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S女小説 「ヒールの報復」

S女小説 「ヒールの報復」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

上司による女性部下へのパワハラ、セクハラを看過した中間管理職の男は、パワセクの張本人とともに女性たちから報復を受ける運命にあった。彼女たちいわく、見て見ぬ振りは同罪である。

小沼唯夫(40)は、給水器ビジネスを進める事業所の中間管理職。彼を悩ませていたのが、犬井という不良上司の存在だった。犬井部長(55)は、女性部下に対して、パワハラ、セクハラなんでもござれのやりたい放題。唯夫としては、女性たちに同情はするものの、入社以来世話になっている犬井にもの申すことができない。決定的な事件が起こったのは、反省会と称する犬井主導の宴会での席。酔いの勢いも手伝って不満を露わにした女性たちに憤慨し、犬井は彼女らに土下座の詫びと、あろうことか性的な奉仕までも強要したのだった。犬井に促されるまま、唯夫もつい過剰なセクハラに加担してしまう。男たちにとって見るも無惨な未来が待っているとはつゆ知らずに……。

プロローグ

第一章 許されざる不正行為

第二章 女性上位体制の発動

第三章 女子学生への土下座

第四章 女性上司への性奉仕

第五章 屈辱志願の人間便器

第六章 女性の剛直に貫かれ

エピローグ

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S女小説 「ヒールの報復」

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S女小説 悪夢のママ活「逆陵辱に耽る淑女たち」

S女小説 悪夢のママ活「逆陵辱に耽る淑女たち」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

サディスティックなマダムたちの餌食となった男子大学院生の物語

大学院生の小嶋拓也(25)は、飲食のバイトをしながら研究室に通う苦学生である。アルバイトがハードなために提出物が遅れがちで、厳しい女性教授からの評価は下がる一方だ。そんな折、同じ研究室の久宝紗耶香(23)に勧められたのがなんと「ママ活」であった。自身もパパ活を実践しているという彼女によれば、短時間で効率よく手当が得られるという。そんなラボメイトのアドバイスに忠実に従って、見事美人ママとの初デートを手にした拓也だったが、それが、とてつもない悪夢の始まりであることは、まだ知るよしもなかった。

第一章 女性社長に奪われた童貞

第二章 夫の面前で浮気をする妻

第三章 年下の同級生から逆陵辱

第四章 女医にアナルを犯されて

第五章 女性教授の淫靡スパルタ

第六章 サドママたちの爛れた夜

本文サンプル

プロローグ

「ああっ、しまった……」
 小嶋拓也たくやは、卓上時計を見て声を上げる。ちょっとの休憩のつもりでワークデスクに突っ伏していたのが、そのまま朝まで眠ってしまった。急いで身支度をしてアパートを出ると、自転車に跨がり、大学の研究室へ向かった。
 年が明けたばかりで、通り過ぎる家並の玄関には、まだ正月の飾り付けがちらほらと残っている。拓也は、耳が切れるかと思うほどに凍てつく向かい風の中を懸命に自転車をこいでいった。
 工学部の大学院生である拓也は、工業化学系の研究室に所属している。拓也が到着した頃には、他の研究生たちは壁に向かって並んだ各自のデスクで、それぞれの研究やデータ分析などを始めていた。拓也も含めて五人が男子だが、無口なオタク揃いで、互いの会話はほとんどない。唯一、話しかけてくるのが、隣の席の久宝くぼう紗耶香さやか、紅一点である。学部生時代に二年連続でミスキャンパスにも選ばれたことがある美女は、二浪している拓也の二つ年下であった。
「おはよ、お寝坊さん」
「あ、おはよう……先生は?」
「もう来てるよ、どうしたの?」
「ああ……高分子合成のレポートを今日まで提出するよう言われたんだけど、うっかり寝てしまって……」
「え! あれ、まだ出してなかったの?」
 進級に関わる大切なレポートで、他の全員はすでに昨年末に提出済みだ。飲食店のアルバイトがハードな拓也だけ、特別に期限を延ばしてもらっていたのだった。
「あと少しなんだけど……昨日は睡魔に負けちゃって……」
「昨日、じゃないの」
 紗耶香は小さく笑うと、ノートパソコンに戻った。と、隣接する教授室のドアが開き、女性教授が入ってきた。まっすぐ拓也のほうへ向かってくる。
「おはよう、小嶋君」
「あ、お、おはようございます……」
 新西佐和子は、学内では、男性も含めて唯一の三十代教授である。抜きんでた研究成果を買われて、いまや企業が競い合うように研究費の支援を申し出るほどの存在で、早くも、将来、有力な学長候補という噂すら立っている。
「ずいぶんお早い、ご登場ね」
 紺色のスーツに身を包んだ三十八歳の美人教授は、皮肉交じりに言った。
「す、すみません……」
「レポートは? できてるよね」
 切れ長の美しい目でじっと見つめる。
「そ、それが……」
「え?」女性教授は大きくため息をつく。「ちょっと、あっちで話しましょうか」
 紗耶香が含み笑いをしてご愁傷様とでもいいたげな視線を送ってくる。拓也はうなだれたまま、佐和子教授のサンダル音を追って教授室に入った。

「ちょっと……問題だね、小嶋君、キミは」
 佐和子教授は、応接用のソファに腰掛けると、拓也を立たせたまま説教を始めた。
 明るめのカラーを施した小ぎれいなショートヘアが年齢よりもずいぶんと彼女を若くみせている。いつも上等なスーツをさりげなく着こなしていて、理系の女性教授にしては、服装もメイクも洗練されている。
「すみません……」
「遅刻してきた上に、レポートもできてないって……ありえないでしょ」
「も、申しわけないです……」
「アルバイトは理由にならないよ。あなただけじゃないんだからね、苦学生は」
「は、はい……」
「どうするの? 義務教育じゃないんだから……」佐和子は拓也の目をじっと見つめる。「辞めてもらってもいっこうにかまわないよ」
「そ、そんな……」
 よほど腹に据えかねているのだろう。予想以上の厳しい言葉に、拓也はうろたえた。
「ど、どうか……お願いします……み、見捨てないでください……」
 二人きりの密室ということも手伝って、自分でも情けなく思うような言葉をつい口にしてしまう。
 佐和子は何度も頭を下げる拓也を黙って見ている。
「こ、このとおりです……」
 さらに深く頭を下げた。
「今日の夕方までには、出せる? いまやってる課題は後回しでいいから」
「は、はいっ、必ず……すみませんっ、ありがとうございます……」

 席に戻ると、拓也は、紗耶香による度々のちょっかいをいなしつつ、昼食も摂らずにレポートを仕上げて、佐和子教授のもとへ持っていった。
「あとで見とくから、そこ置いといて」
 佐和子教授は、キーボードを叩きながら言った。
「は、はい……ありがとうございます……」
「小嶋君」
 退室しようとした拓也の背中に声が掛かる。
「はいっ……」
 執務机の前へ急ぎ戻って、背筋を伸ばした。
「次、レポートの提出遅れたら、単位あげないからね」
「……あ、は、い……すみません……」
「ちょっと、生活考え直したほうがいいと思うよ。まだ、卒業まで一年以上あるんだから……あと、キミは実験器具の扱い方が雑……」
 それから二十分ほど、佐和子教授の説教が続いた。

「ずいぶん、長かったね」席に戻った拓也に紗耶香が声を掛ける。「暗い顔しちゃって、どうした」
「こってりしぼられちゃった……」
「そりゃそうかもね……遅刻の上に、レポートも出きてないじゃ、印象悪すぎるわ」
「う、うん……まあ……」
「ご飯行かない?」
「え、ああ、もうこんな時間か……」
 壁の時計は一九時近くを指していた。研究室に残っているのは二人だけだった。
「行こうよ、学食まだ一時間くらいやってるよ」
「そうだね、ホントは、今日の課題やんなくちゃいけないけど、エネルギー使い果たしちゃったな」
「うん、無理は身体に良くないよ、行こ行こ」

 専門課程の学食は本学部のものほど広くなく、メニューも少なめだが、アルコールを出していた。紗耶香は生ビールと枝豆のセットと餃子に麻婆豆腐。下戸の拓也はハンバーグ定食とオレンジジュースを前にして向かい合う。
「なんか、お父さんみたいだね」
 拓也が微笑むと、紗耶香が、「誰がオヤジだって?」と笑い、「小嶋君こそ、お子ちゃまだね」とからかった。「ハンバーグに旗立ててあげよっか?」
「い、いや……」
 拓也は紗耶香の冗談に苦笑いする。
「とりあえず、小嶋君のレポート完了ということで、乾杯!」
「あ、ああ、どうも、ありがとう……」
 差し出されたビアジョッキに、ジュースのグラスを合わせる。二重まぶたの愛くるしい目に見つめられ拓也は思わずドキリとする。整った面立ちは、可愛いと美しいの両面を持ち、栗色に輝くセミロングヘアがその魅力をさらに引き立てている。さすがはミスキャンパスに選ばれるだけのことはある。
「ちょっと、ごめんね」
 紗耶香はジョッキを持ったまま、反対の手で器用にスマートフォンを操作し始めた。なにやら文字を打っている様子だ。友人とメッセージでも交換しているのだろうか。
「で、先生なんだって?」スマホを置いた紗耶香が問う。「新西先生に、なんて言われたの?」
「え、あ、ああ……」
 拓也は、訥々とつとつとした口調で、佐和子教授から受けた説教の内容を紗耶香に話した。
 声に出すことで、頭のモヤモヤが薄れ、少しは気が楽になったようにも思えた。
「要はこのままじゃ駄目だって。生活を変えないと……」
 拓也はため息交じりに言う。
「そうだよね、たしかに……」紗耶香がうなずく。「飲食店のバイトって、どのくらいシフト入ってるの?」
「週、三、四日くらい、かな……」
「時間は?」
「夕方の六時から。終わるのは、なんだかんだで、十二時過ぎちゃう」
「そっかぁ……でも、それ、あと一年続ける気? そんなの」
「ま、まあ、そうするしかないけど……」
 余裕のない実家にこれ以上経済的な負担は掛けられない事情を話す。
「まあ、うちも似たようなもんだよ」
 ひととおり聞いた紗耶香がつぶやくように言った。
「え、久宝さんも、なにかバイトやってるの?」
「やってるけど、バイト……なのかなぁ……」
 紗耶香は、意味ありげな笑みを見せて首をかしげた。

「パパ活っ!?
 紗耶香の告白に、拓也は思わずすっとんきょうな声を上げる。
「しーっ……」紗耶香は人差し指を口に当て、あたりを見回す。「そんな大きな声出さないでよ」
「パパ活って……」言葉は聞いたことがあったが、詳細は知らない。「ど、どんなことを……」
「ご飯食べて、会話するだけだよ」
「え……そ、それだけ……で……」
 どうやら紗耶香は、パパ活の手当だけで、学費も生活費もまかなえているらしい。
「小嶋君も始めたら? ママ活
「え、ま、ママ活……」
「皿洗いのバイトなんて、きっともたないよ。おんなじ失敗したら、もうアウトって言われたんでしょ、先生に。やばいよ、マジで」
 紗耶香の言うとおりだった。しかし、女性には奥手の拓也である。ママ活などできる自信がなかった。
「大丈夫だよ、小嶋君なら……ママ好きするルックスだと思うよ。やるだけやってみてごらんよ、私がサポートしたげるから」
 結局、紗耶香に勧められるまま、出会い系のアプリをスマートフォンにインストールし、プロフィールをつくって、ママ活専用ルームにコメントを書き込んだ。
 それで一週間ほど待ったが、何の音沙汰もない。
「無理かな……やっぱり」
 最初は、本当に連絡が来たらどうしようと、気が気でなかったが、コンタクトがないならないで、それなりにショックであった。
「ママ活は、競争率高いからねぇ」紗耶香は腕組みして言う。「応募する男子の数のほうが圧倒的に多いから」
「そ、そうなんだ……」
「写真載せちゃうか」
「え、それは、ちょっと……」
「文字のプロフィールだけじゃ、厳しいね。これは」
「…………」
「大丈夫だって、小嶋君なら。いいの? このまま退学になっても」
「い、いや……」
 退学という言葉にショックを受ける。
 それは現実味のある話だった。数日前、実家から、春からの学費は、自分でなんとかして欲しいという連絡を受けたのだった。生活費の確保だけでも精一杯なのに、学費となるととても無理である。まだ先の話だと現実逃避していたが、いずれは向き合わねばならぬ大問題である。
「私のいきつけの美容室がさ、男子のカットモデル募集してるの。無料だよ」
 結局、紗耶香に連れられ、美容院に行った。長髪のままのほうが似合うと言われ、カットは最小限にして、ゆるくパーマを当てられる。その場で取ってもらった写真をプロフィールにアップした。
 すると、数日後、ひとりの女性からコンタクトがあった。
「ほら、きた!」紗耶香は、自分のことのように喜んだ。「これはかなりの美形だね」
 女性のプロフィール画像には、うっすらとモザイクが入っていたが、拓也の目にも同じように映った。隠しきれない美女のオーラが画面越しに伝わってくる。二十代後半の会社経営者らしい。
「やったね……でも、ここから慎重にやるんだよ」
 紗耶香のアドバイスどおりに、メッセージをやりとりする。
「慌てずじっくりね。凄くタイプみたいじゃない。拓也のこと」
 ごく自然に下の名前で呼ばれ、ドキリとする。ただ、ママ活を紹介するところからして、紗耶香にとって自分は恋人の範疇外なのだろう。拓也は複雑な思いにかられるが、いまは、ママ活を成功させることが最優先だ。それは分かっている。
「そ、それで、次は、どうすれば……」
「ようし……十分じらしたから、そろそろ会っちゃおうか」
 紗耶香の指示どおりにメッセージを送り、初コンタクトから一週間後に待望のママとデートの約束を取り付けることができたのだった。

第一章 女性社長に奪われた童貞

☆ 一

――ここか……
 拓也は約束の時間より少し早めに、指定された場所へ到着した。待ち合わせで有名な広場にある緑色の電車の前だ。たくさんの男女が、電車をぐるりと囲むようにして、それぞれの相手を待っている。平日、早目の時間のせいか、若い人たちが多い。隣に立っていた男性の元へ、女性がやってきて連れだって去って行く。すると入れ替わるようにしてそのスペースへ男性が入ってきてスマートフォンをいじり始める。待ち合わせの人間が何度か入れ替わるうちに、約束の時間になった。
 ママは拓也の顔を知っているはずだが、拓也のほうはよく知らない。モザイク入りの写真を見る限りは、美形だと思い込んでいたが、実際に待ち合わせの場所に来てみるとなんだかそれも確信がなくなってきた。
――どんな女性ひとが来るんだろうか……
 分かっているのは、年齢が二十八歳の会社経営者で、本名か偽名か分からない久美子という名前だけである。
 正面にある駅の外壁付近にも数人の待ち合わせ男女が立っていて、その中に真っ赤なスーツに身を包んだ貫禄たっぷりの女性が目立っていた。
――まさか、あの人じゃないだろうな……
 確認したのはモザイク入りの顔写真だけだから、体形までは把握していない。
 身長は拓也と同じくらいだろうが、体重は倍あるのではないか。するとその女性が、まっすぐこちらに歩いてくるではないか。
――いや、そ、それは……
 大きな胸をゆさゆさと揺らしながら、女性は一直線にこちらへ向かってくる。
――あああ……
 女性が片手を上げたので、拓也も思わず頭をこくりと下げてしまった。しかし、女性が声を掛けたのは拓也ではなかった。彼女の相手は、隣の男性であった。
「ふぅ……」――よかった、助かった……
 安堵しているところへ「拓也君、ですか」と声を掛けられた。
「あ……は、い……」
「初めまして、久美子です」
「あ、あああ……初めまして……」
 予想を裏切らない美形のママだった。目鼻立ちの整った色白の面立ちに柔らかな笑みが浮かんでいる。濃いブラウンのロングコートを着ていて、足元はロングブーツだ。
「夕飯には少し早いから、とりあえず、お茶にしましょうか」
「あ、ええ、お任せします……」
「ふふっ、じゃ、とりあえず、後ろから着いてきてください」
 女性は、そう指示した。
「……はい……」
 拓也は、きびすを返して歩き始めた彼女の背中を追う。明るいブラウンの髪がときおりビルの谷間を縫って吹く北風に揺れる。
 大通りをしばらく歩いて、路地に入った。百メートルほど進んだところで、雑居ビルの地下へと潜っていった。たどり着いたのは、薄暗い喫茶店だ。一番奥の席へ座る。店内はパーティションで細かく仕切られていて、他の客の話し声は聞こえるが、なにを話しているかまではよく分からない。
 コートを脱いで脇に置いた久美子は、ベージュ色のスーツにドット柄の丸首インナーで、正装ながらもどこか親しみの湧くファッションである。いかにもママさん社長という雰囲気だ。
 やってきたウェイトレスに、拓也はホットコーヒー、久美子はブランデー入りの紅茶を注文した。
「初めてなの? こういうの」
 ママ活のことだろうと思い、拓也は「はい」と応える。「よ、よろしく、お願いします……」
「こちらこそ、よろしく」
「あ、はい……」
「どうした? 緊張してる?」
 久美子は白い歯をこぼして言った。
「ええ、こんなにきれいな方だとは思わなかったので……」
 面と向かってみて、はっきりと美人だと確信する。きれいな顔立ちだが、どこか温かみを感じさせる美貌だ。
「ふふっ、どんな人が来ると思ってたの?」
「いえ……ああ……」
 赤いスーツの太った女性が思い起こされて、拓也は笑いそうになるのを堪えた。
「拓也君も実物のほうがずっとかわいいね」
「あ、いえ……」
 拓也は照れてうつむいた。耳が熱くなる。
「学校のお話し、もう少し聞かせてくれる?」
「あ、は、はい……」
 出会い系アプリのメッセージ機能を通じて、拓也は、大学院で研究しているテーマや将来の希望などを伝えていたが、それをもう少し具体的に話した。紗耶香から対策講義を受けていたので、たどたどしくはあったが、準備していた内容をなんとか話しきることができた。

「なるほど、将来会社に入ってそういった研究を続けたいわけね。夢は一流のバイオエンジニアってとこかな」
 そう言って久美子は紅茶を啜った。大きな輪っかのイヤリングが、きらきらと揺れている。
「え、ええまあ……で、く、久美子さんは……どんな……」
 女性のことを恐る恐る尋ねてみる。
「私? どういうふうに見える?」
「か、会社の社長さん……」
「ふふっ、それはプロフィールにあったでしょ。なんの、だと思う?」
「あ、えっと……美容関係とかでしょうか……」
 郁夫は、年齢をまったく感じさせない肌を見て言ってみる。張りと潤いに満ちた二十歳前後の肌つやだ。
「ああ、そっち系はどちらかというとお世話になってる業種だなあ。近いといえば近いけど」
「近い? ……でも、分かりません、ちょっと僕には思いつきません……」
「未来の研究者がそんなに簡単に諦めていいの? 想像力も必要なんじゃない?」
「あ、ああ、はい……」
 その後、いくつか思いつく業種を上げてみたが、どれも当たらなかった。
「時間切れね…………正解はね、アプリを作る会社をやってるの。料理とかグルメとかアパレル系の」
 スマートフォンやタブレット端末用のアプリケーションを、大手から独立して開発しているらしい。
 久美子が口にしたアプリの名前は、拓也が見聞きしたことのあるものもあった。
「販売は大手がやってるけど、開発元はうち」
「へえっ、す、凄いですね……」
「でも、大手の下請けは、今後は止めようと思ってるの。もう十分義理は果たしたと思うし……これからは自分たちでね……なんといっても、当たったときの儲けが違うからね……」
 バイタリティにあふれた話しっぷりに、拓也は聞き惚れてしまう。見かけはママだが、中身は正真正銘のビジネスウーマンだ。
 話の途中で久美子のスマホが振動する。
「ちょっとごめんね」
 画面を見て、久美子は通話を始める。話しぶりからしてクライアントのようだ。
 電話を切った久美子が残念そうな顔をする。
「ゆっくり夕食したかったんだけど、打ち合わせが入っちゃった。申しわけない」
 久美子は小さく手を合わせて軽く頭を下げた。
「いえ、とんでもないです」
 謝られたことに恐縮し、彼女より深く頭を下げる。
「今日は、楽しかったわ。ありがとう」
「あ、はい……僕も、凄く……楽しかったです……あ、あの……ま、また会ってもらえますか……よければ……」
「いいよ、もちろん」久美子はスマホでスケジュールを確認する。「私も拓也君のこと気に入ったから」
 来週の再会を約束すると、久美子は一万円で支払った会計のお釣りをそのまま手渡してくれた。
「こ、こんなに……」
 拓也にとっては大金である。
「なに?」久美子は微笑む。「ママ活でしょ。今日はとりあえず、これで。問題ない?」
「も、もちろんです、すみません……あ、ありがとうございます」
「次は、私もゆっくり時間とるから」

「どうだった?」
 翌日、さっそく紗耶香が聞いてきた。
「うん、本当に会社の社長さんで……凄くいい人そうだった……」
「きれいだった?」
「あ、う、うん……なかなか……」
「その顔は、ホントみたいだね。よかったね、美人ママで」
「あ、ああ……」 
「旦那さんは?」
「いや、そこまでは、聞いてないよ」
「指輪は?」
「さあ……どうだったか……」
「見とかないと、そんなの……注意が甘いなあ……年齢からいくと独身の可能性も高いよね。まあいたとしても、ママ活する女性って、旦那さんとうまくいってない場合が多いみたいだから……でも来週のデート取り付けられてよかったじゃない」
「うん、久宝さんのアドバイスのおかげだよ」
 拓也は彼女の指示どおり、次の約束を取り付けること、自分からお金の話はしないことを守った。
「まあそれでもまずは拓也が気に入られることが前提だから……キミのルックスと中身がよかったからだよ」
「あ、ありがと、でも……な、なんか……上からだな……少し……」
「なによ。文句あるの?」
「い、いえ……久宝さんだけが頼りだから……これからもアドバイス、どうかよろしくお願いします……」

