわ。あとチーズ系のおつまみも」
「はい、かしこまりました」
 良夫は廊下へ出て、しばらく待つ。さきほどの中川という若い女性を見つけ、オーダーを伝える。女性はあきらかに不機嫌な顔をしていた。もう、四回ほどになる。
「あの、申し訳ないですけど……」
「すみません、中川様……こうやって注文を取らないと、酷い目に遭わされるんです。とても怖い上司なんです」
 若いスタッフの目は―――あなたより若い女性たちじゃないですか、そんなにペコペコ、ビクビクして情けないと思わないんですか、男として―――とでも言いたげであった。
「ど、どうか、お願いします……」
 良夫は、周りに誰もいないのを確認すると、その場にひざまずいて頭を下げる。
「あ、あの、お客様……そんな……分かりました……注文お聞きしますから」
 女性が慌ててしゃがみ、良夫の背中に手を当てる。良夫が立ち上がると、廊下を曲がって人がやってきた。
「すみません、中川様、本当に情けない限りで……」

「遅いじゃない、増田」
「何やってたの?」
「そ、それが、直接注文を取りに行くことが、こちらのスタッフ様にご迷惑だったみたいで……そのお詫びを……」
「そうなんだ……っていうか、アンタが言い出したんだよ、このシステム……」
「はい……、それで、その方がこちらに来られたときに、もう一度、しっかりお詫びしたいと思いますので、それをご指導いただけますでしょうか……あの、謝る態度などを厳しくお願いします……」
「分かった。本当に厳しくやるよ。ウチら鬼上司ってことになってるんでしょ」
「は、はい……そうです……すみません……」
 勘の良い朝香の言葉が嬉しかった。

「おまたせしました」
 中川という名札をつけたアイドル顔のスタッフが、注文の品をテーブルに並べる。
「あの、ごめんなさいね、さっきから、うちの部下がご迷惑掛けてるみたいで」
「あ、いえ、ぜんぜん……」
 女性は顔の前で小さく手を振り恐縮している。
「ちょっと、お忙しいところ悪いんだけど、彼を厳しく指導してるところだから協力してもらえないかしら」
 そう言われて女性は、「あ、はい……」と答え、トレーをいったんテーブルに戻す。
「きちんと謝れよ」と朝香。
「あ、もう、それは、大丈夫ですので……」
 手を振って遠慮する女性に、朝香が、「悪いけど中川さん、彼がどんな謝り方するか確認したいの。協力して」と言う。だいぶ酔っているようだった。女性は客の座敷に座り込むわけにもいかず立ったままだ。良夫は自席から、そちらに向かって「申し訳ございませんでした」と謝った。
「なんだよそれ」
「そんな謝り方があるの?」
 女性上司たちが良夫を責めるところを夏美はただ笑ってみている。
「何度も、注文を直接伺ってしまい、中川様にご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」
「増田、オマエなんでそんな場所から偉そうに言ってんの?」
「彼女の前で土下座しろ、土下座」
「お客様、もう本当に……」
 中川という女性もそう言いながら、その雰囲気を楽しむ兆しをみせ始めている。アイドル顔にかすかな笑みが浮かんでいる。
「だめだめ、中川さん、こういうことはきちんとしないと……」
 洋子が女性の腰に手を掛けていう。
「増田、ほら、早くいきな」
 朝香が顎で示す。
「は、はい……」
 良夫は、女性スタッフの足元へと移動し、その場に跪く。
「中川様、何度もご迷惑をおかけして本当に申し訳ございませんでした」
 肌色のストッキングに包まれたつま先に向かって頭をつける。
―――夏美さんの前で、恥ずかしい。こんな惨めな姿をどういう思いで見ているのだろうか……
「ごめんなさいね、あとはボタンで頼むから」と洋子。
「あ、いえ、私は別に、本当にもう……」
「ほら、許してくれるんだって、お礼は?」
 朝香が促す。
「あ、中川様……」
 良夫はアイドル顔のスタッフを見上げる。彼女は遠慮がちな言葉とは裏腹に勝ち誇ったような顔をしてこちらを見下ろしているように彼には見えた。
「お許しいただいて、ありがとうございます。以降、気をつけますので、今日のところはこのくらいでご容赦くださいませ……」
「どう、いいかしら?」
「あ、はい……分かりました」
「ごめんなさいね。お忙しいところ、お手間とらせちゃって」

「どう? ご気分は?」
「興奮した?」
 夏美の横に戻った良夫に、上司たちが聞く。
「あ、はい……」
 良夫は、照れてうつむく。
「独身だよね。増田は。え、じゃあさあ、彼女とかとはどうなわけ? やっぱり相手がS?」
 朝香が興味津々の面持ちで聞く。
「い、いえ……」
「何よ、照れずにちゃんと答えて。上司が聞いてるんだから」
 洋子が笑みを浮かべながらも強い口調で言う。
「はいっ、すみません」
 良夫は正座し直す。
「増田さん、ずっと正座なんですけど。痛くないんですか?」
 夏美が笑って言う。
「あ、いえ……痛いですけど、崩していいって言われてませんので」
 それを聞いて皆笑う。
「うん、言ってないよ。質問にきちんと答えたら、崩させてあげるよ」
「は、はい……分かりました」
 良夫は苦痛に顔をゆがめる。
「これまでにつきあった彼女がSなのかどうなのか、答えなさい」
「あ、あの……それが、恥ずかしながら、私、これまで女性とおつきあいしたことがありませんで……」
―――ええええっ
 女性たちが驚く。朝香がワインを噴きそうになる。
「ちょっとお、冗談やめてよ。いくつだっけ、増田」
「あ、四十二です……」
「まったくないの? つきあったことが……」
「は、はい……」
「まさか、風俗専門とか……」
「い、いえ、それも、ありません……そう言うのは何だか怖くて……」
―――え?
「増田、あんたまさか……」
「童貞?」
 良夫は顔を真っ赤にして下を向く。
「やばいんじゃない……ちょっと、それは……」
「天然記念物発見だね」
「そうか……増田は童貞だったか……」
「すみません、皆さん、どうかここだけのお話に……」
 そう言って懇願するように三人の顔を見ていく。少々軽蔑の色をはらんだ夏美の笑みを見て、背筋が熱くなる。
「言わないわよ」
「誰にそんな話すんのよ」
「そうかあ……増田が童貞だったとはねえ……」

☆ 三

「お、おはようございます、夏美さん」
 マゾでしかも童貞であることを同僚女性たちに告白した翌日、良夫はいつものように二番目に出勤してきた高本夏美に挨拶をする。ストライプの入った紺のベストとスカートを身につけている。会社から支給されているOL服だ。
「おはようございます」
 いつもと変わらない笑顔で安心した。軽蔑されるのはいいが、ひかれて無視されるのがいちばん恐ろしい。
「夏美さん、コーヒーでいいですか?」
「うん、お願い」
 二十歳以上も年下の彼女に《うん》と言われるだけで背筋がゾクッとする。
「お待たせしました。すみません……」
 夏美がふふっと声を出して笑う。良夫が些細なことで謝るのが面白いのだろう。
「うちのホームページって、夏美さんが作られたんですか?」
 ホームページの管理が夏美の主な仕事だった。インターネット通販が売り上げの大部分を占めるので重要な役割だ。
「まさか。業者の人に頼んだんです」
「ですよね。バカなことお聞きしてすみませんです……」
 良夫はわざと夏美に愛想笑いを浮かべ、自分をおとしめるようにした。
 それを見て、夏美は口に手を当て笑う。
「面白いですか?」
「うん、面白い」
「あ、あの、夏美さんにお願いがあるんですけど」
「はい」
「増田って呼び捨てはあれにしても、私に敬語を使っていただく必要はありませんので……」
「…………分かった。そうする」
 夏美は少し考えて、返事した。

