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S女小説 男に「飲ませる」女たち

S女小説 男に「飲ませる」女たち を電子書籍として出版しました。

内容紹介

社内指導と称して女性上司たちに様々なものを飲まされるバイト男子の悲哀

独裁的な女性総理が牛耳る新政権の誕生以来、男性の雇用環境は厳しさを増す一方であった。そんな折、万年フリーター人生を邁進中である末町静夫(36)がようやく見つけたバイト先が、レッドキャッスル社。女権特区のビジネスエリアに自社ビルを持つ、筋金入りの女系企業である。緊張の初出勤を出迎えてくれたのは、藤岡麻由子(23)という新人社員。会社では「ドゥリンク」という女性向けウェブサイトを運営しており、静夫に求められているのはその制作サポートであった。麻由子に一目惚れした静夫は、この会社でずっと一緒に働きたいと願うが、試用期間を経て正規のアルバイトとして認められるには、厳しい女性上司たちの審査をクリアしなければならなかった。それはたとえば……彼女たちの命令であれば……飲めない酒でも飲まなければならないのだった。

プロローグ

第一章 言葉で責めたてられて

第二章 殴られ気絶させられて

第三章 脚を揉まされ犯されて

第四章 伴侶嫐りを見せられて

第五章 爪垢煎じて飲まされて

第六章 美女達の尿を口にして

エピローグ

 

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S女小説 鬼女警察「怨念の逆ハラスメント」

S女小説 鬼女警察「怨念の逆ハラスメント」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

積もり積もった不満が女性警官たちを暴走させる。逆ハラ警察署に起こった倒錯劇。

40歳を目前にしていまだ巡査長の児玉泰弘は白銀署の城西交番勤務へ転任を命じられる。独身寮の同僚は、50歳を過ぎて巡査部長である野見山と中性的な容貌だけが取り柄の若手巡査三松。いずれも出世よりも安楽な日々を選ぶ男たちであった。比較的事件の少ない平和な街での初出勤。しかも新しい署長は女性と聞いて、甘くゆったりとした警官生活に期待を抱く泰弘だったが、現実は決して甘いものではなかった。

第一章 紅トップの決意表明

第二章 美人上官の冷血指導

第三章 かしずく男巡査たち

第四章 アイドルの一日署長

第五章 麗人幹部の酒池肉林

第六章 貴女に捧ぐ絶対忠誠

 

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S女小説 「そして妻は女王へ」

S女小説 「そして妻は女王へ~浮気を許した不能夫の運命」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

男性として不能であることの後ろめたさから妻に浮気を許してしまった夫の運命

フリーランスのカメラマンである佐山良一は、仕事の不調に陥っていた。愛娘が私立の全寮制女子校に通い始めており、家計は逼迫している。そのため、薬剤師の免許を持つ妻の貴子が、働きに出ざるを得なくなった。ところが、魅力的な人妻である貴子は薬局の上司から言い寄られてしまう。仕事を続けていくために上司の誘いを無下にできないと妻は夫に相談した。男性として不能であることの負い目もあり、昼間のデートだけならばと良一は承諾する。しかし……それが運命の始まりだった。

第一章 浮気を許された妻

第二章 虐めの悦びを知る

第三章 同窓会で元カレと

第四章 娘が帰省した時も

第五章 緊縛して鞭を打つ

第六章 そして妻は女王へ

 

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S女小説 「そして妻は女王へ~浮気を許した不能夫の運命」

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S女小説 「ヒールの報復」

S女小説 「ヒールの報復」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

上司による女性部下へのパワハラ、セクハラを看過した中間管理職の男は、パワセクの張本人とともに女性たちから報復を受ける運命にあった。彼女たちいわく、見て見ぬ振りは同罪である。

小沼唯夫(40)は、給水器ビジネスを進める事業所の中間管理職。彼を悩ませていたのが、犬井という不良上司の存在だった。犬井部長(55)は、女性部下に対して、パワハラ、セクハラなんでもござれのやりたい放題。唯夫としては、女性たちに同情はするものの、入社以来世話になっている犬井にもの申すことができない。決定的な事件が起こったのは、反省会と称する犬井主導の宴会での席。酔いの勢いも手伝って不満を露わにした女性たちに憤慨し、犬井は彼女らに土下座の詫びと、あろうことか性的な奉仕までも強要したのだった。犬井に促されるまま、唯夫もつい過剰なセクハラに加担してしまう。男たちにとって見るも無惨な未来が待っているとはつゆ知らずに……。

プロローグ

第一章 許されざる不正行為

第二章 女性上位体制の発動

第三章 女子学生への土下座

第四章 女性上司への性奉仕

第五章 屈辱志願の人間便器

第六章 女性の剛直に貫かれ

エピローグ

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S女小説 「ヒールの報復」

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S女小説 悪夢のママ活「逆陵辱に耽る淑女たち」

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内容紹介

サディスティックなマダムたちの餌食となった男子大学院生の物語

大学院生の小嶋拓也(25)は、飲食のバイトをしながら研究室に通う苦学生である。アルバイトがハードなために提出物が遅れがちで、厳しい女性教授からの評価は下がる一方だ。そんな折、同じ研究室の久宝紗耶香(23)に勧められたのがなんと「ママ活」であった。自身もパパ活を実践しているという彼女によれば、短時間で効率よく手当が得られるという。そんなラボメイトのアドバイスに忠実に従って、見事美人ママとの初デートを手にした拓也だったが、それが、とてつもない悪夢の始まりであることは、まだ知るよしもなかった。

第一章 女性社長に奪われた童貞

第二章 夫の面前で浮気をする妻

第三章 年下の同級生から逆陵辱

第四章 女医にアナルを犯されて

第五章 女性教授の淫靡スパルタ

第六章 サドママたちの爛れた夜

本文サンプル

プロローグ

「ああっ、しまった……」
 小嶋拓也たくやは、卓上時計を見て声を上げる。ちょっとの休憩のつもりでワークデスクに突っ伏していたのが、そのまま朝まで眠ってしまった。急いで身支度をしてアパートを出ると、自転車に跨がり、大学の研究室へ向かった。
 年が明けたばかりで、通り過ぎる家並の玄関には、まだ正月の飾り付けがちらほらと残っている。拓也は、耳が切れるかと思うほどに凍てつく向かい風の中を懸命に自転車をこいでいった。
 工学部の大学院生である拓也は、工業化学系の研究室に所属している。拓也が到着した頃には、他の研究生たちは壁に向かって並んだ各自のデスクで、それぞれの研究やデータ分析などを始めていた。拓也も含めて五人が男子だが、無口なオタク揃いで、互いの会話はほとんどない。唯一、話しかけてくるのが、隣の席の久宝くぼう紗耶香さやか、紅一点である。学部生時代に二年連続でミスキャンパスにも選ばれたことがある美女は、二浪している拓也の二つ年下であった。
「おはよ、お寝坊さん」
「あ、おはよう……先生は?」
「もう来てるよ、どうしたの?」
「ああ……高分子合成のレポートを今日まで提出するよう言われたんだけど、うっかり寝てしまって……」
「え! あれ、まだ出してなかったの?」
 進級に関わる大切なレポートで、他の全員はすでに昨年末に提出済みだ。飲食店のアルバイトがハードな拓也だけ、特別に期限を延ばしてもらっていたのだった。
「あと少しなんだけど……昨日は睡魔に負けちゃって……」
「昨日、じゃないの」
 紗耶香は小さく笑うと、ノートパソコンに戻った。と、隣接する教授室のドアが開き、女性教授が入ってきた。まっすぐ拓也のほうへ向かってくる。
「おはよう、小嶋君」
「あ、お、おはようございます……」
 新西佐和子は、学内では、男性も含めて唯一の三十代教授である。抜きんでた研究成果を買われて、いまや企業が競い合うように研究費の支援を申し出るほどの存在で、早くも、将来、有力な学長候補という噂すら立っている。
「ずいぶんお早い、ご登場ね」
 紺色のスーツに身を包んだ三十八歳の美人教授は、皮肉交じりに言った。
「す、すみません……」
「レポートは? できてるよね」
 切れ長の美しい目でじっと見つめる。
「そ、それが……」
「え?」女性教授は大きくため息をつく。「ちょっと、あっちで話しましょうか」
 紗耶香が含み笑いをしてご愁傷様とでもいいたげな視線を送ってくる。拓也はうなだれたまま、佐和子教授のサンダル音を追って教授室に入った。

「ちょっと……問題だね、小嶋君、キミは」
 佐和子教授は、応接用のソファに腰掛けると、拓也を立たせたまま説教を始めた。
 明るめのカラーを施した小ぎれいなショートヘアが年齢よりもずいぶんと彼女を若くみせている。いつも上等なスーツをさりげなく着こなしていて、理系の女性教授にしては、服装もメイクも洗練されている。
「すみません……」
「遅刻してきた上に、レポートもできてないって……ありえないでしょ」
「も、申しわけないです……」
「アルバイトは理由にならないよ。あなただけじゃないんだからね、苦学生は」
「は、はい……」
「どうするの? 義務教育じゃないんだから……」佐和子は拓也の目をじっと見つめる。「辞めてもらってもいっこうにかまわないよ」
「そ、そんな……」
 よほど腹に据えかねているのだろう。予想以上の厳しい言葉に、拓也はうろたえた。
「ど、どうか……お願いします……み、見捨てないでください……」
 二人きりの密室ということも手伝って、自分でも情けなく思うような言葉をつい口にしてしまう。
 佐和子は何度も頭を下げる拓也を黙って見ている。
「こ、このとおりです……」
 さらに深く頭を下げた。
「今日の夕方までには、出せる? いまやってる課題は後回しでいいから」
「は、はいっ、必ず……すみませんっ、ありがとうございます……」

