S女小説 鬼女教官「地獄の研修」を電子書籍として出版しました。
内容紹介
鬼の女性教官たちが、”ぬるい”男性会社員を徹底的にビジネス指導調教する。
女性ばかりの会社で働く37歳の牧田純一は、女性上司たちに「ビジネス研修」を受けることを命じられる。スキルが改善されなければ、クビにするしかないと判断されたからだった。ところが彼が参加を強要された「研修」は通常のビジネス研修プログラムではなかった。それは女性上位企業で働かざるを得ない男たちのためのいわゆる「地獄の研修」だった。女性に使われる道具として、またストレス解消の対象として、男たちは徹底的に、虐待され、陵辱を受ける。
第一章 地獄行きチケット
第二章 女軍曹の恫喝
第三章 屈辱の味
第四章 鬼女の標的
第五章 寒空の見せしめ
第六章 天使の拷問
本文サンプル
第一章 地獄行きチケット
☆ 1
「もう、辞めてもらってもいいですか」
三十三歳の女性専務にそう言われ牧田純一は彼女の顔を見る。冗談ではないかと確かめたかった。しかし、西島直子の端正な面立ちに笑みはなかった。
「申し訳ないですけど、うちもそんなに余裕がないので」
確かにこの小規模な会社で営業次長という名の椅子に座りつづけるには、牧田純一の仕事ぶりや成績は心許ないものだった。買収元からの転職だからという甘えがあった。まさかクビを宣告されることなど予想もしていなかったのだ。彼女の口ぶりなら、親会社の取締役にはすでに了承を得ているのであろう。専務の母親でこの会社の社長は、親会社の取締役と愛人関係にあるというのはもっぱらの噂だ。
「あ、あの……西島専務。役職を解いてもらってもかまいませんから、なんとかもう少し置いていただけないでしょうか」
三十七歳の牧田純一は、そう願い出るのが精一杯だった。この年齢で路頭に迷うのだけは避けたい。仕事ぶりに見合わない給料を払いたくないなら、ヒラでもいいから置いてもらいたい。専務室の電話が鳴る。内線呼び出しだ。西島直子は打ち合わせソファを立って受話器をとる。「はい」と返事をして、椅子に腰掛け、外線先と話し始める。
(やはり失敗だったろうか。自分から役職をといてくれなんていったのは……。しかし、もう口に出してしまったものは仕方がない……)
そもそも牧田純一は、親会社では事務職をしていて、営業の仕事は未経験だった。女性だけのチームをまとめ上げるスキルも経験もない。リストラで子会社に回された純一が、このような苦境に陥るのは当然といえば当然だった。五分ほどして、西島直子が純一の前に戻ってきた。
「じゃあ、もう三ヶ月だけ様子を見させてもらいます。役職はなしで、五十嵐亜紀についてください」
「……五十嵐君の部下、ということでしょうか」
これまで部下だった女性が上司になるとは、予想外だった。
「ええ。明日から、さっそく」
「あ……」
「何か不満?」
「いえ……」
「それと、いま気づいたからいうけど、私が電話してる間もただボーッとしてるんじゃなくて、何か調べるとかどこかに電話掛けるとかやったら? その時間だって、給料が出てるんだよ。そういうとこなのよ、あなた」
落ち着いた口調で諭すようにいわれ、それがかえって純一のプライドを傷つけるが、そのような気持ちはおくびにも出さない。
「あ、はい、すみません……気をつけます」
純一はいつもより一段と恭しく、四つ年下の女性専務に頭を下げ、部屋を出て自席へと戻った。
「おはようございます」
次の日、二十八歳の五十嵐亜紀はいつものように、明るい笑顔で純一に声を掛けてきた。
「あ、お、おはよう……ございます」
「牧田さん、よろしくおねがいしますね」
「あ、はい、こちらこそ」
純一は長身で肩幅の広い美女に照れくさそうに挨拶をする。年下女性の下で働くなどもちろん初めてだった。
「牧田さん、とりあえず席を移動してもらえます? 近い方がいいので」
