S女小説「ガールズバンドグルーピー」を電子書籍として出版しました。
内容紹介
ガールズバンドのグルーピー(性的追っかけ)となって陵辱や虐待を受ける男たち。
恋人・彩(20)の誘いでガールズバンド「サディスティクス」のライブを見た和也(25)はひと目で、美しき女性ロッカーたち(20-23)のとりこになる。彼女たちの女性限定ライブに、彩の協力で女装までして乗り込んだものの……。
第一章 女装の行方
第二章 地獄のミューズ
第三章 マワされた夜
第四章 女子大学園祭
第五章 鞭を振るう女たち
第六章 夜は貴女のために
本文サンプル
プロローグ
グルーピー【groupie】……もともと音楽バンドを意味する「グループ」から派生した言葉で、その相手と親密な関係(肉体関係、ときには精神的つながり)を望む女性(ときに男性)のことを指す。侮蔑的な表現としてあえて「グルーピー」という言葉が使われることもある。英語圏では「ミュージシャン、アーティストに会おうとする(追っかけをする)少女」と意味されている。(出典:Wikipedia)
―――サンキュー……
アンコールの曲が終わり、ステージの長身美女たちが去ると、枝元和也は、呆然としていた。コンサート会場をあとにしながら、恋人の上野彩が話しかけてくる。
「凄い迫力だったね」
「う、うん……」
女性だけの四人組ロックバンド《サディスティクス》。そのパワフルな演奏に、二十五歳のフリーターは打ちのめされていた。和也自身もアコースティックデュオを組んでいるのだが、音楽のジャンルはもちろん、演奏やパフォーマンスのレベルが段違いだと思った。
「誰が、彩ちゃんの知り合いなんだっけ?」
「ベースのユリナさん。彼女が私のクラスメイトの友人なの」
「同じ大学?」
「うん」
彩は二十歳の女子大生。清廉なイメージの美人で、少し茶色がかったナチュラルなショートヘアが、よく似合っていて愛らしい。二十五歳の和也とはファストフードのアルバイトで知り合った。
「ボーカルの人、よく声出てたよね。超美人だし」
「うん、確かに……」と和也。
「彼女が、ヒトミさんで、ギターがカナコさん」
「ギターの人も上手いよね。音も格好良かったし」
「だね。あれなんていうギター?」
「レスポールっていうんだよ。女性であの重たいギターをあんなに格好良く弾ける人を初めて見たよ」
「ふうん。でも、みんな背が高かったよね」
「うん、特にベースの人」
「あ、そう、ベースのユリナさんは、百八十センチ以上あるんだよ、確か」
「他の女性たちも百七十センチくらいあるんじゃないの」
そう言いながら、和也は少し惨めな気持ちになった。自分の身長は、百六十三センチで、恋人の彩より二センチ低い。彼女は百六十五センチある。
「うん、あるでしょうね」
彩は和也の横顔を見ながら、身長の話題を振ったのは失敗だったかと思った。
「ドラムも迫力だったね。彼女もきれいだったわ」
「うん……」
全員が美形で、背も高く、ビートの利いた音楽性も素晴らしく、演奏技術もハイレベル。今はまだアマチュアらしいけど、このバンドならすぐにでもプロデビューできるだろうと和也は思った。
チケットを買わされた彩の誘いで、あまり気乗りせずにつきあった和也だったが、すっかりサディスティクスの虜になってしまった。
第一章 女装の行方
☆ 一
「うん、和也だったら大丈夫。絶対女の子で通るから」
彩は和也の目に淡いアイラインを引きながらいう。
「本当に大丈夫かな……」
和也はまんざらでもない表情をして鏡のなかの自分を覗いている。
「私の服が私より似合ってるなんて、ちょっと悔しいんですけど」
彩はふわふわしたピンクのシフォンスカートを履いた和也を見て言う。
「そ、そう?……」
「うん、すね毛もほとんどないし、ホントはストッキングなしでもいけるんじゃない?」
そう言いながら彩は、自分のパンティストッキングを和也に渡す。
「どうやって、履いたらいいのかな……」
照れるようにする彼を、恋人はかいがいしく手伝ってやる。ブルーのショーツの下に盛り上がったものを見つけ、彩は「ふふっ」と口に手を当てて笑う。
「これ着けたら、たぶん完璧だよ」