 席に戻ると、拓也は、紗耶香による度々のちょっかいをいなしつつ、昼食も摂らずにレポートを仕上げて、佐和子教授のもとへ持っていった。
「あとで見とくから、そこ置いといて」
 佐和子教授は、キーボードを叩きながら言った。
「は、はい……ありがとうございます……」
「小嶋君」
 退室しようとした拓也の背中に声が掛かる。
「はいっ……」
 執務机の前へ急ぎ戻って、背筋を伸ばした。
「次、レポートの提出遅れたら、単位あげないからね」
「……あ、は、い……すみません……」
「ちょっと、生活考え直したほうがいいと思うよ。まだ、卒業まで一年以上あるんだから……あと、キミは実験器具の扱い方が雑……」
 それから二十分ほど、佐和子教授の説教が続いた。

「ずいぶん、長かったね」席に戻った拓也に紗耶香が声を掛ける。「暗い顔しちゃって、どうした」
「こってりしぼられちゃった……」
「そりゃそうかもね……遅刻の上に、レポートも出きてないじゃ、印象悪すぎるわ」
「う、うん……まあ……」
「ご飯行かない?」
「え、ああ、もうこんな時間か……」
 壁の時計は一九時近くを指していた。研究室に残っているのは二人だけだった。
「行こうよ、学食まだ一時間くらいやってるよ」
「そうだね、ホントは、今日の課題やんなくちゃいけないけど、エネルギー使い果たしちゃったな」
「うん、無理は身体に良くないよ、行こ行こ」

 専門課程の学食は本学部のものほど広くなく、メニューも少なめだが、アルコールを出していた。紗耶香は生ビールと枝豆のセットと餃子に麻婆豆腐。下戸の拓也はハンバーグ定食とオレンジジュースを前にして向かい合う。
「なんか、お父さんみたいだね」
 拓也が微笑むと、紗耶香が、「誰がオヤジだって?」と笑い、「小嶋君こそ、お子ちゃまだね」とからかった。「ハンバーグに旗立ててあげよっか?」
「い、いや……」
 拓也は紗耶香の冗談に苦笑いする。
「とりあえず、小嶋君のレポート完了ということで、乾杯!」
「あ、ああ、どうも、ありがとう……」
 差し出されたビアジョッキに、ジュースのグラスを合わせる。二重まぶたの愛くるしい目に見つめられ拓也は思わずドキリとする。整った面立ちは、可愛いと美しいの両面を持ち、栗色に輝くセミロングヘアがその魅力をさらに引き立てている。さすがはミスキャンパスに選ばれるだけのことはある。
「ちょっと、ごめんね」
 紗耶香はジョッキを持ったまま、反対の手で器用にスマートフォンを操作し始めた。なにやら文字を打っている様子だ。友人とメッセージでも交換しているのだろうか。
「で、先生なんだって?」スマホを置いた紗耶香が問う。「新西先生に、なんて言われたの?」
「え、あ、ああ……」
 拓也は、訥々とつとつとした口調で、佐和子教授から受けた説教の内容を紗耶香に話した。
 声に出すことで、頭のモヤモヤが薄れ、少しは気が楽になったようにも思えた。
「要はこのままじゃ駄目だって。生活を変えないと……」
 拓也はため息交じりに言う。
「そうだよね、たしかに……」紗耶香がうなずく。「飲食店のバイトって、どのくらいシフト入ってるの?」
「週、三、四日くらい、かな……」
「時間は?」
「夕方の六時から。終わるのは、なんだかんだで、十二時過ぎちゃう」
「そっかぁ……でも、それ、あと一年続ける気? そんなの」
「ま、まあ、そうするしかないけど……」
 余裕のない実家にこれ以上経済的な負担は掛けられない事情を話す。
「まあ、うちも似たようなもんだよ」
 ひととおり聞いた紗耶香がつぶやくように言った。
「え、久宝さんも、なにかバイトやってるの?」
「やってるけど、バイト……なのかなぁ……」
 紗耶香は、意味ありげな笑みを見せて首をかしげた。

「パパ活っ!?
 紗耶香の告白に、拓也は思わずすっとんきょうな声を上げる。
「しーっ……」紗耶香は人差し指を口に当て、あたりを見回す。「そんな大きな声出さないでよ」
「パパ活って……」言葉は聞いたことがあったが、詳細は知らない。「ど、どんなことを……」
「ご飯食べて、会話するだけだよ」
「え……そ、それだけ……で……」
 どうやら紗耶香は、パパ活の手当だけで、学費も生活費もまかなえているらしい。
「小嶋君も始めたら? ママ活
「え、ま、ママ活……」
「皿洗いのバイトなんて、きっともたないよ。おんなじ失敗したら、もうアウトって言われたんでしょ、先生に。やばいよ、マジで」
 紗耶香の言うとおりだった。しかし、女性には奥手の拓也である。ママ活などできる自信がなかった。
「大丈夫だよ、小嶋君なら……ママ好きするルックスだと思うよ。やるだけやってみてごらんよ、私がサポートしたげるから」
 結局、紗耶香に勧められるまま、出会い系のアプリをスマートフォンにインストールし、プロフィールをつくって、ママ活専用ルームにコメントを書き込んだ。
 それで一週間ほど待ったが、何の音沙汰もない。
「無理かな……やっぱり」
 最初は、本当に連絡が来たらどうしようと、気が気でなかったが、コンタクトがないならないで、それなりにショックであった。
「ママ活は、競争率高いからねぇ」紗耶香は腕組みして言う。「応募する男子の数のほうが圧倒的に多いから」
「そ、そうなんだ……」
「写真載せちゃうか」
「え、それは、ちょっと……」
「文字のプロフィールだけじゃ、厳しいね。これは」
「…………」
「大丈夫だって、小嶋君なら。いいの? このまま退学になっても」
「い、いや……」
 退学という言葉にショックを受ける。
 それは現実味のある話だった。数日前、実家から、春からの学費は、自分でなんとかして欲しいという連絡を受けたのだった。生活費の確保だけでも精一杯なのに、学費となるととても無理である。まだ先の話だと現実逃避していたが、いずれは向き合わねばならぬ大問題である。
「私のいきつけの美容室がさ、男子のカットモデル募集してるの。無料だよ」
 結局、紗耶香に連れられ、美容院に行った。長髪のままのほうが似合うと言われ、カットは最小限にして、ゆるくパーマを当てられる。その場で取ってもらった写真をプロフィールにアップした。
 すると、数日後、ひとりの女性からコンタクトがあった。
「ほら、きた!」紗耶香は、自分のことのように喜んだ。「これはかなりの美形だね」
 女性のプロフィール画像には、うっすらとモザイクが入っていたが、拓也の目にも同じように映った。隠しきれない美女のオーラが画面越しに伝わってくる。二十代後半の会社経営者らしい。
「やったね……でも、ここから慎重にやるんだよ」
 紗耶香のアドバイスどおりに、メッセージをやりとりする。
「慌てずじっくりね。凄くタイプみたいじゃない。拓也のこと」
 ごく自然に下の名前で呼ばれ、ドキリとする。ただ、ママ活を紹介するところからして、紗耶香にとって自分は恋人の範疇外なのだろう。拓也は複雑な思いにかられるが、いまは、ママ活を成功させることが最優先だ。それは分かっている。
「そ、それで、次は、どうすれば……」
「ようし……十分じらしたから、そろそろ会っちゃおうか」
 紗耶香の指示どおりにメッセージを送り、初コンタクトから一週間後に待望のママとデートの約束を取り付けることができたのだった。