 前回と同じ場所で、今度は十九時の待ち合わせだったが、久美子が現れたのは二十分後だった。
「ごめん、打ち合わせが長引いちゃって。お腹すいちゃったね……何が食べたい?」
 メイクのせいか、今宵は前回よりずっと色っぽく感じた。
「あ、いえ、な、なんでも……」
「そ、じゃ、お肉にしよっか」
「あ、は、い……」
 連れて行かれたのは大きな鉄板カウンターのある、いかにも高級な店だった。シェフが目の前で焼く肉を久美子はワインを片手に頬張った。
「たくさん食べな……キミ、華奢だから」
「あ、はい……」
 それでも遠慮がちに拓也はいただいた。もともとが小食だ。それにしても、こんな柔らかくてジューシーな牛肉を口にしたのは生まれて初めてではないだろうか。
「お酒は、まったく飲まないの?」
 烏龍茶が入った拓也のグラスを見て言う。
「いえ、少しくらいなら飲めると思うんですが……好んでは……」
「それはつまんないな。あたし結構飲むよ。つきあえる?」
「あ、はい……が、頑張ります……」
 拓也としてもこんな美人でお金持ちのママにいきなり出会えたことは幸運以外のなにものでもない。この機会を手放したくはない。できる努力はしなければならない。
「よし、じゃ、行こう」

 久美子の行きつけというバーは、喫茶店と同じく地下にある薄暗い店だった。快活な見かけや装いに反して、どうやらこのような雰囲気が好みらしい。カウンターの中には女性のスタッフが二人がいて、先客である二組のカップルを相手していた。
 久美子は顔なじみであろう女性バーテンダーに目配せを送ると、奧まったところにあるテーブル席へ向かい、拓也を座らせ、自分も対面に腰掛けた。
 注文を取りに来た女性スタッフに「私はウィスキーキープのセットで。彼には、なにか口当たりのいいカクテルつくってあげて」

☆ 二

「じゃ、拓也君との出会いにあらためて乾杯」
「あ、はい……乾杯……」
 拓也は久美子が差し出したグラスにぎこちない仕草で合わせる。
「ママ活やるってことは、理由があるんでしょ。今日は、それを聞かせて」
 久美子が言った。
「あ……え、ええ……」拓也は一口飲んだグラスをテーブルに置くと、姿勢を正した。「じ、実は……」
 生活費を稼ぐために夜、飲食店で皿洗いのバイトをやっているが、そのために、学業がおろそかになりつつあること。厳しい女性教授から、この調子だと進学させないと言われていることを告白した。
「なるほど、ね……そのバイト代は月いくらになるの?」
 拓也はバイト収入の金額を正直に話した。
「それだけあれば、生活してけるわけね。了解。それは出したげる」
「ほ、本当ですか……」
「うん、その代わり、こうやって、週に一回、夕食と飲みに付き合ってくれる?」
「も、もちろんです。あ、ありがとうございます……」
 週に幾日にもおよぶ夜間の長時間皿洗いバイトと美人ママとの甘い逢瀬を比べるまでもない。しかもこちらは週に一度でいいのだ。余った時間を勉学に費やすことができれば、いまや地に落ちつつある女性教授からの評価もきっと取り戻せるに違いない。
「これ、うちの会社で使ってる営業パンフ」
 久美子は、三つ折りのパンフレットを拓也に渡した。
 オリジナルのアプリ制作を提案する内容のパンフレットだった。
「自社開発だけじゃ、当たるか当たらないか分からないからね。うち主導で制作しますよってスタンスでは、他社の手伝いも続けていこうとは思ってるの」
「へえ……凄い、ですね……」
 久美子はざっと読み終わった拓也の手からパンフレットを取り上げると、札束を挟んで再度戻した。「ホームページのほうにはもっと詳しく書いてるから、興味あるなら見てみてよ」
「は、はい……あ……ありがとうございます……」
「さっさとしまって」
「は、い……すみません……」
 頭を下げながら、リュックの中へそそくさと入れた。
「奨学金とかはもらってないの?」
「あ、はい……いま申請中で……」
 拓也はこれが機会だと思い、実家の家業が傾いて、来期の授業料を自力で払わねばならないこと、そのために奨学金と授業料免除を申請していることを打ち明けた。
「申請、通るといいね」
「は、はい……」
 そのひとことで流されてしまったことに軽くショックを覚えるが、まだ会って二回目なのだ。生活費の面倒を見てもらえるだけでもありがたいと思わねばならない。
「真っ赤になっちゃって」
 緊張のあまりか喉が渇いて、拓也はグラスを頻繁に運ぶ。さほどアルコールは強くないのだが、気づいたら飲み干してしまっていた。
「お代わりは?」
「あ、はい……烏龍茶かなにかで……」
「え? ウーロンハイ?」
 久美子は悪戯っぽく微笑んで言う。
「あ、いえ……ノンアルコールで……できれば……」
「お酒、つきあってくれるんじゃなかったの? あたしだけ酔っ払っても、面白くないじゃない」
「あ、はい……じゃ、薄目ので……」
 久美子は女性スタッフに拓也のオーダーを伝えたあと、意味ありげにウィンクした。拓也の予感どおり、女性スタッフが運んできたグラスは、決して薄いウーロンハイではなかった。
 カウンターの客がはけたあと、久美子はトイレに行くついでに、チーフと思われる女性バーテンダーに耳打ちした。

「奥で少し、ゆっくりしようか」
 トイレから戻ってきた久美子に促され、拓也は誘われるまま、奧の個室に連れ込まれた。ソファとテーブルと観葉植物が置かれた小さな部屋で照明は一段と薄暗い。怪しく危険な空気が漂う空間だ。心なしかすえた匂いがする。
「どう? 酔っ払っちゃった?」
 久美子は、ソファに座った拓也の横にぴったりとくっつき、肩に手を回した。
「あ、は、はい……」
 よくない状況になっているのは分かるが、それよりも慣れないアルコールに頭がくらくらする。
「チュー、しようか」
 久美子の左手の薬指には結婚指輪と思われるリングがある。
「だ、旦那さんは……」
 紗耶香からNGワードに指定されていた単語を思わず口走ってしまう。
「平気だよ……そんなこと言ったら、醒めちゃうじゃない……」
「ああ……すみません……」
「ふふ、冗談よ……」久美子はくっつけていた身体を離して言う。「私たちまだ会って二回目だものね……それにしても、拓也は酔っ払いすぎだね。もう少しアルコールを鍛えてかないと」

 翌日の夕食時、拓也は自ら紗耶香を学食に誘い久美子とのデートを報告した。
「あれ、お酒飲むようになったの?」
 定食の横の小ジョッキを見て、紗耶香が言う。
「う、うん……ママからの宿題……お酒強くなりなさいって」
「なるほど。頑張って……で、どうだったの? 迫られなかった?」
「あ……うん、なんか……結構、やばかった……」拓也はお酒を飲まされキスを迫られそうになったがなんとか免れたことを正直に報告する。「久宝さんは、そういうのまったくなし? パパ活で」
「うーん」
 紗耶香は意味ありげな笑みを浮かべて悪戯っぽく小首をかしげる。
「ええっ、食事して話するだけっていうことじゃなかったの?」
「ケースバイケースだよ。相手にもよると思うよ。あと、お手当をたくさんもらおうと思うなら、それなりの覚悟が必要なんじゃない……普通のビジネスと同じだよ」
「ま、まあ、そうかもしれないけど……」
 拓也は当初の話と変わってきていることに不安を覚える。

 その後、二回の逢瀬では、久美子の仕事が忙しかったこともあり、食事と会話だけで無事帰還することができた。
 次の約束の前日、大学の教務課に呼ばれた郁夫は渡された封筒の中身を見てショックを受ける。
――ああ、やっぱり、だめだったか……
 一晩経ってもショックは抜けず、気落ちしたまま、久美子と約束したレストランに向かった。
「どうした? 元気ないね」
「あ、はい……実は……」
 郁夫は奨学金も授業料免除も下りなかったことを正直に打ち明けた。薄々予感はしていたが、成績が足りなかったことは明白だ。
「どうするの?」
「どうすればいいのか……昨日通達されたばかりで……いまは、なにも考えられません……」
「今日は時間もあるから。相談に乗ろうか」
「あ、はい……よろしくお願いします」
 すがるような気持ちで拓也は頭を下げる。
 拓也は久美子に連れられるまま、例のバーに向かった。入店するなり、奧の個室へと連れ込まれ、ソファに並んで座る。前回はいきなりピタリとくっついてきた久美子が今日は微妙な距離を取っている。
 久美子は黙って水割りを二つ作った。グラスを合わせたあと、いつもは話題を提供してくれる彼女が黙ってスマホをいじっている。
――仕事が残ってるのだろうか……
 そのまま十分程が過ぎ、拓也はいたたたまれなくなって声を絞り出す。
「あ、あの……」
「なに、どうした?」
 美人社長は少しこちらに顔を傾けて言う。
「え、いえ……」
 再び久美子はスマホに顔を戻す。
「く、久美子さん……」
「なに?」
「…………」
「いいたいことがあるなら、ちゃんと言わないと。そんなんじゃ、いつまで経っても大人になれないよ」
 いつになく厳しい物言いに、拓也はようやく彼女の意図を理解する。お願いがあるのなら、自分のほうから切り出さなくてはならない。
「あ、あの……生活費をいただいている上に、凄く厚かましいお願いなんですが……」
「はい」
 真顔で見つめられる。
「じゅ、授業料をお貸しいただけないでしょうか……」
「いくら?」
 拓也は年間に必要な金額を恐る恐る言ってみる。百万円を超える大金である。
「……む、無理ですよね……いくらなんでも……すみません……」

 

悪夢のママ活「逆陵辱に耽る淑女たち」

小説出版

S女小説 虐めて濡れる(下)

S女小説 「虐めて濡れる(下)」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

男の弱さを悟った女たちは、彼が泣けば泣くほど、とことん追い込み弄ぶことに熱情を注ぐ。

女傑揃いのイベント会社第一課の中で、ひとり仕事が取れず立場をなくしている坂下郁夫(39)は、S女課長の江上貴子(30)から高校時代の同級生である社長を営業先として紹介される。その相手こそ、元恋人である桐谷恭子(30)であった。貴子に勝るとも劣らないサディスティンである恭子が出した発注条件は自身の飲尿命令に従うこと。無事仕事を受注することができた郁夫に、貴子ら第一課の女子たちは、上司である立場からその過程を厳しく問い詰める。男のプライドと引き換えに受注したことを郁夫の口から明らかにさせると、自分たちも同じ快感を得ようと、とことんに追い詰めていった。そんな中、新人社員の岸本麻由子(22)だけが唯一郁夫の味方であった。彼女の微笑みだけを支えに苦難を耐え忍ぶ彼の心身に、しかし、さらに厳しい試練が次から次へと襲いかかってくるのだった。

第一章 飲尿の命令

第二章 生贄の肛門

第三章 愛妻の鞭打

第四章 汚辱の人馬

第五章 決死の告白

第六章 淑女の変貌

本文サンプル

第一章 飲尿の命令

☆ 一

「では……桐谷社長……なにとぞ、よろしくお願いいたします……」
 シャワーを浴び、口をゆすいでスーツ姿に戻った坂下郁夫は、元恋人である女性社長、桐谷恭子に深々と頭を下げた。吐く息に彼女の匂いが濃く残っている。
「うん、見積りよろしくね」
 郁夫の口に尿を排した女性権力者は、にっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます……失礼いたします……」
 苦しく、惨め極まりない時間だったが、これで明日、課長の江上貴子に十分な報告ができそうだ。

 郁夫が自社に戻った頃には時計はもう十九時少し前を指していた。この時間なら、第一課のオフィスに残っているのは、新人の岸本麻由子だけだろう。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい、坂下さん」
 ノートパソコンを前に残業をしていた麻由子がこちらを向いて愛らしい笑みを浮かべる。どんなに遅くなっても、彼女の疲れた表情は見たことがない。若さとバイタリティをうらやむと同時に、郁夫は自分も見習わなければと思う。それに、いまだに郁夫のことをさん付けで呼んでくれる課員は、彼女だけであった。課長らには、部下にさんなど着ける必要はないと言われているはずだが、二十近く年上の男をくん呼ばわりするのにはさすがに抵抗があるのかもしれない。いや、彼女生来の優しさからだろうと思いたい。
「あ、岸本、さん……岸本さんに頼まれてた資料のコピー、まだなんだけど、いまからすぐにやるので……」
「ああ、大丈夫ですよ、あれ、明日でも」
「ホントに? 助かります……怖い女性ひとたちの分を急いでやらなくちゃならないから……ハハ……」
 郁夫は隣の空席を見やって、麻由子に苦笑いをみせた。
「あれ? なんかいいことありました?」
「え、どうして?」
「なんかぁ……雰囲気がいつもと違いますもん、いいことあったでしょ」
「うん、実を言うとね……」
 郁夫は、桐谷恭子の会社のイベント受注がほぼ確定的であることを、顔をほころばせて話した。
「凄い! やったじゃないですか、おめでとうございます」
 拍手をして我がごとのように喜んでくれる麻由子を郁夫は心から愛おしく思った。
「あ、あと……あれ、ありがとうね……」
「え?」
「ほら、忘年会のとき……真山さんの役職、こっそり教えてくれたこと……」
 口パクで『リーダー』と示してくれたのが麻由子だった。
「ああ、いえ……あのときは、ホントに危ないと思ったから」
 郁夫が彼女の役職を思い出して口にしなければ、真山由香里リーダーに土足で顔を蹴られるところだったのだ。
「あんな大柄な人にやられてたらと思うと、ゾッとするよ」
 と、そのとき、廊下から複数のヒール音が響いてきた。
――ああ……
 郁夫の背筋に冷たいものが走り、麻由子はパソコン作業に戻る。

 オフィスに入ってきたのは、江上貴子課長だった。側近の宮本真理恵係長、真山由香里リーダーも続いて入室してきた。
「お、お疲れさまです……」
 打ち合わせがてら食事でもしてきたのだろう。三人とも少し、酒が入っているようだ。頬をかすかに染め、アルコールの呼気を漂わせている。皆、郁夫の挨拶を無視して、それぞれの席に着き、パソコンを立ち上げ、仕事を始める。郁夫も二人の側近から頼まれていた作業に急ぎ取りかかった。
「どうだったの?」十分ほどして、江上貴子課長が、パソコンに目をやったまま唐突に言った。「ねぇ、坂下」
「あ……は、はいっ……」郁夫は慌てて席を立ち、九つ年下の美人課長のデスクへ向かった。「あ、桐谷社長の案件でしょうか?」
「それしかないでしょ、あんたが持ってる案件は。頭おかしいの?」
 口元にはかすかに嘲笑が浮かんでいるが、目は笑っていない。
「す、すみません……」
「というかさぁ……あたしが戻ってきたら、まず、その報告でしょう……言わなかったら、しないつもりだったわけ?」
 貴子は美しい顔をゆがめて、苦々しそうに言った。
「い、いえ……そんなことはありません……い、いまは、お忙しいかとばかり……」
 郁夫はあたふたして言う。
「へぇ、じゃ、あたしのせいなんだ」
 貴子は机に置いてある革手袋を苛立たしそうに取り、装着し始める。
「ち、違いますっ……も、申しわけありません……」
 慌てて何度も頭を下げた。
「おかしいよ、坂下、お前、やっぱり」
 鬼女課長がため息交じりに言う。
 側近の二人、宮本真理恵、真山由香里が仕事の手を止めて、郁夫を注視している。新人の岸本麻由子だけは、ときおり目線をこちらへ投げながらもパソコン画面に集中を戻そうとしている。
「すみませんっ……」
「そんなのばっかじゃない、あんた。口で言っても分かんないってことでしょ」
 貴子は革手袋を嵌め終えた両手を開いたり握ったりしている。
「か、課長……」
「もう、手袋嵌めちゃったんだからさ、覚悟決めなよ」
 貴子は椅子を後ろへ引き、九十度回転させて郁夫のほうを向いた。
「……あああ……は、い……」
 皆の前で、殴られるのはもはや免れないようだ。主任の二人がいないだけでも幸運と思うべきなのかもしれない。
「あたしに立たせるの? いいけど、手加減なしでいくよ」
「あ、い、いえ……」
 手加減なしという言葉に恐れをなし、郁夫はサンダルを脱いで貴子の前に膝立ちする。
「いい加減にしないと、坂下、お前」
 貴子の左手が伸びてきて郁夫のネクタイをつかみ上げる。
――くうううっ……
 岸本麻由子が心配そうな目で一瞬こちらを見た。なんとか耐えて、悲鳴だけは上げないようにしよう。
「いくよ」
 革手が高く上がったのを見て、郁夫は歯を食いしばった。
――パーン……
「あううっ……」
――パーンッ……
「うがっ……」
――パーン……
「ぐおおっ……」
 静寂のオフィスに、革の掌が頬を打つ音がこだまする。引き上げられていたネクタイが緩められ、郁夫はうなだれる。なんとか悲鳴を上げずにすんだが、にじむ涙を堪えることはできなかった。
「す、すみませんでした……」
「謝るんなら、こっちしっかり見なよ」
 貴子の革手が顎をつかんで引き上げる。
「……は、い……申しわけありません……」
 郁夫が見上げた視線の先には、自信に満ちた美貌がこちらをじっと見下ろしている。
「上司が忙しいなんて、勝手に判断するんじゃないよ。先にひと声掛けないから、痛い目に遭うんだろうが」
「は、はいっ、すみません……」
「すぐに手を抜こうとするだろ、お前。楽なほう、楽なほうに行こうとして」
「はい、課長の仰るとおりです……」
 貴子の顔色がサッと変わり、いきなり強烈な平手打ちが再度郁夫の頬を捉える。
「がううっ、きひいいっ……」
 予想しない一撃に思わず悲鳴を上げてしまう。
「適当な返事してんじゃないよっ」
「も、申しわけございませんっ……課長……」
 郁夫は怯えきった目で、貴子を見上げる。恐怖で膝がガクガクと震えている。
 貴子はその様子を見て微笑む。気が晴れたという表情をして、首を少し回し、脚を組み直した。
「で? どうだったの」
「あ、は、はい……」郁夫はパニックになっていた頭を落ち着けるべく、一度深呼吸をする。「…………い、一応、ほぼうち一本に絞って発注いただけることは間違いありませんで……見積もりを提出するよう言われました……」
「そんなの、最初っから分かってたことでしょ。あたしにはそういう口ぶりだったよ」
「そ、それが……相見積もりのお考えも少しお持ちでしたようで……」
 郁夫は、口答えにならないよう、言葉に気をつけながら言う。
「そう……じゃあ、それが坂下、あんたの営業努力によって、うち一本に仕向けることができたと……そう言いたいわけね」
「あ、は、はい……ま、まあ……」
 久々に手柄を報告することができそうな流れに、郁夫は淡い期待を抱く。今日は、このくらいで許してもらえないだろうか。
「どうやって口説き落としたの? ぜひ聞かせてもらいたいわ」
「そ、それは……昔のよしみもありましたので……」
「いや、恭子は、あなたが元カレだったからって理由だけで、温情示すような甘い女性じゃないわ」
 側近の二人と麻由子が、驚いた様子を見せる。郁夫と恭子がかつて恋人同士だったことは、貴子以外は知らなかったはずだ。
――あああ……
 とてつもなく悪い予感がする。
「それは、あなたが一番よく分かっているでしょう?」
 たしかに貴子課長の言うとおりだった。女子大生時代から抜け目がなかったが、久々に再会した恭子は、クールさに一段と磨きがかかっている印象だった。
「は、はい……それは……」
「だったらなに? どうやって恭子を落としたの? 聞かせてよ」
「あ、あの……課長……あ、あとで、ご報告という形では駄目でしょうか?」
 郁夫は恐る恐る伺いを立ててみる。
 貴子の拳が、机をドンと叩く。まだ革手袋を嵌めたままだ。
「いまここで話して聞かせろって言ってんのよ、あたしがっ」
「ひっ、はっ、はいっ……」
 麻由子の前でまたもや悲鳴を上げてしまい、郁夫は赤面する。
 しかし、どう言えばいいのだろう。まさか、本当のことを話すわけにはいかない。仕事欲しさに恭子社長のおしっこを飲んだなんて皆のいる前でとても口にできない。

☆ 二

「ねえ、聞かせてって。どうやって、恭子からいい返事引き出したの?」
 そもそも、当社一本に決まっている話だと言って恭子を紹介したのは、貴子課長、あなたではなかったか。郁夫は貴子の執拗さをいぶかしんだ。だが、上司の質問には応えなければならない。
「あああ……はい……なんといいますか、それは、もう、とにかくこちらの誠意とやる気をお見せして……」
「だから、それをどうやって見せたのかって」
 貴子がカツンとヒールを踏みならした。
「ひっ」郁夫は顔を引きつらせる。「……あ、はい……あ、頭を下げました。何度も……」
「どんなふうに? 普通に頭下げたくらいじゃ、いい返事しないと思うけど、彼女」
 おおかた予想はついているのだろう。もはやごまかせないと思った。
「は、はい……床に手をついて……お願いしました……」
「元カノに……」貴子は身を乗り出して、郁夫の顎をつまみ上げる。「土下座したの……お仕事くださいって」
「は、はい……」
 斜め前に座っている宮本真理恵係長が「ふふっ」と笑った。「課長、実際にやってもらったらどうですか?」
「いいかもね……どう思う? 真山」
 貴子は真理恵の向かいの真山由香里リーダーにも意見を求めた。
「ええ、見てみたいです……いつも、あたしたちが教えるばっかりだから」
「そうだね。たまには、坂下さんから教わるのもいいかもね」貴子が赤い唇の端に笑みを浮かべる。「大ベテランの男性社員さんがどうやって仕事をとってくるのか」
「か、課長……どうか……ご勘弁を……」
「え?」貴子は耳に手を当て、よく聞こえないふりをする。「ああ、ここじゃ狭いって……じゃ、会議室行こうよ」
「課長、すみません」
 密かに帰り支度をしていた麻由子が立ち上がる。
「あなたもだよ、一緒に教わらないと……坂下の貴重な営業手法を」
「そ、それが……ちょっとさっきから具合が悪くて……」
 小首をかしげる貴子に、「すみません……課長、ちょっと始まっちゃったみたいで……」
 麻由子は恥ずかしそうに、生理による体調不良を申告した。
「ああ、そう……じゃ、しょうがないね、今回は。早く帰って、ゆっくり休みな」
「はい、ありがとうございます、すみません、皆さん」
 郁夫は麻由子がいなくなったことに胸をなで下ろした。彼女にだけは、惨めな姿を見られたくない。

