S女小説 悪夢のママ活「逆陵辱に耽る淑女たち」を電子書籍として出版しました。
内容紹介
サディスティックなマダムたちの餌食となった男子大学院生の物語
大学院生の小嶋拓也(25)は、飲食のバイトをしながら研究室に通う苦学生である。アルバイトがハードなために提出物が遅れがちで、厳しい女性教授からの評価は下がる一方だ。そんな折、同じ研究室の久宝紗耶香(23)に勧められたのがなんと「ママ活」であった。自身もパパ活を実践しているという彼女によれば、短時間で効率よく手当が得られるという。そんなラボメイトのアドバイスに忠実に従って、見事美人ママとの初デートを手にした拓也だったが、それが、とてつもない悪夢の始まりであることは、まだ知るよしもなかった。
第一章 女性社長に奪われた童貞
第二章 夫の面前で浮気をする妻
第三章 年下の同級生から逆陵辱
第四章 女医にアナルを犯されて
第五章 女性教授の淫靡スパルタ
第六章 サドママたちの爛れた夜
本文サンプル
プロローグ
「ああっ、しまった……」
小嶋拓也は、卓上時計を見て声を上げる。ちょっとの休憩のつもりでワークデスクに突っ伏していたのが、そのまま朝まで眠ってしまった。急いで身支度をしてアパートを出ると、自転車に跨がり、大学の研究室へ向かった。
年が明けたばかりで、通り過ぎる家並の玄関には、まだ正月の飾り付けがちらほらと残っている。拓也は、耳が切れるかと思うほどに凍てつく向かい風の中を懸命に自転車をこいでいった。
工学部の大学院生である拓也は、工業化学系の研究室に所属している。拓也が到着した頃には、他の研究生たちは壁に向かって並んだ各自のデスクで、それぞれの研究やデータ分析などを始めていた。拓也も含めて五人が男子だが、無口なオタク揃いで、互いの会話はほとんどない。唯一、話しかけてくるのが、隣の席の久宝紗耶香、紅一点である。学部生時代に二年連続でミスキャンパスにも選ばれたことがある美女は、二浪している拓也の二つ年下であった。
「おはよ、お寝坊さん」
「あ、おはよう……先生は?」
「もう来てるよ、どうしたの?」
「ああ……高分子合成のレポートを今日まで提出するよう言われたんだけど、うっかり寝てしまって……」
「え! あれ、まだ出してなかったの?」
進級に関わる大切なレポートで、他の全員はすでに昨年末に提出済みだ。飲食店のアルバイトがハードな拓也だけ、特別に期限を延ばしてもらっていたのだった。
「あと少しなんだけど……昨日は睡魔に負けちゃって……」
「昨日も、じゃないの」
紗耶香は小さく笑うと、ノートパソコンに戻った。と、隣接する教授室のドアが開き、女性教授が入ってきた。まっすぐ拓也のほうへ向かってくる。
「おはよう、小嶋君」
「あ、お、おはようございます……」
新西佐和子は、学内では、男性も含めて唯一の三十代教授である。抜きんでた研究成果を買われて、いまや企業が競い合うように研究費の支援を申し出るほどの存在で、早くも、将来、有力な学長候補という噂すら立っている。
「ずいぶんお早い、ご登場ね」
紺色のスーツに身を包んだ三十八歳の美人教授は、皮肉交じりに言った。
「す、すみません……」
「レポートは? できてるよね」
切れ長の美しい目でじっと見つめる。
「そ、それが……」
「え?」女性教授は大きくため息をつく。「ちょっと、あっちで話しましょうか」
紗耶香が含み笑いをしてご愁傷様とでもいいたげな視線を送ってくる。拓也はうなだれたまま、佐和子教授のサンダル音を追って教授室に入った。
「ちょっと……問題だね、小嶋君、キミは」
佐和子教授は、応接用のソファに腰掛けると、拓也を立たせたまま説教を始めた。
明るめのカラーを施した小ぎれいなショートヘアが年齢よりもずいぶんと彼女を若くみせている。いつも上等なスーツをさりげなく着こなしていて、理系の女性教授にしては、服装もメイクも洗練されている。
「すみません……」
「遅刻してきた上に、レポートもできてないって……ありえないでしょ」
「も、申しわけないです……」
「アルバイトは理由にならないよ。あなただけじゃないんだからね、苦学生は」
「は、はい……」
「どうするの? 義務教育じゃないんだから……」佐和子は拓也の目をじっと見つめる。「辞めてもらってもいっこうにかまわないよ」