第一章 女性社長に奪われた童貞

☆ 一

――ここか……
 拓也は約束の時間より少し早めに、指定された場所へ到着した。待ち合わせで有名な広場にある緑色の電車の前だ。たくさんの男女が、電車をぐるりと囲むようにして、それぞれの相手を待っている。平日、早目の時間のせいか、若い人たちが多い。隣に立っていた男性の元へ、女性がやってきて連れだって去って行く。すると入れ替わるようにしてそのスペースへ男性が入ってきてスマートフォンをいじり始める。待ち合わせの人間が何度か入れ替わるうちに、約束の時間になった。
 ママは拓也の顔を知っているはずだが、拓也のほうはよく知らない。モザイク入りの写真を見る限りは、美形だと思い込んでいたが、実際に待ち合わせの場所に来てみるとなんだかそれも確信がなくなってきた。
――どんな女性ひとが来るんだろうか……
 分かっているのは、年齢が二十八歳の会社経営者で、本名か偽名か分からない久美子という名前だけである。
 正面にある駅の外壁付近にも数人の待ち合わせ男女が立っていて、その中に真っ赤なスーツに身を包んだ貫禄たっぷりの女性が目立っていた。
――まさか、あの人じゃないだろうな……
 確認したのはモザイク入りの顔写真だけだから、体形までは把握していない。
 身長は拓也と同じくらいだろうが、体重は倍あるのではないか。するとその女性が、まっすぐこちらに歩いてくるではないか。
――いや、そ、それは……
 大きな胸をゆさゆさと揺らしながら、女性は一直線にこちらへ向かってくる。
――あああ……
 女性が片手を上げたので、拓也も思わず頭をこくりと下げてしまった。しかし、女性が声を掛けたのは拓也ではなかった。彼女の相手は、隣の男性であった。
「ふぅ……」――よかった、助かった……
 安堵しているところへ「拓也君、ですか」と声を掛けられた。
「あ……は、い……」
「初めまして、久美子です」
「あ、あああ……初めまして……」
 予想を裏切らない美形のママだった。目鼻立ちの整った色白の面立ちに柔らかな笑みが浮かんでいる。濃いブラウンのロングコートを着ていて、足元はロングブーツだ。
「夕飯には少し早いから、とりあえず、お茶にしましょうか」
「あ、ええ、お任せします……」
「ふふっ、じゃ、とりあえず、後ろから着いてきてください」
 女性は、そう指示した。
「……はい……」
 拓也は、きびすを返して歩き始めた彼女の背中を追う。明るいブラウンの髪がときおりビルの谷間を縫って吹く北風に揺れる。
 大通りをしばらく歩いて、路地に入った。百メートルほど進んだところで、雑居ビルの地下へと潜っていった。たどり着いたのは、薄暗い喫茶店だ。一番奥の席へ座る。店内はパーティションで細かく仕切られていて、他の客の話し声は聞こえるが、なにを話しているかまではよく分からない。
 コートを脱いで脇に置いた久美子は、ベージュ色のスーツにドット柄の丸首インナーで、正装ながらもどこか親しみの湧くファッションである。いかにもママさん社長という雰囲気だ。
 やってきたウェイトレスに、拓也はホットコーヒー、久美子はブランデー入りの紅茶を注文した。
「初めてなの? こういうの」
 ママ活のことだろうと思い、拓也は「はい」と応える。「よ、よろしく、お願いします……」
「こちらこそ、よろしく」
「あ、はい……」
「どうした? 緊張してる?」
 久美子は白い歯をこぼして言った。
「ええ、こんなにきれいな方だとは思わなかったので……」
 面と向かってみて、はっきりと美人だと確信する。きれいな顔立ちだが、どこか温かみを感じさせる美貌だ。
「ふふっ、どんな人が来ると思ってたの?」
「いえ……ああ……」
 赤いスーツの太った女性が思い起こされて、拓也は笑いそうになるのを堪えた。
「拓也君も実物のほうがずっとかわいいね」
「あ、いえ……」
 拓也は照れてうつむいた。耳が熱くなる。
「学校のお話し、もう少し聞かせてくれる?」
「あ、は、はい……」
 出会い系アプリのメッセージ機能を通じて、拓也は、大学院で研究しているテーマや将来の希望などを伝えていたが、それをもう少し具体的に話した。紗耶香から対策講義を受けていたので、たどたどしくはあったが、準備していた内容をなんとか話しきることができた。

「なるほど、将来会社に入ってそういった研究を続けたいわけね。夢は一流のバイオエンジニアってとこかな」
 そう言って久美子は紅茶を啜った。大きな輪っかのイヤリングが、きらきらと揺れている。
「え、ええまあ……で、く、久美子さんは……どんな……」
 女性のことを恐る恐る尋ねてみる。
「私? どういうふうに見える?」
「か、会社の社長さん……」
「ふふっ、それはプロフィールにあったでしょ。なんの、だと思う?」
「あ、えっと……美容関係とかでしょうか……」
 郁夫は、年齢をまったく感じさせない肌を見て言ってみる。張りと潤いに満ちた二十歳前後の肌つやだ。
「ああ、そっち系はどちらかというとお世話になってる業種だなあ。近いといえば近いけど」
「近い? ……でも、分かりません、ちょっと僕には思いつきません……」
「未来の研究者がそんなに簡単に諦めていいの? 想像力も必要なんじゃない?」
「あ、ああ、はい……」
 その後、いくつか思いつく業種を上げてみたが、どれも当たらなかった。
「時間切れね…………正解はね、アプリを作る会社をやってるの。料理とかグルメとかアパレル系の」
 スマートフォンやタブレット端末用のアプリケーションを、大手から独立して開発しているらしい。
 久美子が口にしたアプリの名前は、拓也が見聞きしたことのあるものもあった。
「販売は大手がやってるけど、開発元はうち」
「へえっ、す、凄いですね……」
「でも、大手の下請けは、今後は止めようと思ってるの。もう十分義理は果たしたと思うし……これからは自分たちでね……なんといっても、当たったときの儲けが違うからね……」
 バイタリティにあふれた話しっぷりに、拓也は聞き惚れてしまう。見かけはママだが、中身は正真正銘のビジネスウーマンだ。
 話の途中で久美子のスマホが振動する。
「ちょっとごめんね」
 画面を見て、久美子は通話を始める。話しぶりからしてクライアントのようだ。
 電話を切った久美子が残念そうな顔をする。
「ゆっくり夕食したかったんだけど、打ち合わせが入っちゃった。申しわけない」
 久美子は小さく手を合わせて軽く頭を下げた。
「いえ、とんでもないです」
 謝られたことに恐縮し、彼女より深く頭を下げる。
「今日は、楽しかったわ。ありがとう」
「あ、はい……僕も、凄く……楽しかったです……あ、あの……ま、また会ってもらえますか……よければ……」
「いいよ、もちろん」久美子はスマホでスケジュールを確認する。「私も拓也君のこと気に入ったから」
 来週の再会を約束すると、久美子は一万円で支払った会計のお釣りをそのまま手渡してくれた。
「こ、こんなに……」
 拓也にとっては大金である。
「なに?」久美子は微笑む。「ママ活でしょ。今日はとりあえず、これで。問題ない?」
「も、もちろんです、すみません……あ、ありがとうございます」
「次は、私もゆっくり時間とるから」

「どうだった?」
 翌日、さっそく紗耶香が聞いてきた。
「うん、本当に会社の社長さんで……凄くいい人そうだった……」
「きれいだった?」
「あ、う、うん……なかなか……」
「その顔は、ホントみたいだね。よかったね、美人ママで」
「あ、ああ……」 
「旦那さんは?」
「いや、そこまでは、聞いてないよ」
「指輪は?」
「さあ……どうだったか……」
「見とかないと、そんなの……注意が甘いなあ……年齢からいくと独身の可能性も高いよね。まあいたとしても、ママ活する女性って、旦那さんとうまくいってない場合が多いみたいだから……でも来週のデート取り付けられてよかったじゃない」
「うん、久宝さんのアドバイスのおかげだよ」
 拓也は彼女の指示どおり、次の約束を取り付けること、自分からお金の話はしないことを守った。
「まあそれでもまずは拓也が気に入られることが前提だから……キミのルックスと中身がよかったからだよ」
「あ、ありがと、でも……な、なんか……上からだな……少し……」
「なによ。文句あるの?」
「い、いえ……久宝さんだけが頼りだから……これからもアドバイス、どうかよろしくお願いします……」

 前回と同じ場所で、今度は十九時の待ち合わせだったが、久美子が現れたのは二十分後だった。
「ごめん、打ち合わせが長引いちゃって。お腹すいちゃったね……何が食べたい?」
 メイクのせいか、今宵は前回よりずっと色っぽく感じた。
「あ、いえ、な、なんでも……」
「そ、じゃ、お肉にしよっか」
「あ、は、い……」
 連れて行かれたのは大きな鉄板カウンターのある、いかにも高級な店だった。シェフが目の前で焼く肉を久美子はワインを片手に頬張った。
「たくさん食べな……キミ、華奢だから」
「あ、はい……」
 それでも遠慮がちに拓也はいただいた。もともとが小食だ。それにしても、こんな柔らかくてジューシーな牛肉を口にしたのは生まれて初めてではないだろうか。
「お酒は、まったく飲まないの?」
 烏龍茶が入った拓也のグラスを見て言う。
「いえ、少しくらいなら飲めると思うんですが……好んでは……」
「それはつまんないな。あたし結構飲むよ。つきあえる?」
「あ、はい……が、頑張ります……」
 拓也としてもこんな美人でお金持ちのママにいきなり出会えたことは幸運以外のなにものでもない。この機会を手放したくはない。できる努力はしなければならない。
「よし、じゃ、行こう」

 久美子の行きつけというバーは、喫茶店と同じく地下にある薄暗い店だった。快活な見かけや装いに反して、どうやらこのような雰囲気が好みらしい。カウンターの中には女性のスタッフが二人がいて、先客である二組のカップルを相手していた。
 久美子は顔なじみであろう女性バーテンダーに目配せを送ると、奧まったところにあるテーブル席へ向かい、拓也を座らせ、自分も対面に腰掛けた。
 注文を取りに来た女性スタッフに「私はウィスキーキープのセットで。彼には、なにか口当たりのいいカクテルつくってあげて」