五十嵐亜紀はさっそく最初の命令を純一に下した。仕事ができないことが判明してから、ひとり離れた席に移動させられていたのだが、それを彼女が自分の島に呼び戻した。
「はい」
純一は、荷物を全部移動させると、女性メンバーそれぞれに挨拶をした。社内に男性は彼一人なので、この部署ももちろん全員女性である。純一は、今日から、彼女たちと同じ身分の平社員だ。今年高校を卒業したばかりの女性もいる。部下ではなく同僚だ。
「今日から、五十嵐課長のもとで働かせていただくことになりました牧田です」と冗談っぽくいった。そういう言い方でもしなければやっていられなかった。しかし、女性たちはそれを笑うわけでもなく、純一はなんとなく若い女性たちに侮蔑の眼差しを向けられているのを感じた。
役職がひとを育てると言うが、五十嵐亜紀は営業課長に抜擢されてから、見違えるように変わった。元来の明るい性格に冷静さや明晰さ、鋭さが加わった。チームのメンバーそれぞれに的確な指示を出し、皆の営業成績はもちろん、彼女自身の成績も急速に伸びていった。ただ一つだけ変わらないものがあった。それは牧田純一の成績だった。
☆ 2
「牧田さん、ちょっといいでしょうか」
純一は五十嵐亜紀の部下となって二ヶ月ほど経った火曜日の午後、彼女から、誰もいない会議室に呼ばれた。
「何が問題なんですかね?」
うつむく純一を前にして亜紀がいう。ファイルケースから一枚のプリントを取り出し、彼の前に置く。チーム全員の成績をグラフにした成績表だ。一ヶ所だけ大きく谷間になっているところが彼の数字だった。
「すみません……もう少し頑張りますので」
純一はうつむき、声を絞り出すようにしていった。
「え? いままで頑張ってなかったんですか?」
課長になって成績も給料も上がり、自信を勝ち得た亜紀は、はるか年上の純一にもまったく遠慮のない物言いをするようになっていた。
「いえ……そんなことは……」
「ですよね……いままで、頑張ってきて、それなんだから、一緒じゃないですか? やり方を変えない限り」
「あ……まあ」
まさしく彼女の言う通りだと純一も思った。しかしどうすればいいのか分からなかった。そもそも女性化粧品を男性が売るのには無理があるとも思われた。
「商品の勉強、きっちりやってます? 牧田さんは男なんだから、私たちの倍頑張ってやらないとついてけないですよ」
「はい……」
「そもそも、私や周りの女の子たちにまったく質問しないですけど……それって何か理由があるんですか? 分からなかったらするでしょ、普通」
「いえ、あの……なんか、ちょっと抵抗があるのかもしれません……」
一方的に言われ続けたせいか、純一は少し不満げな口ぶりでそういった。しかし、それを亜紀は見逃さなかった。
「牧田さん、それですよ。そういうところ。男だから、女性に頭を下げてものを聞けないみたいなのがまだあるんじゃないですか?」
ノックの音がする。
「五十嵐課長、お電話です」
「はい」
純一を待たせ、席を立つ。
電話から戻ってきた五十嵐亜紀は、さらに三十分ほど純一に説教を続けた。
「とにかく、今日私が話したことを頭に置いて、この一ヶ月頑張ってみて下さい」
「はい……」
九つも年下の女性上司にこってりと絞られ、純一は屈辱にまみれて自席に戻った。
一ヶ月後、専務室に純一は呼び出された。ソファに座るよう言われる。目の前には専務の西島直子、その隣には営業課長に昇格した五十嵐亜紀が座っている。
「牧田さん、やっぱりあなたはうちの会社じゃちょっと難しいんじゃないかって思ってるの。今のままでは」
直子の口から、純一が予想した通りの言葉が投げかけられる。亜紀に注意され、多少努力したつもりだったが、営業成績の結果は彼女たちを満足させるには至らなかった。
「はあ……」
才気あふれる女性二人に見据えられ、純一はすっかり沈み込んでいた。今後の彼の運命は彼女たちが握っている。
