S女小説 「虐めて濡れる(上)」を電子書籍として出版しました。
内容紹介
女は男の失態を突き、立場を逆転させて、嗜虐の妙味を貪り、その悦びに秘芯を濡らす。
坂下郁夫(30)はイベント会社に勤めるサラリーマン。仕事で手掛けた学園祭のイベントをきっかけに交際を始めたのが、女子大生の桐谷恭子(21)だった。順調に付き合いを続けていた二人だが、郁夫の過ちをきっかけに二人の関係性は大きく変化する。同時に、それまで郁夫が知らなかった桐谷恭子の新たな顔が明らかになるのだった。恋人に弱みを握られ、忍従するしかない男……。郁夫にしてみれば倒錯的としかいいようのない奇妙な関係が続き、それはあっという間にエスカレートしていく。恋人を、男性を虐めることに明らかな性的興奮を感じている恭子。一方、苦痛苦難を耐え忍んでいる郁夫にしても、未だかつて味わったことのない快楽に目覚めようとしている自分を知るのだった。
第一章 浮気の代償
第二章 首輪の装着
第三章 逆転の輪姦
第四章 少女の乗馬
第五章 徹夜の奉仕
第六章 別離と復縁
第七章 社畜の屈辱
本文サンプル
第一章 浮気の代償
☆ 一
「クリスマス、どうしようか」
坂下郁夫は、恋人の桐谷恭子に尋ねた。まだ十一月だが、どこかに泊まるなら予約が必要だ。人気のホテルであれば、もう遅すぎるかもしれない。
「うん、なんでもいい……」
大学生の彼女はテーブルに視線を落とし、フォークにパスタを巻きながら応える。
「どうしたの? 僕、なにか気に障ること言った?」
イベント会社に勤める郁夫は十歳年下の彼女の様子を不安げにうかがう。
「別に」
ほどよいボリュームがあって形の良い唇にパスタが運ばれる。
「だったらいいけど……」
なにかあるのだろうか、いつものように会話が弾まない。
「どうする? 店替えて少し飲む?」
郁夫は、悩みでもあるなら聞こうと思い、会計を済ませた後、恭子をバーに誘ってみた。
「……うち、行こ」
「恭子ちゃんち? いいけど、珍しいね」
付き合い始めて一年と少しになるが、彼女からアパートに誘ってきたのは、おそらく初めてではないだろうか。
タクシーの中でも恭子は無言だった。こういうときは無理やり話しかけないほうがいい。
郁夫は車窓の向こうをぼんやりと眺める。車は週末の繁華街の渋滞を抜け、オフィス街から住宅街を経て学生街へと続く夜道を快走する。ビルの街並がマンションや戸建の並びに変わり、次第にそれもまばらになっていく。
恭子と知り合ったのは昨年の十月、彼女が通う女子大の学園祭だった。郁夫が勤めるイベント会社の社長が、恭子の大学のOGである縁から毎年、舞台演出や機材提供などのサポートを行っており、昨年から担当についたのが郁夫であった。大学側の窓口となったのが、当時二年生で学園祭実行委員の恭子だった。二人で頻繁に打ち合わせを行う間に親密になり、打ち上げの際に郁夫から告白して付き合いが始まった。
「どうぞ」
淡いピンクをメインカラーにコーディネイトされているワンルームの部屋は、いつもにも増して片付いているように思えた。まるで最初から郁夫を呼ぶことを決めていたかのようだった。
「そこ座って」
恭子はベッドとローテーブルの間のスペースを指さして言った。彼女にしては強い物言いだった。
「あ、うん……」
郁夫はやや憮然とした態度で鞄を脇に置くと腰を下ろしてあぐらをかいた。こっちだってこのところハードな仕事続きで疲れ切っていて、今日は本当なら直帰してゆっくりしたかったくらいなのだ。
「見てもらいたいものがあるわ」
恭子は郁夫の向かいに座ると、一枚のプリントをテーブルの上に置いた。
――あああっ……
顔から一気に血の気が引いていく。A4用紙に印字されているのは、郁夫の携帯メッセージのやりとりだった。相手は恭子と同じ女子大の短大部に所属する一年生、菊川恵梨香である。今年から学園祭の実行委員に加わったメンバーだった。メッセージの内容も言葉もまさに付き合い始めた恋人同士のそれである。
「説明してもらえます?」
恭子がテーブルを指先で二度突いた。
「ど、どうやって……」
郁夫のスマートフォンはもちろんロックされていて、恭子が自分で開けるはずがない。二人の間を怪しんだ彼女が、恵梨香を問い詰めたのだろうか?