 女性たちは、郁夫の背中を押して、会議室へ連行する。
「ほら、やってみせろ。どうやって恭子社長を口説き落としたのか」
 貴子が長机に軽く尻を預けて立っている。ゆるくウェーブの掛かった栗色の髪が麗しい。その両脇には宮本真理恵係長、真山由香里リーダーの二人が同様の姿勢で控えている。
「は、はい……」
 郁夫は貴子の前でオフィス用のサンダルを脱ぎ、脇に揃えて正座した。
「私を桐谷恭子と思って、やってみな」
 ブラウンのビジネスワンピースに身を包んだ貴子が一歩前に出て仁王立ちする。
「はい……き、桐谷社長様……ど、どうか、この案件を、我が社に、わたくしにお任せいただけませんでしょうか……」貴子を真っ直ぐに見上げて言う。「こ、このとおりです……」床にしっかりと額を着けて懇願した。

「顔あげな」
 その声が貴子から発せられるまで郁夫は頭を下げ続けねばならなかった。
 機嫌を伺うように、床に手を突いたまま、貴子を見上げる。
――ああ…………どうか……
 貴子の面立ちが、恭子と重なった。貴子もとてもグラマラスな女性で、背格好も近く、同類の雰囲気を持っている。
「それで……説得できたの?」
「あ、はい……」
「本当に? それだけで?」
「は、い……」
「そう……嘘ついてない? あたしに」
「い、いえ……それは……」
「誓える?」
「どうなんだよ」
 貴子がさらに一歩前に出て、黒いパンプスで郁夫の手の甲を踏んだ。
「うっ……あああ、ち、誓います……」
 そう言わざるを得なかった。
「そうなんだ……あたしが聞いてる話とちょっと違うんだけどなぁ」
「か、課長……」
 郁夫は思わず、貴子を仰ぎ見る。
――あああ……
 嗜虐的な笑みを見て、本当に聞いているのだと思った。
「す、すみませんっ、申しわけありませんっ……」
「なにが?」
 貴子は踏んだ手の甲を左右に踏みにじる。
「ぐあああっ……い、言います……」
「なにを?」
「じ、実は……桐谷社長様のほうから条件を出されまして……」
「どんな?」
 側近二人も、興味津々で郁夫を見つめている。彼女たちはどうやら真実を知らないようだ。
「か、課長……」
 この際、貴子のほうから言ってくれたほうが、よほど楽だろうと思ったが、鬼上司はあくまでも、郁夫自身に告白させたいようだった。
「教えてよ、早く」
 もう一方のパンプスが、反対の手の甲を踏んだ。
「ぐあああっ……い、言います……言いますのでええっ……」
 これ以上の痛みにはとても耐えられそうになかった。

「まじですか?」
「え、どういうこと?」
 宮本真理恵も真山由香里も郁夫の告白が信じられないと言った表情をしている。
「頭に入ってこなかったんだって……」貴子のパンプスが軽く郁夫の額を小突いた。「もう一回、最初っから」
「ううっ……は、い……桐谷社長様から、お、おしっこを飲むなら、仕事を与えると言われました……」
「おしっこって、あなたのおしっこ?」
 知ってか知らずか真理恵が聞く。
「ほら、よく伝わってないじゃない」
 貴子が今度は強めにこめかみを蹴った。
「うがあっ……ひいっ……すみませんっ……」
「宮本の質問に答えろよ」
「はいっ、み、宮本係長……わたしのではなくって、その……桐谷社長のおしっこを飲むならと……」
「元カノなんでしょ」
 由香里が言った。
「は、い……」
「要は、社長に出世した元カノに、仕事が欲しけりゃおしっこを飲めって言われたわけよ。彼は」
 貴子が鼻で嗤うように言うと、真理恵と由香里が汚いものを見るような視線を郁夫に送る。
――ううう……
 郁夫はいたたまれなくなり、貴子が履く黒いパンプスの爪先をじっと見つめる。
「で……なんて答えたの? お前は」
 見つめていた爪先が動いて、郁夫の顎を上向けさせた。
「うっ……」――あああ……そんな……
「言えよ、仕事いただいたんだろ?」
「はい……」
「拒否してたら、今ごろあたしにいい報告できてないはずだもんね」
「そうです……」
「今月ゼロ確定だったもんね?」
「ううう…………」
「言えよ」
 黒革の爪先があごの下をぐっと突き上げる。
「うぐあぁ……ひぃ……はいっ……の、飲むといいました……」
「そんな偉そうな言い方したの?」
「あ、いえ……お飲みします……ぜひ、飲ませてくださいと……お願いしました……」
「で、飲んだの?」
「………………」
「どうなんだよっ」
 貴子が声を荒げた。
「ひっ…………は、は、い……」
――ひゃーっ……
――うえーっ……
 側近二人が、悲鳴のような声を上げた。
「男としてのプライドないのか? お前」
「…………」
「答えろよ」
 貴子の爪先が郁夫の喉元をえぐる。
「うげっ……はい、あ、ありません……」
「だよね……あったら、そんなことできるわけないもんなぁ。いくらなんでも、男が女のおしっこを飲むなんて」
 爪先をいったん引くと頭頂部に載せて、そのまま踏みしだいた。
「あううう……」
――ゴチッ……
 額が床を叩く。
「ぎあああっ……」
「脚疲れちゃったよ。ちょっと脚置きに使わせて、お前の頭。それくらいしか使い道ないでしょ」
「ひいいっ……ううう……」
「どうした? 悔しいか? なあ」
 体重を傾けて、左右に踏みにじる。
「うごああああっ……」
「悔しいなら、人並みに仕事取って来いよ。自分の実力でさぁ。こんな目に遭うのも、全部が全部、てめぇのふがいなさだろうがっ」
 貴子は小鼻を膨らませて言う。
「ひいいいっ、はいっ、すみませんっ、仰るとおりです……」
「女の小便でも飲まないと仕事とってこれないんだろ、お前」
「…………」
「違うのかよっ」
 さらに体重を載せて踏みつける。
「うぎゃあああっ……はいっ、そうです……」
「言えよ、自分で」

「よく聞こえない。もう一回、最初っから」
「は、はい……わ、私は女性様のおしっこを飲むことでしか、仕事をとってこれない駄目社員です……どうか、第一課の皆さまで、厳しい指導をお願いいたします……」
 惨めに過ぎるセリフを十回近くいわされたところでようやく、貴子の許しが降りた。

☆ 三

 翌朝、朝礼が終わると、郁夫はすぐさま貴子のデスクに向かった。
「課長、桐谷コーポレーションさんへの見積りが仕上がりましたので、チェックをお願いします」
 家にノートパソコンを持ち帰り、夜中の三時までかけて作った見積書を渡す。
「そこ置いといて」
 貴子は高速でキーボードを叩きながら、視線をパソコン画面に向けたまま言う。
「はいっ、よろしくお願いします……失礼します」
 九歳年下の女性上司に一礼して席に戻った。

 貴子がパソコンを閉じて見積書のチェックを始めた。他の女性課員たちは皆、外出前で、それぞれ資料づくりなどの準備をしている。
「坂下」
「はいっ」
 貴子に呼ばれて、すぐに席を立って向かう。
「これ、安すぎるよ。ただでさえ、数字ないんだからさ、お前。せっかくのチャンス活かさないと。うち一本に絞ってもらってるんでしょ?」
「え……は、はい……」
「五割増しくらいでいけるよ、この内容だったら」
「あ、はぁ……」
「どうした? もっと自信持ちなよ。エガミの看板に」
「あ、はいっ、すみません……」
「お前だって、あんなことまでやらされてさぁ、割に合わないでしょ。この金額じゃ」
――あああ……
 事情を知っている側近の二人、宮本真理恵と真山由香里が同時に吹き出し、クスクスと笑う。
「どうしたんですか?」
 主任の日野圭子が聞いた。
「いや、頑張ったんだよ、坂下君」
 斜め向かいの真理恵係長が言う。
「え、なになに? どういうことですか」
 圭子が隣の由香里リーダーに聞く。
「ご本人から聞いてみて」
 郁夫の額から冷たい汗が噴き出す。
――あああ……
「そもそも、ここから値引き要求してくるかもしれないでしょ。その数字で対応できるの?」
 貴子が話を戻した。
「あ、い、いえ……すみません……」
「馬鹿、やり直せ」
 貴子は郁夫の腹を軽く小突いて言う。
「うっ、は、はいっ、承知しました。申しわけありません……」
 郁夫は見積書を引き取り、席に戻って貴子の意向に沿えるよう再計算する。午前中には、また、恭子の会社に向かわねばならない。
「なに頑張ったの?」
 隣の圭子が興味津々に聞いてくる。
「す、すみません、主任。ちょっと、急ぎの仕事でして……」
「日野、邪魔しちゃ駄目だよ」貴子が笑みを浮かべて言う。「坂下、崖っぷちなんだから」
「分かりました、じゃ、課長、行ってきます」圭子はバッグを肩に立ち上がった。「あとでゆっくり聞かせてよ」郁夫の背中を叩いて、出ていった。

「なかなか、いい値段だね。思ってたより」
 桐谷恭子は、郁夫が手渡した見積書を見て言った。
「社長、申しわけありませせん……わたくしとしては、もう少し勉強させていただきたかったんですが……社内的に、それが限度で」
「貴子が、そんなに安くするなって?」
 恭子が薄笑いを浮かべて見つめる。
「い、いえ……それは……」
「ふふっ、よほど怖いみたいね、江上課長が……あたしとどっちが怖い?」
 スティック状の豪華なイヤリングが照明に煌めいている。
「…………」
 郁夫はもはやなにも言えず、愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「まあ、いずれ社長になるだろうからね、貴子は。逆らいようがないよね、あんたとしては。永遠の上司だもんね……ただ、あたしとしても、この数字じゃ、ちょっと納得できないな」
 郁夫は、ここへくる前、貴子に言われた言葉を思い起こす。
――基本、値引きは許さないから。どうしても折れるときは、覚悟しなよ。あたしも恭子と同じことをあんたにやってもらうから……
「あああ……社長様……」郁夫は応接ソファを降り、恭子の斜め前に跪く。「どうか、お願いします……このとおりです……」床に頭を着けて懇願した。
「……あなたさぁ、それやれば、なんとかなると思ってない? 土下座するのは勝手だけどさ。そんなのいくらの価値もないよ……ズバリ言おうか、あたしの希望額は……」
 恭子が提示した金額は、奇しくも郁夫が最初に見積もって貴子に提出した数字とほぼ同じだった。
「ああ、そ、それは……」
「ふふっ、これじゃ、とても、貴子課長に報告できないって?」
「……あああ……社長様……」
「そう顔に書いてるよ」
「まあ、貴子は昔っからの親友だし、あんたとも付き合ったことのある間柄だし……分かった。この数字でいいけど、外してたオプション項目戻してくれるかな」
 翻訳機の設置に関する部分で、リース料を計上していたが、社内の機材を利用すれば、経費は大幅に抑えることができそうだった。
「あ、は、はい……承知しました……なんとか、やらせていただきます……あ、ありがとうございます……」
「うん、あとひとつ条件」
「え……あ……は、い……」
 郁夫は落胆の表情を見せる。たしかに恭子がこれだけで済ませてくれると考えるのは甘いだろう。
「今晩付き合ってよ」

 いったん社に戻った郁夫は、妻の恵梨香にメッセージを送る。
『今日、お客さんの接待で、遅くなるから、夕食はすませてきます。ごめんなさい、急で』
 給料の激減で、彼女にはまったく頭が上がらなくなっていた。

「少し建物増えたかな」
 ホテルのレストランから夜景を見ながら、恭子が言う。
「もう、十年近くなりますので……」
 かつてクリスマスイブに一緒に訪れた場所で二人はディナーを共にしている。
「懐かしいね。プレゼント交換したよね」
「……あ、ええ……」
「そいえば、あれ、うちに置いたままだったでしょ」
 首輪のことを言っているのだと思った。
「あ、はぁ……ま、まだあるんですか……」
「あるんじゃないかなぁ、どっかに」
 別なパートナーと、また倒錯的な交際を続けているのだろうか。いまの彼女の財力があれば、きっとやりたい放題だろう。手の指を見る限り、結婚はしていないようだ。イヤリングや指輪などいかにも高価な宝飾品に身を包み、エステにもお金を掛けているのだろう。美貌に一段と磨きが掛かっている。亜麻色の髪の毛も、学生時代よりも艶が増して輝いている。特別なコンディショナーでも使っているのだろうか。
「恵梨香ちゃん、元気?」
 恭子は、肉厚のステーキにナイフを入れながら聞く。
「あ、はい……」
「家にいるんだ。専業主婦?」
「ええ、でも、私の給料が大きく下がってしまったので、来年は働きに出てもらうことになるかもしれません……そうしないともう、やっていけませんので……」
「そっかぁ、大変だね。エステティシャンとして?」
「はい、おそらく……」
「あなたも、頑張んないと、うちもなんかあるときは、お願いするつもりだから」
「はいっ、な、なにとぞ、よろしくお願いいたします」
 郁夫はいったん背筋を伸ばして元恋人に深く頭を下げた。
「奥さん知ってるの? 今日、あたしと会うって」
「い、いえ……それは……」
 今日会うことはもちろん、再会したことすら言っていない。
「知ったら、驚くだろうね」
「しゃ、社長……」
「心配しなくったって、言いやしないよ」

 食事を終えて、恭子は店のスタッフに会計をテーブルに持ってくるよう求めた。郁夫が財布を出そうとすると、「いいよ」と制した。「どうせ接待経費なんて持たされてないだろうし、家計も大変なんでしょ」
「あ、いえ……これはでも……」
「大丈夫。だけど、もう少し付き合ってよ」
「あの、あまり遅くなると妻が……」
「そう……そいえば、これ覚えてる?」
 恭子がスマホを操作して画面を見せた。
「ああっ……」
 再生される動画に映っているのは、若かりし頃の郁夫だった。女性の足の裏を懸命に舐めている。恭子の足だ。
――ああっ……
「ふふっ、かわいいね。うぶだよね」
「そ、それは……」
 そのような写真や動画は、別れたときに消去してくれていたはずではなかったか。
「恵梨香ちゃんに送ったげようか、これ。あと貴子にも」
「そ、そんな……ど、どうか……それだけは……」
「つき合えるよね、もう少し」
「あ、は、い……」
 恭子はテーブルに伝票を持ってきたスタッフに、ダブルベッドの部屋を取って、そこへデザートを持ってくるよう注文した。
――きょ、恭子さん……
 郁夫はうろたえるも、もはや、ただただ従うしかなかった。

「懐かしいね、この景色も」
 恭子は、ライトアップされた橋や夜の海を行き交う船の明かりを部屋の窓から眺めて言う。
「で、ですね……」
 応えながら、郁夫は気が気でなかった。結婚して以来、浮気はもちろん、妻以外の女性とホテルの部屋に入ったことなど一度もない。恵梨香との固い約束だ。
 部屋のチャイムが鳴り、郁夫が出る。ホテルスタッフがワゴンに乗せて持ってきたデザートのケーキとコーヒーのトレーを受け取り、窓際のテーブルの上に置いた。
「懐かしくない? これも」
 恭子は、生クリームのたっぷりかかった苺のショートケーキを見ながら言った。
――あああ……
 一緒に入ったカフェでの出来事が甦る。
「しゃ、社長……恭子さん……」
「この靴も、覚えてるよね」
 膝丈のブーツの脚を見せて言う。
――あうあ……
 よく見れば、あのとき、百貨店で郁夫がプレゼントした一足だった。

☆ 四

「トイレ、行きたいんじゃないの?」
 ケーキを前に、恭子が言う。
「あ、いえ、いまは……」
「行きたいんでしょ、行きたいよね」
「あああ……は、い……」
 恭子の強い物言いに気圧され、郁夫は仕方なくトイレへと入る。スマートフォンを取り出してチェックすると、妻の恵梨香からメッセージが入っていた。
《食事が要らないなら、前の日から言っといてもらわないと困ります》
――だから……急に決まった接待なので、仕方がなかったんだよ……
 郁夫は、ため息をついてそう返事を打とうとするも、いったん書いた文面を読み返して消した。
――だめだ……いまは耐えるしかない……彼女が会社の女子みたいに荒々しい態度に出ないだけでもありがたいと思わなくちゃ……
《ごめんなさい……給料にも反映する大事な接待が急に決まったものだから……いつもありがとう……》

 トイレから戻るとケーキの皿はテーブルから消えていた。あの日と同じだ。
「座って」
 恭子は顎で床を差して言う。ケーキの皿もそこにあった。
「は、い……」
 この部屋に足を踏み入れてしまった以上、もはや彼女の言いなりになるしかない。女王様の気が済むまで頑張って、できるだけ早く帰してもらおう。
「もう少し、こっちきて……」
 郁夫は正座の脚を擦って前に出る。
「ケーキ食べたい?」
「いえ……ああ……は、い……」
 どうせまた踏んだケーキを惨めに食べさせられるのだろう。
「そう……」
 恭子は椅子から立ち上がるとブーツの右脚を上げ、郁夫の首筋に載せた。
――ああっ……
 そのまま首根っこをぐいと踏みつけられる。
「くわっ……」――はあああ……
 ホワイトクリームのたっぷり載ったケーキが目の前に迫ってきて、思わず腕に力を込めて抵抗する。
「や、やめて……」
「食べたいんでしょ、食べなよ」
 震える腕を嘲笑うように、恭子が脚を踏み降ろした。郁夫の顔面がケーキにのめり込む。
「くぅわあああっ……むむううう……」
 繊細にデコレートされたショートケーキが一瞬にして崩壊し、大部分が郁夫の顔面に貼り付いている。
――ううう……なんて酷いことを……
 起き上がろうとする郁夫の背中に、柔らかな圧がのしかかる。恭子が跨がってきたのだ。
「あうああ……」
 首になにかが巻き付けられる。
――首輪だ……
「ようし、いいお顔、見に行こうか」

S女小説 「虐めて濡れる(下)」

小説出版

S女小説 虐めて濡れる(上)

S女小説 「虐めて濡れる(上)」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

女は男の失態を突き、立場を逆転させて、嗜虐の妙味を貪り、その悦びに秘芯を濡らす。

坂下郁夫(30)はイベント会社に勤めるサラリーマン。仕事で手掛けた学園祭のイベントをきっかけに交際を始めたのが、女子大生の桐谷恭子(21)だった。順調に付き合いを続けていた二人だが、郁夫の過ちをきっかけに二人の関係性は大きく変化する。同時に、それまで郁夫が知らなかった桐谷恭子の新たな顔が明らかになるのだった。恋人に弱みを握られ、忍従するしかない男……。郁夫にしてみれば倒錯的としかいいようのない奇妙な関係が続き、それはあっという間にエスカレートしていく。恋人を、男性を虐めることに明らかな性的興奮を感じている恭子。一方、苦痛苦難を耐え忍んでいる郁夫にしても、未だかつて味わったことのない快楽に目覚めようとしている自分を知るのだった。

第一章 浮気の代償

第二章 首輪の装着

第三章 逆転の輪姦

第四章 少女の乗馬

第五章 徹夜の奉仕

第六章 別離と復縁

第七章 社畜の屈辱

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第一章 浮気の代償

☆ 一

「クリスマス、どうしようか」
 坂下郁夫いくおは、恋人の桐谷恭子に尋ねた。まだ十一月だが、どこかに泊まるなら予約が必要だ。人気のホテルであれば、もう遅すぎるかもしれない。
「うん、なんでもいい……」
 大学生の彼女はテーブルに視線を落とし、フォークにパスタを巻きながら応える。
「どうしたの? 僕、なにか気に障ること言った?」
 イベント会社に勤める郁夫は十歳年下の彼女の様子を不安げにうかがう。
「別に」
 ほどよいボリュームがあって形の良い唇にパスタが運ばれる。
「だったらいいけど……」
 なにかあるのだろうか、いつものように会話が弾まない。

「どうする? 店替えて少し飲む?」
 郁夫は、悩みでもあるなら聞こうと思い、会計を済ませた後、恭子をバーに誘ってみた。
「……うち、行こ」
「恭子ちゃんち? いいけど、珍しいね」
 付き合い始めて一年と少しになるが、彼女からアパートに誘ってきたのは、おそらく初めてではないだろうか。
 タクシーの中でも恭子は無言だった。こういうときは無理やり話しかけないほうがいい。
 郁夫は車窓の向こうをぼんやりと眺める。車は週末の繁華街の渋滞を抜け、オフィス街から住宅街を経て学生街へと続く夜道を快走する。ビルの街並がマンションや戸建の並びに変わり、次第にそれもまばらになっていく。
 恭子と知り合ったのは昨年の十月、彼女が通う女子大の学園祭だった。郁夫が勤めるイベント会社の社長が、恭子の大学のOGである縁から毎年、舞台演出や機材提供などのサポートを行っており、昨年から担当についたのが郁夫であった。大学側の窓口となったのが、当時二年生で学園祭実行委員の恭子だった。二人で頻繁に打ち合わせを行う間に親密になり、打ち上げの際に郁夫から告白して付き合いが始まった。