「そ、そんな……」
よほど腹に据えかねているのだろう。予想以上の厳しい言葉に、拓也はうろたえた。
「ど、どうか……お願いします……み、見捨てないでください……」
二人きりの密室ということも手伝って、自分でも情けなく思うような言葉をつい口にしてしまう。
佐和子は何度も頭を下げる拓也を黙って見ている。
「こ、このとおりです……」
さらに深く頭を下げた。
「今日の夕方までには、出せる? いまやってる課題は後回しでいいから」
「は、はいっ、必ず……すみませんっ、ありがとうございます……」
席に戻ると、拓也は、紗耶香による度々のちょっかいをいなしつつ、昼食も摂らずにレポートを仕上げて、佐和子教授のもとへ持っていった。
「あとで見とくから、そこ置いといて」
佐和子教授は、キーボードを叩きながら言った。
「は、はい……ありがとうございます……」
「小嶋君」
退室しようとした拓也の背中に声が掛かる。
「はいっ……」
執務机の前へ急ぎ戻って、背筋を伸ばした。
「次、レポートの提出遅れたら、単位あげないからね」
「……あ、は、い……すみません……」
「ちょっと、生活考え直したほうがいいと思うよ。まだ、卒業まで一年以上あるんだから……あと、キミは実験器具の扱い方が雑……」
それから二十分ほど、佐和子教授の説教が続いた。
「ずいぶん、長かったね」席に戻った拓也に紗耶香が声を掛ける。「暗い顔しちゃって、どうした」
「こってりしぼられちゃった……」
「そりゃそうかもね……遅刻の上に、レポートも出きてないじゃ、印象悪すぎるわ」
「う、うん……まあ……」
「ご飯行かない?」
「え、ああ、もうこんな時間か……」
壁の時計は一九時近くを指していた。研究室に残っているのは二人だけだった。
「行こうよ、学食まだ一時間くらいやってるよ」
「そうだね、ホントは、今日の課題やんなくちゃいけないけど、エネルギー使い果たしちゃったな」
「うん、無理は身体に良くないよ、行こ行こ」
専門課程の学食は本学部のものほど広くなく、メニューも少なめだが、アルコールを出していた。紗耶香は生ビールと枝豆のセットと餃子に麻婆豆腐。下戸の拓也はハンバーグ定食とオレンジジュースを前にして向かい合う。
「なんか、お父さんみたいだね」
拓也が微笑むと、紗耶香が、「誰がオヤジだって?」と笑い、「小嶋君こそ、お子ちゃまだね」とからかった。「ハンバーグに旗立ててあげよっか?」
「い、いや……」
拓也は紗耶香の冗談に苦笑いする。
「とりあえず、小嶋君のレポート完了ということで、乾杯!」
「あ、ああ、どうも、ありがとう……」
差し出されたビアジョッキに、ジュースのグラスを合わせる。二重まぶたの愛くるしい目に見つめられ拓也は思わずドキリとする。整った面立ちは、可愛いと美しいの両面を持ち、栗色に輝くセミロングヘアがその魅力をさらに引き立てている。さすがはミスキャンパスに選ばれるだけのことはある。
「ちょっと、ごめんね」
紗耶香はジョッキを持ったまま、反対の手で器用にスマートフォンを操作し始めた。なにやら文字を打っている様子だ。友人とメッセージでも交換しているのだろうか。
「で、先生なんだって?」スマホを置いた紗耶香が問う。「新西先生に、なんて言われたの?」
「え、あ、ああ……」
拓也は、訥々とした口調で、佐和子教授から受けた説教の内容を紗耶香に話した。
声に出すことで、頭のモヤモヤが薄れ、少しは気が楽になったようにも思えた。
「要はこのままじゃ駄目だって。生活を変えないと……」
拓也はため息交じりに言う。
「そうだよね、たしかに……」紗耶香がうなずく。「飲食店のバイトって、どのくらいシフト入ってるの?」
「週、三、四日くらい、かな……」
「時間は?」
「夕方の六時から。終わるのは、なんだかんだで、十二時過ぎちゃう」
「そっかぁ……でも、それ、あと一年続ける気? そんなの」
「ま、まあ、そうするしかないけど……」
余裕のない実家にこれ以上経済的な負担は掛けられない事情を話す。
「まあ、うちも似たようなもんだよ」
ひととおり聞いた紗耶香がつぶやくように言った。
「え、久宝さんも、なにかバイトやってるの?」
「やってるけど、バイト……なのかなぁ……」