「あ、瀬口課長、おはようございます」
 朝香が出勤してきた。首に大きなパール粒のネックレスを掛け、白いスーツが格好良く決まっている。
「コーヒーでよろしいでしょうか」と尋ねてすぐに準備する。
「もう、いちいち聞かなくていいからさ、私が出社したらすぐに入れな」
 朝香がそういうと向かいの席の夏美も、「私も」と言った。
「はい、承知しました。明日からそうさせていただきます。すみませんです……」
 良夫は二人の女性に大げさにペコペコと頭を下げる。朝香が居酒屋での強烈な上下関係をそのまま翌朝に持ち越してくれていることが良夫にはたまらなく嬉しかった。

「増田」
「はいっ」
 朝香に呼ばれ、良夫はすぐに席を立ち、夏美の後ろを回って、課長デスクの脇に直立不動の姿勢で立つ。夏美が笑いをこらえているのが分かる。
「コピー、二部ずつ」
 朝香は、わざと良夫の顔を見ずにそう言って、かなりの厚みがある資料を渡す。
「はいっ」
 良夫はコピー機の電源が入ってないのに気づき、しまったと思いながらスイッチを入れ席に戻る。
「すみません、今入れましたので……」
 朝香の方に小声でそう言う。
 朝香はそれを無視して、キーボードを打っている。

 ようやくコピー機が起動したところで、このオフィスの主である洋子が出勤してきた。
「大島部長、おはようございます」
 良夫は、席を立ち、部屋の入り口を横切る彼女の姿を追いかけるようにして言う。部長室は隣だ。
「おはよ」
「すぐにコーヒーを淹れますので」
「うん、お願い」
 朝香に頼まれた仕事を気にしつつ、急いで部長室に朝の一杯を届けに行く。部屋に戻り、朝香に「すみません、すぐにやりますので」と声を掛け、慌てて資料をコピーする。

「お待たせしました。瀬口課長、すみません」
 良夫はコピーを二部、キーボードを黙って打つ朝香の脇に置くと、自席へ戻った。無言の朝香が、部屋に緊張を作っている。いや緊張しているのは良夫だけかもしれない。夏美は変わらず、仕事に集中している。

「増田」
 良夫がコピーした資料を一通り眺め、朝香が声を掛ける。
「はいっ」
「ちょっと、あっち行こうか」
 打ち合わせテーブルのある部屋へ連れて行かれる。
「何これ? どういうつもり?」
 テーブルの上にコピーされた資料が放り投げられる。
「曲がってるし、ホッチキスの位置が逆、ゴミが映ってるけど、コピー機のガラス拭いた?」
「あ……いえ……すみません」
「あんた、厳しく指導してっていったよね」
「は、はいっ」
「遠慮なく、やらせてもらうわよ」
「はい、すみません……」
 あまりの剣幕に良夫は本当に恐ろしくなってきた。
「あとさ、朝来たら、コピー機の電源、入れとくよう言ってなかったっけ、アタシ」
「あ、はい……言われました」
「どうして、言われたことやってないのよっ」
 オフィス中に響き渡るような大声を上げる。
「はいいっ……も、申し訳ありません……」
 自分の声が震えていることに良夫は気づく。直立不動の姿勢を取って身を固める。朝香にはそれが殴られるのを待っているような態度に見えた。
「殴ってもいいんだったよね。そいえば……」
「……は、い……」
「歯、くいしばんな……」
 白いシャツを腕まくりする。色白ながら、骨太のしっかりした腕が現れる。テニス部の主将として高校時代に県大会に出場したこともある。マゾ男は自分の夫くらいだけかと思っていた朝香は、勤め先にまで同類が現れて驚いていた。男をいたぶるのには実は慣れている。

 打ち合わせ室の方から、激しい殴打音と中年男の情けない悲鳴、謝罪、嘆願の声を聞いて、夏美は興奮を感じている自分に驚いていた。

 その日以来、課長の朝香は、夏美が見ている前で、良夫を厳しく指導した。それは指導というよりも日々、虐待に近づいていった。部長の洋子もそれを黙認していた。

「増田」
 部長室から洋子の声が聞こえる。
「はいっ」
 すぐに席を立って向かう。
「大島部長、お呼びでしょうか」
「うん、来月の二十三日、部署で温泉一泊旅行やるから、計画つくって持ってきて。女性三人はこの日都合良いけど、アンタもいいよね?」

S女小説 ミストレスオフィス「Mの告白」

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S女小説「ガールズバンドグルーピー」

S女小説「ガールズバンドグルーピー」を電子書籍として出版しました。

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内容紹介

ガールズバンドのグルーピー(性的追っかけ)となって陵辱や虐待を受ける男たち。
恋人・彩(20)の誘いでガールズバンド「サディスティクス」のライブを見た和也(25)はひと目で、美しき女性ロッカーたち(20-23)のとりこになる。彼女たちの女性限定ライブに、彩の協力で女装までして乗り込んだものの……。

第一章 女装の行方
第二章 地獄のミューズ
第三章 マワされた夜
第四章 女子大学園祭
第五章 鞭を振るう女たち
第六章 夜は貴女のために

本文サンプル

プロローグ

グルーピー【groupie】……もともと音楽バンドを意味する「グループ」から派生した言葉で、その相手と親密な関係(肉体関係、ときには精神的つながり)を望む女性(ときに男性)のことを指す。侮蔑的な表現としてあえて「グルーピー」という言葉が使われることもある。英語圏では「ミュージシャン、アーティストに会おうとする(追っかけをする)少女」と意味されている。(出典:Wikipedia)

 

―――サンキュー……
アンコールの曲が終わり、ステージの長身美女たちが去ると、枝元えだもと和也かずやは、呆然としていた。コンサート会場をあとにしながら、恋人の上野あやが話しかけてくる。
「凄い迫力だったね」
「う、うん……」
女性だけの四人組ロックバンド《サディスティクス》。そのパワフルな演奏に、二十五歳のフリーターは打ちのめされていた。和也自身もアコースティックデュオを組んでいるのだが、音楽のジャンルはもちろん、演奏やパフォーマンスのレベルが段違いだと思った。
「誰が、あやちゃんの知り合いなんだっけ?」
「ベースのユリナさん。彼女が私のクラスメイトの友人なの」
「同じ大学?」
「うん」
彩は二十歳の女子大生。清廉なイメージの美人で、少し茶色がかったナチュラルなショートヘアが、よく似合っていて愛らしい。二十五歳の和也とはファストフードのアルバイトで知り合った。
「ボーカルの人、よく声出てたよね。超美人だし」
「うん、確かに……」と和也。
「彼女が、ヒトミさんで、ギターがカナコさん」
「ギターの人も上手いよね。音も格好良かったし」
「だね。あれなんていうギター?」
「レスポールっていうんだよ。女性であの重たいギターをあんなに格好良く弾ける人を初めて見たよ」
「ふうん。でも、みんな背が高かったよね」
「うん、特にベースの人」
「あ、そう、ベースのユリナさんは、百八十センチ以上あるんだよ、確か」
「他の女性ひとたちも百七十センチくらいあるんじゃないの」
そう言いながら、和也は少し惨めな気持ちになった。自分の身長は、百六十三センチで、恋人の彩より二センチ低い。彼女は百六十五センチある。
「うん、あるでしょうね」
彩は和也の横顔を見ながら、身長の話題を振ったのは失敗だったかと思った。
「ドラムも迫力だったね。彼女もきれいだったわ」
「うん……」
全員が美形で、背も高く、ビートの利いた音楽性も素晴らしく、演奏技術もハイレベル。今はまだアマチュアらしいけど、このバンドならすぐにでもプロデビューできるだろうと和也は思った。
チケットを買わされた彩の誘いで、あまり気乗りせずにつきあった和也だったが、すっかりサディスティクスの虜になってしまった。