「やる気はあるの?」
直子のその質問にかすかな希望を見いだし、純一は顔を上げる。
「あ、はいそれはもう……」
「五十嵐とも相談したんだけどさ、あなた結局、女性の下で働くってことが理解できてないんじゃないかって……」
「は、はい……」
「正直言うと、もうほとんど諦めてたんだけど、私も、五十嵐も……」
「はいっ」
純一は背筋を伸ばし、女性専務の目を見て続く言葉を待った。
「もしこの会社でもう少し頑張る気があるんだったら、研修を受けて欲しいの。私の高校時代の同級生が教官やってるんだけど」
☆ 3
二週間後、純一は西島直子専務と五十嵐亜紀課長を後部座席に乗せた社用車を運転して山奥の研修施設にやってきた。女性二人も幹部用の研修プログラムを受講するらしい。車を駐車場に駐め、後ろに回ってトランクを開け、女性たちの荷物を取り出す。純一は運転席に戻り、助手席においてあった自分の荷物を取って、車の鍵を閉める。女性たちが地面に置かれた自分の荷物を前に腕組みをしている。
「私たちが自分で持って行くのね? この荷物」
専務が咎めるような目をして言う。
「地面に置いちゃうんだ」
五十嵐亜紀が、やれやれという風にバッグを取り上げ、底についた埃を払う。
「す、すみません……」
純一はとりあえず謝るものの、まさか荷物持ちをやれというんだろうか、という気持ちはぬぐえない。結局、女性たちは自分たちの荷物を手にしてさっさと歩き出す。
「すみません、ホントに」
純一は二人の後を追いながら、もう一度謝る。
「研修が終わる頃に、その横着が直ることを望んでるわ」
専務が純一の方を振り返らずにいう。
(横着って……そんな……女の鞄持ちをするために、働いてるんじゃないんだけど……)
男は決して彼女たちの前で口にすることのない本心を胸の内でつぶやく。グラウンド脇の通路を通り、正面の建物の玄関から中に入ると、「左手の事務室で受付中」と正面の柱に貼り出されてあった。
「あなたはそっちね」
西島直子は純一にそういうと五十嵐亜紀を連れて右の廊下へ歩いて行った。教官をしている同級生を訪ねていったのだろうか。
純一は、靴をスリッパに履き替え、事務室の戸を引いて入る。すぐに若い女性が現れた。まだ二十代前半だろうか。何と愛くるしい顔をしているのだろうと純一は思った。ショートヘアの整った面立ちには、あどけなさと意思の強さが同居していた。純一は、一目惚れしてしまった。女性は、細いストライプが入った紺のベストとスカート、薄いブルーのシャツにスカーフリボン、いわゆるOLの事務服を身につけている。
「研修ですか?」
「あ、はい……明日からの牧田です」
「牧田さん、ええっと、牧田純一さんですね……はい、伺ってます」
胸のネームプレートに益岡麻由子と書かれた女性ははきはきとした口調で話す。その声がしおれかけていた純一の心に張りを戻してくれた。
「こちらへどうぞ」
二十三歳の益岡麻由子は、書類を持って、脇にあるパーティションで区切られたテーブルのひとつへ純一を案内した。
「これに記入をお願いします」
純一は名前や生年月日、住所などを指示通りに書いていった。ものの数分で受付は終わり、スケジュール表やテキストを渡される。事務所を出て、トイレや売店、食堂の場所を教えてもらい、上階の研修室に案内される。縦に長い部屋で、広さは学校の教室くらいある。前の半分には教壇があり、机と椅子が並べられている。そして後ろ半分には、ややクッション性のある大きな赤いマットが敷かれ、五組の寝具が畳んだ状態で置かれていた。マットの外までは土足やスリッパでいいようだ。この部屋で、研修も寝泊まりもするのだという。研修生は五名いるようで、どうやら純一は一番乗りのようだった。
「夕食は、十七時から十九時までの間にとってください」
「はい」
「じゃあ、明日から頑張って下さいね」
