Kindle小説サンプル

S女小説 民営女性刑務所内「男子収容区」


S女小説 民営女性刑務所内「男子収容区」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

仕事社会で、刑務所で、若く美しい女性たちに虐げられ蹂躙され続ける男の運命。
元中学校教員だった瀬戸山春樹(40)は、美貌と権力を併せ持つ女性たちに翻弄され、ついには刑務所に投獄されてしまう。不運の果てに男が収監されたのは女子刑務所に増設された男子収容区だった。厳しく容赦のない女看守たちによって彼の苦難にはさらに拍車が掛かる。

プロローグ
第一章 女豹たちの餌食
第二章 甘い罠
第三章 妖しき尋問
第四章 紅の獄舎
第五章 鬼女の宴
第六章 蹂躙の果て

本文サンプル

プロローグ

「確かに多少でも男子受刑者を受け入れて頂けるのは助かります」
 法務省矯正局長の矢津正隆は、二人の女性を交互に見て言った。「なにしろ、刑務所はどこも過密状態ですから」
 法務省矯正局とは刑務所などの矯正施設の管理監督を行う法務省の部局である。
 その局長である矢津を都内高級料亭の個室に呼びつけたのは、法務大臣の天野千晶ちあきであった。傍らには彼女の娘で桜木女子刑務所所長の天野由希が座している。桜木刑務所は官民協働の女子刑務所として発足したが、民間出身の天野由希が所長に就任以降、幹部も一新され、女性中心の組織として生まれ変わり、実質、彼女が独自運営する民営刑務所といっていい状況になっていた。
「では、先日お伝えした趣意と計画通りに進めますので」
 紺色のスーツに身を包んだ天野由希が言う。気高さを感じさせる美貌と長身、男勝りの性格は母親譲りである。
「あ、はい、承知しています……」
 矢津はそう言いながらも、女子刑務所内に男子収容区を増設したいという彼女の要望に、不安を感じずにはいられなかった。
「よろしく頼むわね。矢津さん」
 娘に代わって念を押す母親の千晶は相変わらず着物がよく似合っていた。非公式の懇談のときは今日のように趣味の和服を着付けて出かけることが多く、来年還暦とは思えぬ美貌とスタイルを保っている。
「分かりました」
 法務大臣直々の依頼とあっては、矢津としても断るわけにはいかない。なにしろ就任以来、死刑執行命令書に躊躇なく判を押してきた女傑である。局内には《冷血》《魔女》といった陰口を言う者さえいるが、実質は《女帝》だ。そんな彼女や彼女の血を分けた娘に逆らうことは、せっかくここまで上り詰めた地位や待遇を失うも同じである。
「名称が、女子刑務所から女性刑務所に変わるということで……」
 矢津は男子収容区の増設とともに気になった名称変更の意図をもう一度確認しようとした。
「趣意書に書かれていたと思いますけど、よくお読みになりました?」
 苦笑しながら天野由希所長が言う。
「あ、はい……ただ、これについても前例がないものですから」
 矢津はたじたじになる。
「簡単に言えば、女性が中心になって運営していくということです。檻の中も外も女性メインだから、女性刑務所。いけませんか?」
 天野由希が鋭い口調で応じる。
「矢津さん、あなたちょっと頭が固すぎるんじゃない?」
 母親の天野千晶にまで畳み掛けられ、矢津は難癖つけたことを後悔する。
「い、いえ……ごもっともです……これからは女性の時代ですから……」と還暦になったばかりの矢津は笑顔を引きつらせた。
「ただ、くれぐれも男女の分離はきっちりとお願いいたします。男子区域には男性の刑務官を必ず……」
 矢津は苦渋の表情を浮かべながら、そう声を絞り出した。
「矢津さん、本当に計画書お読みになったのかしら? 分離はもちろんきっちりやりますよ。設計図通りに。それと……男子収容区を担当する女性刑務官は、全員身長が百七十センチ以上の武道有段者、あるいはボクシング等の格闘技経験者。対して収容予定の男子受刑者は、身長百六十センチ未満、体重四十八キロ未満に該当するものが中心です。そんな男が二三人束になってかかったところでうちの女性看守にはかなわないでしょう」
「し、しかし、万が一と言うこともありますので……」
「そんなにご心配なら、定期的にそっちから検査官でも送ってくれば? 実際に見ていただければよく分かると思います」
 天野由希が苛立ちを隠さずに言った。
「は、はい、よろしければ、そうさせていただきますので……」
 しまいにはどちらが局長でどちらがその下位機関の所長なのか分からなくなってくるほどだった。
「空けて。ちっとも進んでないじゃない」
 天野千晶にそう言われ、下戸の矢津は無理矢理、大きめのお猪口を空にする。
「じゃあ、名称変更も男子収容区増設も全面認可ということで」
 天野由希がうっすらと笑みをこしらえて言う。
「は、はい、承知しました。書類決裁は早急に執り行いますので」
「助かるわ」
「よろしく。それ前提で娘の方も動いてますから」
「は、はあ……」
 矢津は母娘の杯を受けながら、悪寒のような不安を覚えた。