第一章 女装の行方ゆくえ

☆ 一

「うん、和也だったら大丈夫。絶対女の子で通るから」
彩は和也の目に淡いアイラインを引きながらいう。
「本当に大丈夫かな……」
和也はまんざらでもない表情をして鏡のなかの自分を覗いている。

「私の服が私より似合ってるなんて、ちょっと悔しいんですけど」
彩はふわふわしたピンクのシフォンスカートを履いた和也を見て言う。
「そ、そう?……」
「うん、すね毛もほとんどないし、ホントはストッキングなしでもいけるんじゃない?」
そう言いながら彩は、自分のパンティストッキングを和也に渡す。
「どうやって、履いたらいいのかな……」
照れるようにする彼を、恋人はかいがいしく手伝ってやる。ブルーのショーツの下に盛り上がったものを見つけ、彩は「ふふっ」と口に手を当てて笑う。

「これ着けたら、たぶん完璧だよ」
そういって彩は、和也の長めの髪を上手にピンでまとめ上げ、その上から、ゆるくウェーブが掛かった明るいブラウン色のウィッグを装着してやる。
「ほらっ」
彩は着せ替え人形を楽しむ少女のような目で、彼を見る。
「あとはこのジャケットを着て」と白いブラウスの上に、ベージュのジャケットを着せる。
「これ肩から掛けてごらん」
紫色のショルダーバッグを渡す。

「ほ、本当にバレないかな……」
やはり不安がる和也に、「大丈夫、完璧、完璧」と彩は言う。
「靴も、二十三センチ半で履けるよね?」
「う、うん……」
靴まで彩と同じものが履けることが、さすがに和也は恥ずかしいと思った。しかし、そのおかげで、サディスティクスの女性限定ライブになんとか潜り込むことができそうだった。
「私も、バイトがなかったら、行きたかったな」
「ごめんね、僕だけ。でもどんなライブだったか、明日しっかり報告するよ」
「うん、いってらっしゃい」
「いってきます」
和也は少しドキドキしながら、彩がひとり暮らしするマンションをあとにする。

生まれて初めてスカートというものを履いて歩く和也は、股間がスースーする感触を楽しむ。
(これがスカートか……いまの季節はいいけれど、冬になったらこれは寒いだろうなあ。女子もなかなか大変だ……)
九月も終わりに近づき、ようやく残暑が去ろうとしていた。駅までの道すがら、和也は特別な視線を感じない。彼の女装は、今のところ、道行く人々を完全にあざむいている。和也のなで肩から少しずつショルダーバッグが落ちてくる。それを彼は、頻繁に戻さなくてはならなかった。恋人の彩はそんなことはないようだから、自分は女性よりもまあるい肩をしているのだ。女性の格好をしていると、そういうことが逆に嬉しく感じられるのが不思議だった。
駅のコンコースへと上がる。本当は、ヒールを借りて履きたかったのだが、さすがに最初からそれはハードルが高いと思い、つま先が丸くてかわいい、焦げ茶の編み上げ靴を借りた。これなら、男ものの靴とほぼ同じように歩ける。ヒールが高くないので、背は低いままだが、それもかえって女の子っぽくていい。
日曜日の夕方、繁華街へ向かう電車はさほど混んでいなかった。なかでも人がまばらな一番後ろの車両に和也は乗る。空っぽの運転席の窓を逃げていく景色をボーッと眺めている。眺めながら恋人の彩のことを考えた。
(彼女は自分の恋人がこんなで平気なんだろうか。楽しそうにメイクをしてくれたけれど、内心軽蔑してるんじゃないだろうか。もはや、彼氏と思ってくれていないのかもしれない……。彼氏でなければいったい自分はなんなのだろう……。いや、そんなことより今日はライブだ。サディスティクスのエネルギッシュなステージを思いっきり楽しもう。そのためにこんな格好までしたのだから……)
三駅ほどで繁華街に着く。急ぎ足でホームを歩き、改札を抜ける。街中を歩くひとたちは、そんなに他人を見ていないような気がする。人が多い割りには、視線を感じない。いや、ときどき男性の視線を感じる。ということはつまり……女装が成功しているのだ。なんだか、和也は妙な気持ちになる。

開演三十分前から並んだおかげで、最前列の中央を確保できた。ライブ会場は、二百五十人ほどのキャパシティで、オールスタンディングだ。和也の周りはもちろんオール女子。女性の匂いと熱気が決して広くはない空間に充満している。
開演の時刻が過ぎた。しばらくして、パイプオルガンの荘厳な曲が流れる。ミサ曲かなにかだろうか? 何にしろサディスティクスの音楽とは対照的な楽曲だ。前回のライブもこの曲だったと、和也は思った。ステージの右手から人影が現れて、客席から指笛や拍手、かけ声が起こる。ドラムスのサキが、革のブラジャーとホットパンツ姿で入ってきて、ドラムセットに座る。黒っぽいシャツを着たベースのユリナが左端まで進み、赤いベースギターを身につける。かなり大きく派手な楽器であるが、大柄できらびやかな彼女は、その存在感に置いてまったく引けを取っていない。ネックを握る姿が、堂に入っている。セッティングを終えると、長い黒髪を手ですき、束ねるようにして背中へ回す。
客席からステージを見て右手に位置したギターのカナコは、ひときわ大きな歓声を浴びている。こういったバンドのギターはやはり花形だ。なかでも飛び抜けた感性とテクニックに裏打ちされた彼女のギターは、多くのフリークを釘付けにしていた。アマチュアバンドのものとは思えぬ熱気が、早くも会場を包んでいた。
三人の女性がアイコンタクトを取り、ドラムスがカウントを打つと同時に、BGMをかき消すようにして、大型バイクの爆音のような迫力のイントロがスタートする。ステージ中央にピンスポットが当てられ、黒い革ジャンに身を包んだボーカルのヒトミが登場する。観客のボルテージが一気に最高潮に達する。

和也は呆然とその場に立ち尽くしていた。アンコールが終わり、会場の照明が点り、周りの女性たちが出口の方へと向かっていたが、それでも彼一人、ステージの方を向いていた。すべてが素晴らしかったが、特に真正面の至近距離で見たヒトミの歌声、パフォーマンスが強烈だった。暴力的でありながら、決して粗くはなく、むしろ綿密に執拗に和也の心の内に侵食してきた。和也は、ヒトミに丸呑みされた状態だった。ステージの楽器をスタッフが片付け始めたところで我に返り、出口の方を振り向くと、背中から声を掛けられた。
「ちょっと、すみません」
「あ、はい……」
振り返ると会場スタッフらしき女性が立っていた。
「あの……ヒトミさんが、楽屋の方にって」
「えっ?」
「サディスティクスのヒトミさんが、あなたをバックステージに呼んでますけど、どうされます?」