「いつから……ですか」
丁寧な言葉づかいがかえって彼女の怒りの強さを表していた。まるで長年連れ添った妻に問い詰められているようだった。
「ご、ごめん……」
郁夫はあぐらの脚を正座にして恭子の胸元を目つめ、さらに頭を下げた。
「ねえ、いつから?」
「が、学祭の……」
郁夫は視線を落としたまま小声で応える。
「学祭のいつ?」
恭子はさらに声を強めた。
「打ち上げのときに……」
打ち上げ当日、風邪をこじらせた恭子は発熱して欠席したのだった。
「どうして?」
「そ、その……彼女のほうから告白されてしまって……断りきれなくて……」
「こんなことになるなら、最初っから私たちのことオープンにしとけばよかったね」
恭子は静かに言った。
密かな交際を頼んだのは郁夫だった。社長が怖かったのだ。仕事先の女性、しかも大学の後輩でもある恭子に手をつけたとあっては、女社長の性格からして激怒するに違いない。最悪、解雇されるかもしれないと思った。しかし今、それ以上にまずい状況になってしまっている。
「ごめんなさい……」
郁夫は頭を深く下げる。
「私が大学卒業するまでは隠しといてって、あなたが言うから」
――あ、ああ……
これまで《郁夫君》と呼んでくれていた彼女が初めてあなたという言葉を使った。
「で、どうするの?」
「も、もちろん、彼女とはおしまいにする。します……」
「そんなに簡単にできるわけ?」
「断り切れなくてそうなってしまっただけだから……」
「本当だね」
「うん、本当、本当です」
「顔上げて。さっきから私のこと全然見てないじゃない」
――あ……
郁夫はゆっくりと顔を上げる。いつもは愛らしい印象の後れ毛も、今日は憂いを帯びて見える。柔和で親しみのある面立ちが怒りの色に染まっている。
「ごめんなさい」郁夫は恭子の目を少しだけ見て頭を少し下げ、再び胸元を見つめる。「恭子ちゃんのことが好きだから。本当です。彼女とはつい弾みで……だからもちろんお終いにします……本当にごめんなさい……」もう一度少しだけ顔を見て、今度はさらに深く頭を下げた。
「本当ですね?」
「本当です」
郁夫は頭を上げ、彼女の強い視線に絡め取られるようにして誓った。
「じゃ、電話して」
「え……」
「いまあなたが言ったとおりに彼女に電話して」
「そ、それは……今日はもう遅いし、明日じゃ、駄目かな……」
「駄目。今すぐ、私の目の前で電話して」
「きょ、恭子ちゃん……」
「できないなら、私がしようか? 番号入ってるし」
恭子は自分の携帯電話を手に取って言う。悪いことに恭子と恵梨香は同じ茶道部の先輩後輩でもあった。
「わ、分かった……分かったから……」
郁夫は焦りつつも鬱屈した気持ちで、よく掛けるリストから菊川恵梨香を選んでタッチする。
「……あ、恵梨香ちゃん……突然電話してごめん、こんな時間に……実は……」
郁夫は陰鬱な顔をして、一年前から恭子と付き合っていたのを言い出せずにいたこと、それゆえ、恵梨香とは別れなければならないことを声を震わせて説明した。
「本当に、ごめん、急にこんなことになっちゃって……」
その言葉の途中で、電話は切れた。
「なんか違うんじゃない……いまの話って。さっき私が聞いたのと」恭子が怒りを圧し殺すようにして言う。「ほんの弾みじゃなかったの?」
「それはそうだけど……電話でいきなりそんなことは……」
「もう一回電話して……そこ、きちんと言ってもらわないと」
「恭子ちゃん……」
「あたし言おうか。あなたが言えないなら」
再び自分のスマートフォンを操作しようとする。
「分かった……あああ……」郁夫は再度、恵梨香に電話を掛ける。しかし、彼女が応答することはなかった。「きょ、恭子ちゃん、出ないよ。明日、もう一度、きちんと言うから……」
恭子は首を二三度振って天井を見上げ、深呼吸をすると、立ち上がって、郁夫の後方のベッドに腰掛けた。
「最低、最悪……」恭子はため息交じりにつぶやく。「やっぱり、お終いにしたほうがいいのかな、私たち」