そういって彩は、和也の長めの髪を上手にピンでまとめ上げ、その上から、ゆるくウェーブが掛かった明るいブラウン色のウィッグを装着してやる。
「ほらっ」
彩は着せ替え人形を楽しむ少女のような目で、彼を見る。
「あとはこのジャケットを着て」と白いブラウスの上に、ベージュのジャケットを着せる。
「これ肩から掛けてごらん」
紫色のショルダーバッグを渡す。
「ほ、本当にバレないかな……」
やはり不安がる和也に、「大丈夫、完璧、完璧」と彩は言う。
「靴も、二十三センチ半で履けるよね?」
「う、うん……」
靴まで彩と同じものが履けることが、さすがに和也は恥ずかしいと思った。しかし、そのおかげで、サディスティクスの女性限定ライブになんとか潜り込むことができそうだった。
「私も、バイトがなかったら、行きたかったな」
「ごめんね、僕だけ。でもどんなライブだったか、明日しっかり報告するよ」
「うん、いってらっしゃい」
「いってきます」
和也は少しドキドキしながら、彩がひとり暮らしするマンションをあとにする。
生まれて初めてスカートというものを履いて歩く和也は、股間がスースーする感触を楽しむ。
(これがスカートか……いまの季節はいいけれど、冬になったらこれは寒いだろうなあ。女子もなかなか大変だ……)
九月も終わりに近づき、ようやく残暑が去ろうとしていた。駅までの道すがら、和也は特別な視線を感じない。彼の女装は、今のところ、道行く人々を完全に欺いている。和也のなで肩から少しずつショルダーバッグが落ちてくる。それを彼は、頻繁に戻さなくてはならなかった。恋人の彩はそんなことはないようだから、自分は女性よりもまあるい肩をしているのだ。女性の格好をしていると、そういうことが逆に嬉しく感じられるのが不思議だった。
駅のコンコースへと上がる。本当は、ヒールを借りて履きたかったのだが、さすがに最初からそれはハードルが高いと思い、つま先が丸くてかわいい、焦げ茶の編み上げ靴を借りた。これなら、男ものの靴とほぼ同じように歩ける。ヒールが高くないので、背は低いままだが、それもかえって女の子っぽくていい。
日曜日の夕方、繁華街へ向かう電車はさほど混んでいなかった。なかでも人がまばらな一番後ろの車両に和也は乗る。空っぽの運転席の窓を逃げていく景色をボーッと眺めている。眺めながら恋人の彩のことを考えた。
(彼女は自分の恋人がこんなで平気なんだろうか。楽しそうにメイクをしてくれたけれど、内心軽蔑してるんじゃないだろうか。もはや、彼氏と思ってくれていないのかもしれない……。彼氏でなければいったい自分はなんなのだろう……。いや、そんなことより今日はライブだ。サディスティクスのエネルギッシュなステージを思いっきり楽しもう。そのためにこんな格好までしたのだから……)
三駅ほどで繁華街に着く。急ぎ足でホームを歩き、改札を抜ける。街中を歩くひとたちは、そんなに他人を見ていないような気がする。人が多い割りには、視線を感じない。いや、ときどき男性の視線を感じる。ということはつまり……女装が成功しているのだ。なんだか、和也は妙な気持ちになる。
開演三十分前から並んだおかげで、最前列の中央を確保できた。ライブ会場は、二百五十人ほどのキャパシティで、オールスタンディングだ。和也の周りはもちろんオール女子。女性の匂いと熱気が決して広くはない空間に充満している。
開演の時刻が過ぎた。しばらくして、パイプオルガンの荘厳な曲が流れる。ミサ曲かなにかだろうか? 何にしろサディスティクスの音楽とは対照的な楽曲だ。前回のライブもこの曲だったと、和也は思った。ステージの右手から人影が現れて、客席から指笛や拍手、かけ声が起こる。ドラムスのサキが、革のブラジャーとホットパンツ姿で入ってきて、ドラムセットに座る。黒っぽいシャツを着たベースのユリナが左端まで進み、赤いベースギターを身につける。かなり大きく派手な楽器であるが、大柄できらびやかな彼女は、その存在感に置いてまったく引けを取っていない。ネックを握る姿が、堂に入っている。セッティングを終えると、長い黒髪を手ですき、束ねるようにして背中へ回す。