☆ 二

「じゃ、拓也君との出会いにあらためて乾杯」
「あ、はい……乾杯……」
 拓也は久美子が差し出したグラスにぎこちない仕草で合わせる。
「ママ活やるってことは、理由があるんでしょ。今日は、それを聞かせて」
 久美子が言った。
「あ……え、ええ……」拓也は一口飲んだグラスをテーブルに置くと、姿勢を正した。「じ、実は……」
 生活費を稼ぐために夜、飲食店で皿洗いのバイトをやっているが、そのために、学業がおろそかになりつつあること。厳しい女性教授から、この調子だと進学させないと言われていることを告白した。
「なるほど、ね……そのバイト代は月いくらになるの?」
 拓也はバイト収入の金額を正直に話した。
「それだけあれば、生活してけるわけね。了解。それは出したげる」
「ほ、本当ですか……」
「うん、その代わり、こうやって、週に一回、夕食と飲みに付き合ってくれる?」
「も、もちろんです。あ、ありがとうございます……」
 週に幾日にもおよぶ夜間の長時間皿洗いバイトと美人ママとの甘い逢瀬を比べるまでもない。しかもこちらは週に一度でいいのだ。余った時間を勉学に費やすことができれば、いまや地に落ちつつある女性教授からの評価もきっと取り戻せるに違いない。
「これ、うちの会社で使ってる営業パンフ」
 久美子は、三つ折りのパンフレットを拓也に渡した。
 オリジナルのアプリ制作を提案する内容のパンフレットだった。
「自社開発だけじゃ、当たるか当たらないか分からないからね。うち主導で制作しますよってスタンスでは、他社の手伝いも続けていこうとは思ってるの」
「へえ……凄い、ですね……」
 久美子はざっと読み終わった拓也の手からパンフレットを取り上げると、札束を挟んで再度戻した。「ホームページのほうにはもっと詳しく書いてるから、興味あるなら見てみてよ」
「は、はい……あ……ありがとうございます……」
「さっさとしまって」
「は、い……すみません……」
 頭を下げながら、リュックの中へそそくさと入れた。
「奨学金とかはもらってないの?」
「あ、はい……いま申請中で……」
 拓也はこれが機会だと思い、実家の家業が傾いて、来期の授業料を自力で払わねばならないこと、そのために奨学金と授業料免除を申請していることを打ち明けた。
「申請、通るといいね」
「は、はい……」
 そのひとことで流されてしまったことに軽くショックを覚えるが、まだ会って二回目なのだ。生活費の面倒を見てもらえるだけでもありがたいと思わねばならない。
「真っ赤になっちゃって」
 緊張のあまりか喉が渇いて、拓也はグラスを頻繁に運ぶ。さほどアルコールは強くないのだが、気づいたら飲み干してしまっていた。
「お代わりは?」
「あ、はい……烏龍茶かなにかで……」
「え? ウーロンハイ?」
 久美子は悪戯っぽく微笑んで言う。
「あ、いえ……ノンアルコールで……できれば……」
「お酒、つきあってくれるんじゃなかったの? あたしだけ酔っ払っても、面白くないじゃない」
「あ、はい……じゃ、薄目ので……」
 久美子は女性スタッフに拓也のオーダーを伝えたあと、意味ありげにウィンクした。拓也の予感どおり、女性スタッフが運んできたグラスは、決して薄いウーロンハイではなかった。
 カウンターの客がはけたあと、久美子はトイレに行くついでに、チーフと思われる女性バーテンダーに耳打ちした。

「奥で少し、ゆっくりしようか」
 トイレから戻ってきた久美子に促され、拓也は誘われるまま、奧の個室に連れ込まれた。ソファとテーブルと観葉植物が置かれた小さな部屋で照明は一段と薄暗い。怪しく危険な空気が漂う空間だ。心なしかすえた匂いがする。
「どう? 酔っ払っちゃった?」
 久美子は、ソファに座った拓也の横にぴったりとくっつき、肩に手を回した。
「あ、は、はい……」
 よくない状況になっているのは分かるが、それよりも慣れないアルコールに頭がくらくらする。
「チュー、しようか」
 久美子の左手の薬指には結婚指輪と思われるリングがある。
「だ、旦那さんは……」
 紗耶香からNGワードに指定されていた単語を思わず口走ってしまう。
「平気だよ……そんなこと言ったら、醒めちゃうじゃない……」
「ああ……すみません……」
「ふふ、冗談よ……」久美子はくっつけていた身体を離して言う。「私たちまだ会って二回目だものね……それにしても、拓也は酔っ払いすぎだね。もう少しアルコールを鍛えてかないと」

 翌日の夕食時、拓也は自ら紗耶香を学食に誘い久美子とのデートを報告した。
「あれ、お酒飲むようになったの?」
 定食の横の小ジョッキを見て、紗耶香が言う。
「う、うん……ママからの宿題……お酒強くなりなさいって」
「なるほど。頑張って……で、どうだったの? 迫られなかった?」
「あ……うん、なんか……結構、やばかった……」拓也はお酒を飲まされキスを迫られそうになったがなんとか免れたことを正直に報告する。「久宝さんは、そういうのまったくなし? パパ活で」
「うーん」
 紗耶香は意味ありげな笑みを浮かべて悪戯っぽく小首をかしげる。
「ええっ、食事して話するだけっていうことじゃなかったの?」
「ケースバイケースだよ。相手にもよると思うよ。あと、お手当をたくさんもらおうと思うなら、それなりの覚悟が必要なんじゃない……普通のビジネスと同じだよ」
「ま、まあ、そうかもしれないけど……」
 拓也は当初の話と変わってきていることに不安を覚える。

 その後、二回の逢瀬では、久美子の仕事が忙しかったこともあり、食事と会話だけで無事帰還することができた。
 次の約束の前日、大学の教務課に呼ばれた郁夫は渡された封筒の中身を見てショックを受ける。
――ああ、やっぱり、だめだったか……
 一晩経ってもショックは抜けず、気落ちしたまま、久美子と約束したレストランに向かった。
「どうした? 元気ないね」
「あ、はい……実は……」
 郁夫は奨学金も授業料免除も下りなかったことを正直に打ち明けた。薄々予感はしていたが、成績が足りなかったことは明白だ。
「どうするの?」
「どうすればいいのか……昨日通達されたばかりで……いまは、なにも考えられません……」
「今日は時間もあるから。相談に乗ろうか」
「あ、はい……よろしくお願いします」
 すがるような気持ちで拓也は頭を下げる。
 拓也は久美子に連れられるまま、例のバーに向かった。入店するなり、奧の個室へと連れ込まれ、ソファに並んで座る。前回はいきなりピタリとくっついてきた久美子が今日は微妙な距離を取っている。
 久美子は黙って水割りを二つ作った。グラスを合わせたあと、いつもは話題を提供してくれる彼女が黙ってスマホをいじっている。
――仕事が残ってるのだろうか……
 そのまま十分程が過ぎ、拓也はいたたたまれなくなって声を絞り出す。
「あ、あの……」
「なに、どうした?」
 美人社長は少しこちらに顔を傾けて言う。
「え、いえ……」
 再び久美子はスマホに顔を戻す。
「く、久美子さん……」
「なに?」
「…………」
「いいたいことがあるなら、ちゃんと言わないと。そんなんじゃ、いつまで経っても大人になれないよ」
 いつになく厳しい物言いに、拓也はようやく彼女の意図を理解する。お願いがあるのなら、自分のほうから切り出さなくてはならない。
「あ、あの……生活費をいただいている上に、凄く厚かましいお願いなんですが……」
「はい」
 真顔で見つめられる。
「じゅ、授業料をお貸しいただけないでしょうか……」
「いくら?」
 拓也は年間に必要な金額を恐る恐る言ってみる。百万円を超える大金である。
「……む、無理ですよね……いくらなんでも……すみません……」

 

悪夢のママ活「逆陵辱に耽る淑女たち」

小説出版

S女小説 虐めて濡れる(下)

S女小説 「虐めて濡れる(下)」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

男の弱さを悟った女たちは、彼が泣けば泣くほど、とことん追い込み弄ぶことに熱情を注ぐ。

女傑揃いのイベント会社第一課の中で、ひとり仕事が取れず立場をなくしている坂下郁夫(39)は、S女課長の江上貴子(30)から高校時代の同級生である社長を営業先として紹介される。その相手こそ、元恋人である桐谷恭子(30)であった。貴子に勝るとも劣らないサディスティンである恭子が出した発注条件は自身の飲尿命令に従うこと。無事仕事を受注することができた郁夫に、貴子ら第一課の女子たちは、上司である立場からその過程を厳しく問い詰める。男のプライドと引き換えに受注したことを郁夫の口から明らかにさせると、自分たちも同じ快感を得ようと、とことんに追い詰めていった。そんな中、新人社員の岸本麻由子(22)だけが唯一郁夫の味方であった。彼女の微笑みだけを支えに苦難を耐え忍ぶ彼の心身に、しかし、さらに厳しい試練が次から次へと襲いかかってくるのだった。

第一章 飲尿の命令

第二章 生贄の肛門

第三章 愛妻の鞭打

第四章 汚辱の人馬

第五章 決死の告白

第六章 淑女の変貌

本文サンプル

第一章 飲尿の命令

☆ 一

「では……桐谷社長……なにとぞ、よろしくお願いいたします……」
 シャワーを浴び、口をゆすいでスーツ姿に戻った坂下郁夫は、元恋人である女性社長、桐谷恭子に深々と頭を下げた。吐く息に彼女の匂いが濃く残っている。
「うん、見積りよろしくね」
 郁夫の口に尿を排した女性権力者は、にっこりと微笑んだ。
「ありがとうございます……失礼いたします……」
 苦しく、惨め極まりない時間だったが、これで明日、課長の江上貴子に十分な報告ができそうだ。