「そ、それは……」
郁夫は慌てて立ち上がり、恭子の隣に腰掛けようとするも、彼女の強い目力に気圧されて、そのまま固まってしまう。
「許せないわ」
「ごめんなさい、本当に……」
郁夫は背筋を伸ばしていったん気をつけの姿勢を取ると、腰をほぼ直角に曲げて深々と頭を下げた。クライアントへの謝罪で身につけた作法だ。それをまさか女子大生の恋人に対して使うことになるとは思わなかった。
それでもなお憮然としている恭子に、「す、すみませんでした」ともう一度頭を下げ直す。
「それが……」恭子はじっと郁夫を見つめている。「あなたの誠意?」
「こ、これで許してくれないなら、もうあとは土下座でもするしか……」
意固地に過ぎる恭子の態度に困惑して言った。
「目一杯の謝罪を見せて欲しいわ。許されないことやったんだから、あなたは」
「ど、どうすれば……」
「だから、最大限の誠意を見せてって」
恭子は声を荒げる。
――あああ……
目の前の愛らしい女子大生が、十近く年上の男に屈辱的な謝罪を強要しようとしている。
「…………」
不気味な沈黙が部屋を包んだ。
「や、やったら……ぼ、僕が恭子ちゃんに土下座をしたら、許してくれるかい?」
「するの? 本当にするんだったら、考えてあげるわ」
恭子はそう言って口を真一文字に結んだ。
「わ、分かった……」
郁夫は恭子の正面へと移動し、ズボンの裾を正して正座した。恋人は少し開いていた脚を閉じ、片方を上げて組んだ。
「ご、ごめんなさい……恭子ちゃん、反省しています……ど、どうか許してください」
膝頭を見つめて言い、そのまま深く頭を下げた。目と鼻の先で、ストッキングの爪先がかすかに揺れている。
「もうしない、よね? 絶対」
恭子の声が頭上から降ってくる。
「も、もちろん……二度としないよ……」
「いいよ、頭上げて」
許可をもらった郁夫はゆっくりと体を起こす。花柄ワンピースに身を包んだ彼女がじっと見つめている。
「ごめんなさい……」
郁夫は栗色の髪を後ろにまとめた恭子にもう一度謝った。
「座って」
ベッドに腰掛けている恭子が隣を叩いた。
「あ……うん」
郁夫はしびれた足で立ち上がり、少し間を開け、遠慮気味に腰掛けた。
「どうして分かったと思う?」
尋ねる恭子に、メールのやりとりのことだと思い、郁夫は「いや……」と首を振る。「ど、どうして……」
「スマホ出して」
郁夫がスマートフォンをポケットから取り出すと、恭子は郁夫の手を取って指を当てた。指紋に反応して画面が開かれる。
「ああっ」
「あなたが寝てる間にね……」
「そんな……」
「なんか怪しい感じだったから……やっぱりだったわ……女の勘は鋭いんだからね……だけどもうしたくないわ……こんな面倒なこと」
「あ、ああ……そんな……」
郁夫はそう言うのが精一杯だった。いくらなんでもやり過ぎだと思うが、抗議できる立場ではない。
「私の指紋も登録しとくね」
そう言って恭子は画面が開いたままのスマートフォンを取り上げて、操作し始める。
「きょ、恭子ちゃん……」
「もう、しないんでしょ。それともまだやましいことでもあるの?」
「い、いや……」
ここは大人しく従うのが懸命だろう。これ以上彼女を怒らせない方がいい。
☆ 二
それ以来、二人の関係が大きく変わった。デートの日程や内容の主導権はすべて恭子が握るようになっていった。
週末のデート、二軒目のバーを郁夫が提案したところで、恭子が、「いや、うち行こ」と言った。よくない予感がよぎる。
恭子は部屋に入るなり、バッグと上着を放り投げてベッドに腰掛けた。
「前から言おうと思ってたんだけど……ちょっときれいな女の人とすれ違うと、いちいちチラ見してるよね、あなた」
いきなり大きな声でまくし立てた。
「いや、恭子ちゃん、そんなことは……」
あまりの剣幕に怯んでしまい、郁夫は鞄を手にしたまま立ち尽くす。
「そうでしょ。気づいてないとでも思ってるの」
確かに心当たりがないことはない。
「ご、ごめんなさい……」
