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S女小説 ミストレスオフィス「Mの告白」

S女小説 ミストレスオフィス「Mの告白」を電子書籍として出版しました。

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内容紹介

マゾの自覚がある中年男が、女性ばかりのオフィスに派遣登録され、彼女たちのS性を目覚めさせる。
美女ばかりのオフィスに派遣スタッフとして送り込まれた良夫は、歓迎会の席で、自分はM男であることを告白する。好奇心を刺激されながらも、最初は様子を見ていた女性たちだが、次第に自分のなかのS性に目覚め、暴走を始める。想像以上の暴虐に、怯えおののく良夫に、唯一、優しく接してくれたのが、二十歳の新入社員、夏美であった。

第一章 カミングアウト
第二章 男の潮吹き
第三章 淫欲の餌食
第四章 うら若き嗜虐心
第五章 サド妻の奔放
第六章 淑女の暴虐

本文サンプル

第一章 カミングアウト

☆ 一

「ちょっと、ぼんやりしすぎじゃないですか?」
 打ち合わせテーブルに呼びつけられ、増田良夫ますだよしおは上司の瀬口朝香せぐちあさかに注意を受ける。
「すみません……」
 リストをうっかり見落として、注文の商品を送りそびれた。あまりに到着が遅いという顧客からの電話で、さきほどミスが発覚したのだ。
「しかも、一回目じゃないでしょ」
 先週も同じ間違いをしたことを三十二歳の美人課長はとがめる。
「は、はい……すみません……」
 契約社員として先月入社したばかりの四十二歳は身をすくめてうつむくばかりだ。
「おはよう」
 部長の大島洋子おおしまようこが、ダークグレーのスーツに身を包んで入ってくる。
「お、おはようございます……」
「どうした?」
 穏やかでない空気を察して、洋子が朝香に聞く。
「彼が《美容茶》を送ってなくて、お客さんからクレームが……」
「え、また?」
「ええ……」
「いいわ、あなた仕事に戻って。あとは私がやるから」
 部長の大島洋子は課長の瀬口朝香にそう言い、バッグを置いて、指導を入れ替わる。
「どうしようか、増田さん」
「え……」
「え、じゃないでしょ。うちの信用に関わることだから。商品の送り忘れなんて。それをこんなに簡単に何度もやられたらたまったもんじゃないわ」
「す、すみません……」
「もう何度も聞いた、それ。派遣会社さんに電話入れようか」
「あ、いえ、大島部長、それはどうか……」
 派遣会社の担当女性を拝み倒してようやく手に入れた職場だ。ここをクビになれば、またしばらく無職に後戻りだ。
「それはどうか、何よ。言葉を省略しないで、ちゃんといいなさいよ」
「あ、はい……大島部長、それは、派遣会社様に連絡するのはどうか、ご容赦くださいませ」
「だけど、担当の彼女、誰だっけ……ええと、仁科にしなさんか……彼女言ったよ。使えなかったらいつでも別のと交換しますって」
「ああ、どうか、それだけは……お許しください」
 良夫は、仁科という名前を聞いて身震いをした。仁科由香にしなゆか……暴力も辞さない彼女の熱血指導を思い出す……。