第一章 女豹たちの餌食

☆ 一

―――事故でもあったんだろうか……
 軽トラックのハンドルを握る瀬戸山春樹は、腕時計を見て焦りをさらに募らせる。思わぬ渋滞に巻き込まれ、さきほどから車はわずかばかりしか進んでいない。この時間帯に目抜きの通過は無謀だったか。ため息が白い湯気に変わる。エアコンまで故障して、踏んだり蹴ったりだ。通りの百貨店やショップの店先には、サンタクロースやトナカイのディスプレイが目につく。
―――今年も何も買ってあげられそうにないな……
 瀬戸山春樹は、長年勤めていた公立中学校を四年前に辞め、自営業として軽トラ運送を始めた。安定した公務員職を辞するに当たって、当然妻は猛反対したが、すでに教師としての自信を失ってしまっていた彼は、「決して苦労はさせないから」と彼女を説き伏せて新しい道を選んだ。
 しかし、世の中はそんなに甘くなかった。当初快調に見えた業績も不況の波と競争過多には抗えず、年を追うごとに先細りし、いまでは妻、理恵の実家に援助してもらわざるを得ない状況だった。今年四十歳になる春樹だったが、不惑どころではなく、戸惑ってばかりで、五つ年下の彼女にはまったく頭が上がらなかった。せめて誕生日やクリスマスなどにはプレゼントを贈り、美味しいレストランにでも連れていってご機嫌を取っておきたいところだったが、それすらままならなかった。二人の間に子供がいないのが今となっては救いになっていた。