スタッフに連れられて、和也は会場のフロア前方右手のドアから廊下へ出て、奥へと進む。突き当たりで左に折れ、廊下の一番奥まで歩く。
「なかにいますので……」
スタッフは、ドアを二回ノックし、「はい、どうぞ」というけだるい声を聞くと、足早にその場を立ち去った。
「失礼します……」
和也が部屋の中に入ると、まさしくさっきまで自分の目の前で熱唱していた美女がひとりソファにゆったりと座ってこちらを見ている。
「……うん……アンタ、男だよね?」
長い髪を金色に染めた女性は、ハスキーな声で、確信を持った顔をしてそう言った。
「えっ、いえ、あの……」
「いいから、こっちおいでよ」
ヒトミは首から掛けたタオルで顔の汗を拭うと、それを向かい側に放り投げ、タバコに火をつけた。
「あ、はい……失礼します」
和也はヒトミの隣に少し間を開けて座った。ヒトミのウェーブの掛かった長い金髪は、部分的に赤く染められていて、それが彼女の激しい印象をより高めていた。
「す、すみません……どうしても今日、ヒトミさんのライブが見たくて……」
「それで、女の格好して入ってきたわけ……」
真っ赤な唇がフーッと煙を吐く。
「は、はい……ごめんなさい……」
「……そういうのたまにいるけど、だいたいゲートで引っかかるんだけどね。この完成度なら、抜けられるだろうね……でも、あたしの目はごまかせないよ」
そういって妖しい笑みを浮かべる。
「サディスティクス、本当にカッコイイです。大ファンなんです。ヒトミさんの歌も曲も、ステージングも全部好きなんです。憧れちゃいます……」
和也はしゃべり方まで女性っぽくなっている自分に気づいて、顔を赤らめる。
「声も女の子みたいだね。名前は?」
「和也です。枝元和也っていいます」
「枝元クン、ドアの鍵閉めて」
「えっ、は、はい……」
ヒトミの命令には有無を言わさぬものがあった。
「そこにそのまま立ってな」
ドアの内鍵を閉め、ソファに戻って座ろうとする和也を制する。
「は、はい……」
「あんたいくつ?」
「あ、はい……二十五です……」
「とても、アタシの二つ上のお兄ちゃんには見えないね。三つ下の妹って感じかな。体も小っちゃいし」
「脱げよ、服」
「えっ?」
「え、じゃないよ。洋服脱いで裸になれっつってんの」
和也は戸惑ったが、憧れの女性であるヒトミが言っていることを断るわけにはいかない。ジャケットを脱いで、ブラウスのボタンを外していく。
「もったいぶってないで、さっさと脱ぎな」
ヒトミは苛ついたようにして、タバコの火をテーブルの灰皿で揉み消す。
「は、はい……」
ブラウス、スカートを脱いで、ショーツをストッキングごと下ろす。ウィッグ以外はすべて体から外した。
「……うーん、下半身までかわいいな……まあ、一発試してみっか」
そういって、ヒトミは、和也のものをぐっと握るとソファの左側に掛かっていたカーテンを開けた。そこにはダブルサイズのベッドが置かれていた。
「あっ、ああああああっ、こ、困ります。ヒトミさん……」
彩の顔が浮かぶ。
「女装して、人のライブに紛れ込んどいて、何言ってんだよ。警察につきだしてやろうか?」
そう言われると和也は何も抵抗できなくなってしまった。ヒトミの意のままにベッドに押し倒される。

「仕事何やってんの?」
自分は服を身につけたまま、裸の和也をベッドの上でさんざん弄んだヒトミはソファに座り、事後の一服を着ける。
「……あ、は、い……バイトです……フリーターです」
和也も再び女物の衣服を身につけ、ヒトミの横にそっと寄り添っている。
「私、スタジオ管理してんだけど、バイト来る?」
「えっ、ひ、ヒトミさんが?」
「うん、叔母がオーナーなんだけど。このライブハウスもそうなんだよ」
音楽出版社社長を叔母に持つ、二十三歳のヒトミは、自由に音楽活動ができる環境にあった。
「ぜ、ぜひ……お願いします」
きついばかりのコンビニバイトに嫌気が差していた和也は乞うように返事をした。ヒトミさんの下で働けるなんて願ってもないことだ。

その夜の帰り道、和也は喜びと苦しみの狭間にいた。喜びはもちろん、憧れのバンドのボーカリストに抱かれたことだ。
(しかし、いきなり、キスもなしであんなことを……ヒトミさんはいつもそうなんだろうか。手頃なファンを捕まえて、自分の気分のままに。アーティストというのはそういうものなのかもしれない。だけど、もうダメだ。すっかり虜になってしまった。ヒトミさんが望むなら次もきっと断れないだろう。いやむしろ、自分の方から接近して、もう一度抱かれたいくらいだ。彩ちゃんに悪い。申し訳ない。だけど、これは不可抗力だ。無理矢理、犯されたのだから。いや、そうじゃないだろう。いま、自分から犯されたいって思ったじゃないか。ああああ、どうしよう……)

☆ 二

(やっぱり、凄い迫力だ……)
防音が施されたルームの外にも爆音が漏れ聞こえてくる。和也は、彩に借りたホットパンツのオーバーオールとピンクのTシャツ、それに太ももまであるボーダーのハイソックスを身につけている。足元は花飾りが付いた赤いサンダルだ。
ヒトミが管理する《スタジオ・ピューピル》は、女性専用の音楽スタジオだ。pupilとは《ヒトミ》の意である。電車の高架下にあるこのスタジオは、運の良いことに彩のマンションから歩いて五分ほどのところにあった。ここで働く際に、ヒトミから女装を命じられていたので、和也はここのところ、彩のマンションに入り浸っていた。
(こんな近くに、ヒトミさんのスタジオがあるなんて……)
スタジオ・ピューピルは、実質サディスティクスのための練習スタジオで、空いた時間を他の女性バンドに貸し出していた。そのサディスティクスが、昼の一時から、すでに三時間ほどぶっ続けで、音を出し続けている。その間、和也はヒトミの言いつけ通り、スタジオの掃除やキッチンの片付けをやったが、それが一段落付いたので、スタジオルームのそばに立って、先ほどから演奏を聴いている。スタジオルームの入口側の壁には腰ぐらいの高さに横長のガラス窓が設置されていて、人の気配は伺えるが、なかをよく見ることはできない。
四時半くらいに、スタジオルームのドアが開いた。
「お疲れさまですっ」
和也は出てきた女性たち一人ひとりに準備していたタオルを渡す。スタジオルームの横には、三人掛けのソファが、テーブルを挟んで二脚置かれている。才気あふれる美女たちがタオルで汗を拭いながら二人ずつ座る。
「枝元、ビール四つ持ってきて。瓶のままでいいから」とヒトミが、いっそうハスキーな声で言う。
「はいっ」
その声にゾクゾクッとしながら、彼はキッチンで飲み物の準備をする。
「一番最後の曲、もう少し、テンポ上げたがいいんじゃない?」
「だね……」
「ユリナ、サビ前のブレイクのところはさ……こんな感じで……♪……」
「うん、OK」
メンバーたちの声を背中に聞きながら、和也は、こんなに身近でサディスティクスのお世話ができるなんてなんて自分は幸せなんだろうと思った。
「お疲れさまです、お待たせしました……」
和也は四人の前にハイネケンを置くと、「あ、あの……先週から、バイトさせていただいてます、枝元和也といいます、ど、どうぞよろしくお願いします」
「えっ、男の子?」
ヒトミ以外の三人が和也を凝視する。
「やっぱ、普通は分かんないか……」とヒトミ。
「こないだ、女子オンリーでやったじゃん。あんときにさ、この子、最前列のど真ん中で、女装して立ってたの。気づかなかった? 女ばっかのなかにポツンといて、私には分かったよ、すぐ」
「ヒトミは、そういうの鋭いからね」とギターのカナコ。
「近くで見るから、逆に分かんないのかもね」
ドラムスのサキが、ビールを一気飲みして、タンとテーブルに瓶を置いた。和也は、瓶のまま飲む彼女たちをかっこいいと思った。とても様になっていた。
「いや、彼、絶対女子だよ。私、いまでも信じらんない」と長身ベースのユリナが言った。
「あ、ビール、お代わり持ってきましょうか」
和也は恥ずかしくなり、その場を立ち去りたい気持ちでそういった。
「お願い」
「私も」
「四つ持ってきて」
「今度から最初から二本ずつ置いててもいいかもね」
笑い声にすら華がある。和也は彼女たちこそは、バンドをするために生まれてきたタレントだと思った。それに比べて自分は……。

