
女性が国の頂点に立つ時代が到来した。
国家が行使する暴力の最終判断は、今後、女性によって独占されるのかもしれない。
「女性優位は通過点にすぎない。その先にあるのは、女性上位、そして女尊男卑という安定した構造である」
このように語る女性指導者が現れても、不思議ではない。
そして、女性は、軍を掌握しただけで満足するはずもない。
当然のように、警察権力もまた、彼女たちの手中に収まっていく。
そもそも政治の中枢を女性が占める社会において、警察権力だけが男性支配を維持する理由は存在しない。
こうして国家の暴力装置は、例外なく女性の管理下に置かれることになるだろう。
また、国家が女性上位で運営される以上、民間企業だけが旧来の序列を保てるはずもない。
企業の規模を問わず、意思決定層の大半は女性によって占められていく。
その構造は当然の帰結として家庭にも及び、男女の役割分担は、静かに、しかし確実に反転していくのだ。
その過程を想像することは、さほど難しくない。
このような社会において、男性への統制はすべて「指導」として正当化される。
甘さは統治において非効率であり、排除されるべきものとみなされる。
それはもはや特定の思想ではなく、多くの女性に共有された認識となっていくだろう。
いわば、それは「常識」である。
女権国家にとって、一定の犠牲が生じることは想定済みだ。
その管理のため、女性から男性への暴力行使を限定的に認める特別法が制定される。
女尊男卑の世においては、それもまた自然な流れだと言えるのだろう。
ともすれば、奇想天外な未来に聞こえるかもしれない。
特に男性諸君にとっては。
だが、このような社会が決して起こりえないと、誰が断言できるだろうか。