 瀬戸山春樹が田原町配送センターに到着したのは、約束の四十分後だった。大幅な遅刻だ。
「失礼します、瀬戸山運送です……」
 緊張して事務所に入ると、受付近くに席を置く、この春入社したばかりの新人女性がこちらを向く。女性ばかりのこのオフィスには、起業したときから使ってもらっているが、一向に慣れることがない。
「ずいぶん、早いじゃない。だいぶ待ってるよ、中西課長」
 元ヤンキーの面影をずいぶんと残す彼女が、奥のデスクを指さす。年上といえども、外注業者にはこれが当然という態度だ。
「すみません、山内さん、お世話になってます」
 瀬戸山春樹は、二十歳そこそこの茶髪社員にペコペコと頭を下げながら、脇を通って、中西という女性課長の元へ向かう。「女軍曹」と異名を取る長身の麗人だ。女性スタッフたちの好奇の視線に晒される。
 しかし、くだんの女性課長の元にはすでに先客がいた。同じく運送を請け負っている零細企業の社長だ。
「そこをなんとか……中西課長様、もう一度機会をいただけませんでしょうか」
 初老の男がブランドもののスーツに身を包んだ女課長にペコペコと頭を下げている。彼女の年齢は彼の娘くらいだろう。
「だから何度も言ってるけどさあ、お宅とはもう取り引きしないんだって」
 姿勢良く起立する初老社長の方も見ずに、彼女はデスクで仕事をしながら対応する。
「中西様からいただいているお仕事がなくなると、うちは、本当にもう……」
 グレーの作業服を着て頭の禿げあがった老体は、泣きそうな顔をして、二十代後半の美人担当者に懇願する。
「私がそんなに大切な客ならさあ、どうしてあんなふざけた見積もり持ってくるわけ?」
 ようやく仕事の手を止め椅子を回して、初老の方へ体を向ける。
「い、いえ……そう申しましても、中西様、あれでも、相場よりだいぶお下げした見積もりでして……」
「そっちの相場なんて知らないわよ。っていうか、私言ったよね? これがうちの予算だって」
「……は、はい……」
「だったら、どうしてそれより高い金額を平気で持ってこれるわけ? なめてない?」
「……い、いえ……そ、そんなことは……」
「いいから……もう、行ってよ、じゃまだから……」
「か、課長様……」
 瀬戸山春樹は目を疑った。初老が、その場で靴を脱いで脇に置き、彼女の足元に土下座をしたのだ。
「こ、この通りです……」
「なによ……」
 中西京子という美人担当者は立ち上がり、小鼻を膨らませて、老いた下請け業者を見下ろした。
「どうか、も、もう一度だけ……お願いします……この通りです……中西様……課長様……」
 周囲がしんと静まる。女性社員たちの口が止み、手が止まり、視線が二人に注がれる。
「そう……そこまでやるの……覚悟あるんだね?」
 女性担当者は体重を片脚に移動させ腕組みをする。
「は、はいっ」
 老体は長身の女性権力者を見上げる。
「じゃあ、あの見積もり、半額にして持っといで」
「……え、あの、そ、それだと……うちはまったくの赤字に……」
「今回は、ペナルティだよ」
「……か、課長様……」
「止めようか、もう、時間の無駄かな……」
「い、いえ、わ、分かりました。承知しました。や、やらせてください……」
 慌てる禿げ社長に、女豹が強い視線を浴びせる。なにか別の言葉を待っている様子だ。
「あ、ありがとうございます……課長様……精一杯勉強させて頂きますので、今後ともどうかよろしくお願いいたします……」
「じゃあ、早く行きな。次が待ってるから」
 そう言って中西課長は、離れて待つ春樹の顔を一瞥する。ようやく立ち上がって靴を履いた社長は何度も女性担当者に頭を下げ、春樹にも一礼すると逃げるようにして女性だらけの事務所を出て行った。
「な、中西課長、おはようございます。遅くなりまして、申し訳ありません……」
 瀬戸山春樹は、緊張の面持ちで女性担当者に声を掛ける。
「今何時だと思ってんのよ」
 彼女は、壁の時計を確認すると春樹に鋭い視線を投げた。
「も、申し訳ありません。中西課長……途中、工事で渋滞していたもので……」
「言い訳はいいわよ。ギリギリに出るからそういうことになるんでしょ」
「は、はい……課長の仰る通りです。も、申し訳ございません……」
 春樹は屈辱に心を振るわせながら伏し目がちにそう言った。相手は一回りも年下の女性だが、大切なクライアント様である以上、何を言われても逆らえない。個人事業者の宿命だ。
「見てたでしょ、あの禿げ」
「……は、はい」
「うち、どんどん厳しくしていくからね。業者がだぶついちゃってしょうがないのよ今。金額とスピード。これで片っ端からふるいにかけてくから」
「わ、分かりました……」
「渋滞してましたとかいう言い訳は、今後一切通用しないからね」
「しょ、承知しました……」
「いいわね」
「は、はいっ……この度は、本当に申し訳ございませんでしたっ……」
 春樹はもう一度、深々と頭を下げる。
「しっかりやって」
 女性担当者は、机の上から配送指示書を取ると、もったいぶるようにして春樹に渡す。
「はいっ……あ、ありがとうございます」
 春樹はいつもよりかしこまった調子で、両手で恭しくそれを受け取ると、さきほどの老体に負けぬほど何度も辞儀をして、若い女性たちの蔑んだ視線があちこちから飛んでくる中、そそくさと事務所をあとにした。

☆ 二

「ねえ、今月、たったこれだけ?」
 銀行通帳を手にソファに腰掛けているのは、瀬戸山春樹の妻、理恵である。トイレに行こうとしていた春樹は、妻の強い口調に捉えられるようにして、彼女のはす向かいに正座する。
「あ、ああ……ご、ごめん……先月、いくつか代金を回収しそこねちゃって」
 春樹は畏怖の眼差しで、五つ年下の美人妻を見上げる。三十五歳の彼女は、大学時代にキャンパスのミスコンで優勝したことがあるほどで、まだ二十代にも見える美貌を維持していた。
「なによそれ。仕事やったんなら、お金しっかりもらってきなさいよ。もう貯金もほとんどないんだしさ。どうするつもりなのよ、いったい。うちの実家からの援助も限度ってものがあるわよ」
「すみません、ホント。頑張ります」
 春樹はそう言って頭を下げながら、―――君が少しパートにでも出てくれるとだいぶ助かるのに―――と恨み節を心の中でつぶやいた。しかし、それはさせないという約束だ。本当にもう少し頑張るしかないと思った。
「ボーナスだってないんだからさ、うち」
「うん……」
「本当は、買いたいものだっていっぱいあるんだからね」
「はい……」
「もうちょっと、しっかりしてよ」
 理恵はそう言うと立ち上がった。長い髪をゴムで留め直す。
「どいて」
「あ、ごめん……」
 妻は苛立ちを露わにした足音を残して、自室へと消えていった。