「お待たせしました」
そういって、お代わりのビールをテーブルに置く和也を見て、ベースのユリナが、「やっぱり、かわいい」といった。
「あなたいくつ?」とドラムスのサキ。
「あ、はい……二十五です」
「結構なお兄ちゃんじゃない」
ユリナとサキは、大学二年生の二十歳、カナコは二十三歳だが、高校と大学で一年ずつ留学したので、大学三年生。皆、同じ女子大だ。ヒトミはスタジオ経営の二十三歳で、カナコと高校の同級生だ。
「こっちおいでよ」
ヒトミが、カナコと自分の間を指さした。
「は、はい…………じゃ、じゃあ、失礼します」
カナコの前を通って、遠慮がちに座る。
女性たちは、年上の男だと分かっても、態度を変えるつもりはないようだった。
「そのお洋服どうしてんの?」とサキが聞く。
「あ、あの彼女のです」
「へえ、彼女いんだ。彼女はどう言ってんの? そういうの」
「あ、はい……楽しそうに、メイクとかしてくれます……」
「着せ替え人形のつもりなんじゃない?」
「もはや、彼氏っていうよりも……」
「気をつけな。男は他で用足りてるかもよ」
「あは……ですかね」
カナコの指摘に、おどけた調子で返すも、和也はハッとさせられる。
「下着は、どうなってんの?」
「あ、一応、それも……彼女の……」
「見せてみろよ」
カナコが男の声音で、デニムのホットパンツの裾をめくる。
「ああっ」
和也は思わず、声を上げる。
「あ、ホントだ、ピンクのレース履いてる」
どれどれ、ユリナとサキが腰を上げて覗き込む。
「きゃあーっ、かわいい」
「や、やめてください……」
「そんなこと言われるとさ、もっとやりたくなるのよ、ウチら」
そういってヒトミが反対側の裾もめくりあげる。二人の女性が、両方から、和也のホットパンツを引っ張り上げる。ピンクのショーツが思いっきり露わになる。
「ハイレグみたいだー」
「やめて……お願い……」
「やめないよ……だって、ウチら、《サディスティクス》だから」

☆ 三

その日は女子高生バンドが練習を終え、ソファでミーティングを行っていた。学校帰りのためか、全員制服姿だった。紺色のブレザーにチェックのスカート。黒のハイソックスとローファーを身につけている。皆長身で脚が長く、そのためか、まるでロングブーツを履いているように和也には見えた。この日、スタジオでのバイトは、夕方で終わるシフトだった。和也と交代するエミリというもうひとりのバイト女性は、すでにスタジオに入っていて、楽器倉庫の方で仕事をしている。和也はこの後、彩と食事デートの予定で、彼女が迎えに来るのを待っている。このパターンは二回目で、前回は、彼女をヒトミに紹介した。そのヒトミは、女性の日のためか朝からイライラしていて、和也は少し悪い予感がした。
カランカランという音とともにスタジオ入り口のドアが開く。
「……こんにちは」
そうっと様子を伺いながら、彩が入ってくる。高架の上を電車が走る音がする。ブワンという警笛が聞こえる。和也はチラとヒトミの方を見る。ヒトミは女子高生たちに占拠されたソファ横のテーブル席に座り、和也が入れたコーヒーを飲みながら音楽雑誌を眺めている。
「こんにちは」という彩に、少し頷いてまた、雑誌に視線を戻す。
和也は彩から、男物の洋服が入った紙袋を受け取り、トイレに行って着替えてくる。ジーンズとチェックのシャツに着替えた和也を見て、女子高生たちが、「あっ、和也君、男の子に戻ってる」とからかった。
「ひ、ヒトミさん、じゃ、じゃあ、そろそろ、時間になりましたので、失礼します」
和也は恐る恐る彼女に言った。しかし、彼女は、雑誌から視線を上げない。
「ひ、ヒトミさん……すみません……」
「オマエさあ、調子に乗ってんじゃないよ」
そう言って彼女が顔を上げると、スタジオの空気が一気に張り詰めた。黒いTシャツに、黒いジーンズ、黒革のロングブーツを履いたヒトミが、体を和也が立つ方に向けて、脚を組み直す。入り口近くに立ったままの彩を見て、「ちょっと彼に言いたいことがあるからさ、あなたそこに座って待ってて」とテーブルの向こうを指す。彩は丸いテーブルを挟んでヒトミと対角の位置にある椅子を引く。ギギギギと脚が床を擦る音が緊張をあおる。女子高生たちもおしゃべりをやめてテーブルの方に聞き耳を立てている。
「そこ、正座しな」
ヒトミは、恋人や女子高生たちが見ている前で、年上の男性アルバイトをブーツの足元にひざまずかせる。土足で歩く床の上に直接だ。
「どうして勝手に着替えてるわけ?」
「あ……す、すみません」
「着替える前に、アタシのところにいいにくるんじゃないの? 二回目だよ。こないだは見逃してあげたけど」
「あ、はい……も、もう一度、着替え直しましょうか?」
「いいよ、バカ。彼女、待ってるだろ」
和也はチラリと彩を見る。彼氏をバカ呼ばわりされて、悲しいか悔しい表情をしているものと思いきや、なんと吹き出そうとしていた。しかし、和也の視線に気づいて、思いとどまった様子だった。ヒトミも、和也を叱りながら、彩の表情が視野に入っていた。ヒトミの指導が興味深い様子だったので、この彼女の男であれば、もう少しシメておいてもいいと思った。
「あと、も一つ言おうか」
「は、はい……」
「アンタ、そこの女の子たちにタメ口きいてたよね」
「あ、は、はい……」
和也は思わず、女子高生たちの方を一瞬振り返る。ブレザーの制服に身を包んだワイルドな女子たちが、じっと見ている。
「立場分かってる? お客さんだよ、あのコたちは。女子高の制服着てるけどさ」
「は、はい……」
「さっきから、はいはい、いってるけどさ、ホントに分かってんのか、オマエ」
そういってブーツのつま先で、和也の額を小突いてみた。
「あっ」
土足で顔を……。いくら尊敬する女性ロッカー、そしてバイトの上司とはいえ、年下の女にブーツで顔を蹴られて、しかも彼女の目の前で……和也の顔は一瞬こわばった。しかし、彼がその次に目の前の女性に見せたのは怒りの表情でも戸惑いの表情でもなく、ぎこちない笑みだった。そしてその顔に見合った謝罪の言葉が口から出た。
「すみません……」
「じゃあ、謝ってこいよ。向こう行って。ホントにそう思ってんなら」
「……は、はい……」
和也は、一瞬右向きに回ろうと思ったが、彩と目線が合わないように左から回り直し、ソファの女子高生たちのところへ床を這って向かった。
「あの……」
「はい」
女子高生たちは、ヒトミの言葉に自信を持ったようで、和也を自分たちより立場が下の者と見なして、強い視線を投げつける。
「さ、さきほどは、言葉遣いがよくなくて……その……あ、ええっと……」
「なに? 謝るんならさっさとやってよ」
大きな目をしたポニーテールのボーカルの女子が口を開いた。
「あ……はい、お客様に、大変失礼な、その……対等な口の利き方をしまして、その……ごめんなさい……」
「ごめんなさいって……」
そういって、ボーカルの女子高生は、ヒトミをチラリと見る。
「それがダメだっていってんだよ。申し訳ございませんって、なんで言えないんだよ」
ヒトミにそう言われ、和也はやっと女子高生たちに、本来の顧客に向けた言葉を捧げる。
「も、申し訳ございませんでした……」

 