「どうぞ」
 淡いピンクをメインカラーにコーディネイトされているワンルームの部屋は、いつもにも増して片付いているように思えた。まるで最初から郁夫を呼ぶことを決めていたかのようだった。
「そこ座って」
 恭子はベッドとローテーブルの間のスペースを指さして言った。彼女にしては強い物言いだった。
「あ、うん……」
 郁夫はやや憮然とした態度で鞄を脇に置くと腰を下ろしてあぐらをかいた。こっちだってこのところハードな仕事続きで疲れ切っていて、今日は本当なら直帰してゆっくりしたかったくらいなのだ。
「見てもらいたいものがあるわ」
 恭子は郁夫の向かいに座ると、一枚のプリントをテーブルの上に置いた。
――あああっ……
 顔から一気に血の気が引いていく。A4用紙に印字されているのは、郁夫の携帯メッセージのやりとりだった。相手は恭子と同じ女子大の短大部に所属する一年生、菊川恵梨香である。今年から学園祭の実行委員に加わったメンバーだった。メッセージの内容も言葉もまさに付き合い始めた恋人同士のそれである。
「説明してもらえます?」
 恭子がテーブルを指先で二度突いた。
「ど、どうやって……」
 郁夫のスマートフォンはもちろんロックされていて、恭子が自分で開けるはずがない。二人の間を怪しんだ彼女が、恵梨香を問い詰めたのだろうか?
「いつから……ですか」
 丁寧な言葉づかいがかえって彼女の怒りの強さを表していた。まるで長年連れ添った妻に問い詰められているようだった。
「ご、ごめん……」
 郁夫はあぐらの脚を正座にして恭子の胸元を目つめ、さらに頭を下げた。
「ねえ、いつから?」
「が、学祭の……」
 郁夫は視線を落としたまま小声で応える。
「学祭のいつ?」
 恭子はさらに声を強めた。
「打ち上げのときに……」
 打ち上げ当日、風邪をこじらせた恭子は発熱して欠席したのだった。
「どうして?」
「そ、その……彼女のほうから告白されてしまって……断りきれなくて……」
「こんなことになるなら、最初っから私たちのことオープンにしとけばよかったね」
 恭子は静かに言った。
 密かな交際を頼んだのは郁夫だった。社長が怖かったのだ。仕事先の女性、しかも大学の後輩でもある恭子に手をつけたとあっては、女社長の性格からして激怒するに違いない。最悪、解雇されるかもしれないと思った。しかし今、それ以上にまずい状況になってしまっている。
「ごめんなさい……」
 郁夫は頭を深く下げる。
「私が大学卒業するまでは隠しといてって、あなたが言うから」
――あ、ああ……
 これまで《郁夫君》と呼んでくれていた彼女が初めてあなたという言葉を使った。
「で、どうするの?」
「も、もちろん、彼女とはおしまいにする。します……」
「そんなに簡単にできるわけ?」
「断り切れなくてそうなってしまっただけだから……」
「本当だね」
「うん、本当、本当です」
「顔上げて。さっきから私のこと全然見てないじゃない」
――あ……
 郁夫はゆっくりと顔を上げる。いつもは愛らしい印象の後れ毛も、今日は憂いを帯びて見える。柔和で親しみのある面立ちが怒りの色に染まっている。
「ごめんなさい」郁夫は恭子の目を少しだけ見て頭を少し下げ、再び胸元を見つめる。「恭子ちゃんのことが好きだから。本当です。彼女とはつい弾みで……だからもちろんお終いにします……本当にごめんなさい……」もう一度少しだけ顔を見て、今度はさらに深く頭を下げた。
「本当ですね?」
「本当です」
 郁夫は頭を上げ、彼女の強い視線に絡め取られるようにして誓った。
「じゃ、電話して」
「え……」
「いまあなたが言ったとおりに彼女に電話して」
「そ、それは……今日はもう遅いし、明日じゃ、駄目かな……」
「駄目。今すぐ、私の目の前で電話して」
「きょ、恭子ちゃん……」
「できないなら、私がしようか? 番号入ってるし」
 恭子は自分の携帯電話を手に取って言う。悪いことに恭子と恵梨香は同じ茶道部の先輩後輩でもあった。
「わ、分かった……分かったから……」
 郁夫は焦りつつも鬱屈した気持ちで、よく掛けるリストから菊川恵梨香を選んでタッチする。
「……あ、恵梨香ちゃん……突然電話してごめん、こんな時間に……実は……」
 郁夫は陰鬱な顔をして、一年前から恭子と付き合っていたのを言い出せずにいたこと、それゆえ、恵梨香とは別れなければならないことを声を震わせて説明した。
「本当に、ごめん、急にこんなことになっちゃって……」
 その言葉の途中で、電話は切れた。
「なんか違うんじゃない……いまの話って。さっき私が聞いたのと」恭子が怒りを圧し殺すようにして言う。「ほんの弾みじゃなかったの?」
「それはそうだけど……電話でいきなりそんなことは……」
「もう一回電話して……そこ、きちんと言ってもらわないと」
「恭子ちゃん……」
「あたし言おうか。あなたが言えないなら」
 再び自分のスマートフォンを操作しようとする。
「分かった……あああ……」郁夫は再度、恵梨香に電話を掛ける。しかし、彼女が応答することはなかった。「きょ、恭子ちゃん、出ないよ。明日、もう一度、きちんと言うから……」
 恭子は首を二三度振って天井を見上げ、深呼吸をすると、立ち上がって、郁夫の後方のベッドに腰掛けた。
「最低、最悪……」恭子はため息交じりにつぶやく。「やっぱり、お終いにしたほうがいいのかな、私たち」
「そ、それは……」
 郁夫は慌てて立ち上がり、恭子の隣に腰掛けようとするも、彼女の強い目力に気圧されて、そのまま固まってしまう。
「許せないわ」
「ごめんなさい、本当に……」
 郁夫は背筋を伸ばしていったん気をつけの姿勢を取ると、腰をほぼ直角に曲げて深々と頭を下げた。クライアントへの謝罪で身につけた作法だ。それをまさか女子大生の恋人に対して使うことになるとは思わなかった。
 それでもなお憮然としている恭子に、「す、すみませんでした」ともう一度頭を下げ直す。
「それが……」恭子はじっと郁夫を見つめている。「あなたの誠意?」
「こ、これで許してくれないなら、もうあとは土下座でもするしか……」
 意固地に過ぎる恭子の態度に困惑して言った。
「目一杯の謝罪を見せて欲しいわ。許されないことやったんだから、あなたは」
「ど、どうすれば……」
「だから、最大限の誠意を見せてって」
 恭子は声を荒げる。
――あああ……
 目の前の愛らしい女子大生が、十近く年上の男に屈辱的な謝罪を強要しようとしている。
「…………」
 不気味な沈黙が部屋を包んだ。
「や、やったら……ぼ、僕が恭子ちゃんに土下座をしたら、許してくれるかい?」
「するの? 本当にするんだったら、考えてあげるわ」
 恭子はそう言って口を真一文字に結んだ。
「わ、分かった……」
 郁夫は恭子の正面へと移動し、ズボンの裾を正して正座した。恋人は少し開いていた脚を閉じ、片方を上げて組んだ。
「ご、ごめんなさい……恭子ちゃん、反省しています……ど、どうか許してください」
 膝頭を見つめて言い、そのまま深く頭を下げた。目と鼻の先で、ストッキングの爪先がかすかに揺れている。
「もうしない、よね? 絶対」
 恭子の声が頭上から降ってくる。
「も、もちろん……二度としないよ……」
「いいよ、頭上げて」
 許可をもらった郁夫はゆっくりと体を起こす。花柄ワンピースに身を包んだ彼女がじっと見つめている。
「ごめんなさい……」
 郁夫は栗色の髪を後ろにまとめた恭子にもう一度謝った。
「座って」
 ベッドに腰掛けている恭子が隣を叩いた。
「あ……うん」
 郁夫はしびれた足で立ち上がり、少し間を開け、遠慮気味に腰掛けた。
「どうして分かったと思う?」
 尋ねる恭子に、メールのやりとりのことだと思い、郁夫は「いや……」と首を振る。「ど、どうして……」
「スマホ出して」
 郁夫がスマートフォンをポケットから取り出すと、恭子は郁夫の手を取って指を当てた。指紋に反応して画面が開かれる。
「ああっ」
「あなたが寝てる間にね……」
「そんな……」
「なんか怪しい感じだったから……やっぱりだったわ……女の勘は鋭いんだからね……だけどもうしたくないわ……こんな面倒なこと」
「あ、ああ……そんな……」
 郁夫はそう言うのが精一杯だった。いくらなんでもやり過ぎだと思うが、抗議できる立場ではない。
「私の指紋も登録しとくね」
 そう言って恭子は画面が開いたままのスマートフォンを取り上げて、操作し始める。
「きょ、恭子ちゃん……」
「もう、しないんでしょ。それともまだやましいことでもあるの?」
「い、いや……」
 ここは大人しく従うのが懸命だろう。これ以上彼女を怒らせない方がいい。

☆ 二

 それ以来、二人の関係が大きく変わった。デートの日程や内容の主導権はすべて恭子が握るようになっていった。
 週末のデート、二軒目のバーを郁夫が提案したところで、恭子が、「いや、うち行こ」と言った。よくない予感がよぎる。

 恭子は部屋に入るなり、バッグと上着を放り投げてベッドに腰掛けた。
「前から言おうと思ってたんだけど……ちょっときれいな女の人とすれ違うと、いちいちチラ見してるよね、あなた」
 いきなり大きな声でまくし立てた。
「いや、恭子ちゃん、そんなことは……」
 あまりの剣幕に怯んでしまい、郁夫は鞄を手にしたまま立ち尽くす。
「そうでしょ。気づいてないとでも思ってるの」
 確かに心当たりがないことはない。
「ご、ごめんなさい……」
「まだ懲りてないのね。上っ面の謝罪ならいらないわ」
「ど、どうすれば……」
「土下座してよ」
――またか……
 冗談で言っているのかと思い、表情を伺ったが、美しい顔に笑みが浮かぶ予兆はみじんもなかった。
「わ、分かりました……」
 二度目の土下座は、心なしか抵抗が薄れていた。鞄を置いてカーペットに膝を突き、正座を整え、背筋を伸ばす。
 同時に恭子も脚を組んだ。
「ご、ごめんなさい……」
 そう言って頭を下げようとした郁夫を、恭子が、「ごめんなさい?」と止めた。「言い方、違うでしょ」
「す、すみません……でした……」
 そう言って頭を下げ直す。恭子の爪先が動き、一瞬、蹴られるのではないかと思ってハッとする。
「土下座でしょ、もっと頭下げてよ」
「す、すみませんでした……」
 郁夫は床につかんばかりに頭を下げる。下げたまま許しの言葉を待つも、彼女の口から発せられそうにないので、頭をゆっくりと上げ、「こ、これくらいでいいかい」と恥ずかしさをごまかすように言った。
「ふっ、なにそれ」恭子は鼻で嗤う。「いいよ、あなたがいつまでもそんなだったら……お終いにしよっか……私たち……」
「それは……駄目、です……」
 思わず敬語を使い、何度も首を振る。いま彼女と別れることは耐えがたい。考えられない。
「駄目、ですか」彼女がうっすらと笑みを浮かべて言う。「じゃあ、どうすんのよ、ちゃんとやって」
「きょ、恭子ちゃん……本当に、すみませんでした……他の女性をよそ見するなど、もう、二度としませんので……今日のところは、許してください……」
 そう言って床に額がつかんばかりに頭を下げた。
「よし、少しよくなったわ。めっちゃ、気分悪かったの」
「あ、ああ……」
 郁夫は安堵の表情を見せる。
「でも、あと少しだね。まだ完全には治まらないわ」
「え、う、うん……」
「どうすればいいのか聞きたい?」
「え……」
「あたしの機嫌がどうすれば完璧に戻るか聞きたい?」
「あ、うん……」
たせて」
「え」
「ビンタさせて」
「あ……」
 予想もしていなかった言葉に郁夫は絶句する。
「一発打たせてくれたら、今日のところは許してあげる」
「……い、嫌って言ったら……」
「いますぐ、Get Out! で、The End、だね」
 英文科の学生らしく、英語のところはまるでネイティブのような発音だった。
「わ、分かった、分かりました……」
 もはや、恭子の指示に従うことに、ある種の心地よささえ感じ始めていた。しばし、この刺激的なプレイに付き合うのも悪くはないかもしれない。
「いいのね、じゃあ、もうちょっと、こっちきて。そこじゃ手が届かない」
 郁夫が膝を擦って前に移動すると、恭子は組んだ脚を崩し、開いて、股間に招き寄せた。ミニスカートの隙間からチラリと白いショーツが見える。
 恭子が指先で煽るジェスチャーで、郁夫に腰を上げるよう命じる。
「歯、食いしばって」
 恭子は、膝立ちした郁夫の両肩を持って言う。
 本当に打たれるのだろうか。そう思いながら、郁夫は奥歯を食い締める。
「目は、開けてなきゃ……ふっ、怖いの?」
「あ、いや……」
 殴られることよりも、自分を殴る恭子の姿を見ることが怖かったのかもしれない。目を開くと、美しい恭子の顔が緊張のためか少しこわばっている。
 恭子が右手を振り上げる。思わず反対側へ顔を背けそうになる。それを見て、恭子が反対の頬に左手を当てて元へ戻した。次の瞬間、右手が振り下ろされる。
――パシッ……
「はうっ……」
 それほど酷い殴打ではなかったが、弱くもなかった。頬がジーンとしびれ、体の奧から熱くなる。痛くて屈辱的なはずなのに、得も言われぬ快感が体を包んでいく。いまだかつて味わったことのない感覚だ。
 二人はしばし見つめ合った。
 恭子の唇がかすかに動こうとした。
「あああ……ごめんなさい……」先に言葉を発したのは郁夫だった。「恭子さん、本当にごめんなさい……」もう一度、正座をして頭を下げ、完全に屈服した態度をうんと年下の恋人に見せた。
「手が痛いわ」恭子が照れたように言った。「本当は、まだ強く打ちたかったんだけど、ネイル痛んじゃうしね」
「だったら、今度は手袋でも嵌めて……」
 郁夫は、なぜそんなことを言っているのか、自分でもよく分からなかった。
「そうだね……って、また打たれるようなことする気?」
 恭子が微笑んだ。
「いや……そんなことは……ありません……」
 郁夫は照れ、小声で言う。
「コーヒー入れてくれる?」
「あ……」
「今日は、あたしの奴隷だ。郁夫は」
「は、い……恭子、様……」
 少々おどけた調子で言ってみる。

「お待たせしました」
「こっちに持ってきてよ」
「あ、はい……」
 郁夫は、いったんテーブルに置いたコーヒーをベッドに腰掛けたままの恭子に手渡す。
 恭子は一口啜ると、音符のデザインをあしらったマグカップをベッドのヘッドボードに置いた。
「座って」
 足元の床を顎で差す。郁夫がしゃがんで正座をすると、組んだ脚の爪先を伸ばして、「揉んで」と言った。
「恭子ちゃん……」
「恭子ちゃん? 奴隷でしょ」
「あ、はい……恭子さん……」
 そうだ、今夜は女王様と奴隷ごっこだ。
 郁夫は大きくつばを飲み込むと、「し、失礼します」と言い、ストッキングに包まれた足を手に取った。どうすればいいのか考えあぐねている郁夫に、恭子は、「足の裏、押して」と命じた。
 郁夫は、「あ、はい」と頷くと彼女に正対し直し、両の親指を使って、二十四センチの足の裏を、柔らかい土踏まずを、押し揉んでいった。
「あ、いい、そこ……もっと強く……」
 人の足を、それも恋人とはいえど女性の足を揉むなんて生まれて初めてだった。ひととおり揉むと、「はい、じゃ、こっちも」と恭子は足を替えて差しだした。慣れないマッサージにすぐ親指の付け根が痛み出した。
――結構、大変だな……
「それだけじゃ、終わらないよ。ふくらはぎもやってもらうから」
 恭子は郁夫の心の声に応えるようにして言う。
 恭子は尻を浮かせて、ストッキングを脱いだ。
「……ほ、本当に……」
 そうぼやきながらも、もはや恭子が言い出したことには逆らえない自分に気づく。手を休める間もなく、裏側のふくらはぎを下から上へ向かって揉んでいく。足首がきゅっと締まって、膝から下が長く、ほどよい肉付きの見事な脚だ。美しい脚だとは思っていたが、実際に手で触って揉んでみて、改めてその美的完成度や魅力を実感できた。
「ああ、気持ちいい……毎日やってもらおうかな……」
 恭子にしてもまんざらでもない様子だった。郁夫が見上げると、今宵女主人と化した女子大生は白い歯をこぼして悪戯っぽく笑った。

☆ 三

「もういい、ありがと」
 郁夫は揉んでいた脚から手を離す。時間的にそろそろ帰れと言われそうだ。浮気が発覚した日以来、この部屋には泊めてもらっていないばかりか、口づけすら許されていない。はっきりと断られているわけではないが、恭子のほうが、そういったそぶりや隙を一切みせないのだ。
「恭子ちゃん……」
 郁夫の問いかけに、恭子は首を少しかしげて微笑む。
「どうしたいの?」
 その言葉を誘惑と思いたい郁夫が、彼女の太腿に両手を掛け、膝立ちして体を寄せようとするも、恭子は郁夫の肩を両手で押し戻した。
「あああ……」
「キス、したいの? だったらここにして」
 組んだ脚を上げて、足の裏を郁夫の顔に近づける。
「きょ、恭子ちゃん……」
「できる? できない?」
 荒れの見あたらない、きれいな足の裏を見つめ、郁夫は生唾を飲み込む。
「わ、分かった、するよ……」
「いや、違うなぁ……」
 恭子は悪戯心に満ちた笑みを見せて、どう言うべきか、郁夫に教える。

「きょ、恭子さん……恭子さんの足の裏にキスをさせてください……」
「駄目。ちゃんとあたしの目を見て言って」
 郁夫は顔を火照らせ、二重まぶたが魅力的な恭子の目を見つめ、屈辱的なセリフを繰り返す。
「恭子さんの足の裏にき、キスをさせてください……」
「脚、きついんだけど」
「あ、ああ……ごめん……なさい……」
 左手で足首を、右手で踵を支える。
「いいよ、して」
「う、うん……」
 恭子の視線を感じたまま、足の裏にそっと唇を着けた。親指の下の桃色の皮膚は、柔らかそうに見えて少し固かった。顔を下げて、土踏まずのところにも唇を押し当てた。指で触ったときよりも冷たく感じた。
「くすぐったい、馬鹿」
「あああ……ごめ、すみません……」
 初めて言われた《馬鹿》という言葉にドキリとする。
「どうだった? どんな味がした?」
「あ……」足の裏に触れた唇を舐めてみる。「す、少し、しょっぱいかも……」
「今日は、昼間、用事であちこち歩いたからね」恭子は興奮気味に言う。「あ、郁夫のいまの顔、撮っといてあげればよかったな。あたしの足の裏にキスしてるとこ」
「や、やめてよ……そんな……」
「撮ったげようか」
 恭子は脚をTの字に組み直し、「こっちきてみ」と左側に回り込むよう郁夫に指示する。有無を言わせぬ勢いに、郁夫は戸惑いながらも従った。
 恭子が自分のスマホを持って構えている。
「いいよ、やって。ワンモア、キッス」
「い、いいけど……よそに見せたりしたら、絶対に駄目だよ……」
「うん……見せるわけないじゃん、そんなの……あたしだって恥ずかしいし……いいから、早くやって」
 郁夫は意を決したように頷くと、Tの字に組んだ足の裏に横から顔を近づける。マシュマロのような土踏まずに唇をそっと押し当てた。
「くっ……」
 恭子は今度はくすぐったいのを我慢しているようだった。
――カシャッ……
 スマホの撮影音が響いて、郁夫はドキリとし、思わず唇を外す。
「ふふっ、いい絵が撮れたわ」
「ぜ、絶対に人に見せたりしたらだめだよ……」
「分かってるって……じゃあね、次は、舐めて」
「え……まさか、足の裏をかい?」
「だよ……郁夫の舌で舐めてきれいにして欲しいの、私の足の裏。できない? できるよね」
 恭子の声から明らかな興奮が伝わってくる。それを聞いて郁夫の心もなぜか昂ぶっていく。
「でも、いくらなんでも足の裏を舐めるなんて……」
「もうキスしたくせに、同じようなもんじゃない。はい、さっさとやって」
 恭子はさらに足裏を郁夫の眼前に突きだして言う。
「で、できないって言ったら……」
「さっきの写真、SNSにあげちゃうよ」
 恭子は、きっぱりと言って悪戯っぽく微笑んだ。
「そ、それは、困る……」
「じゃ、やんなきゃ……でしょ」
「わ、分かった……」
「ん?」恭子は首をかしげる。「その言い方、気に入りません」
「わ、分かりました……」
「なにが分かったの?」
「あ……きょ、恭子さんの足の裏を、お、お舐めいたします……」
「ふっ」恭子が吹き出しそうになる。「よく分かってるじゃない」と笑顔を真顔に戻した。「やって、ほら」足の指を反らせて土踏まずを郁夫の口元に差しだした。
「は、はい……」
 郁夫は舌を伸ばして、白い土踏まずにそっと触れる。
「くふっ……くすぐったい、馬鹿」
 爪先が軽く額を小突く。
「ああっ……」
 思わず恭子の目を見る。正気だろうか。
「もっと、しっかり舐めなきゃ、そんなふうにちょろっとだけやられるとこそばゆくってしょうがないわ……」
 恭子は郁夫をまともに見返してきっぱりと言う。恋人の頭を足蹴にしたことなど意に介していない様子である。
「あ……は、い……」
「てかなによ、その顔。なにか言いたいことでもあるの?」
「い、いえ……」
 ここまでやられれば、さすがにもう体裁を気にするのが馬鹿馬鹿しくなってきた。二人っきりの遊びなのだ。
 ひとつ大きく深呼吸すると、恭子がこそばゆくならないよう土踏まずに舌を大きく押し当てて舐め上げていく。しょっぱさが舌を、汗臭さが鼻を強く刺激する。
「そうそう……真ん中ばっかじゃなく、全体的にやって。足の裏全部」
 郁夫は顔を下げ、かかとのほうも舐めていく。ざらついた感触があり、塩味に雑味が混ざる。
「少し、雑になってるよ。もっと丁寧に、まんべんなくね……………………ねぇ、返事はっ」
「は、はいっ……」
 恥ずかしさと屈辱でもう恭子の顔は見られない。まぶした唾液を伸ばすようにして細かく舐めていく。
「上のほうも」
「はい……」
 郁夫の舌は指の付け根の丘へと移動する。しょっぱさが一段と濃くなったような気がする。舌を大きく動かし、それが責務であるかのように恭子の足の裏を懸命に舐め上げる。
「指の根っこのとこもね。そこに汚れがたくさん貯まってそうだから」
 恭子の言葉通りだった。ざらつきが粒となって舌に乗り、苦味に変わって、郁夫に深い屈辱を与える。
「ようし、もういいよ」
 その言葉に恭子のほうを見上げると、横向きに構えていたスマートフォンを縦に戻して、なにやら操作している。
「きょ、恭子ちゃんっ……」
 動画を保存しているのだと気づいた郁夫は、叫び声を上げた。
「なに?」
 操作を終えた恭子がこちらを向いて微笑む。
「ど、動画は……」
 郁夫が左手のスマートフォンに手を伸ばそうとすると、恭子はさっと右手に移し、反対側に置いた。
――あああ……
 足の裏にキスをする写真はまだしも、舐める動画まで……。これはもう取り返しの付かないことになってしまった。ただ、得体の知れない興奮が総身を包んでいる。
「も、もし動画撮ったんなら、それも、もちろん、絶対によそには……」
「SNSに上げたり?」
「あああ……やっぱり、駄目だ……」
 とっさに恭子のスマホに飛びついて手にした。
「なにやってんのよっ」
 恭子がとっさに上げた膝が鳩尾みぞおちにクリーンヒットした。
「ぐふああっ……」
 たまらず床に転げ落ちるも、恭子のスマホはしっかりと握ったままだ。苦しみながら画面を開こうとするが、もちろん指紋認証は反応しない。
「なにしてんの」
 恭子があきれ顔で見下ろしている。
「動画は消してください……やっぱり、写真も……」
「やだ」
「してくれないなら……」
 郁夫はとっさに立ち上がって、窓際へ向かい、カーテンを開いて、鍵を外し、サッシを開けた。冷たい風が一気に入ってくる。
「寒いじゃない、なにやってんのよっ」
「投げて、こ、壊すから……」
 四階下の路地のアスファルトは雨に濡れ、外灯を受けて光っている。
 恭子はフーッと深呼吸をする。考えを巡らせるような間を置いて、おもむろに立ち上がり、ポールハンガーにかけた青いカーディガンを羽織ると、ベランダ側のカーテンを開き、サッシを開けた。
「こっちのほうがいいかもよ……すぐそこにため池があるからさ。投げ込んじゃえば?」
「え、あ……」
 思わぬ恭子の反応に、郁夫は戸惑う。
「新品にしてくれる保険には入ってるけど、いくらか取られるから、それはあなたが払ってね」
 郁夫は脇の窓を閉めて、ベランダへ向かった。宵闇の中、たしかにため池の水がうっすら光っている。
「やってもいいけど、多分、無駄だと思うよ」
 恭子は不敵な笑みを浮かべて言う。
「え……」
「写真も動画も、もうクラウドにアップされちゃってるから」