「まだ懲りてないのね。上っ面の謝罪ならいらないわ」
「ど、どうすれば……」
「土下座してよ」
――またか……
冗談で言っているのかと思い、表情を伺ったが、美しい顔に笑みが浮かぶ予兆はみじんもなかった。
「わ、分かりました……」
二度目の土下座は、心なしか抵抗が薄れていた。鞄を置いてカーペットに膝を突き、正座を整え、背筋を伸ばす。
同時に恭子も脚を組んだ。
「ご、ごめんなさい……」
そう言って頭を下げようとした郁夫を、恭子が、「ごめんなさい?」と止めた。「言い方、違うでしょ」
「す、すみません……でした……」
そう言って頭を下げ直す。恭子の爪先が動き、一瞬、蹴られるのではないかと思ってハッとする。
「土下座でしょ、もっと頭下げてよ」
「す、すみませんでした……」
郁夫は床につかんばかりに頭を下げる。下げたまま許しの言葉を待つも、彼女の口から発せられそうにないので、頭をゆっくりと上げ、「こ、これくらいでいいかい」と恥ずかしさをごまかすように言った。
「ふっ、なにそれ」恭子は鼻で嗤う。「いいよ、あなたがいつまでもそんなだったら……お終いにしよっか……私たち……」
「それは……駄目、です……」
思わず敬語を使い、何度も首を振る。いま彼女と別れることは耐えがたい。考えられない。
「駄目、ですか」彼女がうっすらと笑みを浮かべて言う。「じゃあ、どうすんのよ、ちゃんとやって」
「きょ、恭子ちゃん……本当に、すみませんでした……他の女性をよそ見するなど、もう、二度としませんので……今日のところは、許してください……」
そう言って床に額がつかんばかりに頭を下げた。
「よし、少しよくなったわ。めっちゃ、気分悪かったの」
「あ、ああ……」
郁夫は安堵の表情を見せる。
「でも、あと少しだね。まだ完全には治まらないわ」
「え、う、うん……」
「どうすればいいのか聞きたい?」
「え……」
「あたしの機嫌がどうすれば完璧に戻るか聞きたい?」
「あ、うん……」
「打たせて」
「え」
「ビンタさせて」
「あ……」
予想もしていなかった言葉に郁夫は絶句する。
「一発打たせてくれたら、今日のところは許してあげる」
「……い、嫌って言ったら……」
「いますぐ、Get Out! で、The End、だね」
英文科の学生らしく、英語のところはまるでネイティブのような発音だった。
「わ、分かった、分かりました……」
もはや、恭子の指示に従うことに、ある種の心地よささえ感じ始めていた。しばし、この刺激的なプレイに付き合うのも悪くはないかもしれない。
「いいのね、じゃあ、もうちょっと、こっちきて。そこじゃ手が届かない」
郁夫が膝を擦って前に移動すると、恭子は組んだ脚を崩し、開いて、股間に招き寄せた。ミニスカートの隙間からチラリと白いショーツが見える。
恭子が指先で煽るジェスチャーで、郁夫に腰を上げるよう命じる。
「歯、食いしばって」
恭子は、膝立ちした郁夫の両肩を持って言う。
本当に打たれるのだろうか。そう思いながら、郁夫は奥歯を食い締める。
「目は、開けてなきゃ……ふっ、怖いの?」
「あ、いや……」
殴られることよりも、自分を殴る恭子の姿を見ることが怖かったのかもしれない。目を開くと、美しい恭子の顔が緊張のためか少しこわばっている。
恭子が右手を振り上げる。思わず反対側へ顔を背けそうになる。それを見て、恭子が反対の頬に左手を当てて元へ戻した。次の瞬間、右手が振り下ろされる。
――パシッ……
「はうっ……」
それほど酷い殴打ではなかったが、弱くもなかった。頬がジーンとしびれ、体の奧から熱くなる。痛くて屈辱的なはずなのに、得も言われぬ快感が体を包んでいく。いまだかつて味わったことのない感覚だ。
二人はしばし見つめ合った。
恭子の唇がかすかに動こうとした。
「あああ……ごめんなさい……」先に言葉を発したのは郁夫だった。「恭子さん、本当にごめんなさい……」もう一度、正座をして頭を下げ、完全に屈服した態度をうんと年下の恋人に見せた。