S女小説「ガールズバンドグルーピー」

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S女小説 鬼女教官2「奴隷収容所」

S女小説 鬼女教官2「奴隷収容所」を電子書籍として出版しました。

S女小説 鬼女教官「地獄の研修」の続編となります。

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内容紹介

鬼のように厳しい女性教官たちによる奴隷研修。鬼女教官「地獄の研修」続編。
女性上位企業で働くための「地獄の研修」を経て、牧田純一たち五名は、次のステップである「特別研修」に参加させられる。女性オーナーの個人奴隷としての役割が果たせるよう、男たちはさらに屈辱的、陵辱的な日々を強いられることになる。

序章  命あればこそ
第一章 最上級の屈辱を
第二章 鬼女たちの狂乱
第三章 女性専用肉便器
第四章 密かなる銃声
最終章 貴女にすべてを

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序章  命あればこそ

☆ 一

ここはどこだ?
目を覚ました牧田純一は、自分がベッドの上に寝かされていることに気づく。いったん体を起こそうとしたが、あちこちがズキズキと痛み断念した。頭だけ動かして、周囲を観察する。左手には白いブラインドの掛かった大きな窓。右手には、もう一つベッドがある。鉄パイプのシンプルなベッドだ。足元の向こうには、パーティションの役割をする白いカーテンが掛かっている。どうやらここは病室のようだ。鼻と口あたりに鈍痛を感じる。毛布から手を出して、触ろうとして止めた。純一は、少しずつ昨夜のことを思い出し始めていた。
部屋の向こうから足音が近づいてきて、ドアが開く音がする。純一は思わず目をつぶる。カーテンのこちらへ誰かが入ってきた。眠ったふりをする。椅子を動かす音。人の気配が接近してくるのを感じ、そうっと目を開けてみる。
「おはよう」
益岡麻由子だった。普段の事務服に戻っている。純一を蹂躙したときのハードなコスチュームは一時のことのようだった。昨夜は男性のようになでつけていた黒髪もナチュラルにふわりと降ろしている。可憐で美しい平時の彼女だった。
「お、おはよう……ございます」
「いいのよ、そのままで」
麻由子は慌てて体を起こそうとする純一を優しく制して、毛布をかけ直す。
「す、すみません……」
「何も謝ることないわよ……私の方こそ、やり過ぎちゃって……ごめんなさいね」
「いえ……そんな……謝らないでください……お願いしたのは僕なんですから……」
女医の桜井涼子が入ってくる。ここは研修所内宿泊棟の三階にある簡易医務室だった。純一が寝ている部屋は病室で、隣には簡単な診療室がある。
「起きたのね」
「お、おはようございます……」
白衣の涼子に純一は少し首を起こして挨拶する。美しい女性を見るだけで緊張する。失礼をすれば、暴力を振るわれるのではないかという思考が染みついている。涼子は麻由子の隣の丸椅子に腰掛ける。
「どう? まだ痛む? 一応、鎮痛剤は打っといてあげたけど」
「はい、少し……でも大丈夫です……」
純一は昨夜のことをはっきりと思い出す。強烈な顔面パンチを麻由子にもらって、血だらけになりながらも、恐ろしさで彼女のブーツに必死で舌を這わせた。彼の惨めな姿を見て、さらに興奮した麻由子は、彼の体を蹴りまくり、失神させてしまった。いや正確に言うと純一は気を失うふりをしたのだ。殺されないための防御反応だった。
「鼻骨と前歯と、ひょっとしたら、肋骨もやられてんのかな……もう少ししたら、病院につれていってあげるから」
涼子は純一を友人が経営している整形外科に連れて行くつもりだ。学生時代の親友なので、ある程度事情は話せる。
「すみません……ご面倒をおかけして」
麻由子は涼子の方を向いて頭を下げる。
「いえ、こういうときのために、私がいるんだから……」
涼子はそういうと、純一を病院に連れて行く準備をするために、診療室に戻っていった。入れ替わるようにして、女性が二人やってきた。純一が所属する会社の専務、西島直子と研修所主任教官の中田由紀恵だった。二人は共に三十三歳で高校時代の同級生だ。麻由子は椅子から立ち上がり、由紀恵と一緒に直子に詫びた。
「この度は申し訳ありません。少しやり過ぎてしまって……」
所有者の彼女に、預かり物を壊してすみませんとでもいうような謝り方だった。
「いえ、桜井先生にさきほどちょっと伺いましたが、思ったより大したことなかったようで……今日病院につれていっていただけるとのことで、こちらこそ、御手数をおかけします」
直子は、純一の方を見て、「大丈夫だよね」と言う。
「は、はい……本当にもう……皆さん、ご迷惑を掛けて申し訳ございません……」となんとかいったが、歯が抜けていて聞き取りにくかったかもしれないと、彼は焦る。
「そんだけしゃべれるなら、大丈夫だね」と直子。
「研修の方は、しばらく見学中心でやらせるから」と由紀恵が言うと、直子が、「引き続き、よろしくお願いしますね」と頭を下げた。
「あと、ちょっと話があるので、向こうへ行きましょうか」と由紀恵は直子と麻由子を連れてカーテンの向こう側へ行った。
「高田、コーヒー入れてきて」
「はいっ」
一番若い二十七歳の研修生、高田がいつの間にかカーテンの向こう側に待機していた。そのスペースに置いてあるテーブルを囲んで、由紀恵と麻由子と直子の三人は腰掛けた。しばらく雑談があって、高田がコーヒーを持ってきて並べ、壁際に気をつけの姿勢で待機する。純一はベッドの上で、彼女たちの様子を伺っている。カーテン一枚の隔たりなので会話もすべて聞こえる。
「五十嵐さんのことだけど、大丈夫かな」と由紀恵が言うと、「うん、本人もかなり乗り気だから、よろしくお願いします」と直子が応じた。この研修所の主任教官である由紀恵は、直子の部下である五十嵐亜紀を教官としてスカウトしたのだった。年上の男に容赦なく罵声を浴びせ躊躇なく暴力を振るえる彼女の資質があれば、きっと由紀恵が理想とする厳しい女性教官に成長できると考えた。
「益岡さんの方も、よろしくね」と直子が言うと、「ええ、大丈夫だよね、麻由子も」と由紀恵が答えた。
「はい、よろしくお願いします」と麻由子。
「トレード成立だね」と由紀恵が言うのを聞いて、純一は胸の鼓動を高めた。
(麻由子さんが、うちの会社で働くことになったのか……)
その後は、女性たちの会話は上の空で、純一は自分の妄想に入り込んだ。

麻由子が身近になることを聞いて、純一は体の痛みが抜けたように感じた。カーテンの向こうでは、女性たちがまだ、会話を続けている。体をゆっくりと起こす。実際にやってみると痛みを感じたが、なんとか半身を起こして、ブラインドの隙間から外を眺める。眼下にグラウンドと右手には研修室や事務室が入った校舎が見える。グラウンドの向こうは、忌まわしい旧校舎だ。拷問棟である。その風景から、純一は自分が女性宿泊棟の上階にいることを知った。
(ここにはこんな医務室まであるのか……)
グラウンドに迷彩服を着た女性を見つける。織田恵梨香だ。前に三人の研修生を立たせ、説教か何かを行っている様子だ。男たちは、小宮、遠山、生駒の三人だ。恵梨香が男たちの頬を順に張っていっている。それは体がよろけるくらいに激しいものだった。
(相変わらずだ……自分もこの痛みが落ち着いたら、再びあの暴力の嵐の中へ放り込まれるのだ……)
しかしそれは半ば純一が自ら望んだことでもあった。他の男たちにしてもそうだった。