「ご、ごめんなさい……もちろん、冗談だから……」
 郁夫はスマホを恭子に戻すと、サッシ戸もカーテンもすべて元通りにして、ベッド下に正座する。恭子が言うには、撮影した写真や動画は、すべてその場でネットワーク上にある彼女の専用領域に保存される設定にしてあるらしい。もはやお手上げだ。
 恭子はベッドに腰掛けると腕を交差して二の腕をさする。
「冷えちゃったわ」
「ごめ……すみません……」
「どうしてくれんのさ」
 恭子の脚が伸びてきて、肩口を蹴る。
「ああっ……すみませんっ、きょ、恭子さん……」
 不可思議な快感が体の奥底から湧き上がってくる。
「どうすんの?」
 組んでいた右腕を挙げて頬杖を着き、郁夫をじっと見下ろす。
「ど、どうとでも……」
「どうとでも? じゃっていい?」
「そ、それで、恭子、さんの気が済むなら……」
 郁夫は消え入るような声で言った。
 恭子は立ち上がると壁に掛かったベージュのコートからなにやら取り出して戻ってきた。手首のところにボアが着いたグレーの手袋だった。
「爪が痛まないように、手袋したらって、言ったよね。あなた、こないだ」

S女小説 虐めて濡れる(上)

小説出版

S女小説 私刑島「地獄の女看守たち」

S女小説 私刑島「地獄の女看守たち」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

女性が支配する秘密の監獄島で、性犯罪の前科を持つ男たちを待ち受ける過酷な日々の物語

私立女子高教師、羽田洋哉(40)は、痴漢の罪を着せられ懲戒解雇されてしまう。訪れた職業安定所で偶然会った元同僚の大島冴子(27)と夕食を共にし、彼女が知人から借りているというクルーザーへ誘われる。そこで振る舞われたワインを飲んだ洋哉は強烈な睡魔に襲われた。目が覚めた彼の目の前に立っていたのは、厳めしい看守服に身を包んだ冴子だった。船はやがて孤島に上陸し、洋哉は女性が支配する私営の刑務所に問答無用で投獄される。待っていたのは、ひたすら婦人靴を修理する刑務作業と狭い囚人房の日々だった。やがて別の工房に異動となるが、そこの担当看守はなんと、皮革メーカーに就職したはずの元担任クラスの教え子、榊綾香(19)だった。このときはまだ、のちに彼女が自分の運命を握る女性になるとは、夢にも思わない洋哉だった。

第一章 島に流された痴漢教師

第二章 凶暴淫虐な女看守たち

第三章 尻に刻まれた忠誠の証

第四章 非道なペニバンレイプ

第五章 アイドルたちの裏の顔

第六章 完全服従か刑場の露か

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プロローグ

「ふう……」
 羽田洋哉ひろやは、ひとつ大きなため息をつくと職員室を出た。校庭が見渡せるベンチに腰掛ける。五月に入って一気に増えた緑が夕陽に輝いている。右手の花壇にはナスやトマトの花がそよ風に揺れている。
 真愛女子高に勤めて二十年近くなるが、いまだ母姉参観には慣れない。新任当初にモンスターマザーから激しいクレームを受けたことがトラウマになっているのだ。前の夜は不安のあまりほとんど寝ていないし、当日も緊張で終日気持ちが張り詰めている。それがようやく終わって落ち着いたところであった。でき映えはどうであれ、無事に完了できたのがなによりだった。
「よう」先輩教諭の安達あだちが寄ってきた。「どうした。くたびれ果てた顔して」小太りの体を揺らして言う。
「あ、え、いえ……」
「もう終わりだろ? どうだ、久々に一杯」

「何がモンスターマザーだ。そんなの一発ぶっこんでやりゃいいのよ」
 安達はジョッキのビールを一気に飲み干して、さっそく二杯目を注文した。
「そんな……いくらなんでも……」洋哉は苦笑いをする。「先輩、本当にしたことあるんですか。そんなこと」興味本位で聞いてみた。
「あるよ」安達はにやりと笑った。「詳しく聞かせてやろうか?」
「いや、いいです……結構です……」
 洋哉は慌てて断った。深入りする相手ではない。妙なとばっちりを受けてはたまらない。
「なんだよ、羽田。俺とつるんでたら出世に影響するってか?」
「いえ……そんなことはないですけど……そういえば、安達さん、管理職試験、受けないんですか?」
「興味ねえからな」安達は無精髭をさすりながら言った。「めんどくせえし、俺は万年平教師で十分だよ。そのほうが気が楽だ。性に合ってるよ」
「ま、まあそれは確かに……そうかもしれないですね……」
 口に出しては言えないが、この先輩が責任のある役職について訓示をしている姿など、正直、想像できない。
「だろ」安達はお代わりのジョッキを受け取って三分の一ほどを一気にあおる。「あんなのはなあ、あちこちにへえこらするのが得意なヤツらにやらしときゃいいのよ。うちの教頭やら校長見てたら分かるだろ」

 事件が起こったのはそれから三ヶ月後の夏休みだった。職員室のテレビに全職員が釘付けになった。
『逮捕されたのは、高校教諭の安達宗男、五十六歳。強制性交等罪の容疑です。被害者は、同校を卒業した女生徒……』
 女性アナウンサーが険しい顔でニュースを読んでいる。
「強制性交等罪って……」
 洋哉がつぶやくと、ベテランの女性教師が洋哉の肩に手を掛けた。
「昔で言う強姦罪よ。被害者の対象が男女になって名前も変わったんだよ」
 驚きはしたが、安達ならやりかねないとも思った。
「なんてことを……それにしても誰が……」
 よりによって卒業生をとは。だが犠牲者については、生徒のプライバシーを守るため、一切、話題に上げたり詮索しないよう校長から通達が出て、皆それに従った。

 当の安達は当然のごとく懲戒解雇となり、学校は女生徒たちの動揺を抑えるべく、カウンセリングや警備の強化、男性教諭へのモラル研修、女性教諭の割合を増やすなどさまざまな方策を施した。

 それから三年後。
 三年生を担任している洋哉は進路面談を行っていた。
「今の調子で頑張ればきっと大丈夫だから。自信持って……じゃ、次、さかきを呼んできて」
 洋哉は面談を終えた丸顔の女生徒に告げた。
「失礼します」
 相談室へ入ってきた榊綾香あやかが、向かいに着席する。二重まぶたの美少女は微笑み、軽く頭を下げる。開けた窓から入ってくる心地良い秋風が、胸元まである栗色の柔らかそうな髪の毛を揺らしている。
「あ……えっと榊の第一志望は、《東条レザー》って、これは……」
「はい。革製品の加工をする会社です」
 洋哉にしてみれば、榊綾香の志望で初めて知った会社だった。従業員は五十名に満たない規模で、受け持ちの生徒を推薦するには、担任としては不安があった。
「みたいだね……そういうのに興味があったんだ……」
「ええ」
「榊はてっきり大学に進学するとばかり思ってたよ。成績も優秀だし」
 多くが短大進学を目指す女子高の中で上位数十人は四年制の大学へと進んでおり、彼女はそのレベルの成績を一年次より維持していた。加えて運動神経も抜群だった。あらゆる球技をこなし、バレーボール部では持ち前の長身を活かしてエースアタッカーを務めていた。幼い頃から空手道場に通う黒帯保持者でもあるらしい。さらには気立ても優しく、まさしくすべてを兼ね備えた女生徒であった。
「推薦は……出していただけますか……」
 綾香は、目に強い意志をみなぎらせて言った。よほど興味のある職種なのだろう。
「進学は、興味なし?」
 念のために尋ねたが、一度自分で決めたことは最後までやり通す性格だと言うことは知っている。
「はい。よろしくお願いします」

 結局、その後の最終面談でも綾香の意思を翻すことはできず、洋哉は東条レザーに推薦を出した。当然のごとくすぐに内定が出て、卒業後、榊綾香は第一志望の会社に就職を果たしたのだった。

 再び事件が起こったのは、その年の夏休み直前だった。
 朝のラッシュ時、洋哉が乗った車両は、ブレザー服の女子高生で埋め尽くされていた。優華女学院の女生徒たちである。彼が勤める真愛女子高の二駅向こうにあるこの女子高は、風紀があまりよろしくないことで有名だった。快速列車は洋哉の降りる駅まで止まらない。あと少しで到着するところで、向かい合っていた清楚な雰囲気の女生徒が、「いやあっ……」と大声を上げた。周囲の視線がいっせいに集まる。
「いま触ったでしょ……この手……」
 女生徒が洋哉の手首をつかんでぐいと引っ張り上げた。
「あ、いや……違う、違います、触ってなんかない……」
「何言ってんの、あんたしかいないじゃん」
 茶髪の女生徒がすぐに反対の腕をつかんだ。確かに周囲には男性はいない。しかし洋哉でないことは彼自身が一番分かっている。
「な、何も、僕はやっていませんっ」
「ダメやん、いい年したおじさんが、女子高生に痴漢なんてやっちゃ」
 うっすら化粧をした女生徒が、ドスの利いた声で脅してきた。さらにパーマをあてた女生徒が後ろから迫ってきた。
「降りようか一緒に」
 四人の女生徒に取り囲まれるようにして、洋哉はホームへ降ろされる。そのまま駅員に引き渡されるものと思いきや、彼女たちは洋哉を女子トイレに連れ込んだのだった。
「ねえ、どういうつもりかなあ」
 茶髪の女生徒が壁を背にした洋哉に凄む。
「僕は本当に痴漢なんてしてませんから……」
「きゃっ、なんで男の人がいるのっ」
 セーラー服の女子たちが入ってきて叫んだ。真愛女子高の女生徒だ。
「あれ、羽田先生じゃない……」
 もう一人が気づいて言う。隣のクラスの生徒だ。
「見世物じゃないんだよ、失せやっ」
 薄化粧の女生徒が脅すと、女生徒たちは逃げるように去って行った。
「ふーん、真女の先生なんだ。あんた」
「やばいよ、女子高の先生が痴漢なんてやっちゃ」
「だから、僕は何も……」
「やってないって? ふん、ここにいる全員が証人だよ」
「美咲の前には男はあんたしかいなかったんやから」
「百パーアウトでしょ」
 女生徒たちの迫力に圧倒され、洋哉は言葉を失った。
「どうする? 示談する?」
 薄化粧の女子高生が腕組みをして言った。
「え……」
 洋哉は一瞬あっけにとられたが、すぐに頭を巡らせる。ここは彼女たちの提案に応じてお金を払い、解放されることが先決ではないだろうか。それにもし断れば、腹いせに駅員に突き出されるかもしれない。洋哉が痴漢したことになっている美咲とかいう女生徒以外は、皆、洋哉より背が高く体格もいい。とても逃げ出したりはできそうにない。
「どうすんのさ」
 茶髪の女生徒が声を張る。
「わ、分かりました……お、おいくらで……」
 薄化粧の女生徒が片手を広げると、パーマの女生徒が、「安いよ、それじゃ」
 茶髪女子も頷いた。
「じゃ、これだね」
 両手の平を示してみせた。
「じゅ、十万円……」
「痴漢の慰謝料としちゃ妥当でしょ」
 パーマ女子が言う。
「いまはそんな手持ちが……」
「ATM行こうよ、あるよね? ここ」
「……え、あ、はい……改札を出たところに……」
 一刻も早く問題を解決して解放されたい洋哉は正直に答える。

「あ、あの、ちゃんと下ろしますので……」
 ATMの操作を取り囲まれて、洋哉は焦る。
「いくら下ろすの?」
 茶髪女子が尋ねる。
「じゅ、十万円を……」
「違うでしょ、ひとり十万だから」
「四十万やね」
 薄化粧女子がにやついて言う。
「そ、そんな……」
「じゃ行こうか、駅員さんとこ」
「わ、分かりました……分かりましたので……」
 ボーナスの残りを定期預金に移す前だったので、なんとか払える額は残っているはずだった。
 ATMボックスの脇、人目のつかぬ場所に移動する。出金した札束を数えて、十枚ずつを女生徒たちに渡していたところに、ブルーのネクタイをした女性が現れた。
「どうしました?」
「え……あああ……いえ……」
「鉄道警察です」

第一章 島に流された痴漢教師

☆ 一

 思い出すのも忌まわしい事件から二ヶ月が経った。街路樹の葉は秋色に染まり始めていた。
「あれやこれや選んでたら、再就職なんて永久に決まりませんよ」
 職安の女性担当者が厳しい口調で洋哉に言う。
「あ、はあ……すみません……仰る通りと思いますが……まだ、その……気持ちの整理がつきませんので……また出直してきます……」
 うなだれた格好で建物を出て駅へと戻ろうとしたところに、「先生、羽田先生じゃありませんか?」
 振り返ると黒っぽいスーツに身を包んだ長身の美女が立っていた。
「お、大島先生……」
 元同僚の大島冴子だった。学年も担当教科も違っていたので詳しいことは知らないが、確か昨年の秋に学校を辞めたはずだった。

 大島冴子の誘いで近隣のイタリアンレストランに入り、少し早い夕食を共にした。
「羽田先生はいま?」
 職安から出てきたところを見たであろう冴子が尋ねた。
「……ああ……わ、私、実は、学校をクビになったんです……」
「え、どうして……差し支えなければ」
「はい……痴漢の罪を負わされまして……」
 改めて身の潔白を晴らさんとばかり、痴漢はえん罪であったこと、しかし無罪を証明できなかったため起訴され有罪となり、女子高を懲戒解雇され、妻には離婚され、現在求職中であることを目に涙を浮かべて話した。
「それは……何といっていいか……私は羽田さんを信じますよ」
 冴子はいかにも気の毒だという顔をして言った。
「優女の生徒たちに脅されてお金を払うところを見つかったのも悪かったようです……これが痴漢を認めたとみなされて……」
「本当に不運ですね」
 冴子も洋哉に合わせるように頷き、一緒にため息をついた。
「し、信じていただけますか……」
「もちろん」
 ショートカットヘアがよく似合う冴子の美しい微笑みに、洋哉は胸がかすかにときめくのを感じる。
「大島先生はいま?」
「私も、もう学校の先生ではないんです……まあ、先生とは呼ばれてますけど……」意味ありげに微笑んだ。「矯正施設の教官です……でも、あまり詳しいことは言えないんですよ……国家機密といえば大げさなんですが」
 女子のための少年院のような施設だろうかと、洋哉は想像した。プライバシーのこともあって明かせないのだろう。矯正教官だとすれば、元体育教師の冴子にはふさわしい職場だとも思った。彼女が生徒を厳しく指導する姿も幾度か見たことがある。
「まだ早いですね」食事を一通り終え、冴子は腕時計を見て言った。「もう少し飲みませんか? ご都合よければ」
「あ、はい、ぜひ……」
 酒はさほど強くない洋哉だったが、目の前の美女の誘いを断るほど野暮ではない。
 店を出てタクシーを拾うと、冴子は運転手に埠頭へ向かうよう告げた。
「知り合いからクルーザーを借りていて、くつろげるから、どうかなと思って。お酒もいろいろ置いてあるし」
「く、クルーザー!」言ったあとで恥ずかしくなるような大声を思わず挙げてしまった。「す、凄いですね、それは……楽しみです……」

 港のライトに浮かび上がった白い船舶は洋哉が思っていたよりもずっと大きく、室内はホテルの部屋のようだった。
「大島さんは操縦もできるんですか?」
 ソファに案内された洋哉は飲み物の準備をしている冴子に、ドギマギしながら尋ねた。
「ええ、真女にいた頃、船舶の二級を、出てから一級を取りました」
 切れ長の目で洋哉を見つめて言う。
「か、格好いいですね、大島さんは。なんか、年下の女性にこんなこと言ってしまうのもなんですけれど……」
 長身美女に憧憬の眼差しを返しながら、すでに顔をだいぶ赤らめた洋哉は言う。
「ふふっ……ワインでいいかしら?」
「ええ、もう、僕はなんでも……」
 彼女が注いでくれるものなら、なんでも受け入れたい気分だった。
「じゃ、あらためて乾杯!」
 覚えているのはその一杯のワインを飲み終えたあたりまでだった。

 目を覚ますとベッドの上に仰向けになり四肢を大の字に拘束されていた。
――こ、これは……
 脇の壁に小さな円い窓があり、そこからうっすら光が差し込んできている。どれくらい眠ったのだろう。
「お、大島さん……」
 呼んでみたところで、船の前方スペースの方に人の気配はあるが応答はない。手足をばたつかせるも両手足とも皮の枷できつく固定されビクとも動かない。
「大島さん、これはっ……」
 抗議するかのように大声を出してみる。続けて何度か声を挙げるも反応がないので、諦めていると、ようやく靴音が向かってきた。
――カツ、カツ、カツ、カツ……
「おはようございます」
「ああっ……大島さん……」
 冴子はダークグリーンの厳めしい服――看守服だろうか――に身を包み、同色の帽子を被っている。つばの部分だけが光沢の黒で、朝日に輝いている。
「これは……いったい……」
「羽田洋哉、あなたはいまから姫刃島きじんとうに収監されます」
「キジントウ……収監……な、なんのことです! ……」
 長身美女はそれには応えず、再びブーツの足音を響かせて去って行った。

 船が島に着くと、軍服に身を包んだ大柄な女性兵士二人が、洋哉の拘束を解き、両脇を挟むようにして甲板に連れ出した。先に出て待っていた大島冴子が、手錠を洋哉の後ろ手にカチャリとはめた。
「お、大島さんっ……」
 訴えるような目で見上げる洋哉の頬を冴子が激しく平手で打ち据えた。
――バシッ……
「きひいいっ……あああ……」
 冴子が無言でにらみ据えている。気安く名前を呼ぶなとでも言われているようだった。洋哉はすべての言葉を飲み込んで、女性たちに前後を挟まれ、舷梯を降りていく。
 陸の両脇には、やはり軍服を着て小銃を抱えた女性兵士たちが三人ずつ立って、じっとこちらを見つめている。皆大柄で若い。二十歳前後ではないだろうか。兵士には、白人や黒人もいる。一見、日本人に見える女性も、中国ほかアジアの女性のような気がする。とにかく体格を優先に集めた傭兵たちのようだ。すべて女だった。
 目の前には岩肌の山とうっそうと茂る森があるばかりで、建物らしきものは見当たらない。舷梯を降りたすぐに待っていた軍用ジープの後部座席に乗せられる。右側に大柄な女性兵士、左側に冴子が着いた。後ろ手の手錠が背中と座席に挟まって手首に食い込んでくる。
「うくううっ……」
 洋哉が痛みに顔をゆがめると、冴子が優しく肩を抱き、「すぐに着くから」と艶っぽい声で耳元にささやいた。運転席に座った女性兵士がエンジンを掛け、軍用車を発車させる。車は道なき道を森のほうへ向かうと草木の茂みに突っ込むように奧へと入っていく。
 カモフラージュされたような入口だった。両脇を樹々に覆われた道を少し走って大きなカーブを曲がったところで、前方にコンクリート製の建物が現れた。建物は横に長い平屋建てで、両側を挟むように岩山がそびえている。
「ああ……」
 洋哉は説明を求めるように冴子のほうを見たが、彼女は無言で前を見つめたままだった。さきほどの強烈な平手打ちが思い起こされ、洋哉も黙って前を向き直す。建物の前に車が止まると女性たちはすぐさま降り、洋哉も降ろされる。建物の上部も、土や緑で偽形化されているようだ。秘密めいたたたずまいが洋哉の不安をあおる。
 冴子は大柄な女性兵士たちに英語で何ごとか耳打ちすると、車からは少し離れた入口から、建物の中へと消えていった。
「GO」
 黒人女性が洋哉の背中を押す。洋哉は二人の兵士に再び両脇を固められ、すぐそばの入口から建物の中へと入っていく。鉄格子の部屋が三つほどあり、手錠を外された洋哉は一番奥の部屋へ入れられ施錠された。ベッドと手洗いとむき出しの便器が設置されているだけの部屋だった。テレビやネットでしか見たことのない、悪事を働いたあるいはその容疑を掛けられた人間を監禁するための部屋だ。
「あああ……ど、どうして……」
 洋哉は女性たちが見張っているほうへ寄り、鉄格子をつかんで訴える。
「Shit!」
 ブロンド兵士が唇に人差し指を当てて上からから睨み据えた。洋哉は慌てて後ずさる。
 鞄はどうなったのだろうか。財布やカードケース、家の鍵など、ポケットの中のものはもちろん、腕時計も没収されている。
 半時間ほど経っただろうか。見張りの女性たちがいなくなったのを見計らって、洋哉は我慢していた用を足した。さらにしばらくすると、見張りの女たちが戻ってきて、洋哉を檻の外へと連れだした。再び後ろ手に手錠が掛けられる。檻のエリアの中央にあるドアを開けると長い廊下があり、そのすぐ右側の部屋に連れて行かれる。
 向かいの壁のデスクに、看守服を着た冴子が座っていた。