「いい加減にしてくださいよ」
 三度目の遅刻で、派遣先からクビを言い渡された良夫を呼びつけて、派遣会社正社員の仁科由香は激しく問いただした。
「どういうつもり?」
「すみません……夜勤の掛け持ちがあったもので、ほとんど、寝ていませんで」
「それが、言い訳になると思ってんの?」
 二十七歳の美人担当者は、四十二歳の良夫にもはや敬語など使う気も起こらないようだった。夜の派遣も由香に紹介してもらった仕事なので少しは斟酌しんしゃくしてもらえると思った良夫が甘かった。
「いえ、はい……すみません……」
「はい? ……ちょっと、別室行こうか」
「あ……」
 うろたえる良夫を引っ張って、由香は個室に連れて行く。畳が敷かれた六畳ほどの何もない部屋だった。懲罰房のような空間だ。由香は内鍵を閉め、「防音部屋だから」といい、靴を脱いで奥に行くよう良夫に命ずる。自分も靴を脱いで上がり、向かいに良夫を立たせる。
「いい加減にしてくんないかな……」
 そう言うと激しい平手打ちを良夫に食らわせた。
「あうっ……」
 まさか本当に暴力を振るわれると思っていなかった良夫は、痛みと恐怖で体を震わせる。
「訴えたかったら、そうしな……その代わり、仕事にありつけることなんて一生ないだろうから。こっちはむりやっこ仕事見つけてきてあげてさ、世話してんのに……」
 彼女の言う通りだと良夫は思った。こんな自分に仕事を探してきてもらえるだけでもありがたいと思わなければならないのだ。
「訴えるなんて、そんな。由香さんには感謝しかありません……」
 おもねる気持ちを込めて、下の名前で呼んだ。由香は、少し落ち着いた様子で腕まくりをする。
「そう、でも感謝の気持ちがあるんだったら、どうして、何度も遅刻すんの? アタシに恥じかかせたいんだ……」
 自分の言葉に興奮するようにして、激しい平手打ちをもう一発食らわせる。
「あひっ……す、すみません、由香さん……反省しています……反省していますので……」
 良夫はその場にひざまずく。
「本当にすみませんでした……」
 目の前には、仁科由香の長い脚。黒いストッキングを履いた女性担当者の脚がある。それがいまからどう動くのか。良夫は自分を厳しく指導する女性をゆっくりと見上げる。紺色のタイトスカートに同色のジャケット、白いインナーがぐっと盛り上がり、彼女の豊満なバストを表している。男を見下ろす視線には嗜虐の悦びが感じられる。

―――遠慮なく、指導してください……
 もともと由香にそう願い出たのは、良夫の方だった。
―――殴っていただいても結構です……
 最初、彼女は冗談と受け止めていたようだが、少しアルコールが入っていたこともあって、良夫がすべてを告白すると驚きながらも納得してくれた。
―――へえ、増田さんって、そういう人なんですね。じゃあ、遠慮なくやっちゃおうかな。私……
 良夫は、思い切って、由香を居酒屋に誘ってよかったと思った。元来お酒好きだった彼女は、駅前で偶然会った良夫の誘いに簡単に乗ってきたのだった。

 慎重な彼女は、暴力を振るってから、「訴えたかったら、そうしな……そのかわり……」と予防線を張るようなことを言ったが、そもそも良夫の希望なのだから、いくら怪我しようが良夫には訴える気持ちなどさらさらない。
「由香さん……どうか……気合いを入れてやってください……私、たるんでいるようなので……」
「そうだね、ちょっと増田ちゃんはたるみすぎだね。どうしようか……」
「あ、あの……由香さん、どうか、私のことは呼び捨てにしてやってくださいませ。《さん》づけはもちろん、《ちゃん》も何もつける必要はありませんので……」
「そう……じゃあ、どうしようか、増田」
「あ、足蹴にしてもらってかまいません……」
「いいの?……」
 腕組みをして良夫を見下ろしている。
「はい……」
 黒いストッキングの片脚が目の前から消えて、背中に重たい衝撃がのしかかってくる。
「ううっ……あ、ありがとうございます……」
 見上げると、彼女は興奮を表情に浮かべている。
「あ、あの、由香様、仁科由香様、私の頭の下げ方は十分でしょうか、この程度で……」
 そういって、顔を伏せる。
「ふん、高いわね、頭が……」
 ストッキングの片脚が再び上がり、良夫の後頭部を踏みつける。
「ああああっ……申し訳ございません……」
「いいの、こんなことやられて、アナタ、頭踏まれてるのよ、女のアタシに……」
 由香は、ぐいぐいと脚に力を込めていく。
―――ううううううっ……ひいいいっ……
「あ、ありがとうございます……由香様……あ、あのもしよろしければ、ビンタをあと、十発ほどいただけませんでしょうか……気合いを入れてください……」
「いいの、そんなこと言って、知らないわよ……アタシこう見えて、結構力強いんだからね」
「は、はい……覚悟は出来ています。鼻血が出てもかまいませんので……」
「言ったわね……じゃあ、立ちなさい……」