客席からステージを見て右手に位置したギターのカナコは、ひときわ大きな歓声を浴びている。こういったバンドのギターはやはり花形だ。なかでも飛び抜けた感性とテクニックに裏打ちされた彼女のギターは、多くのフリークを釘付けにしていた。アマチュアバンドのものとは思えぬ熱気が、早くも会場を包んでいた。
三人の女性がアイコンタクトを取り、ドラムスがカウントを打つと同時に、BGMをかき消すようにして、大型バイクの爆音のような迫力のイントロがスタートする。ステージ中央にピンスポットが当てられ、黒い革ジャンに身を包んだボーカルのヒトミが登場する。観客のボルテージが一気に最高潮に達する。
和也は呆然とその場に立ち尽くしていた。アンコールが終わり、会場の照明が点り、周りの女性たちが出口の方へと向かっていたが、それでも彼一人、ステージの方を向いていた。すべてが素晴らしかったが、特に真正面の至近距離で見たヒトミの歌声、パフォーマンスが強烈だった。暴力的でありながら、決して粗くはなく、むしろ綿密に執拗に和也の心の内に侵食してきた。和也は、ヒトミに丸呑みされた状態だった。ステージの楽器をスタッフが片付け始めたところで我に返り、出口の方を振り向くと、背中から声を掛けられた。
「ちょっと、すみません」
「あ、はい……」
振り返ると会場スタッフらしき女性が立っていた。
「あの……ヒトミさんが、楽屋の方にって」
「えっ?」
「サディスティクスのヒトミさんが、あなたをバックステージに呼んでますけど、どうされます?」
スタッフに連れられて、和也は会場のフロア前方右手のドアから廊下へ出て、奥へと進む。突き当たりで左に折れ、廊下の一番奥まで歩く。
「なかにいますので……」
スタッフは、ドアを二回ノックし、「はい、どうぞ」というけだるい声を聞くと、足早にその場を立ち去った。
「失礼します……」
和也が部屋の中に入ると、まさしくさっきまで自分の目の前で熱唱していた美女がひとりソファにゆったりと座ってこちらを見ている。
「……うん……アンタ、男だよね?」
長い髪を金色に染めた女性は、ハスキーな声で、確信を持った顔をしてそう言った。
「えっ、いえ、あの……」
「いいから、こっちおいでよ」
ヒトミは首から掛けたタオルで顔の汗を拭うと、それを向かい側に放り投げ、タバコに火をつけた。
「あ、はい……失礼します」
和也はヒトミの隣に少し間を開けて座った。ヒトミのウェーブの掛かった長い金髪は、部分的に赤く染められていて、それが彼女の激しい印象をより高めていた。
「す、すみません……どうしても今日、ヒトミさんのライブが見たくて……」
「それで、女の格好して入ってきたわけ……」
真っ赤な唇がフーッと煙を吐く。
「は、はい……ごめんなさい……」
「……そういうのたまにいるけど、だいたいゲートで引っかかるんだけどね。この完成度なら、抜けられるだろうね……でも、あたしの目はごまかせないよ」
そういって妖しい笑みを浮かべる。
「サディスティクス、本当にカッコイイです。大ファンなんです。ヒトミさんの歌も曲も、ステージングも全部好きなんです。憧れちゃいます……」
和也はしゃべり方まで女性っぽくなっている自分に気づいて、顔を赤らめる。
「声も女の子みたいだね。名前は?」
「和也です。枝元和也っていいます」
「枝元クン、ドアの鍵閉めて」
「えっ、は、はい……」
ヒトミの命令には有無を言わさぬものがあった。
「そこにそのまま立ってな」
ドアの内鍵を閉め、ソファに戻って座ろうとする和也を制する。
「は、はい……」
「あんたいくつ?」
「あ、はい……二十五です……」
「とても、アタシの二つ上のお兄ちゃんには見えないね。三つ下の妹って感じかな。体も小っちゃいし」
「脱げよ、服」
「えっ?」
「え、じゃないよ。洋服脱いで裸になれっつってんの」
和也は戸惑ったが、憧れの女性であるヒトミが言っていることを断るわけにはいかない。ジャケットを脱いで、ブラウスのボタンを外していく。
「もったいぶってないで、さっさと脱ぎな」
ヒトミは苛ついたようにして、タバコの火をテーブルの灰皿で揉み消す。
「は、はい……」
ブラウス、スカートを脱いで、ショーツをストッキングごと下ろす。ウィッグ以外はすべて体から外した。
「……うーん、下半身までかわいいな……まあ、一発試してみっか」