☆ 二

 冴子の目配せを受けて、女性兵士たちは洋哉を膝立ちさせる。
「ようこそ、姫刃きじん島へ」
 椅子を立った冴子は洋哉の前にくると机の縁に腰を預けた。編み上げブーツの脚を交差させると、切れ長の美しい目でじっと洋哉を見下ろした。
「……ああ……」
 嘆きの声を漏らすも、《大島先生》という言葉はぐっと飲み込んだ。
「どうしてここへ連れてこられたか……知りたい?」
「は、はい……」
「あなたが犯した罪を償ってもらうためよ」
「わ、私は無罪です……あれはえん罪なんです……昨日もお話ししたように……」
「そう……えん罪ね……私個人としては信じてあげたいけれど……この制服を着た私は、上が決めた決定に従って、自分の職務を果たすしかないの。悪いけれど」
 大きく開いた看守服の襟を触って言う。
「そんな……こ、ここは、何なんでしょうかっ 大島先生は、いったいっ」
 たまらず大きな声を出した洋哉を見据えて、冴子の表情がみるみる気色ばむ。机の上から革の手袋を取ると苛立った仕草で装着する。
「立たせて」
 二人の外国人女性が脇の下に手を入れて、華奢な男の体をぐいと引き上げたまま、自分たちは半歩ずつ後方に下がる。簡単な日本語は、理解できるようだ。大きな手で背中を押され、洋哉は顎と胸を突き出すような格好になる。
「歯を食いしばりなさい」
 美女は鼻腔を膨らませ、切れ長の目を見開いて言う。洋哉が従ったとたん、強烈な平手打ちが頬を襲った。
――バシーン……
「うがあっ……ひいっ……」
 あまりの痛みについ甲高い情けない声を上げてしまう。
 往復で、二発、三発、四発、五発と続いた。
「がふうっ、ぐああっ、だああっ、ぎひいいいっ……」
 このような厳しい平手打ちを受けたのは、生まれて初めてだった。教師はもちろん、親にだってこんなに強く打たれたことはない。元体育教師の筋力の凄まじさを思い知った。
「……ひいぃ……す、すみません……」
 洋哉は声を震わせて詫びる。
「勝手な質問は許さないわ。私の言うことに黙って従ってればいいの」冴子はうなだれた洋哉の顎をつまんで上向かせた。「できない?」
「で、できます……」
 声を震わせ、ツーンとする鼻を啜り、耳鳴りを聞きながら、血の味のする唾液を飲み込んだ。
「じゃ、確認するけど、あなたの犯した罪は?」
「…………」
「えん罪かどうかなんて関係ないんだよ。まだ殴られ足りないか? 今度はこれでいこうか?」
 赤いルージュの長身美女は、革手袋で拳をつくって振りかざした。
「ひっ、い、いえ……きょ、強制わいせつ、罪、です……」
「だったよね……反省はしてる?」
「あ……ああ……」
 裁判官にも再三聞かれた言葉だった。
 少しでも早く社会復帰できるよう、弁護士から説得を受け、罪を認め、反省の意を裁判官にも示すよう促されたものの、本当にやっていないことを認めることはできなかった。結果、執行猶予こそついたものの、初犯にしては重い刑罰を下されることとなったのだ。
「決まりなのよ、この質問は。記録しなくちゃならないし」
「……お、大島先生……」
「あのね、これはあなたの生死に関わることだよ」
「……生死? え、あ……」
 いったい何を言っているのだろう。冗談だと言って、冴子が笑みを見せるのを待つも、いっこうにそんな気配はない。
「聞いてる? あたしの言ってること」
「……も、もちろんです……わ、分かりました……反省しています……」
 そう言う以外にはなさそうだった。
「だよね。この質問されるだけでも、ここじゃ幸せだと思わなくちゃ。聞かれない輩だっているんだよ」
「え……」
「まあ、そのうち、いろいろ分かってくると思うけどね……」冴子は後ろに下がって再び机の縁に背中を預けた。「で、反省って、言葉だけ?」
「……あ、え、ああ……」
「どんな態度で反省したか、それも記録に残るから……」
 長いブーツの脚を交差させる。
「……あ、す、すみませんでした……反省しています……」
 頭を下げて、彼なりに精一杯、謝罪の意思を示した。
「それでいいのね?」
「……あああ……は、い……」
 これ以上、何をしろと言うのだろう。
「分かった」
 机からバインダを取ると、手短に何かを記録して戻した。
「身体検査をするわね」
 女性兵士たちに目配せをする。手錠が外され、二人の女性兵士が左右斜め前に離れて待機する。
「服を脱いで」
「え……あああ……はい……」
 三人の女性から受けるプレッシャーに圧倒され、シャツとズボンを脱いで、上の下着も外し、ブリーフ一枚になる。
「華奢だね、羽田ちゃん、筋肉ゼロじゃない」
 冴子の嘲りに、二人の側近兵士たちもにやついて、洋哉は恥辱に頬を染める。どうやら外国人兵士たちはかなり日本語を解せるようだ。
「身長一五六センチ、体重四五キロ」
 測定器に乗せられ心細そうにする洋哉を見て、女たちは失笑する。
「はい次。それも脱がなきゃ、検査できないよ」
 冴子がブリーフを指さして言った。
「こ、これは……」
 戸惑う洋哉を鼻で嗤い、冴子は「構え」と女性たちに命じる。
 女性たちのしなやかな動作とともに肩に掛かっていた自動小銃の銃口が、洋哉を狙った。
 洋哉はパニックに陥りながら、慌ててブリーフを脱ぎ捨てる。股間を両手で押さえたとたんに、「気をつけっ!」と冴子が大声を上げた。弾かれるようにして外した手を両腿にピタリと付ける。
「ふふっ、かわいいおちんちんだね……あなた、包茎さんなの?」
「……あああ……」
 強烈な平手打ちが飛んできた。
「ずだぅうっ……」
「あたしの質問を無視するんじゃないよ。聞いてるでしょ」
「は、はい……そうです……」
 顔を火照らせ声をうわずらせて応えた。
「そう、包茎ちゃんなんだ……包茎ちゃん、口開けて」
 冴子は右肩をつかむと、もう一方の手でポケットから小さな懐中電灯を取り出して洋哉の口の中を調べる。
「もっと大きくっ」
「あ、あい……」
 もはやされるがままになるしかなさそうだった。二本の銃口はいまだこちらを向いている。冴子が撃てと命ずれば、本当に発射しそうな気配がある。
「よし、じゃあ、もうひとつの穴、後ろの穴を見せてもらおうか」
「え……いえ……それは……」
「規則なんだよ、そこに手を突いて」
 冴子は机の縁を顎で差した。
 体がこわばってしまって動けない洋哉を見かねて、女性兵士に目配せする。銃を肩にかけ直したブロンド女性が洋哉の背中を押さえつける。大きな手、凄まじい筋力が小男をあっという間に冴子の意のままにした。
「お尻もっと上げて、それじゃ調べづらいわ」
「あ、あああ……」
 なんて惨めな格好だろう。
「ケツ上げろって」
 冴子が尻たぶを激しく打擲する。
「くわうううっ……ひぃっ……」
「脚を広げろ」
「は、い……」
 冴子が英語で何やら命じたあと尻を乱暴に触られる。
「くうっ、ひいいいっ……」
 ブロンド兵士に尻たぶを広げさせ、懐中電灯を当てて、尻穴を調べているようだ。なんて哀れなことだろう。そもそも自分のような素人がそんなところに、何かを隠しているわけがない。貧弱な体を嗤われ、肉体的欠陥まで馬鹿にされ、こんなものは身体検査という名をした虐待に他ならない。人権の著しい侵害だ。島を出た暁には、しかるべきところに訴える必要がありそうだ。
「よし……穴はOK、きれいなアナルだね。バージン?」
――な、なにを言っているのか……
「……はい……も、もう、いいでしょうか……」
「馬鹿言ってんじゃないよ、これからだよ。穴の奧を調べないでどうするの」
 頭を下げて恐る恐る股の向こうを見てみると、冴子が中指にスキンを嵌めているのが見えた。
――あああ……
「ううっ……」
 何やらひんやりとしたものが尻穴の周囲に塗られる。ゼリーだろうか。次の瞬間、何か尖ったものが――彼女の指先だろう――尻穴に当たる。
「くわああっ……」
 尻穴に異物を入れられるなど、小学生時分の浣腸以来だ。
「だ、だめです……」
「力抜いて」
「ど、どうか……」
 冴子が英語をしゃべると両腰に冷たい銃口が突きつけられた。
「ひいいいいっ……」
 腰が砕けて尻からみるみる力が抜けていった。と同時に冴子の指先がズブリと括約筋を押し広げて侵入してきた。
「はうううううっ……」
「んとに、カチカチのバージンみたいだね、ふふっ」
 ねじ込むようにして指が深く埋まっていく。一度侵入を許した肛門は、されるがままであった。
「うはあああっ……」
「何か隠してないか、よく調べないとね」
 円を描くように腸の中をこねくり回す。
「くふああああっ……も、もう……許して、くださいいっ……」
 

S女小説 私刑島「地獄の女看守たち」

小説出版

S女小説 ヴェスパ・レジーナ「男を壊す女たち」

S女小説 ヴェスパ・レジーナ「男を壊す女たち」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

華奢で童顔のバイト男が、アパレル会社の美人上司達に、虐待指導される悲劇

万年フリーターである雛形透(40)は、コンビニのバイト先で知り合った白石希美(20)の紹介で、ヴェスパ・レジーナ(女王蜂)というブランド名を持つ婦人服のアパレル会社へ面接へ赴いた。この春、希美が就職した会社で、彼女の叔母が社長を務めているのだった。マダムやヤングマダムをターゲットとする同社スタッフは、商品モデルを兼任することもあって、長身美女揃い。むろん希美もその一人であった。美人統括マネージャーによる一次面接を経て、チーフデザイナーと社長を兼任するカリスマの麗人、真宮和美(36)との面接に臨んだ透は、幸運なことに、その場でバイト採用。すぐさま感謝のメッセージを希美に送り喜びに浸っていたのも、しかし束の間。翌日の出社から、いきなり現実の厳しさを思い知らされることになるのだった。

第一章 美人社長の残酷な鞭打ち

第二章 美貌マネージャーの恫喝

第三章 魅惑の美人店長は隠れS

第四章 女性幹部達による逆輪姦

第五章 社長の娘はJKクイーン

第六章 妙齢の女性上司に犯され

本文サンプル

プロローグ

「長いことお疲れさまでした」
雛形ひながたとおるは、一緒にコンビニを出た白石希美のぞみねぎらった。二人は、この店でアルバイトをする同僚だった。店は経営者の事情で昨日閉店し、今日の片付けが最後の仕事となった。
「こちらこそ、お世話になりました」
 短大生の希美もかしこまった仕草で頭を下げた。来春に卒業を控えた二十歳は、つぶらな瞳が魅力的で、まだどこかあどけなさを残す色白の美女だった。
 透が一年前にアルバイトとして入ったこのコンビニに、半年遅れて入ってきたのが希美だった。その美しさと可憐さ、そして快活さに一目惚れしてしまった透だが、四十歳の独身フリーターにとって希美はあまりにまばゆく手の届かぬ存在に思えた。告白する勇気などとてもない。それでも、このまま別れてしまうのはあまりにも名残惜しく、勇気を振り絞ってみる。
「あのぅ……よかったら、少しお茶でもしませんか?」
「え?」
 短大生は、唐突な提案に驚いた表情を見せた。
「あ、いや……ごめんなさい……」
 思わず目を伏せる。最後だからとはいえ、自分のような者がこんな若くて美しい女性を誘うなんて、やはり無謀すぎた。身の程を知らなくては。
「……ああ、お茶、いいですよ。行きましょう」希美は腕時計を見て言った。「友だちと待ち合わせてて、まだ時間が少しあるから」
「あ、ホントに……」
 ついでだってかまわない。勇気を出して誘ってよかった。顔があからさまにほころぶのをこらえる。確か、駅前に新しい喫茶店ができていたはずだ。

「これから、どうするんですか。雛形さん」
 希美の形の良い唇が、タピオカドリンクを太いストローで吸い上げる。
「また、次のコンビニ探さないと」
「ふふっ、好きですね、コンビニ」
「いまはもうこれしかできませんから……」透はため息交じりに自虐的な笑みを浮かべる。「まあ、コンビニって経営者次第だけど」
「確かに……でも、いいオーナーのお店ほど潰れちゃいません?」
「それは言えますね。経営は厳しくなくっちゃいけないってことかな」
「お店をうまく回すには、飴と鞭を使って、いかにアルバイトをこきつかうかってことじゃないですか」
「なるほど……鋭いなぁ」希美の洞察に感心しながら、熱い珈琲を啜る。「で、希美ちゃんは? ……どうするんですか?」
「微妙ですね。卒業まで半年切っちゃってるし……いまから新しいバイト探すのもなんだし、少しのんびりしちゃおうかな」
「いいなぁ、うらやましい限りです……就職のほうは?」
「ええ。アパレル系の会社に、決まりました」
「おめでとうございます! ……学校じゃそういうのを専門に勉強していたの?」
 考えてみれば仕事以外にあまり話したことがなかったので、希美のプライベートをほとんど何も知らなかった。
「生活デザイン学科で、服飾専攻です」
「じゃあ、服のデザインとか?」
「そうですね。自分でデザインして、それを販売するみたいな」
「凄いね!」
「それが夢というか目標ですね。実は社長が叔母で、彼女自身がこの会社の現役デザイナーなんです」
「へえ……それは素晴らしい」
「ええ……でも、要はコネ入社ですよ」そう言って希美は悪戯っぽく微笑んだ。「雛形さんは……独身?」
「……にしか見えないでしょ。甲斐性無しですから……」
 独身どころかこの年になるまで童貞である。小学校の体育の時間以来、女性とは手をつないだことすらなかった。
「自由でいいじゃないですか」
「それって褒められてるのかな……」
 苦笑いする透を見て、希美も笑った。その嫌みのない笑顔がまたチャーミングでたまらない。
「もちろん、褒め言葉ですよ……」
 たわいもない会話をしているうちに、すぐに半時間ほどが経ってしまった。
「……あ、そろそろ行かなくちゃ……ごめんなさい……」
 希美が申し訳なさそうに言う。
「あ、いえ、とんでもない……ありがとうございます。すみません、つきあわせちゃって」
「いいえ。じゃ、新しいバイト探し頑張ってください。また、いつか会えたら、お茶しましょ」
「うん、ぜひ……あの……もし……よかったら……電話番号、交換できませんか……」
 思い切って聞いてみる。
「あ、そうだよね。LINEでいい? ですか」
「も、もちろん……ど、どうやるんだっけ……」
「ふるふるすればいいんですよ」
 携帯電話をスマートフォンに替えたばかりの透は、希美の指南を受けながら、彼女とつながることに成功したのだった。上出来だ。

 その晩、ビールのほろ酔いに任せて、さっそく希美にメッセージを打ってみる。
『こんばんは、雛形です。今日は、ありがとうございました。考えてみたら、希美ちゃんとプライベートの話なんてまったくしたことなかったから、最後にいい記念になりました。また機会があったら、ぜひお話しさせてください』
 一時間ほどして、返事があった。
『こちらこそ。またよろしくお願いします』
 続けて、パンダのおやすみスタンプが送られてきた。
 透も慌ててスタンプを探し、おやすみを返信する。

 次にメッセージを送ったのは、二週間後だ。
『ようやく、次のコンビニが決まりました。今度の店長も優しそうな感じです。潰れないことを祈って(笑)、頑張ります』
 それに対する希美の返事は、おめでとうのスタンプだけだった。
 透は気落ちする。
――やっぱり、迷惑なのかな……
 あんな若い美女が、少しの間だけでも四十のオヤジをまともに相手をしてくれたことに感謝すべきなのかもしれない。

 とはいえ、春になると、やはり気になってついメッセージを送ってみた。
『いよいよ、社会人スタートですね。正社員としてのご活躍、お祈りしています。万年バイトの身分としては、うらやましい限りです』
 送ったあとで、ちょっと卑屈な文面だったかと後悔する。
 その夜は、返信がなく、もうここまでにしようと諦めていたところ、翌日になってメッセージがあった。
『ありがとうございます。雛形さんもお身体に気をつけて頑張ってください。私も夢に向かって励みます』
 その夢は何なのか尋ねようとして、止めた。
――しつこいよな。こんなやりとりを続けたところで、彼女とどうにかなれるわけでもない……
 今のところ付き合ってくれてはいるものの、本当のところは迷惑がられているのではないだろうか。
 そうとはいえ、やはり、ひと月ほどして、いてもたってもいられなくなり、あまり飲めない酒を無理やり飲んだ後、メッセージを打ってしまった。
『お仕事、順調ですか? 僕の方は、なかなかハードです。店長は優しいのですが、その奥さんがお店に出てくるようになって、彼女に叱られてばかりです。すみません、泣き言になっちゃって』
 数日経っても返事はなかった。透は送ったメッセージを読み返して、後悔する。
――酔っ払っていたとはいえ、どうして、こんな情けない文章を送ってしまったのか……
 激しい自己嫌悪に陥り、もう二度とメッセージは送るまい、彼女の人生の邪魔になるようなことはしないと誓った。

 それから、四ヶ月後、九月も終わり、もはや白石希美のことを忘れかけていた頃、スマートフォンに一件のメッセージが入った。希美からだった。
『雛形さん、お元気ですか? 白石です。突然ですが、うちの会社でアルバイトを募集しています。よかったら、面接を受けてみませんか? 私からも推薦させていただきますので』

第一章 美人社長の残酷な鞭打ち

☆ 一

 白石希美が勤める《ヴェスパ・レジーナ》は、三十代から四十代の女性をメインターゲットとしたアパレルショップ運営会社だった。ショップのブランドネームがそのまま社名となっている。関東を中心に全国主要都市に店舗を持ち、これから海外展開も視野に入れた勢いのある企業だ。ヴェスパ・レジーナは、イタリア語で《女王蜂》を意味するらしい。なるほど、マダムやキャリアウーマンの服飾ブランドにはそぐわしい名前だ。
 透の面接は青山にある東京本社で行われた。
「はじめまして、統括マネージャーの桐野きりのです。私が面接を担当させていただきます」
 長い黒髪の女性は言った。年の頃は、三十代前半だろうか。複雑な模様が描かれたセピア調のスーツは、アパレル業種のエグゼクティブにふさわしい印象だ。
「ひ、雛形です。はじめまして。どうぞ、よろしくお願いいたします」
 透は女性の品格や服装の華麗さに圧倒され、貧相な自分がみすぼらしく思われているのではないかと、顔を火照らせた。
 女性は履歴書を手に取って、透に質問しながら内容を一通り確認していった。
「ここのところは、ずっとコンビニが続いてますね」
「あ、はい。でもその昔はいろいろ、清掃や運転も……やっておりました……」
 彼女のクールな口調や印象のせいか、まるで女刑事に取り調べを受けているような錯覚を覚える。
「ところで、雛形さんは、当社でどんな役割を果たしたいですか?」
「え、あああ……」
 突如、重たい質問を受け、透は言葉に窮する。白石希美に誘われるままに応募したアルバイトであった。そのようなことは考えてもみなかった。とりあえず、鬼のように厳しいコンビニオーナー夫人の元から逃げ出したかっただけだ。
「どうですか?」
 女性は、まっすぐに透を見つめる。
「……あ、は、はい……」何か答えねばと一心に考えを巡らす。「じょ、女性が中心の職場と思いますので……それをぜ、全力でサポートさせていただければと……そう、考えます……」
 女性はうっすらと微笑んだ。
「分かりました……では社長にも会っていただこうと思いますので……」
 女性はタブレットを取り出して、スケジュールを確認した。一瞬、ホッとした体に、またもや緊張が走った。
「しゃ、社長に……」
 アルバイトごときに、社長面接まで必要なのだろうか。これまでたくさんの職場を渡ってきたが、社長直々に面接されたことなどなかった。

 一週間後、透は再び同社を訪れた。先週面接を担当した桐野裕子総括マネージャーが社長室へと案内し、自身は仕事場へと戻っていった。
「は、はじめまして……雛形です」
「真宮です。どうぞよろしく」
 渡された名刺には、《ヴェスパ・レジーナ 代表取締役 真宮まみや和美かずみ》とあった。思ったより若い女性だった。三十代半ばだろうか。だとすれば、透より四つ五つ年下であった。栗色のワンレングスが似合う瓜実顔の正統派美人である。なるほど白石希美と血がつながっているだけあって、どこか面差しがある。
「作文読ませていただきました」
 先週の面接終わりに、桐野マネージャーから依頼されたものであった。作文を書くために、ネットで改めてこの会社のことを調べた。このときに、ヴェスパ・レジーナが、昨年よりアジア要所のファッションブティックと提携関係を結び、海外進出を始めていること、その原動力は、代表でデザイナーでもある真宮和美の才能に基づくものであることを知った。「強く美しく」をテーマに、和のテイストを含んだ彼女独自のモードは、ヨーロッパのコレクションにも度々取り上げられていた。もちろん国内でも、積極的に美や洗練を求めるマダムやキャリアウーマンから絶大なる支持を集めていた。
 透はこのヴェスパ・レジーナの裏方として女性たちをサポートしたい旨をなるべく細かく書き記して、マネージャーの指示通り、事前にメールしたのだった。
「よく調べていただいたようですね、うちのこと」
「は、はい……でも、正直に言うと販売が中心だと思っていまして……」透は大げさに驚いた様子で言った。「自社でのデザインや製造をここまで本格的に手掛けられているとは思いませんでした」
「とはいっても、オリジナルの販売は、まだ全体の半分だけどね」
 耳、胸、腕、指と、彼女の体には、いたるところに高価であろう宝飾類が煌めいている。
「は、半分でも素晴らしいと思います……」
「うちのことよく理解して、ここに臨んでくれたことは嬉しいわ」
「は、はい……」
 透は結果を伺うように、女社長を仰ぎ見る。
「……そ、それで……雇っていただけますでしょうか……」
 透は待ちきれぬようにして、年下女性に対しては少々卑屈に響く言葉を口にした。
「うん、そうだね……えっと……ちょっと舌見せてくれる? 舌」
「え?」
「健康チェック、舌を出して。ベロ」
「あ、あい……」
 透は怪訝に思いながらも、和美社長の指示に従った。
「長く伸ばしてみて……そう、伸ばせるだけ長く」
 おかしなことをさせるものだ。しかし、言われるままにできる限り長く伸ばしてみせた。
「なるほど、大丈夫そうね。いいよ、戻して」
「……あ、はぁ……」
 透は狐につままれたような顔をして、女社長の言葉を待った。
「基本的にうちは女性しか採ってこなくて……でも、これからは男性の助けも必要だということで、募集を掛けたんだけど……あなたなら大丈夫そうね。希美の推薦ということもあるし……この場で採用決めたいと思います……アルバイトからだけど」
「あ、ありがとうございますっ」
 透は深々と頭を下げた。しかも、正社員へ登用される機会までありそうな口ぶりではないか。
「明日からさっそく、これますか?」
「あ、明日から……あ……はい……大丈夫、です」
 明日からいきなりとは想定外だったが、了承した。せっかくのチャンスだ。社長の機嫌を損ねてふいにはできない。
「とりあえずは、ここで働いてもらうから」
 女社長は床を指さして言った。
「は、はいっ……」
 社長室付けのアルバイトということか。ようやく直接社長に面接されたことへの合点がいった。