 良夫は、彼女自らの意思で殴られていると念じ込み、懲罰を受けた。興奮しきった仁科由香は、良夫の頬を本当に鼻血が出るまで、往復に平手打ちした。そのときの恐怖を今、大島洋子の前で噛みしめている。
「大島部長……」
 良夫は椅子を降り、彼女の足元に跪いた。そして、床に頭をつける。
「申し訳ございません……あ、あの……反省していますので、今回だけはお見逃しいただけませんでしょうか……」
「ちょ、ちょっとやめてよ、びっくりするじゃない……」
 いきなり土下座をしてきた良夫に面食らっている。開いていた脚を慌てて閉じる。
「すみません……でも、どうか……ここを辞めさせられたら、私、本当に行くところがないんです……大島部長様の言うことはなんでもききますので、どうか、置いてやってくださいませ……」
 良夫は悲しげな目で、洋子を見上げる。
「とにかくさ、ミスは困るわけ」
 ビジネスの修羅場を数多くくぐり抜け、三十代で部長にまで上り詰めた洋子であっても、いきなりの良夫の卑屈な態度に困惑しきりの様子だ。
「すみません、私がいたらなくて……厳しい指導をしていただいてかまいませんので……」
「厳しい指導、ね……それでミスがなくなるならいいけど……」
「は、はい……努力します。とにかく、配送に関しては徹底的に気をつけますので」
「うん、そこは最低限、絶対におさえてね……分かったわ、椅子に戻りなさい」
 良夫は、土下座をする前と後で、洋子の言葉遣いや態度が少し変わったことに気づいた。これから、この大島洋子部長と瀬口朝香課長には徹底的にしごかれることになるだろうと想像すると背中がゾクゾクしてきた。

 この職場はマンションの一室で、美容系通販会社の一部署になっている。ここに通うのは契約社員である増田良夫の他、部長の大島洋子、課長の瀬口朝香、そしてもう一人、この春入社した高本夏美たかもとなつみという二十歳の正社員がいた。ストレートの黒髪に愛くるしい面立ちの彼女に良夫は一目惚れをした。独身の四十二歳にとってあまりにもまぶしすぎる存在だった。自分の娘のような年頃の彼女だが、身分の上では上司に当たる。正社員と契約社員の違いは大きかった。しかし彼はその身分の差を喜んで受け入れた。
「夏美さん、コーヒーおれしましょうか」
 良夫は隣の席の彼女に声を掛ける。親しみを込めて、すぐに下の前で呼ぶようにしたのだが、彼女もたちまちそれを受け入れてくれた。
「え、いいんですか、じゃ、お願いします……」
 彼女は笑って答える。女性たちは、良夫のそういった態度を徐々に理解し、受け入れ始めていた。

「明後日、飲みに行こうか、みんな……増田さんの歓迎会やってなかったし」
 部長の洋子が言う。皆、予定も異論もなかった。良夫は、あれ以来、顧客の信頼を失うような大きなミスはなかったし、これで、雇用の継続が認められたのだと思うと嬉しくなった。
「あ、ありがとうございます……」
「お店どうしようか。少人数だけど、予約しといた方がいいよね」
 洋子がそう言うと良夫が、「あ、大島部長、私、やっときましょうか?」
「大丈夫?」と長身の朝香が強い視線で見下ろす。
「は、はい……なんとか」
「わかった。じゃあ、まかせる」
 そう言う洋子に良夫は、予算や料理の希望を聞いて、店探しを始めた。完全個室で雰囲気のいい居酒屋が見つかったので、洋子に確認を取ると、そこでいいという了解が得られた。