紗耶香は、意味ありげな笑みを見せて首をかしげた。
「パパ活っ!?」
紗耶香の告白に、拓也は思わずすっとんきょうな声を上げる。
「しーっ……」紗耶香は人差し指を口に当て、あたりを見回す。「そんな大きな声出さないでよ」
「パパ活って……」言葉は聞いたことがあったが、詳細は知らない。「ど、どんなことを……」
「ご飯食べて、会話するだけだよ」
「え……そ、それだけ……で……」
どうやら紗耶香は、パパ活の手当だけで、学費も生活費もまかなえているらしい。
「小嶋君も始めたら? ママ活」
「え、ま、ママ活……」
「皿洗いのバイトなんて、きっともたないよ。おんなじ失敗したら、もうアウトって言われたんでしょ、先生に。やばいよ、マジで」
紗耶香の言うとおりだった。しかし、女性には奥手の拓也である。ママ活などできる自信がなかった。
「大丈夫だよ、小嶋君なら……ママ好きするルックスだと思うよ。やるだけやってみてごらんよ、私がサポートしたげるから」
結局、紗耶香に勧められるまま、出会い系のアプリをスマートフォンにインストールし、プロフィールをつくって、ママ活専用ルームにコメントを書き込んだ。
それで一週間ほど待ったが、何の音沙汰もない。
「無理かな……やっぱり」
最初は、本当に連絡が来たらどうしようと、気が気でなかったが、コンタクトがないならないで、それなりにショックであった。
「ママ活は、競争率高いからねぇ」紗耶香は腕組みして言う。「応募する男子の数のほうが圧倒的に多いから」
「そ、そうなんだ……」
「写真載せちゃうか」
「え、それは、ちょっと……」
「文字のプロフィールだけじゃ、厳しいね。これは」
「…………」
「大丈夫だって、小嶋君なら。いいの? このまま退学になっても」
「い、いや……」
退学という言葉にショックを受ける。
それは現実味のある話だった。数日前、実家から、春からの学費は、自分でなんとかして欲しいという連絡を受けたのだった。生活費の確保だけでも精一杯なのに、学費となるととても無理である。まだ先の話だと現実逃避していたが、いずれは向き合わねばならぬ大問題である。
「私のいきつけの美容室がさ、男子のカットモデル募集してるの。無料だよ」
結局、紗耶香に連れられ、美容院に行った。長髪のままのほうが似合うと言われ、カットは最小限にして、ゆるくパーマを当てられる。その場で取ってもらった写真をプロフィールにアップした。
すると、数日後、ひとりの女性からコンタクトがあった。
「ほら、きた!」紗耶香は、自分のことのように喜んだ。「これはかなりの美形だね」
女性のプロフィール画像には、うっすらとモザイクが入っていたが、拓也の目にも同じように映った。隠しきれない美女のオーラが画面越しに伝わってくる。二十代後半の会社経営者らしい。
「やったね……でも、ここから慎重にやるんだよ」
紗耶香のアドバイスどおりに、メッセージをやりとりする。
「慌てずじっくりね。凄くタイプみたいじゃない。拓也のこと」
ごく自然に下の名前で呼ばれ、ドキリとする。ただ、ママ活を紹介するところからして、紗耶香にとって自分は恋人の範疇外なのだろう。拓也は複雑な思いにかられるが、いまは、ママ活を成功させることが最優先だ。それは分かっている。
「そ、それで、次は、どうすれば……」
「ようし……十分じらしたから、そろそろ会っちゃおうか」
紗耶香の指示どおりにメッセージを送り、初コンタクトから一週間後に待望のママとデートの約束を取り付けることができたのだった。
第一章 女性社長に奪われた童貞
☆ 一
――ここか……
拓也は約束の時間より少し早めに、指定された場所へ到着した。待ち合わせで有名な広場にある緑色の電車の前だ。たくさんの男女が、電車をぐるりと囲むようにして、それぞれの相手を待っている。平日、早目の時間のせいか、若い人たちが多い。隣に立っていた男性の元へ、女性がやってきて連れだって去って行く。すると入れ替わるようにしてそのスペースへ男性が入ってきてスマートフォンを弄り始める。待ち合わせの人間が何度か入れ替わるうちに、約束の時間になった。
ママは拓也の顔を知っているはずだが、拓也のほうはよく知らない。モザイク入りの写真を見る限りは、美形だと思い込んでいたが、実際に待ち合わせの場所に来てみるとなんだかそれも確信がなくなってきた。