 その晩、さっそく希美にメッセージを送った。
『採用です! 明日から出社します。勤務先は本社の社長室です。ありがとうございます。希美ちゃんのおかげです』
 すぐに返事が来た。
『おめでとうございます! よかったですね』
『また同僚ですね。いや、僕はバイトだから恐れ多いですね』
『いえいえ、同じ会社の仲間としてまた一緒に頑張りましょう♪ 本社に行くことがあったら、覗いてみます』
『はいっ。これからもどうぞよろしくお願いいたします』
『こちらこそ、よろしくお願いします』
『本当にありがとうございます。また何かあったら連絡させてください』
『はーい♪』

「昨日、お話ししたとおり、当面は私のサポートをしてもらいますね」
 革張りのハイバック椅子に腰掛けた真宮和美社長が言う。
「は、はい……よろしくお願いします……」
 透は執務机の脇にしゃっちょこばって応える。
「あなた……ひょっとしてスーツそれだけ?」
 女性社長は一張羅である透のグレースーツを指して言った。面接ももちろん、これだった。
「あ、はい……すみません……」
「だいぶくたびれてるね。アルバイトとはいっても、いちおうはアパレル勤務だから。その格好でここのオフィス、出入りして欲しくないわ」
――あああ……
 そこまでは考えが及んでいなかった。コンビニやファストフードのアルバイトとは訳が違うのだ。
「新調しようか。この際、二三着。渋谷に出した新店舗でメンズ扱ってるのよ。よそのブランドだけど、スーツもいいの揃えてるから」
「え……」
「本来、割引購入は正社員にしか適用しないんだけど。特別扱いしてあげるわ」
「……あ、はい……」
 困惑するしかない。断れば、せっかくの採用がふいになるかもしれない。
――あああ……
 希美の顔が突如思い浮かぶ。
「支払いは、給料天引きで少しずつでいいからね」
「あ、ありがとうございます……」
 透は少し安心して頭を下げる。それであればなんとかなるかもしれない。
 その日は終日、社長室の隣にある資料庫の整理を命じられた。

 本社でのアルバイトを終え、社長の指示通り、渋谷の店舗へと向かう。
「はじめまして。この度、アルバイトということで、本社の方でお世話になることになりました雛形です」
「社長から聞いてます、伊藤です。どうぞよろしく」
 透を待ち受けていたのは、伊藤弘美という女性店長だった。まだ年齢は二十代半ばだろうか。エキゾチックな印象の麗人は、背が高く意志の強そうな眼差しをしている。社長が「うちのスタッフはスタイル抜群の美女揃い」と言っていた言葉に嘘はないようだ。今その姿のまま、ファッション雑誌の表紙を飾ってもなんの違和感もないほどだ。
「遅くにすみません。よろしくお願いします」
 透は長身の店長に頭を下げた。閉店後で、表の入口は閉じられており、もう客はいなかった。
「こちらこそ。スーツを新調ということで」
「ええ……そのようなことになりまして……」
「担当を紹介しますね」
 そう言って店長がオフィスの方へ声がけしようとしたところへ、若いスタッフが、「お疲れさまです」と出てきた。
「の、希美ちゃん? ……」
 一瞬分からなかったほど、髪形とメイクが洗練されていた。アルバイト時代よりずいぶんと大人びた印象だ。
「お久しぶりです」
 懐かしい笑顔に透は込み上げてくるものがあった。アルバイト時代の憂鬱を何度も救われた白石希美の笑顔だ。
 社長の言葉通り、メンズスーツに関しては、ヴェスパ・レジーナのオリジナルデザインではなかったが、厳選したブランドの品ばかりを揃えていた。
「うん、凄くいいと思いますよ、似合ってる」
 希美は姿見に映った透のスーツ姿を見て言う。同じグレースーツでも色が明るくフォルムがしっかりしている。
 さすがはブランド品だ。値段だけのことはある。生地の品質も自分の安物スーツとは雲泥の差だ。透はそう自分に言い聞かせた。
「い、いいね……さすがは希美ちゃんの見立てです……」
「靴もあるんですけど、どうします?」
 古びた靴はこのスーツに合わせるにはいかにもアンバランスだ。それに店長の伊藤弘美も見ているなか、とても断れる雰囲気ではない。この購入はきっと希美の営業成績に反映されるのだろう。彼女のためだ。彼女が喜んでくれるなら。
「あ、じゃあ、せっかくだから……」
 月賦にして給料から天引きという話だから、なんとかなるだろう。それに正社員割引にしてくれるというはずだった。
「ありがとうございますっ」
 結局、スーツの上下、シャツ、ネクタイや靴などを二セット。さらにタイピンなどのアクセサリーと合わせて、総額四十万円近い買い物となった。社員割引にしても三十万円を軽く超えた。この会社に腰を据えて働く覚悟を決めざるを得なくなった。

「うん、悪くない」社長の真宮和美は新しいスーツを着て出勤してきた透を見て微笑んだ。「さすが希美のセレクトね。よく似合ってるよ」
 和美は姪のセンスを素直に褒めた。
「あ、ありがとうございます……」
「本当は、もう一着くらい欲しいところだけどね。それはまた追々、春夏ものとかで揃えましょう」
「あ……は、い……」
「じゃあ、さっそくだけど、着替えて」
 透のために用意された机に畳んだ作業着が置いてある。
「…………」
「何?」透の不満をすばやく嗅ぎ取った和美が声を張った。「何か言いたいことがあるなら言って」

☆ 二

「せ、せっかくスーツを購入しましたので……」
「だから?」
 和美の顔が気色ばんでいくのが分かり、透は言葉を失った。
「い、いえ……」
「それ着たところであなたに接客ができるの?」
「そ、それは……できません……」
 婦人服中心のアパレル知識など皆無だ。
「最初っから説明し直さないといけないのかな……スーツを買ってもらったのは、ヨレヨレの格好で、このオフィスに出入りしてもらいたくない。ただそれだけのこと」
「あああ……は、い……」
「それに、あなたにやってもらう仕事はほとんど手や体を動かす作業だから……それともデスクワークでもしようと思ったの? そんな職歴ないじゃない」
「す、すみません……」
「うち、あなたが考えてるほど甘くないかもよ。どうする、やってけるの?」
「あ……ああ……」
 希美の困惑する顔が頭に浮かぶ。せっかく紹介してもらったのにここでリタイアしては申し訳ない。そんなことになれば、二度と彼女に合わせる顔がないだろう。それは困る。
「スーツの代金は、即金で払ってもらうけど」
 ああ……その問題の方が、より切実かもしれなかった。
「……そんな……いえ、すみません。すみませんでした……」透は慌てて作業着を手に取って頭を下げた。「どちらで着替えてきたらいいでしょうか」
「そこで着替えなさいよ。バイトのためにいちいち着替え部屋なんて用意してないから」
「あ……は、はい……」
 透は恥ずかしさを堪えながら、女社長の目の前で服を脱ぎ、淡いグリーンを帯びたグレーの作業着に着替えた。
「やっぱり、そっちの方がしっくりくるかな。あなたには。基本、掃除やってもらうからね」
「は、い……」
 社長の身辺サポートを中心に、店舗やオフィスで働く女性を支援する単純作業と聞いていたので、衣服の整理や調べ物なども想定していたのだが、甘かったようだ。結局、掃除夫のバイトとして雇われたのだ。
「まずはこの部屋の掃除。午後から出かけるから、掃除機はそのときに。私がいるあいだは、かけないでね」
 和美はまず自身の根城である社長室を完璧に掃除することから命じた。
「はいっ」
「とりあえず拭き掃除から取りかかって」
「しょ、承知しました……」
 与えられた化学雑巾を使い、埃を立てないよう注意しながら机やソファを拭き、磨いていく。さまざまなバイトで掃除の経験は豊富にあったのでそれを踏まえて社長は仕事は与えているのだろう。執務机で仕事をする和美の視線を気にしながら、作業にいそしんだ。まずは雑巾掛けからという言葉があるが、四十歳にもなってまだそんなことから始めなければならない自分が情けなくなる。しかも上司は年下の女性である。
「カタカタうるさい。音を立てずにやって」
 応接テーブルを磨く透に叱咤の声が飛ぶ。
「すみませんっ……気をつけます……」
 透は小さな声でそう言うと、より注意深く周囲にも気を配りながら作業を続けた。

「静かにやれとは言ったけど、手を抜けとはいってないよ」
 掃除の出来映えをチェックして和美は言った。意地悪な姑が嫁に対してするように、指先で拭った埃を透の目の前に突きつけた。
「掃除の経験は豊富だって、履歴書にも書いてあったよね」
「は、はい……」
「あれ、嘘なの? 詐称?」
「い、いえ、う、嘘ではありません……」
「こんなんじゃ、他もたかがしれてるよ。やり直し。最初っから」
「…………」
「何? また不満?」
「いえ、すみません……」
「言っとくけど、あたしこんな感じだから、覚悟はしてて」
「は、い……」
 確かにこれくらい厳しくなければ、浮き沈みの激しいアパレル業界を渡ってはいけないだろう。
「大丈夫? 続けれる?」
「はいっ、すみませんでした……大丈夫です……」
 透は新しい雑巾を手にすると、もう一度応接テーブルを念入りに磨いていった。

「社長、いかがでございましょうか……」
 和美のペースに完全に飲み込まれてしまった透は、彼女に取り入るような物言いを試みる。
「うん、まだ気に入らないところはあちこちあるけど、最初だから大目に見たげるわ」
「すみません……あ、ありがとうございます……」
 昨晩、彼女のことをネットで調べたところ、いくつかの媒体のインタビューに応えていて、業界で一目置かれている存在のようだった。年齢は、三十六歳。自分より四つ年下の女性に顎で使われていることが明らかになって屈辱的ではあるが、カリスマ女史の厳しい指導の下、何とも言えぬ充実感を味わい始めているのも事実だった。
 和美に連れられ、地下の駐車スペースへと移動する。
「車とバイク、洗っといて」
 女社長は、白のメルセデスと黒いハーレーダビッドソンを指して命じた。
「丁寧にやってよ。洗車バイトの経験あるって書いてあったけど、嘘じゃないよね?」
「ほ、本当です。こういった高級車の洗車も経験ありますので、おまかせ下さい、ませ……」
 ここにきて、これまでで一番厳しい上司に当たってしまったのではないだろうか。透は不安になってくるが、これまでと違うのは、その鬼上司が、とびきりの美貌とスタイルを持っているということだ。この女性ひとの下でなら、耐えきれるかもしれない。
「しっかりやって」
「かしこまりました」
 和美はヒールの音をカツカツと響かせて、職場へと戻っていった。

――こんな車には一生乗ることなどないだろう……
 透は柔らかな布で、白く大きなボディを拭き上げながら、自らの才能と努力により若くして財を成した女性に純粋な尊敬の念を抱く。
――さぞかし格好いいだろうな……
 地下の照明を受けて妖しく輝くハーレーのマフラーを磨き上げながら、革の上下を身にまといブーツを履いて跨がる彼女を想像し、鼓動を高めた。

「いかがでしょうか、真宮社長」
「うん、悪くないけど……時間掛かりすぎだね、今日一日終わっちゃったじゃない」
 車とバイクを確認した和美は言った。
「……あああ……すみません……」
 慎重になり過ぎてしまっただろうか。
「タイムイズマネーだからね」
「はいっ、気をつけますので……申し訳ありません……」
「よし、じゃあ、ご飯行こうか」
「え、あ、はい……」
 返事をしながら耳を疑った。自分のような者を食事に誘ってくれるなんて。

 ハイヤーで十五分ほど行った先に、和美が行きつけのイタリアンレストランはあった。
「入社歓迎会だね」
 そう言って和美はワイングラスを軽く掲げた。
「あ……ありがとうございます……すみません、アルバイトの私に……こんな……」
 恐縮しきりで何度も頭を下げる。
「バイトだって、一緒に夢を追う仲間だからね……私のこと真剣にサポートしてくれるんでしょ」
「も、もちろんです……」
 強いアルコールは苦手な透だが、高級ワインの口当たりの良さに驚く。これならいくらでも飲めてしまうかもしれない。
「最初にも言ったと思うけど、頑張ってくれるなら、正社員への登用も考えてるから」
「は、はいっ、頑張らせていただきます」
 口にしたことのないほど高級な酒と料理を堪能し、透はすっかり舞い上がってしまった。
「顔真っ赤にしちゃって」
「すみません、本当はお酒、ほとんど飲めないんですけど。あまりに美味しくて……」
 和美は静かな微笑みを浮かべている。
「ほら、こういうときも、きちんとしたスーツがあると便利でしょ」
「お、おっしゃるとおりです……社長の、真宮社長のご指示に従って、良かったと思っています。ありがとうございます」
 テーブルの皿に額が着きそうになるほど頭を下げる。
「ふふっ、でしょ……少しずつ、揃えていきましょう。あなたのためだから」
「は、はい……そうさせていただきます……」
 デザートを済ませ店を出ると、歩いて行ける距離のバーに少し寄った。その後、二人を乗せたタクシーは、オフィスビルへと戻った。
「あなたも一緒に降りて。もう少しやってもらいたいことがあるから」
「は、はい……」
 妙な不安を覚えたが、もはや和美の言いなりであった。
 奧のエレベータを使って、四階へと上がる。
「ああっ……」
 そこは高級ホテルのような空間だった。
 ソファを並べたラウンジスペースを抜けて、奥の部屋へと進む。
 豪勢なシャンデリアに、大きなベッドやソファ、テーブル。高台にあるため、窓からは都心の夜景が見渡せた。
「プライベートで使ってるの。一息入れたいときとかね」
 そう言う和美に白いバスローブを渡され、シャワーを浴びてくるよう命じられる。お湯を浴びながら何やら良からぬ不安に襲われる。
――いったんどういうことだろう。もう遅いし、用事があるといって、帰らせてもらおう……
 シャワーを出ると、脱いだ衣服がバケットごとなくなっているのに気づく。
――ええっ……
 受け取ったはずの白いバスローブもなかった。
――そんな……
「早く、出といで。そのままでいいから」
 腰にバスタオルを巻いて部屋に戻るとシルクの黒ガウンに身を包んだ和美がベッドに腰掛けていた。

S女小説 ヴェスパ・レジーナ「男を壊す女たち」

小説出版

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内容紹介

女性幹部ばかりの議員事務所で、奴隷のように虐げられる男たちの悲話

とある事情で長年勤めた会社を退職した小竹忠博(40)は、ボランティアとして、元ファッションモデルの県議会議員、藤岡玲子(36)の事務所に出入りすることとなった。入所早々、玲子の男性秘書、蛭川(58)への厳しすぎる指導を目の当たりにして、恐れおののく忠博だったが、可憐な秘書長、柴坂聖子(24)の魅力が、彼を激しく惹きつけ、可能な限りここで力を尽くす決心をさせる。職場で広報の経験があった忠博の貢献もあって、翌春の地方統一選挙において、玲子は見事に再選。彼を正式な秘書として登用した。しかし忠博が光栄に浸ったのもつかの間、彼の人生の歯車は玲子を始め周囲の女性たちによって、徐々に狂わされていくのだった。

第一章 議員事務所は美女の花園

第二章 ミスの制裁は虐待と屈辱

第三章 秘書採用は地獄の入り口

第四章 足舐め靴舐めブーツ舐め

第五章 恥毛を剃られて強制手淫

第六章 憧れの秘書長に犯されて

本文サンプル

第一章 議員事務所は美女の花園

☆ 一

 駅を降り、くれないに色づいてきた街路樹の道を五分ほど歩いて、小竹忠博は目的の場所に着いた。平屋建ての事務所である。
―――約束の時間、間違っただろうか……
 ドアには鍵が掛かっていて、呼び鈴を数度鳴らしたが応答はない。どうやら誰もいないようだ。
「小竹さん、ですか?」
 背中からの声に忠博は振り返る。
「あ、はい……」
「すみません、遅くなっちゃって」
 若い女性が立っていた。色白で目のぱっちりとした美人だった。
 女性はドアの鍵を開けると明かりを点けて忠博を打ち合わせテーブルに案内し、バッグから名刺を取り出した。
「はじめまして。柴坂です」
 洗練されたデザインの名刺には、《○○県議会議員藤岡玲子事務所 秘書長 柴坂聖子》とあった。
「頂戴いたします。はじめまして、小竹です。すみません、今は身分がないもので……名刺の方がちょっと……」
 忠博が恥ずかしげに言うと女性は、「いえ」と微笑み、「どうぞ、お掛けになってください。今、お飲み物持ってきますので。ホットコーヒーでいいですか?」
「あ、はい。すみません。ありがとうございます」

「この度は、当事務所のボランティアへのご応募、誠にありがとうございます」柴坂聖子が丁重に頭を下げる。「まだ選挙まで半年ありますので、こんな感じで……」がらんとした事務所を見渡す。「誰もいないことも多いんです。すみません、こちらから時間を指定したのにお待たせしてしまって……」
 あらためて詫びる聖子に忠博は胸の前で小さく両手を振る。
「あ、いえ……」目の前の女性の若さと美しさは、まばゆいばかりだ。「私でよければ、なんでもお手伝いさせていただきますので」
「ありがとうございます……助かります。随分前から、藤岡がお世話になっているようで」
「あ、いえ、お世話だなんて……応募フォームにも書きましたけど、前回の選挙のときに藤岡先生の街頭演説をたまたまお見かけして……感銘を受けて……もちろん、投票させていただきました……」
 ホームページからボランティアの申し込みをして、今日の面会に至ったのだった。
「その節は、ありがとうございます。おかげで初当選できました……あのときは、私はまだ学生で」
「柴坂さんも、前回の選挙から……」
 忠博はもらった名刺を一瞥して言う。
「はい。見習いでしたけど…………藤岡とは、いとこの間柄なんです」
「なるほど……どおりで……」
「え……」
「そう言われると、ご容貌が……やはり似ていらっしゃいますね。どちらもお美しくて」
 忠博は思ったとおりのことを口にした。二人とも目鼻立ちがくっきりとした正統派の美女である。
「いえ、そんなことは……」聖子は照れて顔の前で手を振る。「じきに本人もくると思いますので……」