 翌々日も春樹は田原町配送センター事務所を訪ねた。
「ありがとうございます。頑張らせて頂きます」
 春樹の目の前で整髪料を光らせた四十がらみの男が礼を述べながら担当課長の中西京子に何度も頭を下げている。近頃、営業の猛アタックを掛けていた同業のライバルだ。振り返ると春樹の目を見ずに黙礼をして去って行った。
「お、おはようございます」
「おはよ」
 ふと中西京子の腕に目がいく。いかにも高級そうな腕時計が嵌められている。春樹の目線に気づいたのか、京子は、「これ?」と言い、「貢ぎ物よ」と冗談のように付け足したが、春樹はそれは本当にライバルが彼女に進呈したものではないだろうかといぶかった。その推測はおそらく当たっていた。なぜなら、京子の口から次のようなセリフが飛び出したからだ。
「瀬戸山ちゃん、悪いけどさ、来月から二十番の配送、よそに回すから」
「えっ、か、課長……」
 健康器具を扱う二十番配送は瀬戸山運送の売上の三割ほどを占める大口受注だった。
「うちも、いろいろしがらみがあってさ、大変なのよ。他になんかあったら回したげるから」
 有無を言わさぬ調子だった。京子の腕時計が光りを放ち、春樹の目を射る。宝石がふんだんにあしらわれた舶来の腕時計とこの配送替えが無関係とは思えなかった。そのような営業の方法があることを知っていた春樹だったが、不器用な自分には不向きだし、ひとつひとつの仕事を誠実に遂行して顧客の信頼を得ていこうというのが元教員である彼の方針だった。

 春樹は気持ちを整えようと、センター内の休憩スペースで缶コーヒーを飲む。幾人か自分と同じ立場の男性ドライバーがいて、みんな女に使われている身だと思うと少し気が楽になった。何本か用事の電話を掛けて、トイレを済ませ、駐車場へ向かう。
「そんなにゆっくりしてて大丈夫なの?」
 運転席のドアに手を掛けたところで、後ろから声がした。振り返ると中西京子だった。
「あ、課長、すいません、急いで行きます」
「待って」
 肩に手を掛けられる。
「は、はい……」
 春樹は体を反転させてかしこまる。京子は栗色の髪が風に煽られ口にまとわりついたのを払うようにする。
「元気出しな。向こうから見てたら、死にそうな感じで歩いてたよ」
 京子は紺色のスーツからはみ出そうなほど豊かな胸の前で腕を組んで、春樹を見据える。
「す、すみません。大丈夫ですから……」
「ホントに大丈夫?」
「は、はい……」
「資金繰りとか、間に合ってる? ……瀬戸山ちゃんとこも大事な外注先のひとつだからさあ。私も一応、気にしてんのよ」
 髪の端を指先に巻き付けながら中西恭子が言う。いつもの彼女らしくない仕草だ。
「あ、ありがとうございます……そ、それは……資金繰りはやはり、大変です……」
 中西京子に思わぬ女性の色香を感じ、一瞬、見栄を張りそうになったが、仕事を増やしてくれるのではという期待の方が上回って、春樹はそんなふうに言ってみた。
「友人が、女性なんだけど、金融業をやっててさ。困ってるんだったら言ってよ。紹介するから……」
「え……そ、そうなんですか……」
「うん、要るときはいつでも言って」
 京子はこれまでに見せたことのないような優しげな微笑みを春樹に与えると彼の背中を軽く二度叩いて去って行った。