☆ 二

「ええっと、じゃあ、増田さんの歓迎会ってことで……」
 歓迎会当日、洋子が、良夫にひと言を促す。
「あ、はい……ふつつかな者ですが、ど、どうかよろしくお願いします……」
「なんか、嫁入りみたいだね」
 皆笑って、乾杯をする。座敷個室のテーブルを部長の大島洋子、課長の瀬口朝香、正社員の高本夏美、そして派遣社員の増田良夫の四人で囲んでいる。
「でも、ホント、ありがとうございます。これからもずっと雇っていただけると言うことでよろしいのでしょうか」
 良夫は向かいの洋子にわざと卑屈な物言いをしてみる。
「ミスがなければね。致命的な」と彼女も良夫の態度に応える言葉を放つ。
「しっかし、びっくりしたわよ、いきなり土下座なんてしてくるから」
 そう言う洋子に、朝香も夏美も驚いた様子だった。良夫は恥ずかしげにうつむく。
「え、いつ?」と朝香。
「ほら、あのとき。送り漏れで、あなたに交代して叱ったでしょ。アタシが」
「ああ……」
 右前の朝香が興味深げに良夫を見る。
「ひょっとしてさあ、叱られて喜ぶタイプ?」
「あ……どうでしょうか……もしかして、そういうところもあるかもしれません……」
 良夫は照れながら言う。隣の夏美の視線を感じてドキドキする。彼女はどんな風に思っているだろう。
「正直に言ってみ、M男ちゃんなの? アナタ」と洋子。
「うん、だったらさ、それなりにこっちも接するから」と早くもアルコールで顔を赤らめた朝香が言う。
「ええ、ホントですか」と夏美が高い声を上げる。
「…………かも……しれません……」
 良夫はウーロン茶のグラスを握ったまま恥ずかしそうに下を向く。
「そうか……どんなことやって欲しいの?」
 課長の朝香が積極的に聞いてくる。
「いえ、別にそんな……あ、でも、ミスしたときなどは、厳しくお願いします。遠慮は要りませんので……」
「厳しくって、どの程度によ」
「叩いてもいいわけ?」
 上司二人が畳み掛けるように聞いてくる。
「は、はい……」
「そんなこと言うなら、本当に殴っちゃうよ……」
 洋子がそう言ってビールを一気に飲み干す。
「あ、はい……あ、部長、お代わり頼みましょうか……」
「うん」
「アタシも」と朝香。
「はい……夏美さんは、大丈夫ですか?」
「うん、私はまだ」
 これまで《はい》だった返事が、《うん》に変わった。二十歳になったばかりの女性の返事が。良夫は、個室を出て、飲み物をオーダーしに行く。
「増田ちゃん、これ押せば、オーダー取りに来てくれるんだよ」と朝香が戻ってきた良夫にテーブルの上のリモコンボタンを指さして言う。真っ赤なマニキュアにドキリとする。洋子が笑う。夏美も微笑んでいる。
「ああ……」
「そう言うとこなのよ、アナタ。ちょおっと抜けてるでしょ」
「はい……すみません……」
「でもいいじゃん、オーダーいちいち、取りに行かせようよ……ねえ、そう言うのもOKでしょ、増田ちゃん……」
 意地悪そうな目をして言う朝香に、良夫は、「あ、はい……それがご命令であれば……」
「だよね、上司様の命令だもんね」
「は、はい……あと……」
「何?」
 洋子がタバコを取り出してくわえる。上司二人はタバコをよく吸うが、これまで男性の前では控えてきた。
「あ、火、お着けします」
 良夫がそう言うと、洋子は笑みを湛えて顔を前に出す。良夫はライターを手に取り、緊張の面持ちで、女性上司のタバコに火を着ける。洋子は美味しそうに吸うと煙を脇に避けて吐く。
「あ、大島部長、煙、普通に吐いてもらってかまいませんので、避けたりしないで……」
「ああ、そうか……で、何だっけ?」
「あ、あと、よかったら、呼び捨てでお願いします」
「名前を? 増田って?」
「どうして?」
「この中で、私がいちばん年上ですけれど、皆様の部下ですから、それの方が立場がはっきりしますし……」
「そう、あなたがいいって言うんだったら、私らはいっこうにかまわないわよ、増田」
 そう言って、洋子が笑う。
「夏美ちゃんも、増田って呼んでいいの? 増田」
 朝香もタバコをくわえる。すかさず、良夫が手を伸ばして、火をつける。
「はい……夏美さんがよければ、もちろん……」
「いえ……私はさすがに……」と二十歳になったばかりの夏美が照れる。
「正社員と契約社員だから、上下関係はあるわね。確かに」
「はい、それはもちろん、承知の上です」

 良夫は、女性三人のオーダーを聞いて、外へ出る。
「あ、すみません」
 さっきと同じ若い女性スタッフを呼び止める。
「注文いいでしょうか?」
「あ、あのよろしかったら、室内のベルを使ってもらっていいでしょうか」
「そ、それが……女性上司たちから、私の態度がよくないので罰として、直接注文を取りに行ってこいと言われてまして……中川様、申し訳ありませんが……ご協力いただけませんでしょうか……」
 良夫は泣きそうな顔をすると、女性の名札を見て言った。
「あ、はい……分かりました……ご注文どうぞ……」
 女性は少し笑ってそう言った。