「はじめまして、藤岡です」
 白いスーツを着こなした藤岡玲子の立ち姿と美貌は、まさしく《モデル議員》と呼ばれるに相応しいものだった。東京でモデルとしてファッション誌や婦人誌を中心に活躍していたのだが、四年前に帰郷し地元の県会議員として立候補、当選した。大学時代にモデル事務所にスカウトされたことがきっかけで回り道をしてしまったが、法学部出身の玲子が政治の世界に携わることは、当時からの夢であった。
「こ、小竹です……ど、どうぞ、よろしくお願いいたします」
 忠博の緊張が一段と高まる。
「こちらこそ、小竹さん。助かります」
「先生、はじめましてじゃないそうですよ」
「あら、どこかで?」
 二人は親戚関係にあるらしいが、人前では、特に聖子の方は、立場をきっちりとわきまえているようだ。
「そうでしたか……握手までしておいて、ごめんなさいね」
 忠博の説明に玲子はうなずき白い歯をこぼす。
「いえ、とんでもありません。私の方こそ、もう少し早くお手伝いに来るべきでしたのに……ただ、これまでは仕事が忙しくて……今はそれもなくなりましたから……」
「会社をお辞めになったんですってね。いろいろと事情はおありでしょうけれど」
 応募フォームの内容を聖子からざっくりと聞いていた玲子が言う。
「次は、どちらへ?」
 玲子にコーヒーを持ってきた聖子が尋ねる。
「それは、まだ、なにも……しばらくは休息をと思いまして……」
「そう……」玲子はカップをすする。「うちにしてみればありがたいことだけど……」
「はい、時間はたっぷりあるので、こき使ってやってください」
 忠博は二人の美女にあらためて頭を下げた。
「ふふっ、頼もしいわ。ねえ、聖子ちゃん」
「ええ、とても。ところで小竹さん、パソコンとかお詳しいですか?」
「あ、はい、いちおう前の会社では、そのような部署にいたもので……」
 それを聞いた女性たちは顔を見合わせて手を叩いた。
「じゃあ、ホームページとかも……」
 聖子が目を輝かせる。
「はい。ひととおりは」
「どうですか? うちのホームページ。前いたボランティアの人に作ってもらったんですけど、古くさくないですか」
「そんなに言わなくったっていいでしょう」
 聖子の言葉に、玲子が苦笑いする。
「だって、本当のことですよ」
「あ、ええ……」忠博が応える。「確かに、いろいろと改良の余地はあると思います」
「小竹さん、もしよかったら……今から少し打ち合わせさせてもらってもいいですか?」
「もちろん、大丈夫です」
「よかった、本当に」玲子が立ち上がる。「いい方が見つかって。小竹さん、よろしくお願いしますね」
 玲子が求めてきた握手に忠博は立ち上がって両手で応えた。指が長いのだろう。女性にしては大きな手に感じた。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「先生、そろそろお時間が……」
 ひとりの男が入口の扉を開き、顔を覗かせて言う。
「入ってきて。紹介するわ」
 玲子が手招きして男を呼び入れた。
「あ、はじめまして、蛭川ひるかわと申します」
 忠博が受け取った名刺には、藤岡玲子事務所の秘書と書いてあった。薄い頭髪を整髪料で整えた小男だった。年齢はもう還暦近いだろう。
「小竹です。この度、ボランティアとしてお世話になります。どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
「蛭川、あなたができないって言ったホームページのリニュアル。小竹さんにお願いすることにしたから」
「あ、ああ……すみません、私の技術では、どうにも難しくて……」
 蛭川は苦笑いをした。忠博は、玲子が、自分の秘書とはいえ、ずいぶん年上であろう男性を呼び捨てにしていることに驚いた。
「難しいんじゃなくって、やる気がないんでしょ。そもそも」
「先生、それは……」
 蛭川は腕時計を気にしながら額の汗を拭う。
「次、少し遅れるからって、連絡入れて」
「あ、はあ……」
「対話集会でしょ。公民館の。いいよ、少しくらい」
 蛭川が電話をかけ始めたのをきっかけに、聖子がパソコンデスクに忠博を案内し、ウェブサイトリニュアルの打ち合わせを始めた。
 玲子はソファに腰掛けると煙草に火を付けた。電話を終えた還暦間際の小男を立たせたまま説教を始める。忠博は、聖子と打ち合わせしながらも、背中の方から聞こえる玲子の声が気になって仕方なかった。
「……で、ホームページの話に戻るけどさ、いちおうは自分でもやろうとしたの?」
「は、はい……」
「本買って、勉強した?」
「い、いえ……そこまでは……」
「そこまではって、それが基本でしょうが」
 女性が一段と声を張る一方で、男の言葉は消え入りそうになっていく。
「すみません……」
「で、自分じゃ手に負えないからって、親戚のボランティアに丸投げしたんだったよね? たしか」
「あ、あああ……それは……はい、甥っ子です」
「どうしたの彼。最近まったく見ないけど」
「アルバイトが忙しいみたいで……」
「ずいぶん無責任なことだよね、蛭川一族さんは、ああ?」
 玲子が声を荒げる。
「申しわけありません……」
「本来、あんたが石にかじりついてでも勉強して、尻拭いしなきゃならない立場でしょ。わかってる?」
「はい……」
「あんたはボランティアじゃないんだからね、給料払ってんだよ。それに見合う仕事できてるのか? おまえ、蛭川、ああ?」
「も、申しわけありません……」
 玲子が怒声を浴びせ、蛭川が涙声になり、忠博はさすがに、ウェブサイトの打ち合わせに集中できなくなってしまった。見かねた聖子が後ろを振り返り、「先生、もうそろそろ」と声を掛けた。

☆ 二

「どうですか、先生」
 聖子は忠博が作り替えた藤岡玲子議員の公式サイトを本人に見せて感想を尋ねる。
「いいわね、凄くセンスいい。しかも、こんなに早く。よく作れたね」
 満足のいく表情でうなずいている。
「ええ、頑張らせていただきました」
 忠博ははにかんで言う。無職となって失い掛けていた自信が少しは取り戻せたような気がした。
「しっかし、まったく……いままでのは何だったのかって思うよね……」玲子は旧いサイトのプリントアウトを見ながら、怒りを募らせる。「蛭川っ!」
「はいっ」
 事務所の隅で作業をしていた老秘書が立ち上がり、こちらへ向かってくる。
「見てみな、これ。どう思う?」
「あ、はい……私のつくったものより、かなり……いいですね……」
「呑気なこと言ってんじゃないよ、馬鹿」
 玲子は小男の頭を軽く叩いた。
――ああっ……
 忠博は心の声で叫ぶ。
「すみません……」
「こんな酷いサイトつくってさ、長いこと恥さらしにしてくれたよね、あたしのこと」
「申しわけありません……」
「もういい、蛭川、おまえは今後一切、ウェブサイトに関わるな」
 玲子はゆるく波打った栗色の髪を苛立たしげにかき上げる。
「は、い……」
「これからは全部、この小竹さんにまかせるから」
「しょ、承知しました……」

「驚きました?」
 忠博を昼食に誘った聖子が尋ねる。
「え、ああ……はい……少し……」玲子のことだと察し、苦笑いする。「でも政治家の先生は、あれくらいが普通なのかもしれません。外で気を張っていらっしゃるから……」
「ええ……あと、蛭川さんも、ちょっとのんびりしてるっていうか、抜けやミスが多いから。彼にも問題はあると思います……」
 玲子と面立ちは似ているが、聖子は黒髪のストレートヘアである。艶のある美しい髪質だ。
「ああ、はあ……」
「あ、大丈夫、小竹さんは。先生も凄く信頼を置いてると思いますよ……だから……どうか、辞めたりしないでくださいね……」
「いえ、ご心配なく。それはありません。ただ、本当にちょっと驚いただけで……」
「それと、これは先生の方からもぜひ伝えておくように言われたんですが、うちの事務所で活動するに当たって絶対に守っていただきたいことがあるんです」
「はい」
 忠博は緊張して姿勢を正す。
「事務所内で見聞きしたことをけっして外部に漏らさないようにしてください。それから……レコーダーなどの録音機器を持ち込まないこと……一昨年のあの一件以来、先生も過敏になってるんです」
 女性国会議員による男性秘書へのパワハラ事件のことを指しているのだと、忠博は思った。秘書の録音を週刊誌がリークして、男性秘書の人格を否定するような激しい罵声や暴行が明らかになったのだ。連日のようにテレビが過剰報道し、女性議員はついに引退へと追い込まれてしまった。
「あ、は、い……わ、わかりました……」
「すみません。お気を悪くされないでください。ボランティアをお願いしておきながら、ずいぶんと厚かましくて失礼な話ですけど」
「い、いえ……ご事情も先生のお気持ちもお察しします……それに、ボランティアを志願したのは私ですから。こちらのルールに従うのは当然だと思っています」
「ありがとうございます……そう言っていただけると助かります」
 申しわけなさそうな聖子の表情を見ているとかえって気の毒になってきた。
「で、明日からはどうしましょう?」忠博は自ら話題を切り替える。「ウェブサイトの管理といっても、もう出来上がっていますから、そんなに時間もかかりませんので、他にお手伝いできることがあれば」
「いいんですか、小竹さん、本当に」
 聖子は大きな目を輝かせる。
「ええ、もちろんです。ご指示いただければ、なんでもやります。毎日でも出てきますよ」
「本当に助かります。では、甘えさせてもらっていいですか」

 聖子の指示を受けて書類整理を済ませると忠博は彼女の元へ向かう。「柴坂さん、終わりましたのでチェックをお願いします」
 ずいぶんと年下の女性にそんなことを言うのは初めてで恥ずかしい気持ちがあったが、忠博はどうにもいいようのない興奮を感じてもいた。
「はい。バッチリです」忠博の仕事を確かめて、聖子は極上の笑みを見せた。「お仕事も早いし、言うことありません」
「次は、何をいたしましょうか?」
 褒められて素直に嬉しくなる。
「えっとぉ、どうしましょうね」
 聖子は事務所を見回すと顎に指を当てて少し考えた。
「あ、あの、もしよかったら……掃除でもしましょうか」
 忠博は自ら申し出る。
「え……」
「い、いや、別に汚いとか、散らかってるとか、そういうことではなくて……」
 聖子の驚いた顔に、忠博は焦って言葉を継いだ。
「すみません。実は、私もそれ思ってたんですが、そんなことお願いしていいものかどうかと……」
「ぜ、ぜひやらせてください……聖子さん……」
「あ、はい……」
「すみません、下の名前で呼んだりして……かまわないでしょうか……」
「それは、どうぞご自由に……じゃあ、すみません、よろしくお願いします」
 聖子は照れを隠すようにして、そそくさと自分の机に戻ろうとした。忠博は、掃除道具一式の場所を聞くとさっそく新たに与えられた仕事を始めた。

「ただいま」
 玲子の声に、聖子が仕事の手を止め、「おかえりなさい」と振り向いた。
「先生、お帰りなさいませ」
 忠博も掃除の手を止め、出先から戻ってきた玲子に頭を下げると、引き続き打ち合わせテーブルを拭き上げていく。
「ほら、見てご覧よ」
 玲子は後ろから着いてきた蛭川に言う。外出の際はもっぱら彼に運転手をさせているようだった。
「こんなことまでやってくれてるわよ、小竹さん。あなたも少しは見習ったら?」
「あ、はい……」
「へらへらしてる場合じゃないでしょ。冗談で言ってるんじゃないんだよ」
 またもや軽く頭を叩くのが忠博の目に入る。
「すみません」
 どうやら男は叩かれ慣れているようだ。避けたり反抗したりする態度はみじんもない。玲子の怒りをそのまま受け入れている。
「聖子ちゃん、お願いしたの?」
「いえ先生、それが、小竹さんのほうから言っていただいて……」
「あ、はい……」忠博は照れくさそうに顔を上げる。「志願といいますか……とにかく先生のお役に立ちたいので……やらせてください……」
「助かるわ。ありがとう、小竹さん……」玲子が上品な笑みを見せる。「ちょっとゆっくりしていいかしら、朝早くから三つも回って疲れちゃった」
「どうぞどうぞ、私などに遠慮なさらず……」
 忠博は恐縮しきりで自分の仕事に戻る。聖子も体を正面に戻してパソコンを打ち始めた。
「蛭川、おいで」玲子はソファに腰掛け、長い脚を組むと、老秘書を呼びつけた。「ついでに休もうとしてんじゃないわよ。運転してただけでしょ、おまえは」
「あ、はい……」
 小男はおどおどして、玲子の前にしゃっちょこばった。
「座れ、そこ」
「あ、あああ……」
 蛭川は忠博の方をチラリと見て大きく唾を飲み、容赦を乞う眼差しを玲子に送った。
「正座だよ」
 玲子にもう一度きっぱり言われ観念した蛭川は靴を脱いで、実年齢以上に若くて美しい雇い主の足元にひざまずく。
「す、すみません……」
「すみませんって何? 何に対して謝ってるの?」
 長身の美人議員は首を少しかしげ、明るい色のウェーブヘアをかき上げて言う。
「は、はい……事務所の掃除を自分から買って出なかったことです……」
「わかってるじゃない、わかっててなんでできない?」
 スカートの中がひざまずいた男から見えそうなのにまったく気にするそぶりがない。目の前の老秘書のことを男とみなしていないのだろうか。
「申しわけありません……」
「謝ってばっかじゃなくてさ、理由が知りたいわけ。こっちは」
「…………」
 蛭川は言葉を失い、床を見つめている。
「どこ見てんの、おまえ。こっち見なよ……あたしが話ししてるんだからさぁ、ちゃんとこっち見るのが筋でしょ」
 モデル議員がヒートアップしていく。
「は、い……」
「待ってたんだよ、あたしは。あんたの方から、言ってくるの。掃除だけじゃなくって他にもいろいろやることあるんだから。そもそも秘書なんて名ばかりじゃない。運転しかしてないんだから、運転手でしょ、実質、おまえは。違うか?」
「はい……すみません……」
「ふーっ」
 玲子は大きくため息をつくと煙草をくわえて火を付けた。
「小竹さん」議員が忠博の方を見る。「あなたうちで秘書やる気ないかしら。ボランティアじゃなくって、きちんとお給料も出しますから」
「せ、先生……」
 すぐに反応したのは、蛭川の方だった。焦りに満ちた顔で、うんと年下のボス女性を見上げている。

☆ 三

 翌日、忠博は蛭川に誘われ近くの喫茶店へ昼食に出た。
「正直言って、私はあまりおすすめできませんよ。小竹さんがうちの秘書になられるのは」
 そう言って蛭川は食後のコーヒーをすする。薄い頭を整髪料で整えスーツを着ているのであるが、貧相な小男のせいか、どこか物足りない印象を与える。玲子の怒りを買うのも、この風貌がたぶんに影響しているのではないだろうか。
「そうですか……」
「ご覧になったでしょう……先生の厳しいところを。小竹さんはまだボランティアの立場だから、先生も遠慮されてると思いますけれど、これが給料をいただく身になれば……」
「まあ、ある程度は……覚悟しています」
「それはそれは……」蛭川は驚いた顔、呆れた目で、忠博を見つめる。忠博の決心が本物だと悟ると言葉を続けた。「小竹さん、本当はあんなものではないんですよ」
 二人きりの場面では、激しく暴力を振るわれることがあると、蛭川は時折興奮気味につばを飛ばしながら長々と語った。
「本当ですか……」
「ええ、これは秘書長の柴坂さんだって知らないことですよ……あ、ほら、たとえばここ」
 蛭川はそう言って左腕の袖を捲った。大きな青あざができていた。
「あ……」
「ね。気をつけの姿勢をしているところへ、回し蹴りですよ。いかに気性の荒い女性か……反省や謝罪の態度を示しているのに、興奮した彼女はまったく手がつけられないんです」
「そこまでされて、辞めようとは思わないんですか?」
「まあ……いまのところは……」蛭川は言葉を濁した。「いちおうは政治家の秘書という立場が与えられますし……ただ、小竹さん、私が言いたいのは、あなたが思っている以上に、厳しい職場かもしれませんよ、ということです…………あ、もう、こんな時間だ。戻らなくっちゃ」

「蛭川さん、どこにいたんですか? 携帯を何度も鳴らしたのに」
 事務所に戻ると聖子が言った。彼女には珍しく厳しい口調だ。
「小竹さんとつい話し込んでしまって……携帯、車の中に置き忘れちゃって……先生は?……」
「タクシーで行きましたよ。予定が少し早まったらしくて」
「ええっ……そうなんですか……」
「それくらい想定しといてもらわないと……」
 上司である立場上、聖子も注意せざるを得ない。
「ええ。でも先生が一時半と言われたので……それまでは大丈夫かと……」
「だから……予期せぬことも起きますから……携帯持ち忘れたのって前にもなかったですか」
 聖子は半ばあきれ顔で言う。
「すみませんでした。もうわかりました。車の掃除をしてきます」
 蛭川は憮然とした顔で出ていった。
 聖子は両手を少し広げて、首をすくめた。
「難しいですね。年上の男の人を注意するって」
「あ、いえ、まあそうでしょうか……でも、聖子さん。僕には遠慮なく注意して下さい」
「あ、はい」聖子の顔に笑顔が戻る。「でも小竹さんは、注意なんて必要ないですよ」
「いえ、今はいいかもしれませんが、もしこちらで秘書としてお世話になることができたら、それは初めての経験なので、聖子さんに教えていただくことがたくさんあるかと思います。どうか、厳しく鍛えてやってください」
 忠博は照れを隠すかのように少しおどけた調子で言った。

「ねえ、蛭川、あんた本当にいい加減にしないと……」
 戻ってきた玲子は、さっそく老秘書を足元に正座させて説教を始める。
「す、すみません……」
「携帯の通じない秘書なんて問題外でしょ。ねぇ、蛭川……それも、今度が初めてじゃないよね」
 玲子の言葉に、忠博の向かいで作業をしている聖子もうなずく。
「申しわけありません……」
「あたしもそろそろ踏ん切り着けなきゃいけないのかな……小竹さん」玲子はテーブルで作業をしている忠博に視線をやった。「運転免許持ってますよね」
「あ、はい……」
「じゃあ、決まりだね。小竹さんには今日からでもさっそく秘書としてやってもらいましょうか」
「わ、わたくしは……」
 蛭川が声を震わせて尋ねる。
「秘書をそんなに抱えられるほど、うちは余裕ないしね。悪いけど、蛭川さん、あなたはクビです。明日からこなくて結構」
「そ、そんな……先生……ど、どうか……ここで使っていただけないとわたくしは……」
「自業自得でしょ。そんなこと言うくらいなら、どうしてもっと真剣に仕事してこなかったの」
「すみません……心を入れ替えて勤めますので、どうか、もう一度、機会を与えていただけませんでしょうか……」
 蛭川はもはや、聖子や忠博が見ている前でもはばかることなく、床に頭を着けんばかりに謝罪し、懇願する。
「無理だよ。何度言っても同じじゃない。理解できないんでしょ、この頭は」
「ひっ」
――ああっ……
 忠博は目を見開いた。玲子のヒールがわずかに蛭川の頭をこすったのだ。忠博の表情を見て聖子も作業を止め、玲子の方へ視線をやる。
「あなたがちゃんとできるのはさぁ、体罰受けたときだけでしょ」
「は、い……」
「どうする? みんなの前で大恥かいて生まれ変わってみる? それとも今日限りでさよなら?」
「…………」
「どうすんのよ」
 再び玲子のヒールが、今度はまともにコーンという音を立てて、老秘書の頭頂部を蹴った。
「はうああっ……ど、どうか……お願いします……気合いを入れてやってください……」
「そう……じゃあ、遠慮なくいくわよ。コートのポケットに、手袋入ってるから持ってきて」
「あああ……先生……」
 皆の前で女ボスに予想以上の本腰で殴られることを悟り、男は怯える。
「早くしなさいっ」
 蛭川から受け取った革手袋をくわえ煙草の玲子が装着している。忠博の方から見える小男の横顔は、まるでこれから厳罰を受ける囚人のようである。顔色を失い、喉を大きく動かして生唾を飲み込んでいる。
「さて、何発いこうか」
 玲子の革手が蛭川のネクタイをぐいと引き上げ、膝立ちさせる。
「ひぃ……」
「先生」聖子が思わず声を掛ける。「……暴力は、どうなんでしょうか」
「聖子ちゃん、これは暴力じゃないわ。指導よ」
「でも……」
「どうする、蛭川さん。やめようかもう。暴力はよくないみたいだから」
「い、いえ……お願いします……先生……」
「じゃあ、あなたの口から説明してあげてよ」
 玲子はそう言うと、聖子を手招きして隣に座らせた。
「し、柴坂さん……」
 床を見つめたまま声を絞り出す蛭川に「顔上げなさいっ」と玲子の厳しい叱責が飛ぶ。
「はいっ」
 蛭川に見つめられて、聖子は緊張気味にタイトスカートの脚を固く閉じる。
「柴坂秘書長、わ、わたくしが今から先生から受けるのは暴力ではありません。指導です。それをしていただかなければ、わたくしはここにいられません。ど、どうか、ご理解くださいませ……」
「いいんですか? 本当に」
 聖子は心配そうな眼差しを蛭川に送って言う。
「はい……大丈夫です……」
 忠博の目には喫茶店で息巻いていた男とは別人のように映った。
「いいよね」
 玲子は、もう一度確認を取るように聖子に尋ねる。
「ええ、ご本人が納得しているのなら」
「ようし、こっちおいで」
 玲子は再度、蛭川のネクタイをひっつかむと、ぐいとたぐり寄せた。
「はうううっ……く、苦しいです……」
「これくらい耐えなきゃ。しっかり指導して欲しいんだろ? おまえ」
「はい、うくぅ……」
「歯を食いしばれ」
「はぃ……」
「目は開けてろ」
 蛭川が目を開けると玲子の右手が上がり、頬をこっぴどく打ち下ろした。
「くがああっ……」
 返す手の甲で反対側を打ちのめし、さらに三発、四発と続き、五発目の強打で蛭川の体は床に投げ出された。
「かわあっ、うがああっ、ずはうううっ……」
「この能なしが、まだ足りないかっ」
 玲子はネクタイをつかんで蛭川の体を引き上げる。
「ひいいっ、も、もう、ご容赦を……玲子先生、堪忍してください……」
 蛭川の鼻の下が赤く滲んでいるのを見て、聖子がティッシュを渡してやる。
「優しいね、聖子ちゃんは」玲子が苦笑する。「でもね、ほんとのこと言うと、これは秘書長、あなたがやるべき仕事なんだよ」

☆ 四

「さっき聞いたんだけど、蛭川、おまえ昨日、聖子ちゃんに反抗的な態度見せたんだって?」
 ソファの玲子は今日も朝から蛭川を足元に正座させている。黒いトップスに上品な花柄スカート。手足の長いモデル議員は、まったく何を着ても様になる。
「あ、はい……つい……すみません……」
「そういうのは今後一切許さないからね」
 長いブーツの脚を組み替えるときに爪先が蛭川の額をかすめた。
「はかうっ、しょ、承知いたしました……」
「聖子ちゃん」玲子に呼ばれて、二十四歳の美人秘書長はまたも隣に座る。「秘書長として責任持って躾けてもらわないと。できるね?」
「はい」意を決したようにうなずき、足元にうずくまる老年部下を見下ろす。「蛭川さん、昨日のような態度は困ります。今後、気をつけてもらえますね?」
「……は、い……も、申しわけありませんでした……」
「誰に謝ってんだよっ」
 黒革ブーツの靴底が蛭川の額をまともにとらえた。
「あがあっ……し、柴坂秘書長ですっ……」
「だったらちゃんとそう言えよ。相手の目を見てきちんとっ」
「はいっ、し、柴坂秘書長……この度は本当に、申しわけございませんでした……」
 尖ったヒールで額を少し切り赤く滲ませた老秘書は、おどおどした様子で上目遣いに聖子を見る。
「わかりました。二度とそんなことしなくて済むようにしてください」
 顔を土足で足蹴にされた男に少しの同情は示したものの、もはや玲子の暴力を非難することはなかった。
「……は、い……」
「いい?」玲子が聖子に確認するように問う。「いいの、ほんとにこんなので……土下座になってないじゃない。あたしだったら頭踏みつけちゃうけどな」
「す、すみませんっ……」
 蛭川は慌てて、額を床にこすりつけた。
「蛭川さん、わかったわ。もういいから頭、上げて」
「ほんと優しいわね。聖子ちゃんは……まあ、いいわ、少しずつ頑張って」
「ええ、すみません……」
「あと、あれもお願いね」
「あ、は、はい…………蛭川さん、もういいわ。立って、ください……あと、小竹さんも、ちょっとこっちへ」

「今から、身体検査をさせてもらいます」
 ヒールで立った聖子は、横並びに立つ忠博と蛭川を見下ろして言う。ヒールなしでも彼女の身長は二人よりは高い。

S女小説 麗しき残忍「モデル議員の牡秘書虐め」