☆ 三

 街の空気は澄んで冷たく、新しい年を歓迎するような快晴の空だった。
 瀬戸山春樹は、今年もあまり多いとは言えない取引先の年始挨拶を済ませ、中西京子に渡された名刺を片手に目的の雑居ビルを目指して歩いていた。なんとか年は越すことができた。しかし、今月を乗り切ることはかなり際どいと思われた。やはり中西京子から取り上げられた仕事が大きかった。その彼女から紹介された金融会社に向かっている。大手ほど金利が安くないのかもしれなかったが、背に腹は代えられない。中西京子の紹介する女性が経営しているという安心感もあった。
 だいぶ年季の入った五階建ての雑居ビル。すえた匂いのするエレベータを最上階まで昇る。ドアが開いた正面に入り口のオフィスドアがあり、「レディースワン」というネームプレートが貼られている。
「失礼します」
 鉄の扉を引いて開け、中に入る。受付の机があり、その向こうはパーティションで仕切られている。呼び鈴を鳴らして待つと、OL服を着た受付嬢がやってきた。
「いらっしゃいませ」
「あ、電話でお約束した瀬戸山ですけれども」
「はい、どうぞ中へ」
 頭をポニーテールにして、普通のOLよりもいくぶんカジュアルかと思われる雰囲気の女性に案内される。応接スペースの革張りソファに座るよう促された。反対側の半分が事務スペースになっていて、代表者と思われる女性がひときわ立派な執務机から立ち上がってソファの方へ向かってくる。他にはいまのところは、さきほどのOLがいるだけだった。
「あ、お世話になります。瀬戸山です」
 春樹は立ち上がって代表者の女性に挨拶する。
「はじめまして、瀬戸山さん。伊吹です」
 伊吹冴子さえこは電話の声から想像する通りの美女だった。春樹が見上げるほどの長身とシャープな美貌。年齢は中西京子と同じくらい、二十代後半だろうか。
「は、はじめまして。よ、よろしくお願いします」
「こちらこそ。さっそくだけど、融資の件ね。事前に調べさせてはもらってるけど、自己申告の方もお願いします」
「あ、は、はい……」
 書類を渡され、指示通りに必要事項を記入していく。融資希望金額の欄にきたところで、伊吹冴子の方を見上げると、「ご希望は?」と聞いてきた。
「あ、あのできれば二百ほど……」
 伊吹冴子は口を閉じたまま微笑を見せて首をかしげる。
「最初っからそれはちょっと無理ね。五十が限度だわ」
 それでも今月はとりあえずしのげそうだったので、「わ、分かりました。ありがとうございます」と答える。
「でもさ、瀬戸山さん、結構いっちゃってるよね。もう。銀行も大手金融も目一杯でしょ、これ。大丈夫なの?」
 冴子がそう言ったときに、ちょうどポニーテールのOLがお茶を持ってくる。恥ずかしさに体が熱くなる。
「ありがとうございます」
「ねえ、大丈夫?」
「あ、は、はいっ……大丈夫と思います。なんとか……頑張ります……」
 念を押されたのでいったんペンを机に置いて姿勢を正して彼女に答える。
「上、脱いだら? 汗かいちゃってるわよ」
「あ、はいっ……し、失礼します……」
 春樹はグレーのジャンパーを脱いで脇に置いた。
「うち、看板にもある通り、基本、女性専門なのね。だけど、瀬戸山さんは中西さんの紹介ってことで特別だから」
「あ、はい。ありがとうございます」
「彼女からもあなたの真面目な仕事ぶりは聞いてるわ」
「ありがとうございますっ」
 中西課長が高評価してくれたことについて素直に喜んだ。
「うん、じゃあ、まず五十からおつきあい始めようか。その後はまたそれから……」
「はいっ、あ、ありがとうございます。助かります……」
 春樹は伊吹冴子を救いの女神のように崇めて感謝の気持ちを表した。