 お酒がワインになると女性たちは急に飲むペースが速くなった。
「ワインお代わり。ボトルで頼んじゃおうか」
 洋子の声に反応して、すぐに良夫はメニューを調べる。
「デキャンタってのがありますけど……」
「ああ、それでいいわ。あとチーズ系のおつまみも」
「はい、かしこまりました」
 良夫は廊下へ出て、しばらく待つ。さきほどの中川という若い女性を見つけ、オーダーを伝える。女性はあきらかに不機嫌な顔をしていた。もう、四回ほどになる。
「あの、申し訳ないですけど……」
「すみません、中川様……こうやって注文を取らないと、酷い目に遭わされるんです。とても怖い上司なんです」
 若いスタッフの目は―――あなたより若い女性たちじゃないですか、そんなにペコペコ、ビクビクして情けないと思わないんですか、男として―――とでも言いたげであった。
「ど、どうか、お願いします……」
 良夫は、周りに誰もいないのを確認すると、その場にひざまずいて頭を下げる。
「あ、あの、お客様……そんな……分かりました……注文お聞きしますから」
 女性が慌ててしゃがみ、良夫の背中に手を当てる。良夫が立ち上がると、廊下を曲がって人がやってきた。
「すみません、中川様、本当に情けない限りで……」

「遅いじゃない、増田」
「何やってたの?」
「そ、それが、直接注文を取りに行くことが、こちらのスタッフ様にご迷惑だったみたいで……そのお詫びを……」
「そうなんだ……っていうか、アンタが言い出したんだよ、このシステム……」
「はい……、それで、その方がこちらに来られたときに、もう一度、しっかりお詫びしたいと思いますので、それをご指導いただけますでしょうか……あの、謝る態度などを厳しくお願いします……」
「分かった。本当に厳しくやるよ。ウチら鬼上司ってことになってるんでしょ」
「は、はい……そうです……すみません……」
 勘の良い朝香の言葉が嬉しかった。

「おまたせしました」
 中川という名札をつけたアイドル顔のスタッフが、注文の品をテーブルに並べる。
「あの、ごめんなさいね、さっきから、うちの部下がご迷惑掛けてるみたいで」
「あ、いえ、ぜんぜん……」
 女性は顔の前で小さく手を振り恐縮している。
「ちょっと、お忙しいところ悪いんだけど、彼を厳しく指導してるところだから協力してもらえないかしら」
 そう言われて女性は、「あ、はい……」と答え、トレーをいったんテーブルに戻す。
「きちんと謝れよ」と朝香。
「あ、もう、それは、大丈夫ですので……」
 手を振って遠慮する女性に、朝香が、「悪いけど中川さん、彼がどんな謝り方するか確認したいの。協力して」と言う。だいぶ酔っているようだった。女性は客の座敷に座り込むわけにもいかず立ったままだ。良夫は自席から、そちらに向かって「申し訳ございませんでした」と謝った。
「なんだよそれ」
「そんな謝り方があるの?」
 女性上司たちが良夫を責めるところを夏美はただ笑ってみている。
「何度も、注文を直接伺ってしまい、中川様にご迷惑をおかけして、申し訳ございませんでした」
「増田、オマエなんでそんな場所から偉そうに言ってんの?」
「彼女の前で土下座しろ、土下座」
「お客様、もう本当に……」
 中川という女性もそう言いながら、その雰囲気を楽しむ兆しをみせ始めている。アイドル顔にかすかな笑みが浮かんでいる。
「だめだめ、中川さん、こういうことはきちんとしないと……」
 洋子が女性の腰に手を掛けていう。
「増田、ほら、早くいきな」
 朝香が顎で示す。
「は、はい……」
 良夫は、女性スタッフの足元へと移動し、その場に跪く。
「中川様、何度もご迷惑をおかけして本当に申し訳ございませんでした」
 肌色のストッキングに包まれたつま先に向かって頭をつける。
―――夏美さんの前で、恥ずかしい。こんな惨めな姿をどういう思いで見ているのだろうか……
「ごめんなさいね、あとはボタンで頼むから」と洋子。
「あ、いえ、私は別に、本当にもう……」
「ほら、許してくれるんだって、お礼は?」
 朝香が促す。
「あ、中川様……」
 良夫はアイドル顔のスタッフを見上げる。彼女は遠慮がちな言葉とは裏腹に勝ち誇ったような顔をしてこちらを見下ろしているように彼には見えた。
「お許しいただいて、ありがとうございます。以降、気をつけますので、今日のところはこのくらいでご容赦くださいませ……」
「どう、いいかしら?」
「あ、はい……分かりました」
「ごめんなさいね。お忙しいところ、お手間とらせちゃって」