「手が痛いわ」恭子が照れたように言った。「本当は、まだ強く打ちたかったんだけど、ネイル痛んじゃうしね」
「だったら、今度は手袋でも嵌めて……」
郁夫は、なぜそんなことを言っているのか、自分でもよく分からなかった。
「そうだね……って、また打たれるようなことする気?」
恭子が微笑んだ。
「いや……そんなことは……ありません……」
郁夫は照れ、小声で言う。
「コーヒー入れてくれる?」
「あ……」
「今日は、あたしの奴隷だ。郁夫は」
「は、い……恭子、様……」
少々おどけた調子で言ってみる。
「お待たせしました」
「こっちに持ってきてよ」
「あ、はい……」
郁夫は、いったんテーブルに置いたコーヒーをベッドに腰掛けたままの恭子に手渡す。
恭子は一口啜ると、音符のデザインをあしらったマグカップをベッドのヘッドボードに置いた。
「座って」
足元の床を顎で差す。郁夫がしゃがんで正座をすると、組んだ脚の爪先を伸ばして、「揉んで」と言った。
「恭子ちゃん……」
「恭子ちゃん? 奴隷でしょ」
「あ、はい……恭子さん……」
そうだ、今夜は女王様と奴隷ごっこだ。
郁夫は大きくつばを飲み込むと、「し、失礼します」と言い、ストッキングに包まれた足を手に取った。どうすればいいのか考えあぐねている郁夫に、恭子は、「足の裏、押して」と命じた。
郁夫は、「あ、はい」と頷くと彼女に正対し直し、両の親指を使って、二十四センチの足の裏を、柔らかい土踏まずを、押し揉んでいった。
「あ、いい、そこ……もっと強く……」
人の足を、それも恋人とはいえど女性の足を揉むなんて生まれて初めてだった。ひととおり揉むと、「はい、じゃ、こっちも」と恭子は足を替えて差しだした。慣れないマッサージにすぐ親指の付け根が痛み出した。
――結構、大変だな……
「それだけじゃ、終わらないよ。ふくらはぎもやってもらうから」
恭子は郁夫の心の声に応えるようにして言う。
恭子は尻を浮かせて、ストッキングを脱いだ。
「……ほ、本当に……」
そうぼやきながらも、もはや恭子が言い出したことには逆らえない自分に気づく。手を休める間もなく、裏側のふくらはぎを下から上へ向かって揉んでいく。足首がきゅっと締まって、膝から下が長く、ほどよい肉付きの見事な脚だ。美しい脚だとは思っていたが、実際に手で触って揉んでみて、改めてその美的完成度や魅力を実感できた。
「ああ、気持ちいい……毎日やってもらおうかな……」
恭子にしてもまんざらでもない様子だった。郁夫が見上げると、今宵女主人と化した女子大生は白い歯をこぼして悪戯っぽく笑った。
☆ 三
「もういい、ありがと」
郁夫は揉んでいた脚から手を離す。時間的にそろそろ帰れと言われそうだ。浮気が発覚した日以来、この部屋には泊めてもらっていないばかりか、口づけすら許されていない。はっきりと断られているわけではないが、恭子のほうが、そういったそぶりや隙を一切みせないのだ。
「恭子ちゃん……」
郁夫の問いかけに、恭子は首を少しかしげて微笑む。
「どうしたいの?」
その言葉を誘惑と思いたい郁夫が、彼女の太腿に両手を掛け、膝立ちして体を寄せようとするも、恭子は郁夫の肩を両手で押し戻した。
「あああ……」
「キス、したいの? だったらここにして」
組んだ脚を上げて、足の裏を郁夫の顔に近づける。
「きょ、恭子ちゃん……」
「できる? できない?」
荒れの見あたらない、きれいな足の裏を見つめ、郁夫は生唾を飲み込む。
「わ、分かった、するよ……」
「いや、違うなぁ……」
恭子は悪戯心に満ちた笑みを見せて、どう言うべきか、郁夫に教える。
「きょ、恭子さん……恭子さんの足の裏にキスをさせてください……」
「駄目。ちゃんとあたしの目を見て言って」
郁夫は顔を火照らせ、二重まぶたが魅力的な恭子の目を見つめ、屈辱的なセリフを繰り返す。
「恭子さんの足の裏にき、キスをさせてください……」
「脚、きついんだけど」
「あ、ああ……ごめん……なさい……」
左手で足首を、右手で踵を支える。