そういって、ヒトミは、和也のものをぐっと握るとソファの左側に掛かっていたカーテンを開けた。そこにはダブルサイズのベッドが置かれていた。
「あっ、ああああああっ、こ、困ります。ヒトミさん……」
彩の顔が浮かぶ。
「女装して、人のライブに紛れ込んどいて、何言ってんだよ。警察につきだしてやろうか?」
そう言われると和也は何も抵抗できなくなってしまった。ヒトミの意のままにベッドに押し倒される。
「仕事何やってんの?」
自分は服を身につけたまま、裸の和也をベッドの上でさんざん弄んだヒトミはソファに座り、事後の一服を着ける。
「……あ、は、い……バイトです……フリーターです」
和也も再び女物の衣服を身につけ、ヒトミの横にそっと寄り添っている。
「私、スタジオ管理してんだけど、バイト来る?」
「えっ、ひ、ヒトミさんが?」
「うん、叔母がオーナーなんだけど。このライブハウスもそうなんだよ」
音楽出版社社長を叔母に持つ、二十三歳のヒトミは、自由に音楽活動ができる環境にあった。
「ぜ、ぜひ……お願いします」
きついばかりのコンビニバイトに嫌気が差していた和也は乞うように返事をした。ヒトミさんの下で働けるなんて願ってもないことだ。
その夜の帰り道、和也は喜びと苦しみの狭間にいた。喜びはもちろん、憧れのバンドのボーカリストに抱かれたことだ。
(しかし、いきなり、キスもなしであんなことを……ヒトミさんはいつもそうなんだろうか。手頃なファンを捕まえて、自分の気分のままに。アーティストというのはそういうものなのかもしれない。だけど、もうダメだ。すっかり虜になってしまった。ヒトミさんが望むなら次もきっと断れないだろう。いやむしろ、自分の方から接近して、もう一度抱かれたいくらいだ。彩ちゃんに悪い。申し訳ない。だけど、これは不可抗力だ。無理矢理、犯されたのだから。いや、そうじゃないだろう。いま、自分から犯されたいって思ったじゃないか。ああああ、どうしよう……)
☆ 二
(やっぱり、凄い迫力だ……)
防音が施されたルームの外にも爆音が漏れ聞こえてくる。和也は、彩に借りたホットパンツのオーバーオールとピンクのTシャツ、それに太ももまであるボーダーのハイソックスを身につけている。足元は花飾りが付いた赤いサンダルだ。
ヒトミが管理する《スタジオ・ピューピル》は、女性専用の音楽スタジオだ。pupilとは《瞳》の意である。電車の高架下にあるこのスタジオは、運の良いことに彩のマンションから歩いて五分ほどのところにあった。ここで働く際に、ヒトミから女装を命じられていたので、和也はここのところ、彩のマンションに入り浸っていた。
(こんな近くに、ヒトミさんのスタジオがあるなんて……)
スタジオ・ピューピルは、実質サディスティクスのための練習スタジオで、空いた時間を他の女性バンドに貸し出していた。そのサディスティクスが、昼の一時から、すでに三時間ほどぶっ続けで、音を出し続けている。その間、和也はヒトミの言いつけ通り、スタジオの掃除やキッチンの片付けをやったが、それが一段落付いたので、スタジオルームのそばに立って、先ほどから演奏を聴いている。スタジオルームの入口側の壁には腰ぐらいの高さに横長のガラス窓が設置されていて、人の気配は伺えるが、なかをよく見ることはできない。
四時半くらいに、スタジオルームのドアが開いた。
「お疲れさまですっ」
和也は出てきた女性たち一人ひとりに準備していたタオルを渡す。スタジオルームの横には、三人掛けのソファが、テーブルを挟んで二脚置かれている。才気あふれる美女たちがタオルで汗を拭いながら二人ずつ座る。
「枝元、ビール四つ持ってきて。瓶のままでいいから」とヒトミが、いっそうハスキーな声で言う。
「はいっ」
その声にゾクゾクッとしながら、彼はキッチンで飲み物の準備をする。
「一番最後の曲、もう少し、テンポ上げたがいいんじゃない?」
「だね……」
「ユリナ、サビ前のブレイクのところはさ……こんな感じで……♪……」
「うん、OK」
メンバーたちの声を背中に聞きながら、和也は、こんなに身近でサディスティクスのお世話ができるなんてなんて自分は幸せなんだろうと思った。
「お疲れさまです、お待たせしました……」