益岡麻由子は可憐な笑顔を純一に残して、事務室へ戻っていった。純一は腰を下ろすと、畳んだままの寝具に頭をもたれ、長距離運転の疲れもあって、うとうととし始めた。
純一が午睡から目覚めたら、他の四人の研修生も全員揃っていた。お互いに名前の自己紹介だけすると、夕方六時過ぎ、揃って一階の食堂へ向かった。
食堂へ入ると肉の焼けたいい香りが漂ってきた。入り口に近いところのテーブルに、六、七人ほどの女性グループが談笑しながら食事をとっていた。純一たちに気づいた何人かがチラチラと眼差しを向ける。純一の女性上司たちはまだきていないようだった。食事はバイキング形式で、ハンバーグやサラダや揚げ物など、洋食を中心とした惣菜が所狭しと並んでいる。純一がトレーを持って配膳口に向かうと、厨房の奥からコック服の男性がやってきて、「すみません。こちらは女性専用で、男性はあちらになります」と奥の配膳口を指さし、自分も内側からそちらへ向かった。
男五人は、ひなびた旅館の朝食のような焼魚定食を受け取ると、テーブルに固まって座り、食事を始めた。
「ビール飲んでいいんですかね」と誰かがいったので、純一が厨房内のコックに確認すると、研修前ならいいといわれたので、酒の飲めない二人以外は壁際の自販機で缶ビールを購入した。
☆ 4
翌朝八時、目覚めた研修生たちは自分たちで寝床を畳んで収納し、研修服へ着替え、食堂へ向かう。
「なんかこれ、囚人服みたいですね」
一番若い二十七歳の高田が純一の後ろでいうので、彼も笑って同感だとうなずいた。やや青みがかったグレーの上下作業着は、まさしく罰せられる人間が着るような陰鬱さを持った衣装だった。
和洋の朝食がバイキング形式で準備され、いい匂いを漂わせているが、それらはすべて女性研修生のためのものである。それらのコーナーを通り過ぎて、男たちは男性用のカウンターでコップ一杯の野菜ジュースを受け取ると席について飲み始める。入り口に近い女性エリアでは、女性研修生たちが、談笑しながらホテル並みの贅沢な朝食を楽しんでいる。彼女たちは赤と白のカラフルで上等なジャージを身につけている。
「ちょっとこの差はあんまりじゃないですかね」
禿げで小太りの生駒という四十九歳の男が言う。
「まあ、あちらは企業の幹部候補ですから」と髭の遠山があきらめ顔で、赤黒い液体の入ったグラスを飲み干す。彼は五十四歳だ。
「ダイエットだとでも思いましょうか」
生駒がそういうと向かいに座った六十二歳になる坊主頭の小宮が鼻で笑うようにした。二十七歳の高田はニキビ肌の赤ら顔で黙っている。一番年長の小宮と一番若い高田が眼鏡を掛けている。
「おはようございまあす」
受付をしてくれた益岡麻由子が男たちのテーブルにやってきた。溌剌とした笑顔と声に牧田純一はときめいた。
「おはようございます」
男たちはバラバラのきごちない挨拶を女性に返した。
「今日から皆さんのマネージャーを務めさせていただきます、益岡です。改めてよろしくお願いします」
男たちは照れるようなにやけるような笑みを浮かべながら、彼女の方へ頭を下げる。
「研修の途中で、何か困ったことなどあったら、遠慮なく私にご相談くださいね」
八時半に男たちは指示通り研修室の机につく。研修は九時からだが、そうするようにとのことだった。机は教卓の前に三席×二列の六つあり、左前に牧田純一、前の真ん中に小太りの生駒、右前には髭の遠山、左後ろに坊主頭の小宮、その右で二列目中央には赤ら顔の高田が座っている。その右は空席だ。
「なんで、こんなに早くから待ってないといけないのかな」
生駒が左の席の純一を見ていう。
「ですよね」
純一も同感だ。彼は左の窓の外を見やる。どんよりとした曇り空の下に山の稜線がかすかに見える。窓際に沿ってさらに机が二つ置かれている。研修生の机の島とは独立した配置だ。誰かが座るのだろうか。廊下の足音が近づいて部屋の戸がガラリと開けられる。
「揃ってますか」