 郁夫が自社に戻った頃には時計はもう十九時少し前を指していた。この時間なら、第一課のオフィスに残っているのは、新人の岸本麻由子だけだろう。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい、坂下さん」
 ノートパソコンを前に残業をしていた麻由子がこちらを向いて愛らしい笑みを浮かべる。どんなに遅くなっても、彼女の疲れた表情は見たことがない。若さとバイタリティをうらやむと同時に、郁夫は自分も見習わなければと思う。それに、いまだに郁夫のことをさん付けで呼んでくれる課員は、彼女だけであった。課長らには、部下にさんなど着ける必要はないと言われているはずだが、二十近く年上の男をくん呼ばわりするのにはさすがに抵抗があるのかもしれない。いや、彼女生来の優しさからだろうと思いたい。
「あ、岸本、さん……岸本さんに頼まれてた資料のコピー、まだなんだけど、いまからすぐにやるので……」
「ああ、大丈夫ですよ、あれ、明日でも」
「ホントに? 助かります……怖い女性ひとたちの分を急いでやらなくちゃならないから……ハハ……」
 郁夫は隣の空席を見やって、麻由子に苦笑いをみせた。
「あれ? なんかいいことありました?」
「え、どうして?」
「なんかぁ……雰囲気がいつもと違いますもん、いいことあったでしょ」
「うん、実を言うとね……」
 郁夫は、桐谷恭子の会社のイベント受注がほぼ確定的であることを、顔をほころばせて話した。
「凄い! やったじゃないですか、おめでとうございます」
 拍手をして我がごとのように喜んでくれる麻由子を郁夫は心から愛おしく思った。
「あ、あと……あれ、ありがとうね……」
「え?」
「ほら、忘年会のとき……真山さんの役職、こっそり教えてくれたこと……」
 口パクで『リーダー』と示してくれたのが麻由子だった。
「ああ、いえ……あのときは、ホントに危ないと思ったから」
 郁夫が彼女の役職を思い出して口にしなければ、真山由香里リーダーに土足で顔を蹴られるところだったのだ。
「あんな大柄な人にやられてたらと思うと、ゾッとするよ」
 と、そのとき、廊下から複数のヒール音が響いてきた。
――ああ……
 郁夫の背筋に冷たいものが走り、麻由子はパソコン作業に戻る。

 オフィスに入ってきたのは、江上貴子課長だった。側近の宮本真理恵係長、真山由香里リーダーも続いて入室してきた。
「お、お疲れさまです……」
 打ち合わせがてら食事でもしてきたのだろう。三人とも少し、酒が入っているようだ。頬をかすかに染め、アルコールの呼気を漂わせている。皆、郁夫の挨拶を無視して、それぞれの席に着き、パソコンを立ち上げ、仕事を始める。郁夫も二人の側近から頼まれていた作業に急ぎ取りかかった。
「どうだったの?」十分ほどして、江上貴子課長が、パソコンに目をやったまま唐突に言った。「ねぇ、坂下」
「あ……は、はいっ……」郁夫は慌てて席を立ち、九つ年下の美人課長のデスクへ向かった。「あ、桐谷社長の案件でしょうか?」
「それしかないでしょ、あんたが持ってる案件は。頭おかしいの?」
 口元にはかすかに嘲笑が浮かんでいるが、目は笑っていない。
「す、すみません……」
「というかさぁ……あたしが戻ってきたら、まず、その報告でしょう……言わなかったら、しないつもりだったわけ?」
 貴子は美しい顔をゆがめて、苦々しそうに言った。
「い、いえ……そんなことはありません……い、いまは、お忙しいかとばかり……」
 郁夫はあたふたして言う。
「へぇ、じゃ、あたしのせいなんだ」
 貴子は机に置いてある革手袋を苛立たしそうに取り、装着し始める。
「ち、違いますっ……も、申しわけありません……」
 慌てて何度も頭を下げた。
「おかしいよ、坂下、お前、やっぱり」
 鬼女課長がため息交じりに言う。
 側近の二人、宮本真理恵、真山由香里が仕事の手を止めて、郁夫を注視している。新人の岸本麻由子だけは、ときおり目線をこちらへ投げながらもパソコン画面に集中を戻そうとしている。
「すみませんっ……」
「そんなのばっかじゃない、あんた。口で言っても分かんないってことでしょ」
 貴子は革手袋を嵌め終えた両手を開いたり握ったりしている。
「か、課長……」
「もう、手袋嵌めちゃったんだからさ、覚悟決めなよ」
 貴子は椅子を後ろへ引き、九十度回転させて郁夫のほうを向いた。
「……あああ……は、い……」
 皆の前で、殴られるのはもはや免れないようだ。主任の二人がいないだけでも幸運と思うべきなのかもしれない。
「あたしに立たせるの? いいけど、手加減なしでいくよ」
「あ、い、いえ……」
 手加減なしという言葉に恐れをなし、郁夫はサンダルを脱いで貴子の前に膝立ちする。
「いい加減にしないと、坂下、お前」
 貴子の左手が伸びてきて郁夫のネクタイをつかみ上げる。
――くうううっ……
 岸本麻由子が心配そうな目で一瞬こちらを見た。なんとか耐えて、悲鳴だけは上げないようにしよう。
「いくよ」
 革手が高く上がったのを見て、郁夫は歯を食いしばった。
――パーン……
「あううっ……」
――パーンッ……
「うがっ……」
――パーン……
「ぐおおっ……」
 静寂のオフィスに、革の掌が頬を打つ音がこだまする。引き上げられていたネクタイが緩められ、郁夫はうなだれる。なんとか悲鳴を上げずにすんだが、にじむ涙を堪えることはできなかった。
「す、すみませんでした……」
「謝るんなら、こっちしっかり見なよ」
 貴子の革手が顎をつかんで引き上げる。
「……は、い……申しわけありません……」
 郁夫が見上げた視線の先には、自信に満ちた美貌がこちらをじっと見下ろしている。
「上司が忙しいなんて、勝手に判断するんじゃないよ。先にひと声掛けないから、痛い目に遭うんだろうが」
「は、はいっ、すみません……」
「すぐに手を抜こうとするだろ、お前。楽なほう、楽なほうに行こうとして」
「はい、課長の仰るとおりです……」
 貴子の顔色がサッと変わり、いきなり強烈な平手打ちが再度郁夫の頬を捉える。
「がううっ、きひいいっ……」
 予想しない一撃に思わず悲鳴を上げてしまう。
「適当な返事してんじゃないよっ」
「も、申しわけございませんっ……課長……」
 郁夫は怯えきった目で、貴子を見上げる。恐怖で膝がガクガクと震えている。
 貴子はその様子を見て微笑む。気が晴れたという表情をして、首を少し回し、脚を組み直した。
「で? どうだったの」
「あ、は、はい……」郁夫はパニックになっていた頭を落ち着けるべく、一度深呼吸をする。「…………い、一応、ほぼうち一本に絞って発注いただけることは間違いありませんで……見積もりを提出するよう言われました……」
「そんなの、最初っから分かってたことでしょ。あたしにはそういう口ぶりだったよ」
「そ、それが……相見積もりのお考えも少しお持ちでしたようで……」
 郁夫は、口答えにならないよう、言葉に気をつけながら言う。
「そう……じゃあ、それが坂下、あんたの営業努力によって、うち一本に仕向けることができたと……そう言いたいわけね」
「あ、は、はい……ま、まあ……」
 久々に手柄を報告することができそうな流れに、郁夫は淡い期待を抱く。今日は、このくらいで許してもらえないだろうか。
「どうやって口説き落としたの? ぜひ聞かせてもらいたいわ」
「そ、それは……昔のよしみもありましたので……」
「いや、恭子は、あなたが元カレだったからって理由だけで、温情示すような甘い女性じゃないわ」
 側近の二人と麻由子が、驚いた様子を見せる。郁夫と恭子がかつて恋人同士だったことは、貴子以外は知らなかったはずだ。
――あああ……
 とてつもなく悪い予感がする。
「それは、あなたが一番よく分かっているでしょう?」
 たしかに貴子課長の言うとおりだった。女子大生時代から抜け目がなかったが、久々に再会した恭子は、クールさに一段と磨きがかかっている印象だった。
「は、はい……それは……」
「だったらなに? どうやって恭子を落としたの? 聞かせてよ」
「あ、あの……課長……あ、あとで、ご報告という形では駄目でしょうか?」
 郁夫は恐る恐る伺いを立ててみる。
 貴子の拳が、机をドンと叩く。まだ革手袋を嵌めたままだ。
「いまここで話して聞かせろって言ってんのよ、あたしがっ」
「ひっ、はっ、はいっ……」
 麻由子の前でまたもや悲鳴を上げてしまい、郁夫は赤面する。
 しかし、どう言えばいいのだろう。まさか、本当のことを話すわけにはいかない。仕事欲しさに恭子社長のおしっこを飲んだなんて皆のいる前でとても口にできない。