 一月も月末が近づき、ずいぶんと寒い日が続いた。その日、春樹が配送センターの駐車場から車を降りると粉雪が舞い始めた。
「今月もありがとうございました。どうぞよろしくお願いいたします」
 事務所に入り、瀬戸山春樹は中西京子に請求書を手渡しながら深々と頭を下げる。
「うん、来月もよろしくね。安全運転で」
「は、はいっ」
 短いメロディが流れる。
「もうお昼か。一緒に行こうか。どう?」
 中西京子から食事に誘われるなど初めてだった。
「あ、はい、大丈夫です」
 京子の案内で個室のある店に入り、すき焼き定食を注文した。
 しばらく雑談をした後、京子が唐突に「そいえば借りれたの? 結局」
 そう言われて、春樹はハッとした。ここのところ気を回さねばならないことがあまりに多かったせいか、彼女に融資成功の件を報告することをすっかり忘れていたのだ。
「ああっ、す、すみません。ご報告が遅れてしまいまして……お貸し頂きました。あ、ありがとうございました……」
「なんで言わないの?」
「すみません」
「しかとしてんじゃないわよ。ったく」
 京子の怒りが思ったより本気のようだったので、春樹は、「申し訳ありません」とテーブルに額をつけるようにして謝った。
「お待たせしました」
 すぐ脇の襖戸が開いて和服姿の若い女給が料理を運んできたので、春樹はとてもばつが悪い思いをした。

 食後のコーヒーを飲んでいると、ふと中西京子の腕時計に目がいった。縁にあしらわれたエメラルドグリーンの宝石が照明に輝いている。
「あ、あの……中西課長……こんなことしては失礼なのかもしれませんが、こ、これよかったら受け取っていただけませんでしょうか」
 春樹は、本当は車両整備の支払いのために下ろしたばかりの銀行封筒を懐から取り出すと差し出した。
「じゅ、十万円入っています……」
「別にそんなつもりであなたを誘ったわけじゃないんだけどね」
「いえ、ホントだったら私の方からご接待しなければならないところをすみません。ですのでどうかこれはお納めくださいませ……」
 春樹はそう言って封筒をさらに彼女の方へ押しやった。
「そう。だったらありがたく受け取っとくわ。伊吹さんにもよろしくいっとくし……そうね、配送の方もなにかあったら……」
「ぜ、ぜひ。よろしくお願いします」
 春樹は一回りも年下の女性クライアントに深々と頭を下げながら、どうしてもっと早くこうしなかったのかと自分の生真面目さを後悔した。

☆ 四

 晴天の日、桜咲く公園のベンチで、その華やいだ景色とは裏腹に、春樹の心は沈みきっていた。
 毎月五日がレディースワンへの返済日だったが、今月、四月は利息に加えて元金の一部を要求されていた。中西京子からの仕事をあてにして伊吹冴子の言われるままに重ねた借金はあっという間にふくれあがり、今日はきっちり二十万円の現金を調達して返済しなければならなかった。子供たちがボール遊びではしゃぐ声が聞こえ、春樹は地面を見つめていた目線を上げる。
―――ああ、あんな頃が自分にもあった。あの日に戻りたい。しかし、考えたら、あの当時も女の子にはよく虐められたな。そういう運命なんだろうか……
 春樹は公園から雑居ビルまでの百メートルほどの道のりをゆっくりと歩いた。それはまるで刑場へ向かう囚人のような足取りだった。