「どう? ご気分は?」
「興奮した?」
 夏美の横に戻った良夫に、上司たちが聞く。
「あ、はい……」
 良夫は、照れてうつむく。
「独身だよね。増田は。え、じゃあさあ、彼女とかとはどうなわけ? やっぱり相手がS?」
 朝香が興味津々の面持ちで聞く。
「い、いえ……」
「何よ、照れずにちゃんと答えて。上司が聞いてるんだから」
 洋子が笑みを浮かべながらも強い口調で言う。
「はいっ、すみません」
 良夫は正座し直す。
「増田さん、ずっと正座なんですけど。痛くないんですか?」
 夏美が笑って言う。
「あ、いえ……痛いですけど、崩していいって言われてませんので」
 それを聞いて皆笑う。
「うん、言ってないよ。質問にきちんと答えたら、崩させてあげるよ」
「は、はい……分かりました」
 良夫は苦痛に顔をゆがめる。
「これまでにつきあった彼女がSなのかどうなのか、答えなさい」
「あ、あの……それが、恥ずかしながら、私、これまで女性とおつきあいしたことがありませんで……」
―――ええええっ
 女性たちが驚く。朝香がワインを噴きそうになる。
「ちょっとお、冗談やめてよ。いくつだっけ、増田」
「あ、四十二です……」
「まったくないの? つきあったことが……」
「は、はい……」
「まさか、風俗専門とか……」
「い、いえ、それも、ありません……そう言うのは何だか怖くて……」
―――え?
「増田、あんたまさか……」
「童貞?」
 良夫は顔を真っ赤にして下を向く。
「やばいんじゃない……ちょっと、それは……」
「天然記念物発見だね」
「そうか……増田は童貞だったか……」
「すみません、皆さん、どうかここだけのお話に……」
 そう言って懇願するように三人の顔を見ていく。少々軽蔑の色をはらんだ夏美の笑みを見て、背筋が熱くなる。
「言わないわよ」
「誰にそんな話すんのよ」
「そうかあ……増田が童貞だったとはねえ……」

☆ 三

「お、おはようございます、夏美さん」
 マゾでしかも童貞であることを同僚女性たちに告白した翌日、良夫はいつものように二番目に出勤してきた高本夏美に挨拶をする。ストライプの入った紺のベストとスカートを身につけている。会社から支給されているOL服だ。
「おはようございます」
 いつもと変わらない笑顔で安心した。軽蔑されるのはいいが、ひかれて無視されるのがいちばん恐ろしい。
「夏美さん、コーヒーでいいですか?」
「うん、お願い」
 二十歳以上も年下の彼女に《うん》と言われるだけで背筋がゾクッとする。
「お待たせしました。すみません……」
 夏美がふふっと声を出して笑う。良夫が些細なことで謝るのが面白いのだろう。
「うちのホームページって、夏美さんが作られたんですか?」
 ホームページの管理が夏美の主な仕事だった。インターネット通販が売り上げの大部分を占めるので重要な役割だ。
「まさか。業者の人に頼んだんです」
「ですよね。バカなことお聞きしてすみませんです……」
 良夫はわざと夏美に愛想笑いを浮かべ、自分をおとしめるようにした。
 それを見て、夏美は口に手を当て笑う。
「面白いですか?」
「うん、面白い」
「あ、あの、夏美さんにお願いがあるんですけど」
「はい」
「増田って呼び捨てはあれにしても、私に敬語を使っていただく必要はありませんので……」
「…………分かった。そうする」
 夏美は少し考えて、返事した。