☆ 二

「ねえ、聞かせてって。どうやって、恭子からいい返事引き出したの?」
 そもそも、当社一本に決まっている話だと言って恭子を紹介したのは、貴子課長、あなたではなかったか。郁夫は貴子の執拗さをいぶかしんだ。だが、上司の質問には応えなければならない。
「あああ……はい……なんといいますか、それは、もう、とにかくこちらの誠意とやる気をお見せして……」
「だから、それをどうやって見せたのかって」
 貴子がカツンとヒールを踏みならした。
「ひっ」郁夫は顔を引きつらせる。「……あ、はい……あ、頭を下げました。何度も……」
「どんなふうに? 普通に頭下げたくらいじゃ、いい返事しないと思うけど、彼女」
 おおかた予想はついているのだろう。もはやごまかせないと思った。
「は、はい……床に手をついて……お願いしました……」
「元カノに……」貴子は身を乗り出して、郁夫の顎をつまみ上げる。「土下座したの……お仕事くださいって」
「は、はい……」
 斜め前に座っている宮本真理恵係長が「ふふっ」と笑った。「課長、実際にやってもらったらどうですか?」
「いいかもね……どう思う? 真山」
 貴子は真理恵の向かいの真山由香里リーダーにも意見を求めた。
「ええ、見てみたいです……いつも、あたしたちが教えるばっかりだから」
「そうだね。たまには、坂下さんから教わるのもいいかもね」貴子が赤い唇の端に笑みを浮かべる。「大ベテランの男性社員さんがどうやって仕事をとってくるのか」
「か、課長……どうか……ご勘弁を……」
「え?」貴子は耳に手を当て、よく聞こえないふりをする。「ああ、ここじゃ狭いって……じゃ、会議室行こうよ」
「課長、すみません」
 密かに帰り支度をしていた麻由子が立ち上がる。
「あなたもだよ、一緒に教わらないと……坂下の貴重な営業手法を」
「そ、それが……ちょっとさっきから具合が悪くて……」
 小首をかしげる貴子に、「すみません……課長、ちょっと始まっちゃったみたいで……」
 麻由子は恥ずかしそうに、生理による体調不良を申告した。
「ああ、そう……じゃ、しょうがないね、今回は。早く帰って、ゆっくり休みな」
「はい、ありがとうございます、すみません、皆さん」
 郁夫は麻由子がいなくなったことに胸をなで下ろした。彼女にだけは、惨めな姿を見られたくない。

 女性たちは、郁夫の背中を押して、会議室へ連行する。
「ほら、やってみせろ。どうやって恭子社長を口説き落としたのか」
 貴子が長机に軽く尻を預けて立っている。ゆるくウェーブの掛かった栗色の髪が麗しい。その両脇には宮本真理恵係長、真山由香里リーダーの二人が同様の姿勢で控えている。
「は、はい……」
 郁夫は貴子の前でオフィス用のサンダルを脱ぎ、脇に揃えて正座した。
「私を桐谷恭子と思って、やってみな」
 ブラウンのビジネスワンピースに身を包んだ貴子が一歩前に出て仁王立ちする。
「はい……き、桐谷社長様……ど、どうか、この案件を、我が社に、わたくしにお任せいただけませんでしょうか……」貴子を真っ直ぐに見上げて言う。「こ、このとおりです……」床にしっかりと額を着けて懇願した。

「顔あげな」
 その声が貴子から発せられるまで郁夫は頭を下げ続けねばならなかった。
 機嫌を伺うように、床に手を突いたまま、貴子を見上げる。
――ああ…………どうか……
 貴子の面立ちが、恭子と重なった。貴子もとてもグラマラスな女性で、背格好も近く、同類の雰囲気を持っている。
「それで……説得できたの?」
「あ、はい……」
「本当に? それだけで?」
「は、い……」
「そう……嘘ついてない? あたしに」
「い、いえ……それは……」
「誓える?」
「どうなんだよ」
 貴子がさらに一歩前に出て、黒いパンプスで郁夫の手の甲を踏んだ。
「うっ……あああ、ち、誓います……」
 そう言わざるを得なかった。
「そうなんだ……あたしが聞いてる話とちょっと違うんだけどなぁ」
「か、課長……」
 郁夫は思わず、貴子を仰ぎ見る。
――あああ……
 嗜虐的な笑みを見て、本当に聞いているのだと思った。
「す、すみませんっ、申しわけありませんっ……」
「なにが?」
 貴子は踏んだ手の甲を左右に踏みにじる。
「ぐあああっ……い、言います……」
「なにを?」
「じ、実は……桐谷社長様のほうから条件を出されまして……」
「どんな?」
 側近二人も、興味津々で郁夫を見つめている。彼女たちはどうやら真実を知らないようだ。
「か、課長……」
 この際、貴子のほうから言ってくれたほうが、よほど楽だろうと思ったが、鬼上司はあくまでも、郁夫自身に告白させたいようだった。
「教えてよ、早く」
 もう一方のパンプスが、反対の手の甲を踏んだ。
「ぐあああっ……い、言います……言いますのでええっ……」
 これ以上の痛みにはとても耐えられそうになかった。

「まじですか?」
「え、どういうこと?」
 宮本真理恵も真山由香里も郁夫の告白が信じられないと言った表情をしている。
「頭に入ってこなかったんだって……」貴子のパンプスが軽く郁夫の額を小突いた。「もう一回、最初っから」
「ううっ……は、い……桐谷社長様から、お、おしっこを飲むなら、仕事を与えると言われました……」
「おしっこって、あなたのおしっこ?」
 知ってか知らずか真理恵が聞く。
「ほら、よく伝わってないじゃない」
 貴子が今度は強めにこめかみを蹴った。
「うがあっ……ひいっ……すみませんっ……」
「宮本の質問に答えろよ」
「はいっ、み、宮本係長……わたしのではなくって、その……桐谷社長のおしっこを飲むならと……」
「元カノなんでしょ」
 由香里が言った。
「は、い……」
「要は、社長に出世した元カノに、仕事が欲しけりゃおしっこを飲めって言われたわけよ。彼は」
 貴子が鼻で嗤うように言うと、真理恵と由香里が汚いものを見るような視線を郁夫に送る。
――ううう……
 郁夫はいたたまれなくなり、貴子が履く黒いパンプスの爪先をじっと見つめる。
「で……なんて答えたの? お前は」
 見つめていた爪先が動いて、郁夫の顎を上向けさせた。
「うっ……」――あああ……そんな……
「言えよ、仕事いただいたんだろ?」
「はい……」
「拒否してたら、今ごろあたしにいい報告できてないはずだもんね」
「そうです……」
「今月ゼロ確定だったもんね?」
「ううう…………」
「言えよ」
 黒革の爪先があごの下をぐっと突き上げる。
「うぐあぁ……ひぃ……はいっ……の、飲むといいました……」
「そんな偉そうな言い方したの?」
「あ、いえ……お飲みします……ぜひ、飲ませてくださいと……お願いしました……」
「で、飲んだの?」
「………………」
「どうなんだよっ」
 貴子が声を荒げた。
「ひっ…………は、は、い……」
――ひゃーっ……
――うえーっ……
 側近二人が、悲鳴のような声を上げた。
「男としてのプライドないのか? お前」
「…………」
「答えろよ」
 貴子の爪先が郁夫の喉元をえぐる。
「うげっ……はい、あ、ありません……」
「だよね……あったら、そんなことできるわけないもんなぁ。いくらなんでも、男が女のおしっこを飲むなんて」
 爪先をいったん引くと頭頂部に載せて、そのまま踏みしだいた。
「あううう……」
――ゴチッ……
 額が床を叩く。
「ぎあああっ……」
「脚疲れちゃったよ。ちょっと脚置きに使わせて、お前の頭。それくらいしか使い道ないでしょ」
「ひいいっ……ううう……」
「どうした? 悔しいか? なあ」
 体重を傾けて、左右に踏みにじる。
「うごああああっ……」
「悔しいなら、人並みに仕事取って来いよ。自分の実力でさぁ。こんな目に遭うのも、全部が全部、てめぇのふがいなさだろうがっ」
 貴子は小鼻を膨らませて言う。
「ひいいいっ、はいっ、すみませんっ、仰るとおりです……」
「女の小便でも飲まないと仕事とってこれないんだろ、お前」
「…………」
「違うのかよっ」
 さらに体重を載せて踏みつける。
「うぎゃあああっ……はいっ、そうです……」
「言えよ、自分で」

「よく聞こえない。もう一回、最初っから」
「は、はい……わ、私は女性様のおしっこを飲むことでしか、仕事をとってこれない駄目社員です……どうか、第一課の皆さまで、厳しい指導をお願いいたします……」
 惨めに過ぎるセリフを十回近くいわされたところでようやく、貴子の許しが降りた。

☆ 三

 翌朝、朝礼が終わると、郁夫はすぐさま貴子のデスクに向かった。
「課長、桐谷コーポレーションさんへの見積りが仕上がりましたので、チェックをお願いします」
 家にノートパソコンを持ち帰り、夜中の三時までかけて作った見積書を渡す。
「そこ置いといて」
 貴子は高速でキーボードを叩きながら、視線をパソコン画面に向けたまま言う。
「はいっ、よろしくお願いします……失礼します」
 九歳年下の女性上司に一礼して席に戻った。