「二十万、工面して頂けました?」
 外出から戻ってきた伊吹冴子が革のロングコートを脱いで受付嬢に渡すと三十分ほど待たせた春樹の正面のソファに腰掛けた。
「あ、あの……そ、それが……申し訳ありません……もう少し待って頂けないでしょうか……」
「どういうことかしら?」
「昨日あるはずの入金が先方の都合で一ヶ月遅れになりまして……」
「…………」
 伊吹冴子はシガレットケースから煙草を一本取り出すと火を着けた。一口吸うと、「で、今日はいくら準備してきたの?」
「すみません……五万円ほどで、ご容赦頂けないでしょうか。残りは来月必ずお支払いしますので……」
「ふざけるんじゃないわよ」
 煙がまともに春樹の顔に吐きかけられる。
「申し訳ありません……」
「なめてない?」
「い、いえそんなことは……」
「カナちゃんは?」
 冴子が事務スペースにいるOLに声を掛ける。
「あ、別室ですけど」
「誰?」
「大谷さんです」
「日雇いのおじさん? また遅れてんの?」
「ええ」
「ちょうどいいわ。ちょっと行きましょうか」
 春樹を連れて事務スペースの向こうの扉を開ける。段ボールが積み上げられた倉庫のような部屋の中央にスーツを着た大柄な女性が椅子を逆向きにして大股を広げ座っている。背もたれの上部に両腕を組んで、顎を預けている。鋭い目線の先では、白髪頭の老年が固い床の上に靴を脱いで正座させられている。
 レディースワンで取り立て係を務める、椅子の女性、三浦加奈子が冴子たちの方を見る。
「トチっちゃったのがきたからさ。初めてだけど。ちょっと見せてやってくれる?」
 冴子がそう言うと、緩いパーマをあてた茶髪女性は、「了解」と返事をし、フーッと老年に向けて大きくため息をつく。
「大谷さん、アタシ、今日までっていったよね?」
「あ、はい……ですので、明日には必ず……」
 もう何十回と繰り返されているやりとりを女は春樹の前でもう一度披露する。
「ボランティアでやってるわけじゃないんだからさ……」
 そう言って先月二十五歳になったばかりの三浦加奈子は立ち上がり、学生時代陸上部で鍛え上げた脚で椅子を脇に蹴り飛ばす。椅子は大きな音を立てて脇の段ボールに当たり、大谷と呼ばれる老年の近くまで跳ね返って横に倒れる。
「す、すみません……」
 慌てて頭を下げようとした老年の白髪を鷲づかみにし、上を向かせる。
「何度同じこといわせんだよ、大谷、ああ?」
 ドスの聞いた女の声が部屋中に響き渡る。同じフロアに他のオフィスはないようなので、通報されるようなこともなさそうだ。春樹は思わず身をすくめる。加奈子が手を離すと体を震わせた老年は彼女を見上げそして床に向かって何度も謝罪の言葉と一緒にペコペコと頭を下げる。
 加奈子は椅子を起こすと、スーツの上着を脱いで背もたれに掛ける。
「申し訳ありません、三浦様……明日には必ずお返しいたしますので……」
「何回も聞いたよ、その言葉は。結局、痛い目見ないと分かんないんだろ?」
 加奈子は白いシャツを腕まくりしながらそう言うとスチールのロッカーから、革の手袋を取り出して嵌めた。腕に龍のような刺青が見える。
「立てよ」
 老年の作業着の胸ぐらをつかんで無理矢理に立たせる。ヒールを履いた彼女は、老年より二十センチほど背が高い。
「歯を食いしばれ」
 老年は目をつぶって言われた通りに従う。胸ぐらがさらに引き寄せられ、大谷はほとんどつま先立ちになる。加奈子の右腕がサッと上がり、老年の頬がパーンと音を立てる。往復で三発の平手打ちが炸裂する。
―――ぼ、暴力じゃないか……こ、こんなことがあっていいのだろうか……
 凄まじい制裁を目の当たりにした春樹は大きく唾を飲み込み、体を硬直させる。
「大谷」
「は、はいっ」
「お金返せないと、こういうことになるの。覚えときな」
 三浦加奈子はそう言うとさらに五発ほどさらに激烈な平手打ちを老年に食らわせる。
 春樹はまるで自分が言われ殴られているような気分になった。加奈子がようやく胸ぐらの手を緩めると、老年はその場に崩れ落ちるようになり、「申し訳ございません、明日には必ずお返ししますので」と何度も懇願し加奈子のパンタロンの裾にしがみついた。
「馬鹿、汚れるでしょ」
 加奈子は大谷の手を蹴り離し、怒りのままにその首根っこを踏みしだく。
「うわあああっ……ご、ごめんなさい……」
「い、伊吹さん、あ、あれじゃ、あんまり……」
 春樹が思わず声を上げる。それでも冴子は平然としている。相手は身寄りのない日雇いだし、脅して口をふさぐ方法などいくらでもあると思っている。
「あなたも人ごとじゃないわよ」
 そう言われて春樹はハッとする。老年が二十五歳の長身女性にさらにひとしきり脇腹や太股を蹴りまくられるのを見せられた後、ようやく春樹は応接室のソファに戻された。
「分かったでしょ」
「は、はいっ……できる限り……」
「できる限りじゃないわよ。十日だけ待つわ。あと、忠告しとくけど、どうやら配送の仕事も安定してないようだから、空いた時間にバイトでもやったら? 今度、トチったらあんたもああいう目に遭うよ」

 途方に暮れていた春樹だが、入金が遅れていたクライアントに粘り強く交渉した結果、冴子との約束日ギリギリに支払ってもらうことができ、今回はなんとか事なきを得たのだった。
 

S女小説 民営女性刑務所内「男子収容区」


エムソルトS女小説(Amazon・Kindle)