――どんな女性が来るんだろうか……
分かっているのは、年齢が二十八歳の会社経営者で、本名か偽名か分からない久美子という名前だけである。
正面にある駅の外壁付近にも数人の待ち合わせ男女が立っていて、その中に真っ赤なスーツに身を包んだ貫禄たっぷりの女性が目立っていた。
――まさか、あの人じゃないだろうな……
確認したのはモザイク入りの顔写真だけだから、体形までは把握していない。
身長は拓也と同じくらいだろうが、体重は倍あるのではないか。するとその女性が、まっすぐこちらに歩いてくるではないか。
――いや、そ、それは……
大きな胸をゆさゆさと揺らしながら、女性は一直線にこちらへ向かってくる。
――あああ……
女性が片手を上げたので、拓也も思わず頭をこくりと下げてしまった。しかし、女性が声を掛けたのは拓也ではなかった。彼女の相手は、隣の男性であった。
「ふぅ……」――よかった、助かった……
安堵しているところへ「拓也君、ですか」と声を掛けられた。
「あ……は、い……」
「初めまして、久美子です」
「あ、あああ……初めまして……」
予想を裏切らない美形のママだった。目鼻立ちの整った色白の面立ちに柔らかな笑みが浮かんでいる。濃いブラウンのロングコートを着ていて、足元はロングブーツだ。
「夕飯には少し早いから、とりあえず、お茶にしましょうか」
「あ、ええ、お任せします……」
「ふふっ、じゃ、とりあえず、後ろから着いてきてください」
女性は、そう指示した。
「……はい……」
拓也は、きびすを返して歩き始めた彼女の背中を追う。明るいブラウンの髪がときおりビルの谷間を縫って吹く北風に揺れる。
大通りをしばらく歩いて、路地に入った。百メートルほど進んだところで、雑居ビルの地下へと潜っていった。たどり着いたのは、薄暗い喫茶店だ。一番奥の席へ座る。店内はパーティションで細かく仕切られていて、他の客の話し声は聞こえるが、なにを話しているかまではよく分からない。
コートを脱いで脇に置いた久美子は、ベージュ色のスーツにドット柄の丸首インナーで、正装ながらもどこか親しみの湧くファッションである。いかにもママさん社長という雰囲気だ。
やってきたウェイトレスに、拓也はホットコーヒー、久美子はブランデー入りの紅茶を注文した。
「初めてなの? こういうの」
ママ活のことだろうと思い、拓也は「はい」と応える。「よ、よろしく、お願いします……」
「こちらこそ、よろしく」
「あ、はい……」
「どうした? 緊張してる?」
久美子は白い歯をこぼして言った。
「ええ、こんなにきれいな方だとは思わなかったので……」
面と向かってみて、はっきりと美人だと確信する。きれいな顔立ちだが、どこか温かみを感じさせる美貌だ。
「ふふっ、どんな人が来ると思ってたの?」
「いえ……ああ……」
赤いスーツの太った女性が思い起こされて、拓也は笑いそうになるのを堪えた。
「拓也君も実物のほうがずっとかわいいね」
「あ、いえ……」
拓也は照れてうつむいた。耳が熱くなる。
「学校のお話し、もう少し聞かせてくれる?」
「あ、は、はい……」
出会い系アプリのメッセージ機能を通じて、拓也は、大学院で研究しているテーマや将来の希望などを伝えていたが、それをもう少し具体的に話した。紗耶香から対策講義を受けていたので、たどたどしくはあったが、準備していた内容をなんとか話しきることができた。
「なるほど、将来会社に入ってそういった研究を続けたいわけね。夢は一流のバイオエンジニアってとこかな」
そう言って久美子は紅茶を啜った。大きな輪っかのイヤリングが、きらきらと揺れている。
「え、ええまあ……で、く、久美子さんは……どんな……」
女性のことを恐る恐る尋ねてみる。
「私? どういうふうに見える?」
「か、会社の社長さん……」
「ふふっ、それはプロフィールにあったでしょ。なんの、だと思う?」
「あ、えっと……美容関係とかでしょうか……」
郁夫は、年齢をまったく感じさせない肌を見て言ってみる。張りと潤いに満ちた二十歳前後の肌つやだ。
「ああ、そっち系はどちらかというとお世話になってる業種だなあ。近いといえば近いけど」