マネージャーの益岡麻由子が顔をのぞかせる。それから、純一の方に歩いてきて、「牧田さん、お願いがあるんですけど」
「あ、はい……」
純一は緊張して彼女を見る。
「先生が入室されたら、起立、気をつけ、礼をやってもらっていいですか?」
「あ、級長さんみたいな……」
「うん、そうです」
麻由子が笑う。なんというチャーミングな笑顔なんだろう。
「わ、わかりました」
「あ、ちょっと」
生駒が手を挙げる。
「はい」
生駒の方を向いた麻由子の笑顔がやや緊張の面持ちに変わる。
「なんで、こんなに早くから座ってなくちゃいけないの?」
生駒が怒気を含んだ調子で彼女にいう。
「あ、ごめんなさい……それは、決まりなので……」
麻由子は口の前で手のひらをあわせて、少し頭を下げる。
「決まりっていっても、ちょっと、ね」
その仕草が、あまりにもけなげで生駒は勢いをそがれたようにして、純一の方を見る。
「うん、生駒さん、でも、やっぱり決まりみたいだし、彼女には、その、関係ないっていうか、そういわれても、ちょっと困るんじゃないですか」
純一はつい麻由子のことを思いやってそういう。
「まあ、そりゃそうか……わかりました、あとで先生の方に聞いてみます」
「ごめんなさい。あの、研修開始までまだ時間があるので、テキストの方にでも目を通しておいてください……じゃあ、皆さん研修頑張って……」
麻由子は申し訳なさそうにしてその場を立ち去った。純一は基本的なビジネスマナーについて書かれたテキストをぱらぱらとめくるが、中を読む気にはなれなかった。他のメンバーもどうやら同じようだった。
ようやく九時になり、カツカツとヒールの足音が近づいてきて、戸がガラリと開けられる。モスグリーンの上下スーツにネクタイをした女性が入ってくる。自衛隊の女性将校のような雰囲気だ。長いストレートの黒髪が印象的な美女である。研修生たちに緊張が走る。純一が号令を掛け、皆が立ち上がり、礼をして着席する。
「本日から一週間、皆さんの教官を務めさせていただく、主任の中田です。よろしくお願いします」
三十三歳の中田由紀恵は、うだつの上がらない男たちを見渡していった。
「じゃあ、さっそくですが、自己紹介から初めていただきましょうか。あなたから」
教官に向かって、左最前列に座っている純一を指名した。彼は立ち上がって、「牧田純一と申します」といい、所属している会社やいまの仕事のことなどについて簡単に話した。
「あと、決意表明をお願いします」
純一は入所時に書かされたアンケートの内容を思い出して、ほぼその通りにいった。
「はい、じゃあ次の方……隣のあなた」
純一に続いてそれぞれが同じように簡単な自己紹介と差し障りのない決意表明を述べた。
「ほとんどの方が会社に貢献するという目標を掲げていましたが、この研修の目標は実はそこではありません」
中田由紀恵は、のっけから自信に満ちた表情と声で言う。
「今日ここに集まってもらった皆さんに共通していることがあります。分かりますか? 牧田さん」
「あ、はい」
「立って……いいですか、私が発言するよういったときは、起立して答えて下さい」
三十三歳の女性教官が、四つ年上の男にそうはっきり指示する。
「は、い……」
純一はその場に立つ。室内に緊張感が走る。
「じょ、女性の下で働いている、ということでしょうか……」
「ですね。そこのところをぼかしてもしょうがありませんから、はっきりといいますけど、皆さんは今現在女性に使われている立場です。間違いないでしょうか」
そこで言葉を切って、弱々しい男たちを見渡す。誰一人その強い視線に耐え続ける意思を持った者はいなかった。
「間違いありませんか?」
もう一度、三十三歳の美女に、張りのある声でそう言われ、ようやく男たちは返事を要求されていることに気づく。皆「はい」と小さな声を出す。
「声が小さいですね……もう一度訊きます。間違いないですか?」