女性たちはコーヒーを飲み終え、部屋を出て行く。由紀恵は、診療室の涼子に一声掛け、再び病室へ戻ってくる。内鍵を掛けると純一が寝ているベッドスペースへやってくる。高田はカーテンの向こうで気をつけの姿勢のまま待機している。純一は由紀恵が何か話してくるものと思い、彼女の方に頭を向けたが、由紀恵は何も言わず、モスグリーンのジャケットを脱いで、純一の右隣のもうひとつのベッドの上に置いた。スカートのファスナーも下ろし始めたので、思わず純一は目をそらす。
「いいのよ、見てて……こっちを向きなさい」
純一は由紀恵の方を見る。整いすぎた顔から鋭い視線が飛んでくる。ストレートの長い黒髪が美しい艶を放っている。そんな完璧な容姿の女性がこれからいったい何を始めようというのか。スカートを脱いだ由紀恵はベッドに腰掛ける。シャツの裾が股間を隠しているが、おそらく例のごとくショーツは身につけていないのだろう。彼女はたいていそのようだった。
「高田っ」
「はいっ」
「こっちおいで」
「失礼します……」
カーテンを開けた高田は、一瞬純一と目が合ったが、すぐに由紀恵に体を向けて、直立不動の姿勢を取る。
「舐めて。舌奉仕……服は全部脱いで」
そういって由紀恵は大股を開く。黒いガーターの紐が見え、股間の奥は黒々としている。
「は、はい」
高田は、作業服の上下を脱いで、床の上に畳み置く。シャツとパンツも手早く脱いで、その上にやはり畳んで置く。
「本当は、牧田にやってもらいたかったんだけどね。さすがにあの顔じゃできないでしょ。ね、高田」
高田は素っ裸で、純一の方を振り返ると、「あ、はい……」と困ったような顔をした。純一への同情心や心配、恥ずかしい気持ち、どことなく恐ろしい心持ち……いろんな心情が交じった複雑な面持ちを見せた。どんよりとした曇り空のような表情だった。窓の外の抜けるような晴天とは対照的だった。
「やって、早く」
「は、はい……」
高田は、眼鏡を外して脱いだ服の上に置き、由紀恵の股間にひざまずく。由紀恵はシャツをたくし上げると高田の頭髪をつかんで、股間に引きつける。
「ああ……」
高田が戸惑いの声を一瞬あげたが、すぐに自分の仕事に没頭し始める。裸にされた小さな若者が、大柄な女性教官の股間を舐めさせられている。由紀恵は、自分をしっかり見ていろとでもいわんばかりに純一の目を見据える。その強い視線に捉えられたようにして、彼も目が離せなくなる。股間への奉仕を第三者に見せることで、由紀恵は興奮を高めているようだった。桃色の唇が半開きになる。シャツのネクタイを緩めて外すとそれを高田の首に巻いてくくり、長い端を自分の手のひらに巻き付ける。高田の首を引き寄せながら、「もっと、舌を動かしな、ちゃんとやらないと、絞め殺しちゃうよ」と言う。高田は、「ううっ」と苦しそうな声を上げる。由紀恵は、白いシャツのボタンを下から外していく。
「もっと上の方……、そう、そこ、動かして、もっと舌を……」
ようやく由紀恵の視線が、純一から離れて、彼女は両手を後ろに突き、天井を仰ぎ見る。シャツの前がはだけて、豊満な胸を包んだ黒いブラジャーが露わになる。片手でフロントホックを外し、ぷるんと露わになった乳を自分自身で撫で触る。
「ああ……」
高田の舌がピチャピチャと音を立て始めた。由紀恵は両手で乳を揉みはじめ、純一の方へ視線を戻す。彼は慌ててそれに応えるように体ごと彼女の方を向ける。
「高田……入れたくなっちゃったわ。一発犯ろうか」
そういうと由紀恵は、二十七歳の赤ら顔に、ベッドに仰向けに寝るよう命じた。

☆ 二

「おお、牧田君、大丈夫だった?」
「牧田さん!」
病院での治療を終え、その晩、純一が研修室に戻ると皆が温かく迎えてくれた。禿げた生駒、自慢の髭を剃って再びマジックで髭を描くよう命じられた遠山、坊主頭の長老小宮、若い赤ら顔の高田……皆心配そうに純一の顔を覗き込む。
純一は、鼻にまだガーゼを当てていたが、他は大丈夫のように見えた。
「ご心配をおかけしてすみません。鼻が折れたとてっきり思ってたんですが、僕の鼻骨は幸い柔らかかったようで、ひびが少し入ったくらいで……放置で良いみたいです。前歯は二本差し歯になりましたけど……肋骨もなんとか大丈夫みたいで……」
「それなら、よかったね、いやよかったなんていっちゃいけないのかもしれないけれど……」
生駒がそう声を掛け、皆、頷く。
「益岡先生に?……」
高田がぼそりとそう聞く。先ほど、由紀恵に無理矢理犯されたところを純一に見られているので、どこかよそよそしく照れくさそうであった。
「ええ」
純一が、返事をすると、「まさか、あの娘がね……そんなに激しいとは……」と小宮が腕を組んで言う。
「そんな言い方したらまた……」と遠山がたしなめる。
「ですよ、小宮さん、我々はそれでなくても目をつけられてるんだから」と生駒が珍しく神妙な顔をして言う。
「でも、今日は、この部屋で寝られるんですね」と純一が久々の研修室を見渡して言う。
「うん、てっきり、あの檻の中にずっといなきゃならないのかと思ってたからね」
「死んでしまいますよ、本当に。人間が寝る場所じゃないもん。あんなとこ」
「先生たちも、いろいろ様子を見ながらやってるみたいだよ」
「織田先生、生かさず殺さずなんていってたからなあ」
「そろそろ、寝ますか、明日も早いし」
「そうだね」
「牧田君は、ランニング免除?」
「ええ、明日までは、いいっていわれました」
「いいなあ、俺も益岡先生に殴られたいよ」
「いいんですか、そんなこと軽々しく言って」
「いや冗談冗談……」
女性たちに受けた仕打ちを思い出したのか、生駒は、顔を引きつらせるようにして、自分の寝床を作り始めた。皆もそれぞれに布団を敷き、早々と就寝した。