和也は四人の前にハイネケンを置くと、「あ、あの……先週から、バイトさせていただいてます、枝元和也といいます、ど、どうぞよろしくお願いします」
「えっ、男の子?」
ヒトミ以外の三人が和也を凝視する。
「やっぱ、普通は分かんないか……」とヒトミ。
「こないだ、女子オンリーでやったじゃん。あんときにさ、この子、最前列のど真ん中で、女装して立ってたの。気づかなかった? 女ばっかのなかにポツンといて、私には分かったよ、すぐ」
「ヒトミは、そういうの鋭いからね」とギターのカナコ。
「近くで見るから、逆に分かんないのかもね」
ドラムスのサキが、ビールを一気飲みして、タンとテーブルに瓶を置いた。和也は、瓶のまま飲む彼女たちをかっこいいと思った。とても様になっていた。
「いや、彼、絶対女子だよ。私、いまでも信じらんない」と長身ベースのユリナが言った。
「あ、ビール、お代わり持ってきましょうか」
和也は恥ずかしくなり、その場を立ち去りたい気持ちでそういった。
「お願い」
「私も」
「四つ持ってきて」
「今度から最初から二本ずつ置いててもいいかもね」
笑い声にすら華がある。和也は彼女たちこそは、バンドをするために生まれてきたタレントだと思った。それに比べて自分は……。
「お待たせしました」
そういって、お代わりのビールをテーブルに置く和也を見て、ベースのユリナが、「やっぱり、かわいい」といった。
「あなたいくつ?」とドラムスのサキ。
「あ、はい……二十五です」
「結構なお兄ちゃんじゃない」
ユリナとサキは、大学二年生の二十歳、カナコは二十三歳だが、高校と大学で一年ずつ留学したので、大学三年生。皆、同じ女子大だ。ヒトミはスタジオ経営の二十三歳で、カナコと高校の同級生だ。
「こっちおいでよ」
ヒトミが、カナコと自分の間を指さした。
「は、はい…………じゃ、じゃあ、失礼します」
カナコの前を通って、遠慮がちに座る。
女性たちは、年上の男だと分かっても、態度を変えるつもりはないようだった。
「そのお洋服どうしてんの?」とサキが聞く。
「あ、あの彼女のです」
「へえ、彼女いんだ。彼女はどう言ってんの? そういうの」
「あ、はい……楽しそうに、メイクとかしてくれます……」
「着せ替え人形のつもりなんじゃない?」
「もはや、彼氏っていうよりも……」
「気をつけな。男は他で用足りてるかもよ」
「あは……ですかね」
カナコの指摘に、おどけた調子で返すも、和也はハッとさせられる。
「下着は、どうなってんの?」
「あ、一応、それも……彼女の……」
「見せてみろよ」
カナコが男の声音で、デニムのホットパンツの裾をめくる。
「ああっ」
和也は思わず、声を上げる。
「あ、ホントだ、ピンクのレース履いてる」
どれどれ、ユリナとサキが腰を上げて覗き込む。
「きゃあーっ、かわいい」
「や、やめてください……」
「そんなこと言われるとさ、もっとやりたくなるのよ、ウチら」
そういってヒトミが反対側の裾もめくりあげる。二人の女性が、両方から、和也のホットパンツを引っ張り上げる。ピンクのショーツが思いっきり露わになる。
「ハイレグみたいだー」
「やめて……お願い……」
「やめないよ……だって、ウチら、《サディスティクス》だから」
☆ 三
その日は女子高生バンドが練習を終え、ソファでミーティングを行っていた。学校帰りのためか、全員制服姿だった。紺色のブレザーにチェックのスカート。黒のハイソックスとローファーを身につけている。皆長身で脚が長く、そのためか、まるでロングブーツを履いているように和也には見えた。この日、スタジオでのバイトは、夕方で終わるシフトだった。和也と交代するエミリというもうひとりのバイト女性は、すでにスタジオに入っていて、楽器倉庫の方で仕事をしている。和也はこの後、彩と食事デートの予定で、彼女が迎えに来るのを待っている。このパターンは二回目で、前回は、彼女をヒトミに紹介した。そのヒトミは、女性の日のためか朝からイライラしていて、和也は少し悪い予感がした。
カランカランという音とともにスタジオ入り口のドアが開く。
「……こんにちは」