「近い? ……でも、分かりません、ちょっと僕には思いつきません……」
「未来の研究者がそんなに簡単に諦めていいの? 想像力も必要なんじゃない?」
「あ、ああ、はい……」
その後、いくつか思いつく業種を上げてみたが、どれも当たらなかった。
「時間切れね…………正解はね、アプリを作る会社をやってるの。料理とかグルメとかアパレル系の」
スマートフォンやタブレット端末用のアプリケーションを、大手から独立して開発しているらしい。
久美子が口にしたアプリの名前は、拓也が見聞きしたことのあるものもあった。
「販売は大手がやってるけど、開発元はうち」
「へえっ、す、凄いですね……」
「でも、大手の下請けは、今後は止めようと思ってるの。もう十分義理は果たしたと思うし……これからは自分たちでね……なんといっても、当たったときの儲けが違うからね……」
バイタリティにあふれた話しっぷりに、拓也は聞き惚れてしまう。見かけはママだが、中身は正真正銘のビジネスウーマンだ。
話の途中で久美子のスマホが振動する。
「ちょっとごめんね」
画面を見て、久美子は通話を始める。話しぶりからしてクライアントのようだ。
電話を切った久美子が残念そうな顔をする。
「ゆっくり夕食したかったんだけど、打ち合わせが入っちゃった。申しわけない」
久美子は小さく手を合わせて軽く頭を下げた。
「いえ、とんでもないです」
謝られたことに恐縮し、彼女より深く頭を下げる。
「今日は、楽しかったわ。ありがとう」
「あ、はい……僕も、凄く……楽しかったです……あ、あの……ま、また会ってもらえますか……よければ……」
「いいよ、もちろん」久美子はスマホでスケジュールを確認する。「私も拓也君のこと気に入ったから」
来週の再会を約束すると、久美子は一万円で支払った会計のお釣りをそのまま手渡してくれた。
「こ、こんなに……」
拓也にとっては大金である。
「なに?」久美子は微笑む。「ママ活でしょ。今日はとりあえず、これで。問題ない?」
「も、もちろんです、すみません……あ、ありがとうございます」
「次は、私もゆっくり時間とるから」
「どうだった?」
翌日、さっそく紗耶香が聞いてきた。
「うん、本当に会社の社長さんで……凄くいい人そうだった……」
「きれいだった?」
「あ、う、うん……なかなか……」
「その顔は、ホントみたいだね。よかったね、美人ママで」
「あ、ああ……」
「旦那さんは?」
「いや、そこまでは、聞いてないよ」
「指輪は?」
「さあ……どうだったか……」
「見とかないと、そんなの……注意が甘いなあ……年齢からいくと独身の可能性も高いよね。まあいたとしても、ママ活する女性って、旦那さんとうまくいってない場合が多いみたいだから……でも来週のデート取り付けられてよかったじゃない」
「うん、久宝さんのアドバイスのおかげだよ」
拓也は彼女の指示どおり、次の約束を取り付けること、自分からお金の話はしないことを守った。
「まあそれでもまずは拓也が気に入られることが前提だから……キミのルックスと中身がよかったからだよ」
「あ、ありがと、でも……な、なんか……上からだな……少し……」
「なによ。文句あるの?」
「い、いえ……久宝さんだけが頼りだから……これからもアドバイス、どうかよろしくお願いします……」
前回と同じ場所で、今度は十九時の待ち合わせだったが、久美子が現れたのは二十分後だった。
「ごめん、打ち合わせが長引いちゃって。お腹すいちゃったね……何が食べたい?」
メイクのせいか、今宵は前回よりずっと色っぽく感じた。
「あ、いえ、な、なんでも……」
「そ、じゃ、お肉にしよっか」
「あ、は、い……」
連れて行かれたのは大きな鉄板カウンターのある、いかにも高級な店だった。シェフが目の前で焼く肉を久美子はワインを片手に頬張った。
「たくさん食べな……キミ、華奢だから」
「あ、はい……」
それでも遠慮がちに拓也はいただいた。もともとが小食だ。それにしても、こんな柔らかくてジューシーな牛肉を口にしたのは生まれて初めてではないだろうか。
「お酒は、まったく飲まないの?」
烏龍茶が入った拓也のグラスを見て言う。
「いえ、少しくらいなら飲めると思うんですが……好んでは……」