教室に響き渡る声を中田由紀恵は出す。五人の男たちは圧倒されて、「はいっ」と声を揃える。
「あの……私、これから一週間、かなり皆さんに意地の悪いこといったり、ときには傷つくこともいうかもしれませんが、覚悟しておいてくださいね」
何人かがそれにも返事をし、残りの者も慌てて続く。
「ただそれも皆さんのためを思ってのことですから、そこはご理解下さい。皆さんを今よりいい状況に導くためです。そもそも、皆さんどうして今ここにいるのか自覚はありますか。自分から進んでここに来られた方はおそらくいませんよね。皆さん、女性上司や会社の責任者の方からいわれて来ているはずです。そうじゃないって人、いたら手を挙げてください」
誰も挙手はしない。
「ですよね。じゃあ、皆さんの女性上司が、どういう思いで、皆さんをここに送り込んだか、わかる人」
皆、無反応である。
「わからないかしら。じゃあ、あなた」
純一の隣の生駒を指さす。四十九歳の小太り禿げだ。
「あ、はい……男女が協力して、より会社に貢献できるようにするためだと思います……」
「どう? 皆さん、それで正解?」
誰も何も言わない。
「あそう。皆いまの意見に同感なんだね……だけどそれは、きれいごとですよね。そもそもその男女は並列に置かれる立場じゃないでしょ。どうなの? その隣」
五十四歳、髭の遠山が指さされた。
「あ、はい……やはり、上に立つ女性が一緒に仕事をやりにくいと思ってるから、ここに我々は送り込まれているんだと思います」
「うん、そうだね。だいぶ近づいた。だけど、もっと率直にいいますね。『使えない』の、みなさんは……今のままじゃ」
そういって、また中田由紀恵は、五人の男性を強い視線で見渡す。反論する意思を持つ者がひとりもいないことを確かめるとあえて、「異論がある人は?」と挑発した。うつむく男たちを見て、心の中で笑みを浮かべる。
「悔しいですか? だったら、ここを卒業するまでに、女性から見て『使える』男性になってください。分かりましたか?」
「はい」
男たちは声を震わせて返事をする。
「会社に貢献できるのは女性だけなの。そこを思い上がらないでちょうだいね。女性が会社に貢献できるように支えるのが、あなたたち男性の役割ね。じゃあ、決意表明、やり直しましょうか。牧田さんから」
「あ、はい」
純一は立ち上がる。
「会社に貢献する女性を支え、女性の皆さんにきちんと使っていただけるよう、頑張ります……」
純一はそういいながら情けなくなってきたが、「うん、そういうことだね。頑張って」と美しい笑みを向けられると、この女性に黙って従おうという気にもなった。残りの男性たちも、半ば強制的に女性に盲従する意思を表明させられた。
「あ、あの……ちょっといいでしょうか?」
純一の隣の生駒が控えめに手を挙げて言う。
「何? 立ちなさい」
「あ、はい……あの……三十分も前からここに座っているよう言われたんですが、それって……」
「不満?」
「いえ……」
中田由紀恵に鋭い目でにらまれ、生駒はたじたじになる。
「それも訓練」
「あ、はい……」
「女性の上司やクライアントに一時間二時間待たされることなんて、これからいくらでも出てくるんだから、それをじっと耐えられるかってこと。三十分くらいで文句言ってどうするの?」
「あ……はい……分かりました」
生駒はまだ何か言いたそうだったが、それを飲み込んで着席した。
「生駒さん、あなた、警告しとくわ。その態度。今日までだからね。明日から本格的な訓練に入ります。私のサブで厳しい教官がつきますから、そういう反抗的なのは一切許されません。気をつけておいてください」
「はい」
生駒はうつむいて着席した。
「じゃあ、いいですか。今日は、企業で働く従業員としての基本的な心構えやマナーを勉強していきます。テキストを開いて下さい……」