「いいよ、して」
「う、うん……」
恭子の視線を感じたまま、足の裏にそっと唇を着けた。親指の下の桃色の皮膚は、柔らかそうに見えて少し固かった。顔を下げて、土踏まずのところにも唇を押し当てた。指で触ったときよりも冷たく感じた。
「くすぐったい、馬鹿」
「あああ……ごめ、すみません……」
初めて言われた《馬鹿》という言葉にドキリとする。
「どうだった? どんな味がした?」
「あ……」足の裏に触れた唇を舐めてみる。「す、少し、しょっぱいかも……」
「今日は、昼間、用事であちこち歩いたからね」恭子は興奮気味に言う。「あ、郁夫のいまの顔、撮っといてあげればよかったな。あたしの足の裏にキスしてるとこ」
「や、やめてよ……そんな……」
「撮ったげようか」
恭子は脚をTの字に組み直し、「こっちきてみ」と左側に回り込むよう郁夫に指示する。有無を言わせぬ勢いに、郁夫は戸惑いながらも従った。
恭子が自分のスマホを持って構えている。
「いいよ、やって。ワンモア、キッス」
「い、いいけど……よそに見せたりしたら、絶対に駄目だよ……」
「うん……見せるわけないじゃん、そんなの……あたしだって恥ずかしいし……いいから、早くやって」
郁夫は意を決したように頷くと、Tの字に組んだ足の裏に横から顔を近づける。マシュマロのような土踏まずに唇をそっと押し当てた。
「くっ……」
恭子は今度はくすぐったいのを我慢しているようだった。
――カシャッ……
スマホの撮影音が響いて、郁夫はドキリとし、思わず唇を外す。
「ふふっ、いい絵が撮れたわ」
「ぜ、絶対に人に見せたりしたらだめだよ……」
「分かってるって……じゃあね、次は、舐めて」
「え……まさか、足の裏をかい?」
「だよ……郁夫の舌で舐めてきれいにして欲しいの、私の足の裏。できない? できるよね」
恭子の声から明らかな興奮が伝わってくる。それを聞いて郁夫の心もなぜか昂ぶっていく。
「でも、いくらなんでも足の裏を舐めるなんて……」
「もうキスしたくせに、同じようなもんじゃない。はい、さっさとやって」
恭子はさらに足裏を郁夫の眼前に突きだして言う。
「で、できないって言ったら……」
「さっきの写真、SNSにあげちゃうよ」
恭子は、きっぱりと言って悪戯っぽく微笑んだ。
「そ、それは、困る……」
「じゃ、やんなきゃ……でしょ」
「わ、分かった……」
「ん?」恭子は首をかしげる。「その言い方、気に入りません」
「わ、分かりました……」
「なにが分かったの?」
「あ……きょ、恭子さんの足の裏を、お、お舐めいたします……」
「ふっ」恭子が吹き出しそうになる。「よく分かってるじゃない」と笑顔を真顔に戻した。「やって、ほら」足の指を反らせて土踏まずを郁夫の口元に差しだした。
「は、はい……」
郁夫は舌を伸ばして、白い土踏まずにそっと触れる。
「くふっ……くすぐったい、馬鹿」
爪先が軽く額を小突く。
「ああっ……」
思わず恭子の目を見る。正気だろうか。
「もっと、しっかり舐めなきゃ、そんなふうにちょろっとだけやられるとこそばゆくってしょうがないわ……」
恭子は郁夫をまともに見返してきっぱりと言う。恋人の頭を足蹴にしたことなど意に介していない様子である。
「あ……は、い……」
「てかなによ、その顔。なにか言いたいことでもあるの?」
「い、いえ……」
ここまでやられれば、さすがにもう体裁を気にするのが馬鹿馬鹿しくなってきた。二人っきりの遊びなのだ。
ひとつ大きく深呼吸すると、恭子がこそばゆくならないよう土踏まずに舌を大きく押し当てて舐め上げていく。しょっぱさが舌を、汗臭さが鼻を強く刺激する。
「そうそう……真ん中ばっかじゃなく、全体的にやって。足の裏全部」
郁夫は顔を下げ、かかとのほうも舐めていく。ざらついた感触があり、塩味に雑味が混ざる。
「少し、雑になってるよ。もっと丁寧に、まんべんなくね……………………ねぇ、返事はっ」
「は、はいっ……」