第一章 最上級の屈辱を

☆ 一

研修室の壁時計が朝九時を指し示す。廊下から、複数のヒール音が聞こえてくる。男たちの身がグッと引き締まり、背筋が伸びる。扉が開き、美しく厳しい女性たちが入室してくる。主任教官の中田由紀恵、補佐教官の織田恵梨香、上司役の西島直子、五十嵐亜紀、そして女医の桜井涼子。中田由紀恵が教卓に着き、西島直子と五十嵐亜紀、桜井涼子が窓際の席に腰掛ける。織田恵梨香は、教壇の窓際の方に立ち、男たちを威嚇するように見回している。
「起立!」
純一が号令を掛ける。
「気をつけっ」
「礼っ」
「おはようございます」
皆、強く歯切れの良い挨拶をする。
「おはよう」
由紀恵の穏やかな声を聞き、一同は安心して着席する。
「牧田にトラブルがあって、若干、研修が中断してしまいましたが、今日からまた本格的に再開したいと思います……牧田、何か言うことある?」
由紀恵は思いついたように、純一に話を振った。突然のことに純一は慌て、その様子を見て、女性たちが微笑んでいる。純一はとりあえず起立する。
「あ、あの……こ、この度は私のために研修が中断してしまいまして、誠に申し訳ございませんでした」
そういって、純一は、女性たち一人ひとりの方を向いて、九十度のお辞儀をして回った。
「あれくらいで、ぶっ壊れてんじゃないよ、バカ」と二十五歳の元自衛官、恵梨香が言う。迷彩服を着てブーツを履き、長い髪を後ろで結んでいる。
「すみません……」
「みんな、最初に誓約書にサインしたよね」
今日も女性将校のようなスーツとネクタイ姿の由紀恵が、男たちを見渡す。
「何されても、どうなっても、文句言わないって……あれ、冗談でも何でもないからね。分かったでしょ、牧田を見て……」
男たちは、一様に頷く。
「あんなのまだ序の口だからね」
恵梨香がそういって、純一の横を通り、後方に移動する。
「《特別研修》の意味がまだよく分かってないみたいだから、説明しますね」
由紀恵はそう言って艶やかな黒髪をかき上げる。
「以前に受けてもらった通常研修は、従順に女性に仕えるための研修ね。男のプライドなんて言うまったく意味のないものを取り除く作業だったわけ。で、この特別研修は、そこから一歩先に進んで、女性を悦ばせるってとこまでいかなきゃならないわ。あえていうと、この課程を修了した皆さんは、ただの社員じゃなくて、あなたたちを雇っている社長や幹部たちの所有物になるってことなの。分かるかしら?」
皆、うなずくしかなかった。
「それくらいの覚悟があるから、自らここに来たわけでしょ?」
「……」
「返事はどうしたあっ」
恵梨香の怒号が男たちの背中に襲いかかる。
「は、はいっ」
慌てて純一たちは、大きな返事をする。
「牧田、オマエ、死ななかっただけでも、ありがたいと思わなきゃ。そうでしょ?」
由紀恵の妖しい眼差しが純一を射る。
「は、はい……」
「じゃあ、その感謝の気持ちを言葉にしてみたら?」
「は、はい……」
純一は立ち上がる。
「ここにはいらっしゃいませんが、益岡先生に手加減をしていただいたおかげで、鼻も折れずにすみ……このくらいでご容赦いただいて、本当に感謝しています……」
「そうだね……後で、本人に直接言っといたら?」
「は、はい……ぜひ、そうさせていただきます……」
「牧田、オマエ、それくらい自分で気づいて言っとかなくちゃ」
彼の会社の実質トップ、つまりは彼のオーナーである西島直子が横から声を掛ける。三三歳のキャリアウーマンは、ピンクの大きな花びらのヘアクリップで髪をまとめ上げ、ブラウンのスーツをスタイリッシュに着こなしている。
「はいっ、専務、申し訳ございません」
その直後、後ろの扉が開いて、麻由子が入ってきた。手にいろいろと荷物を抱えている。
「あっ」
純一は思わず声を上げたが、由紀恵が「後でいいから、彼女に謝っときな」と言ったので「はいっ」と返事をした。
「じゃあ、益岡さん、それ持ってきて」
由紀恵がそういうと、麻由子は前にやってきて、赤い犬の首輪と鎖の束を教壇に置いた。
「さあ、オマエたち、この首輪をいまから飼い主様につけてもらいなさい」
由紀恵からそう言われるも、男たちは椅子の上に固まったままだ。
「動け、早くっ」
恵梨香がブーツを鳴らして怒鳴ると、男たちはすぐさま席を立ち、教卓の上に乗っているそれを受け取る。純一は赤い首輪と鎖のリードを持って、女医である桜井涼子の元に行く。茶髪のショートカットが印象的な長身美女である。
「お、お願いします」
白衣にロングブーツを履いた彼女におずおずとそれを渡す。彼女は鼻で笑うようにし、「持ってなさい」と鎖のリードを純一に渡す。恵梨香が、生駒に屈辱的な言葉を何度も言わせているのを聞き、女性は皆それにならう。
「お願いって、何のお願い?」
涼子が純一を見下ろして言う。整った歯列が白く輝いている。
「は、はいっ……首輪をお願いします」
「それじゃ、何のことかまったく分かんないじゃない」
涼子は首輪を机の上にいったん置くと、白衣のポケットから、革の手袋を取り出した。恵梨香や由紀恵は早くも、奴隷の頬で景気のいい音を鳴らしている。女たちの怒声が飛び交っている。涼子の手に革手袋が装着される。足元のロングブーツと同様の光沢がある黒革だ。白衣との見事なコントラストが、純一の恐怖心を煽る。
「ねえ」
涼子の革の手が、純一の顎をつかむ。
「は、はいっ……ど、どうか首輪を私の首にめてくださいませ……」
「誰に、お願いしてんのさ」
そういうと、純一の頬を革の平手で打つ。
「あうううっ」
未だ腫れの引いていない鼻に激痛が走る。
「ねえって」
今度は手の甲で反対側の頬を打つ。
「あがうっ」
「聞いてんだよ、答えろ」
ボディパンチが純一の腹部を襲う。
「うぐっ、は、はいっ……桜井先生、ど、どうか首輪を私の首に嵌めてくださいませ……」
女医の涼子は、どの程度までなら大丈夫か、またどのくらい打てば最適なダメージを与えられるか、確かめるように純一をいたぶる。
「お手数をおかけしてすみませんくらいいえねえのかよっ」
恵梨香の恫喝が部屋に響く。
「ひいいっ、織田先生、すみません、申し訳ありません……」と泣き声で謝る生駒の首をブーツの靴底で床に踏みしだいている。
「だってさ」とそれを見て涼子が微笑む。
「は、はいっ、桜井先生、お、御手数をおかけして誠に申し訳ございませんが、私の首に、その赤い犬の首輪をおつけいただけませんでしょうか……すみません、申し訳ございません……」
そういって、純一は地獄の研修で教わった九十度のお辞儀を披露する。
「ようし」
涼子は赤い首輪を手にとって、純一の首に装着する。
「あたしの犬だろ、オマエ、牧田」
「は……わ、わん……」
「ふん……犬が二本足で立ってていいのか?」
ブーツの脚が膝頭を蹴る。
「あ……わん」
そういって、純一は床に四つん這いになる。涼子がしゃがんで犬男の首に鎖のリードを装着する。はだけた白衣の裾から官能的な太ももが露わになる。膝下からその白い肌は、暴力的な光沢を放つ黒革ブーツに包まれている。
「じゃあ、皆さん、いまから各自自分の犬を連れて、旧校舎に行きましょう」と由紀恵が言う。
「いくよ」
涼子が鎖のリードをたぐって引っ張る。純一は首を強く引っ張られて苦痛と恐怖を覚える。厳しい飼い主に怯える犬の気持ちが分かるような気がした。鎖の音をジャラジャラと鳴らしながら、男たちは四つん這いになり、女性のヒールの後を追う。廊下を這っていると、「おはようございます」という若い女性の声とすれ違う。嘲笑が純一の頭の上から降り注ぐが、恥ずかしくて顔を上げて見ることなどできない。すれ違う女性たちのすらりとした足元やスリッパがただ目に入るだけだ。この施設に研修に来る女性は、女優のような顔立ちやモデルのようなプロポーションの持ち主ばかりだった。
純一たちの存在は、ある程度、女子研修生たちの間では認知されているようだった。彼女たちも、早く仕事のスキルを身につけ、女性幹部となり、男奴隷を好きなように使ってみたいと思っているのかもしれない。
階段に差し掛かる。四つん這いで階段を降りるのは、人間にとって予想以上に困難だった。女性たちは、ここに限っては、男たちがスムースに降りられるように協力してくれた。
「犬だったら、もっと上手に降りなきゃ」
涼子は、そういって純一の頭をブーツのつま先で軽く小突いた。
「わ、わん……」
何にしろ、女性からの言葉には即反応しなければいけない。スルーや無視は御法度である。うっかりも許されない。というよりも、そんな失態を犯せば、確実に暴力制裁が返ってくるのを男たちは身にしみて分かっている。
本館と旧校舎をつなぐ屋根付きの廊下は、コンクリートだ。右手には倉庫がある。このコンクリートの廊下を四つん這いで渡るとさすがに膝が痛かった。ズボンを履いているとはいえど、たいして厚くもない生地なので、十メートルほどでも膝が赤くすりむけるほどのダメージを受けた。旧校舎の入り口に着き、先頭の由紀恵は、皆が揃うのを待った。

S女小説 鬼女教官2「奴隷収容所」