純一から順番にテキストを読まされ、区切りのいいところで、中田由紀恵が説明を挟み、質問を受けるが、純一を含め質問をする者はひとりもいなかった。
「質問ないですか? そんな消極的な態度じゃ、明日以降思いやられるわよ」
中田由紀恵は長い黒髪をかき上げて言うが、それでも室内はしんとしていた。
「じゃあ、午前中はここまでとします。テキストの残りは各自学習しておいてください。授業ではもうやりませんので……」
そういって、由紀恵は純一に目配せをする。「起立!」と号令を掛け、皆で立ち上がり、礼をする。
「ありがとうございました」
☆ 5
昼休み、純一たちは食堂でスープだけの昼食をとる。研修中、男性は断食メニューとなっているのだ。
「さすがに、つらいですね。スープだけってのは」
純一がそういうと、「まあ、ダイエットと思えばいいんじゃない?」と生駒が強がって言う。
「どうせ、一週間だしね」
髭の遠山が言うと、赤ら顔の高田が、「一週間って結構長くないっすか」
「確かに、短くはないよね」と純一が言うと、坊主頭の長老小宮が笑ってうなずく。
「でも、いきなりかまされちゃったな。美人先生に」と生駒。皆がうなずく。彼女の厳しさと美しさが男たちの胸に強く刻み込まれていた。
「今日みたいな感じで一週間なら、大丈夫ですね」
高田がいうと、「でも明日から、厳しくなるっていってたじゃない」と純一。
「もうひとりの先生も、美人だといいんだけどな」と生駒が品のない笑みを浮かべて言う。
「いい匂いだな」
女性用エリアの方から、パスタ料理のいい香りが漂ってくる。
「この差別はほとんど拷問ですね」
「ほんと、笑っちゃいたくなるよな……」
女性研修生たちとの待遇の差が、昨日会ったばかりの男たちに一体感をもたらしつつあった。
「ここにいたら余計お腹が空きそうだから、戻ろうか」
男たちは研修室に引き上げることにした。純一はひとり、途中でトイレに寄ったが、そのとき女子トイレから出てきたマネージャーの益岡麻由子と出会い頭になった。
「ああっ、牧田さん……あの、さきほどは、ありがとうございました……」
「えっ?」
一瞬何のことかと純一は思ったが、おそらく、生駒が文句を言ったときにかばってあげたことかと思い起こした。
「あ、いえ……別に……」
「頑張ってくださいね。応援してますから」
「あ、ありがとう……ございます……」
ペコリと頭を下げて去って行く麻由子の後姿を見ながら、胸が高鳴るのを感じた。こんな気持ちを味わったのは、学生の頃以来だ。
十三時少し前に、純一たちはグラウンドに集合した。
「結構寒いですね」
純一が言うと、生駒が「なあに、これから走れば、暖かくなるさ」
「どこまで走らされるんですかね」
「さあ」
「運動なんて日頃全然やってないから……大丈夫かなあ」
「僕もですよ」
男たちが寒風に手を揉み足踏みしながら雑談しているところへ、女性教官たちがやってきた。純一が腕時計を見ると、ちょうど十三時だ。
朝と同じくモスグリーンのスーツを着た主任教官の中田由紀恵とトレーナー姿の益岡麻由子だった。二人ともウィンドブレーカーを羽織り、麻由子は自転車を押してきた。
「はい、じゃあ、横一列にきちんと整列」
中田由紀恵にそう指示され、皆が戸惑いながら横に並ぶ。こんなことをさせられるのも学生以来だと純一は思った。おそらく皆そうだろう。
「点呼を取ります。大きな声で返事をしてください」
由紀恵に名前を呼ばれて、皆、それなりに声を出して返事をする。
「はい……返事はもっと大きくね。明日からはもっと厳しいですよ」
そういわれて、皆苦笑いをする。
「まずラジオ体操をやります」
由紀恵が電話で本部に要請すると、庇付きの鉄塔に設置されたスピーカーからラジオ体操の曲が流れ始めた。益岡麻由子がウィンドブレーカーを脱ぎ、皆の前で体を動かす。男たちはそれを見ながら、ラジオ体操の動きを思い出し、すっかり凝り固まった体をほぐす。