恥ずかしさと屈辱でもう恭子の顔は見られない。まぶした唾液を伸ばすようにして細かく舐めていく。
「上のほうも」
「はい……」
郁夫の舌は指の付け根の丘へと移動する。しょっぱさが一段と濃くなったような気がする。舌を大きく動かし、それが責務であるかのように恭子の足の裏を懸命に舐め上げる。
「指の根っこのとこもね。そこに汚れがたくさん貯まってそうだから」
恭子の言葉通りだった。ざらつきが粒となって舌に乗り、苦味に変わって、郁夫に深い屈辱を与える。
「ようし、もういいよ」
その言葉に恭子のほうを見上げると、横向きに構えていたスマートフォンを縦に戻して、なにやら操作している。
「きょ、恭子ちゃんっ……」
動画を保存しているのだと気づいた郁夫は、叫び声を上げた。
「なに?」
操作を終えた恭子がこちらを向いて微笑む。
「ど、動画は……」
郁夫が左手のスマートフォンに手を伸ばそうとすると、恭子はさっと右手に移し、反対側に置いた。
――あああ……
足の裏にキスをする写真はまだしも、舐める動画まで……。これはもう取り返しの付かないことになってしまった。ただ、得体の知れない興奮が総身を包んでいる。
「も、もし動画撮ったんなら、それも、もちろん、絶対によそには……」
「SNSに上げたり?」
「あああ……やっぱり、駄目だ……」
とっさに恭子のスマホに飛びついて手にした。
「なにやってんのよっ」
恭子がとっさに上げた膝が鳩尾にクリーンヒットした。
「ぐふああっ……」
たまらず床に転げ落ちるも、恭子のスマホはしっかりと握ったままだ。苦しみながら画面を開こうとするが、もちろん指紋認証は反応しない。
「なにしてんの」
恭子があきれ顔で見下ろしている。
「動画は消してください……やっぱり、写真も……」
「やだ」
「してくれないなら……」
郁夫はとっさに立ち上がって、窓際へ向かい、カーテンを開いて、鍵を外し、サッシを開けた。冷たい風が一気に入ってくる。
「寒いじゃない、なにやってんのよっ」
「投げて、こ、壊すから……」
四階下の路地のアスファルトは雨に濡れ、外灯を受けて光っている。
恭子はフーッと深呼吸をする。考えを巡らせるような間を置いて、おもむろに立ち上がり、ポールハンガーにかけた青いカーディガンを羽織ると、ベランダ側のカーテンを開き、サッシを開けた。
「こっちのほうがいいかもよ……すぐそこにため池があるからさ。投げ込んじゃえば?」
「え、あ……」
思わぬ恭子の反応に、郁夫は戸惑う。
「新品にしてくれる保険には入ってるけど、いくらか取られるから、それはあなたが払ってね」
郁夫は脇の窓を閉めて、ベランダへ向かった。宵闇の中、たしかにため池の水がうっすら光っている。
「やってもいいけど、多分、無駄だと思うよ」
恭子は不敵な笑みを浮かべて言う。
「え……」
「写真も動画も、もうクラウドにアップされちゃってるから」
「ご、ごめんなさい……もちろん、冗談だから……」
郁夫はスマホを恭子に戻すと、サッシ戸もカーテンもすべて元通りにして、ベッド下に正座する。恭子が言うには、撮影した写真や動画は、すべてその場でネットワーク上にある彼女の専用領域に保存される設定にしてあるらしい。もはやお手上げだ。
恭子はベッドに腰掛けると腕を交差して二の腕をさする。
「冷えちゃったわ」
「ごめ……すみません……」
「どうしてくれんのさ」
恭子の脚が伸びてきて、肩口を蹴る。
「ああっ……すみませんっ、きょ、恭子さん……」
不可思議な快感が体の奥底から湧き上がってくる。
「どうすんの?」
組んでいた右腕を挙げて頬杖を着き、郁夫をじっと見下ろす。
「ど、どうとでも……」
「どうとでも? じゃ打っていい?」
「そ、それで、恭子、さんの気が済むなら……」
郁夫は消え入るような声で言った。
恭子は立ち上がると壁に掛かったベージュのコートからなにやら取り出して戻ってきた。手首のところにボアが着いたグレーの手袋だった。
「爪が痛まないように、手袋したらって、言ったよね。あなた、こないだ」