「それはつまんないな。あたし結構飲むよ。つきあえる?」
「あ、はい……が、頑張ります……」
拓也としてもこんな美人でお金持ちのママにいきなり出会えたことは幸運以外のなにものでもない。この機会を手放したくはない。できる努力はしなければならない。
「よし、じゃ、行こう」
久美子の行きつけというバーは、喫茶店と同じく地下にある薄暗い店だった。快活な見かけや装いに反して、どうやらこのような雰囲気が好みらしい。カウンターの中には女性のスタッフが二人がいて、先客である二組のカップルを相手していた。
久美子は顔なじみであろう女性バーテンダーに目配せを送ると、奧まったところにあるテーブル席へ向かい、拓也を座らせ、自分も対面に腰掛けた。
注文を取りに来た女性スタッフに「私はウィスキーキープのセットで。彼には、なにか口当たりのいいカクテルつくってあげて」
☆ 二
「じゃ、拓也君との出会いにあらためて乾杯」
「あ、はい……乾杯……」
拓也は久美子が差し出したグラスにぎこちない仕草で合わせる。
「ママ活やるってことは、理由があるんでしょ。今日は、それを聞かせて」
久美子が言った。
「あ……え、ええ……」拓也は一口飲んだグラスをテーブルに置くと、姿勢を正した。「じ、実は……」
生活費を稼ぐために夜、飲食店で皿洗いのバイトをやっているが、そのために、学業が疎かになりつつあること。厳しい女性教授から、この調子だと進学させないと言われていることを告白した。
「なるほど、ね……そのバイト代は月いくらになるの?」
拓也はバイト収入の金額を正直に話した。
「それだけあれば、生活してけるわけね。了解。それは出したげる」
「ほ、本当ですか……」
「うん、その代わり、こうやって、週に一回、夕食と飲みに付き合ってくれる?」
「も、もちろんです。あ、ありがとうございます……」
週に幾日にもおよぶ夜間の長時間皿洗いバイトと美人ママとの甘い逢瀬を比べるまでもない。しかもこちらは週に一度でいいのだ。余った時間を勉学に費やすことができれば、いまや地に落ちつつある女性教授からの評価もきっと取り戻せるに違いない。
「これ、うちの会社で使ってる営業パンフ」
久美子は、三つ折りのパンフレットを拓也に渡した。
オリジナルのアプリ制作を提案する内容のパンフレットだった。
「自社開発だけじゃ、当たるか当たらないか分からないからね。うち主導で制作しますよってスタンスでは、他社の手伝いも続けていこうとは思ってるの」
「へえ……凄い、ですね……」
久美子はざっと読み終わった拓也の手からパンフレットを取り上げると、札束を挟んで再度戻した。「ホームページのほうにはもっと詳しく書いてるから、興味あるなら見てみてよ」
「は、はい……あ……ありがとうございます……」
「さっさとしまって」
「は、い……すみません……」
頭を下げながら、リュックの中へそそくさと入れた。
「奨学金とかはもらってないの?」
「あ、はい……いま申請中で……」
拓也はこれが機会だと思い、実家の家業が傾いて、来期の授業料を自力で払わねばならないこと、そのために奨学金と授業料免除を申請していることを打ち明けた。
「申請、通るといいね」
「は、はい……」
そのひとことで流されてしまったことに軽くショックを覚えるが、まだ会って二回目なのだ。生活費の面倒を見てもらえるだけでもありがたいと思わねばならない。
「真っ赤になっちゃって」
緊張のあまりか喉が渇いて、拓也はグラスを頻繁に運ぶ。さほどアルコールは強くないのだが、気づいたら飲み干してしまっていた。
「お代わりは?」
「あ、はい……烏龍茶かなにかで……」
「え? ウーロンハイ?」
久美子は悪戯っぽく微笑んで言う。
「あ、いえ……ノンアルコールで……できれば……」
「お酒、つきあってくれるんじゃなかったの? あたしだけ酔っ払っても、面白くないじゃない」
「あ、はい……じゃ、薄目ので……」
久美子は女性スタッフに拓也のオーダーを伝えたあと、意味ありげにウィンクした。拓也の予感どおり、女性スタッフが運んできたグラスは、決して薄いウーロンハイではなかった。
カウンターの客がはけたあと、久美子はトイレに行くついでに、チーフと思われる女性バーテンダーに耳打ちした。