「あ、瀬口課長、おはようございます」
 朝香が出勤してきた。首に大きなパール粒のネックレスを掛け、白いスーツが格好良く決まっている。
「コーヒーでよろしいでしょうか」と尋ねてすぐに準備する。
「もう、いちいち聞かなくていいからさ、私が出社したらすぐに入れな」
 朝香がそういうと向かいの席の夏美も、「私も」と言った。
「はい、承知しました。明日からそうさせていただきます。すみませんです……」
 良夫は二人の女性に大げさにペコペコと頭を下げる。朝香が居酒屋での強烈な上下関係をそのまま翌朝に持ち越してくれていることが良夫にはたまらなく嬉しかった。

「増田」
「はいっ」
 朝香に呼ばれ、良夫はすぐに席を立ち、夏美の後ろを回って、課長デスクの脇に直立不動の姿勢で立つ。夏美が笑いをこらえているのが分かる。
「コピー、二部ずつ」
 朝香は、わざと良夫の顔を見ずにそう言って、かなりの厚みがある資料を渡す。
「はいっ」
 良夫はコピー機の電源が入ってないのに気づき、しまったと思いながらスイッチを入れ席に戻る。
「すみません、今入れましたので……」
 朝香の方に小声でそう言う。
 朝香はそれを無視して、キーボードを打っている。

 ようやくコピー機が起動したところで、このオフィスの主である洋子が出勤してきた。
「大島部長、おはようございます」
 良夫は、席を立ち、部屋の入り口を横切る彼女の姿を追いかけるようにして言う。部長室は隣だ。
「おはよ」
「すぐにコーヒーを淹れますので」
「うん、お願い」
 朝香に頼まれた仕事を気にしつつ、急いで部長室に朝の一杯を届けに行く。部屋に戻り、朝香に「すみません、すぐにやりますので」と声を掛け、慌てて資料をコピーする。

「お待たせしました。瀬口課長、すみません」
 良夫はコピーを二部、キーボードを黙って打つ朝香の脇に置くと、自席へ戻った。無言の朝香が、部屋に緊張を作っている。いや緊張しているのは良夫だけかもしれない。夏美は変わらず、仕事に集中している。

「増田」
 良夫がコピーした資料を一通り眺め、朝香が声を掛ける。
「はいっ」
「ちょっと、あっち行こうか」
 打ち合わせテーブルのある部屋へ連れて行かれる。
「何これ? どういうつもり?」
 テーブルの上にコピーされた資料が放り投げられる。
「曲がってるし、ホッチキスの位置が逆、ゴミが映ってるけど、コピー機のガラス拭いた?」
「あ……いえ……すみません」
「あんた、厳しく指導してっていったよね」
「は、はいっ」
「遠慮なく、やらせてもらうわよ」
「はい、すみません……」
 あまりの剣幕に良夫は本当に恐ろしくなってきた。
「あとさ、朝来たら、コピー機の電源、入れとくよう言ってなかったっけ、アタシ」
「あ、はい……言われました」
「どうして、言われたことやってないのよっ」
 オフィス中に響き渡るような大声を上げる。
「はいいっ……も、申し訳ありません……」
 自分の声が震えていることに良夫は気づく。直立不動の姿勢を取って身を固める。朝香にはそれが殴られるのを待っているような態度に見えた。
「殴ってもいいんだったよね。そいえば……」
「……は、い……」
「歯、くいしばんな……」
 白いシャツを腕まくりする。色白ながら、骨太のしっかりした腕が現れる。テニス部の主将として高校時代に県大会に出場したこともある。マゾ男は自分の夫くらいだけかと思っていた朝香は、勤め先にまで同類が現れて驚いていた。男をいたぶるのには実は慣れている。

 打ち合わせ室の方から、激しい殴打音と中年男の情けない悲鳴、謝罪、嘆願の声を聞いて、夏美は興奮を感じている自分に驚いていた。

 その日以来、課長の朝香は、夏美が見ている前で、良夫を厳しく指導した。それは指導というよりも日々、虐待に近づいていった。部長の洋子もそれを黙認していた。

「増田」
 部長室から洋子の声が聞こえる。
「はいっ」
 すぐに席を立って向かう。
「大島部長、お呼びでしょうか」
「うん、来月の二十三日、部署で温泉一泊旅行やるから、計画つくって持ってきて。女性三人はこの日都合良いけど、アンタもいいよね?」

S女小説 ミストレスオフィス「Mの告白」