 貴子がパソコンを閉じて見積書のチェックを始めた。他の女性課員たちは皆、外出前で、それぞれ資料づくりなどの準備をしている。
「坂下」
「はいっ」
 貴子に呼ばれて、すぐに席を立って向かう。
「これ、安すぎるよ。ただでさえ、数字ないんだからさ、お前。せっかくのチャンス活かさないと。うち一本に絞ってもらってるんでしょ?」
「え……は、はい……」
「五割増しくらいでいけるよ、この内容だったら」
「あ、はぁ……」
「どうした? もっと自信持ちなよ。エガミの看板に」
「あ、はいっ、すみません……」
「お前だって、あんなことまでやらされてさぁ、割に合わないでしょ。この金額じゃ」
――あああ……
 事情を知っている側近の二人、宮本真理恵と真山由香里が同時に吹き出し、クスクスと笑う。
「どうしたんですか?」
 主任の日野圭子が聞いた。
「いや、頑張ったんだよ、坂下君」
 斜め向かいの真理恵係長が言う。
「え、なになに? どういうことですか」
 圭子が隣の由香里リーダーに聞く。
「ご本人から聞いてみて」
 郁夫の額から冷たい汗が噴き出す。
――あああ……
「そもそも、ここから値引き要求してくるかもしれないでしょ。その数字で対応できるの?」
 貴子が話を戻した。
「あ、い、いえ……すみません……」
「馬鹿、やり直せ」
 貴子は郁夫の腹を軽く小突いて言う。
「うっ、は、はいっ、承知しました。申しわけありません……」
 郁夫は見積書を引き取り、席に戻って貴子の意向に沿えるよう再計算する。午前中には、また、恭子の会社に向かわねばならない。
「なに頑張ったの?」
 隣の圭子が興味津々に聞いてくる。
「す、すみません、主任。ちょっと、急ぎの仕事でして……」
「日野、邪魔しちゃ駄目だよ」貴子が笑みを浮かべて言う。「坂下、崖っぷちなんだから」
「分かりました、じゃ、課長、行ってきます」圭子はバッグを肩に立ち上がった。「あとでゆっくり聞かせてよ」郁夫の背中を叩いて、出ていった。

「なかなか、いい値段だね。思ってたより」
 桐谷恭子は、郁夫が手渡した見積書を見て言った。
「社長、申しわけありませせん……わたくしとしては、もう少し勉強させていただきたかったんですが……社内的に、それが限度で」
「貴子が、そんなに安くするなって?」
 恭子が薄笑いを浮かべて見つめる。
「い、いえ……それは……」
「ふふっ、よほど怖いみたいね、江上課長が……あたしとどっちが怖い?」
 スティック状の豪華なイヤリングが照明に煌めいている。
「…………」
 郁夫はもはやなにも言えず、愛想笑いを浮かべるしかなかった。
「まあ、いずれ社長になるだろうからね、貴子は。逆らいようがないよね、あんたとしては。永遠の上司だもんね……ただ、あたしとしても、この数字じゃ、ちょっと納得できないな」
 郁夫は、ここへくる前、貴子に言われた言葉を思い起こす。
――基本、値引きは許さないから。どうしても折れるときは、覚悟しなよ。あたしも恭子と同じことをあんたにやってもらうから……
「あああ……社長様……」郁夫は応接ソファを降り、恭子の斜め前に跪く。「どうか、お願いします……このとおりです……」床に頭を着けて懇願した。
「……あなたさぁ、それやれば、なんとかなると思ってない? 土下座するのは勝手だけどさ。そんなのいくらの価値もないよ……ズバリ言おうか、あたしの希望額は……」
 恭子が提示した金額は、奇しくも郁夫が最初に見積もって貴子に提出した数字とほぼ同じだった。
「ああ、そ、それは……」
「ふふっ、これじゃ、とても、貴子課長に報告できないって?」
「……あああ……社長様……」
「そう顔に書いてるよ」
「まあ、貴子は昔っからの親友だし、あんたとも付き合ったことのある間柄だし……分かった。この数字でいいけど、外してたオプション項目戻してくれるかな」
 翻訳機の設置に関する部分で、リース料を計上していたが、社内の機材を利用すれば、経費は大幅に抑えることができそうだった。
「あ、は、はい……承知しました……なんとか、やらせていただきます……あ、ありがとうございます……」
「うん、あとひとつ条件」
「え……あ……は、い……」
 郁夫は落胆の表情を見せる。たしかに恭子がこれだけで済ませてくれると考えるのは甘いだろう。
「今晩付き合ってよ」

 いったん社に戻った郁夫は、妻の恵梨香にメッセージを送る。
『今日、お客さんの接待で、遅くなるから、夕食はすませてきます。ごめんなさい、急で』
 給料の激減で、彼女にはまったく頭が上がらなくなっていた。

「少し建物増えたかな」
 ホテルのレストランから夜景を見ながら、恭子が言う。
「もう、十年近くなりますので……」
 かつてクリスマスイブに一緒に訪れた場所で二人はディナーを共にしている。
「懐かしいね。プレゼント交換したよね」
「……あ、ええ……」
「そいえば、あれ、うちに置いたままだったでしょ」
 首輪のことを言っているのだと思った。
「あ、はぁ……ま、まだあるんですか……」
「あるんじゃないかなぁ、どっかに」
 別なパートナーと、また倒錯的な交際を続けているのだろうか。いまの彼女の財力があれば、きっとやりたい放題だろう。手の指を見る限り、結婚はしていないようだ。イヤリングや指輪などいかにも高価な宝飾品に身を包み、エステにもお金を掛けているのだろう。美貌に一段と磨きが掛かっている。亜麻色の髪の毛も、学生時代よりも艶が増して輝いている。特別なコンディショナーでも使っているのだろうか。
「恵梨香ちゃん、元気?」
 恭子は、肉厚のステーキにナイフを入れながら聞く。
「あ、はい……」
「家にいるんだ。専業主婦?」
「ええ、でも、私の給料が大きく下がってしまったので、来年は働きに出てもらうことになるかもしれません……そうしないともう、やっていけませんので……」
「そっかぁ、大変だね。エステティシャンとして?」
「はい、おそらく……」
「あなたも、頑張んないと、うちもなんかあるときは、お願いするつもりだから」
「はいっ、な、なにとぞ、よろしくお願いいたします」
 郁夫はいったん背筋を伸ばして元恋人に深く頭を下げた。
「奥さん知ってるの? 今日、あたしと会うって」
「い、いえ……それは……」
 今日会うことはもちろん、再会したことすら言っていない。
「知ったら、驚くだろうね」
「しゃ、社長……」
「心配しなくったって、言いやしないよ」

 食事を終えて、恭子は店のスタッフに会計をテーブルに持ってくるよう求めた。郁夫が財布を出そうとすると、「いいよ」と制した。「どうせ接待経費なんて持たされてないだろうし、家計も大変なんでしょ」
「あ、いえ……これはでも……」
「大丈夫。だけど、もう少し付き合ってよ」
「あの、あまり遅くなると妻が……」
「そう……そいえば、これ覚えてる?」
 恭子がスマホを操作して画面を見せた。
「ああっ……」
 再生される動画に映っているのは、若かりし頃の郁夫だった。女性の足の裏を懸命に舐めている。恭子の足だ。
――ああっ……
「ふふっ、かわいいね。うぶだよね」
「そ、それは……」
 そのような写真や動画は、別れたときに消去してくれていたはずではなかったか。
「恵梨香ちゃんに送ったげようか、これ。あと貴子にも」
「そ、そんな……ど、どうか……それだけは……」
「つき合えるよね、もう少し」
「あ、は、い……」
 恭子はテーブルに伝票を持ってきたスタッフに、ダブルベッドの部屋を取って、そこへデザートを持ってくるよう注文した。
――きょ、恭子さん……
 郁夫はうろたえるも、もはや、ただただ従うしかなかった。

「懐かしいね、この景色も」
 恭子は、ライトアップされた橋や夜の海を行き交う船の明かりを部屋の窓から眺めて言う。
「で、ですね……」
 応えながら、郁夫は気が気でなかった。結婚して以来、浮気はもちろん、妻以外の女性とホテルの部屋に入ったことなど一度もない。恵梨香との固い約束だ。
 部屋のチャイムが鳴り、郁夫が出る。ホテルスタッフがワゴンに乗せて持ってきたデザートのケーキとコーヒーのトレーを受け取り、窓際のテーブルの上に置いた。
「懐かしくない? これも」
 恭子は、生クリームのたっぷりかかった苺のショートケーキを見ながら言った。
――あああ……
 一緒に入ったカフェでの出来事が甦る。
「しゃ、社長……恭子さん……」
「この靴も、覚えてるよね」
 膝丈のブーツの脚を見せて言う。
――あうあ……
 よく見れば、あのとき、百貨店で郁夫がプレゼントした一足だった。

☆ 四

「トイレ、行きたいんじゃないの?」
 ケーキを前に、恭子が言う。
「あ、いえ、いまは……」
「行きたいんでしょ、行きたいよね」
「あああ……は、い……」
 恭子の強い物言いに気圧され、郁夫は仕方なくトイレへと入る。スマートフォンを取り出してチェックすると、妻の恵梨香からメッセージが入っていた。
《食事が要らないなら、前の日から言っといてもらわないと困ります》
――だから……急に決まった接待なので、仕方がなかったんだよ……
 郁夫は、ため息をついてそう返事を打とうとするも、いったん書いた文面を読み返して消した。
――だめだ……いまは耐えるしかない……彼女が会社の女子みたいに荒々しい態度に出ないだけでもありがたいと思わなくちゃ……
《ごめんなさい……給料にも反映する大事な接待が急に決まったものだから……いつもありがとう……》