そうっと様子を伺いながら、彩が入ってくる。高架の上を電車が走る音がする。ブワンという警笛が聞こえる。和也はチラとヒトミの方を見る。ヒトミは女子高生たちに占拠されたソファ横のテーブル席に座り、和也が入れたコーヒーを飲みながら音楽雑誌を眺めている。
「こんにちは」という彩に、少し頷いてまた、雑誌に視線を戻す。
和也は彩から、男物の洋服が入った紙袋を受け取り、トイレに行って着替えてくる。ジーンズとチェックのシャツに着替えた和也を見て、女子高生たちが、「あっ、和也君、男の子に戻ってる」とからかった。
「ひ、ヒトミさん、じゃ、じゃあ、そろそろ、時間になりましたので、失礼します」
和也は恐る恐る彼女に言った。しかし、彼女は、雑誌から視線を上げない。
「ひ、ヒトミさん……すみません……」
「オマエさあ、調子に乗ってんじゃないよ」
そう言って彼女が顔を上げると、スタジオの空気が一気に張り詰めた。黒いTシャツに、黒いジーンズ、黒革のロングブーツを履いたヒトミが、体を和也が立つ方に向けて、脚を組み直す。入り口近くに立ったままの彩を見て、「ちょっと彼に言いたいことがあるからさ、あなたそこに座って待ってて」とテーブルの向こうを指す。彩は丸いテーブルを挟んでヒトミと対角の位置にある椅子を引く。ギギギギと脚が床を擦る音が緊張を煽る。女子高生たちもおしゃべりをやめてテーブルの方に聞き耳を立てている。
「そこ、正座しな」
ヒトミは、恋人や女子高生たちが見ている前で、年上の男性アルバイトをブーツの足元に跪かせる。土足で歩く床の上に直接だ。
「どうして勝手に着替えてるわけ?」
「あ……す、すみません」
「着替える前に、アタシのところにいいにくるんじゃないの? 二回目だよ。こないだは見逃してあげたけど」
「あ、はい……も、もう一度、着替え直しましょうか?」
「いいよ、バカ。彼女、待ってるだろ」
和也はチラリと彩を見る。彼氏をバカ呼ばわりされて、悲しいか悔しい表情をしているものと思いきや、なんと吹き出そうとしていた。しかし、和也の視線に気づいて、思いとどまった様子だった。ヒトミも、和也を叱りながら、彩の表情が視野に入っていた。ヒトミの指導が興味深い様子だったので、この彼女の男であれば、もう少しシメておいてもいいと思った。
「あと、も一つ言おうか」
「は、はい……」
「アンタ、そこの女の子たちにタメ口きいてたよね」
「あ、は、はい……」
和也は思わず、女子高生たちの方を一瞬振り返る。ブレザーの制服に身を包んだワイルドな女子たちが、じっと見ている。
「立場分かってる? お客さんだよ、あのコたちは。女子高の制服着てるけどさ」
「は、はい……」
「さっきから、はいはい、いってるけどさ、ホントに分かってんのか、オマエ」
そういってブーツのつま先で、和也の額を小突いてみた。
「あっ」
土足で顔を……。いくら尊敬する女性ロッカー、そしてバイトの上司とはいえ、年下の女にブーツで顔を蹴られて、しかも彼女の目の前で……和也の顔は一瞬こわばった。しかし、彼がその次に目の前の女性に見せたのは怒りの表情でも戸惑いの表情でもなく、ぎこちない笑みだった。そしてその顔に見合った謝罪の言葉が口から出た。
「すみません……」
「じゃあ、謝ってこいよ。向こう行って。ホントにそう思ってんなら」
「……は、はい……」
和也は、一瞬右向きに回ろうと思ったが、彩と目線が合わないように左から回り直し、ソファの女子高生たちのところへ床を這って向かった。
「あの……」
「はい」
女子高生たちは、ヒトミの言葉に自信を持ったようで、和也を自分たちより立場が下の者と見なして、強い視線を投げつける。
「さ、さきほどは、言葉遣いがよくなくて……その……あ、ええっと……」
「なに? 謝るんならさっさとやってよ」
大きな目をしたポニーテールのボーカルの女子が口を開いた。
「あ……はい、お客様に、大変失礼な、その……対等な口の利き方をしまして、その……ごめんなさい……」
「ごめんなさいって……」
そういって、ボーカルの女子高生は、ヒトミをチラリと見る。
「それがダメだっていってんだよ。申し訳ございませんって、なんで言えないんだよ」
ヒトミにそう言われ、和也はやっと女子高生たちに、本来の顧客に向けた言葉を捧げる。
「も、申し訳ございませんでした……」