「奥で少し、ゆっくりしようか」
トイレから戻ってきた久美子に促され、拓也は誘われるまま、奧の個室に連れ込まれた。ソファとテーブルと観葉植物が置かれた小さな部屋で照明は一段と薄暗い。怪しく危険な空気が漂う空間だ。心なしかすえた匂いがする。
「どう? 酔っ払っちゃった?」
久美子は、ソファに座った拓也の横にぴったりとくっつき、肩に手を回した。
「あ、は、はい……」
よくない状況になっているのは分かるが、それよりも慣れないアルコールに頭がくらくらする。
「チュー、しようか」
久美子の左手の薬指には結婚指輪と思われるリングがある。
「だ、旦那さんは……」
紗耶香からNGワードに指定されていた単語を思わず口走ってしまう。
「平気だよ……そんなこと言ったら、醒めちゃうじゃない……」
「ああ……すみません……」
「ふふ、冗談よ……」久美子はくっつけていた身体を離して言う。「私たちまだ会って二回目だものね……それにしても、拓也は酔っ払いすぎだね。もう少しアルコールを鍛えてかないと」
翌日の夕食時、拓也は自ら紗耶香を学食に誘い久美子とのデートを報告した。
「あれ、お酒飲むようになったの?」
定食の横の小ジョッキを見て、紗耶香が言う。
「う、うん……ママからの宿題……お酒強くなりなさいって」
「なるほど。頑張って……で、どうだったの? 迫られなかった?」
「あ……うん、なんか……結構、やばかった……」拓也はお酒を飲まされキスを迫られそうになったがなんとか免れたことを正直に報告する。「久宝さんは、そういうのまったくなし? パパ活で」
「うーん」
紗耶香は意味ありげな笑みを浮かべて悪戯っぽく小首をかしげる。
「ええっ、食事して話するだけっていうことじゃなかったの?」
「ケースバイケースだよ。相手にもよると思うよ。あと、お手当をたくさんもらおうと思うなら、それなりの覚悟が必要なんじゃない……普通のビジネスと同じだよ」
「ま、まあ、そうかもしれないけど……」
拓也は当初の話と変わってきていることに不安を覚える。
その後、二回の逢瀬では、久美子の仕事が忙しかったこともあり、食事と会話だけで無事帰還することができた。
次の約束の前日、大学の教務課に呼ばれた郁夫は渡された封筒の中身を見てショックを受ける。
――ああ、やっぱり、だめだったか……
一晩経ってもショックは抜けず、気落ちしたまま、久美子と約束したレストランに向かった。
「どうした? 元気ないね」
「あ、はい……実は……」
郁夫は奨学金も授業料免除も下りなかったことを正直に打ち明けた。薄々予感はしていたが、成績が足りなかったことは明白だ。
「どうするの?」
「どうすればいいのか……昨日通達されたばかりで……いまは、なにも考えられません……」
「今日は時間もあるから。相談に乗ろうか」
「あ、はい……よろしくお願いします」
すがるような気持ちで拓也は頭を下げる。
拓也は久美子に連れられるまま、例のバーに向かった。入店するなり、奧の個室へと連れ込まれ、ソファに並んで座る。前回はいきなりピタリとくっついてきた久美子が今日は微妙な距離を取っている。
久美子は黙って水割りを二つ作った。グラスを合わせたあと、いつもは話題を提供してくれる彼女が黙ってスマホを弄っている。
――仕事が残ってるのだろうか……
そのまま十分程が過ぎ、拓也はいたたたまれなくなって声を絞り出す。
「あ、あの……」
「なに、どうした?」
美人社長は少しこちらに顔を傾けて言う。
「え、いえ……」
再び久美子はスマホに顔を戻す。
「く、久美子さん……」
「なに?」
「…………」
「いいたいことがあるなら、ちゃんと言わないと。そんなんじゃ、いつまで経っても大人になれないよ」
いつになく厳しい物言いに、拓也はようやく彼女の意図を理解する。お願いがあるのなら、自分のほうから切り出さなくてはならない。
「あ、あの……生活費をいただいている上に、凄く厚かましいお願いなんですが……」
「はい」
真顔で見つめられる。
「じゅ、授業料をお貸しいただけないでしょうか……」
「いくら?」
拓也は年間に必要な金額を恐る恐る言ってみる。百万円を超える大金である。
「……む、無理ですよね……いくらなんでも……すみません……」