 トイレから戻るとケーキの皿はテーブルから消えていた。あの日と同じだ。
「座って」
 恭子は顎で床を差して言う。ケーキの皿もそこにあった。
「は、い……」
 この部屋に足を踏み入れてしまった以上、もはや彼女の言いなりになるしかない。女王様の気が済むまで頑張って、できるだけ早く帰してもらおう。
「もう少し、こっちきて……」
 郁夫は正座の脚を擦って前に出る。
「ケーキ食べたい?」
「いえ……ああ……は、い……」
 どうせまた踏んだケーキを惨めに食べさせられるのだろう。
「そう……」
 恭子は椅子から立ち上がるとブーツの右脚を上げ、郁夫の首筋に載せた。
――ああっ……
 そのまま首根っこをぐいと踏みつけられる。
「くわっ……」――はあああ……
 ホワイトクリームのたっぷり載ったケーキが目の前に迫ってきて、思わず腕に力を込めて抵抗する。
「や、やめて……」
「食べたいんでしょ、食べなよ」
 震える腕を嘲笑うように、恭子が脚を踏み降ろした。郁夫の顔面がケーキにのめり込む。
「くぅわあああっ……むむううう……」
 繊細にデコレートされたショートケーキが一瞬にして崩壊し、大部分が郁夫の顔面に貼り付いている。
――ううう……なんて酷いことを……
 起き上がろうとする郁夫の背中に、柔らかな圧がのしかかる。恭子が跨がってきたのだ。
「あうああ……」
 首になにかが巻き付けられる。
――首輪だ……
「ようし、いいお顔、見に行こうか」

S女小説 「虐めて濡れる(下)」

小説出版

S女小説 虐めて濡れる(上)

S女小説 「虐めて濡れる(上)」を電子書籍として出版しました。

内容紹介

女は男の失態を突き、立場を逆転させて、嗜虐の妙味を貪り、その悦びに秘芯を濡らす。

坂下郁夫(30)はイベント会社に勤めるサラリーマン。仕事で手掛けた学園祭のイベントをきっかけに交際を始めたのが、女子大生の桐谷恭子(21)だった。順調に付き合いを続けていた二人だが、郁夫の過ちをきっかけに二人の関係性は大きく変化する。同時に、それまで郁夫が知らなかった桐谷恭子の新たな顔が明らかになるのだった。恋人に弱みを握られ、忍従するしかない男……。郁夫にしてみれば倒錯的としかいいようのない奇妙な関係が続き、それはあっという間にエスカレートしていく。恋人を、男性を虐めることに明らかな性的興奮を感じている恭子。一方、苦痛苦難を耐え忍んでいる郁夫にしても、未だかつて味わったことのない快楽に目覚めようとしている自分を知るのだった。

第一章 浮気の代償

第二章 首輪の装着

第三章 逆転の輪姦

第四章 少女の乗馬

第五章 徹夜の奉仕

第六章 別離と復縁

第七章 社畜の屈辱

本文サンプル

第一章 浮気の代償

☆ 一

「クリスマス、どうしようか」
 坂下郁夫いくおは、恋人の桐谷恭子に尋ねた。まだ十一月だが、どこかに泊まるなら予約が必要だ。人気のホテルであれば、もう遅すぎるかもしれない。
「うん、なんでもいい……」
 大学生の彼女はテーブルに視線を落とし、フォークにパスタを巻きながら応える。
「どうしたの? 僕、なにか気に障ること言った?」
 イベント会社に勤める郁夫は十歳年下の彼女の様子を不安げにうかがう。
「別に」
 ほどよいボリュームがあって形の良い唇にパスタが運ばれる。
「だったらいいけど……」
 なにかあるのだろうか、いつものように会話が弾まない。

「どうする? 店替えて少し飲む?」
 郁夫は、悩みでもあるなら聞こうと思い、会計を済ませた後、恭子をバーに誘ってみた。
「……うち、行こ」
「恭子ちゃんち? いいけど、珍しいね」
 付き合い始めて一年と少しになるが、彼女からアパートに誘ってきたのは、おそらく初めてではないだろうか。
 タクシーの中でも恭子は無言だった。こういうときは無理やり話しかけないほうがいい。
 郁夫は車窓の向こうをぼんやりと眺める。車は週末の繁華街の渋滞を抜け、オフィス街から住宅街を経て学生街へと続く夜道を快走する。ビルの街並がマンションや戸建の並びに変わり、次第にそれもまばらになっていく。
 恭子と知り合ったのは昨年の十月、彼女が通う女子大の学園祭だった。郁夫が勤めるイベント会社の社長が、恭子の大学のOGである縁から毎年、舞台演出や機材提供などのサポートを行っており、昨年から担当についたのが郁夫であった。大学側の窓口となったのが、当時二年生で学園祭実行委員の恭子だった。二人で頻繁に打ち合わせを行う間に親密になり、打ち上げの際に郁夫から告白して付き合いが始まった。

「どうぞ」
 淡いピンクをメインカラーにコーディネイトされているワンルームの部屋は、いつもにも増して片付いているように思えた。まるで最初から郁夫を呼ぶことを決めていたかのようだった。
「そこ座って」
 恭子はベッドとローテーブルの間のスペースを指さして言った。彼女にしては強い物言いだった。
「あ、うん……」
 郁夫はやや憮然とした態度で鞄を脇に置くと腰を下ろしてあぐらをかいた。こっちだってこのところハードな仕事続きで疲れ切っていて、今日は本当なら直帰してゆっくりしたかったくらいなのだ。
「見てもらいたいものがあるわ」
 恭子は郁夫の向かいに座ると、一枚のプリントをテーブルの上に置いた。
――あああっ……
 顔から一気に血の気が引いていく。A4用紙に印字されているのは、郁夫の携帯メッセージのやりとりだった。相手は恭子と同じ女子大の短大部に所属する一年生、菊川恵梨香である。今年から学園祭の実行委員に加わったメンバーだった。メッセージの内容も言葉もまさに付き合い始めた恋人同士のそれである。
「説明してもらえます?」
 恭子がテーブルを指先で二度突いた。
「ど、どうやって……」
 郁夫のスマートフォンはもちろんロックされていて、恭子が自分で開けるはずがない。二人の間を怪しんだ彼女が、恵梨香を問い詰めたのだろうか?
「いつから……ですか」
 丁寧な言葉づかいがかえって彼女の怒りの強さを表していた。まるで長年連れ添った妻に問い詰められているようだった。
「ご、ごめん……」
 郁夫はあぐらの脚を正座にして恭子の胸元を目つめ、さらに頭を下げた。
「ねえ、いつから?」
「が、学祭の……」
 郁夫は視線を落としたまま小声で応える。
「学祭のいつ?」
 恭子はさらに声を強めた。
「打ち上げのときに……」
 打ち上げ当日、風邪をこじらせた恭子は発熱して欠席したのだった。
「どうして?」
「そ、その……彼女のほうから告白されてしまって……断りきれなくて……」
「こんなことになるなら、最初っから私たちのことオープンにしとけばよかったね」
 恭子は静かに言った。
 密かな交際を頼んだのは郁夫だった。社長が怖かったのだ。仕事先の女性、しかも大学の後輩でもある恭子に手をつけたとあっては、女社長の性格からして激怒するに違いない。最悪、解雇されるかもしれないと思った。しかし今、それ以上にまずい状況になってしまっている。
「ごめんなさい……」
 郁夫は頭を深く下げる。
「私が大学卒業するまでは隠しといてって、あなたが言うから」
――あ、ああ……
 これまで《郁夫君》と呼んでくれていた彼女が初めてあなたという言葉を使った。
「で、どうするの?」
「も、もちろん、彼女とはおしまいにする。します……」
「そんなに簡単にできるわけ?」
「断り切れなくてそうなってしまっただけだから……」
「本当だね」
「うん、本当、本当です」
「顔上げて。さっきから私のこと全然見てないじゃない」
――あ……
 郁夫はゆっくりと顔を上げる。いつもは愛らしい印象の後れ毛も、今日は憂いを帯びて見える。柔和で親しみのある面立ちが怒りの色に染まっている。
「ごめんなさい」郁夫は恭子の目を少しだけ見て頭を少し下げ、再び胸元を見つめる。「恭子ちゃんのことが好きだから。本当です。彼女とはつい弾みで……だからもちろんお終いにします……本当にごめんなさい……」もう一度少しだけ顔を見て、今度はさらに深く頭を下げた。
「本当ですね?」
「本当です」
 郁夫は頭を上げ、彼女の強い視線に絡め取られるようにして誓った。
「じゃ、電話して」
「え……」
「いまあなたが言ったとおりに彼女に電話して」
「そ、それは……今日はもう遅いし、明日じゃ、駄目かな……」
「駄目。今すぐ、私の目の前で電話して」
「きょ、恭子ちゃん……」
「できないなら、私がしようか? 番号入ってるし」
 恭子は自分の携帯電話を手に取って言う。悪いことに恭子と恵梨香は同じ茶道部の先輩後輩でもあった。
「わ、分かった……分かったから……」
 郁夫は焦りつつも鬱屈した気持ちで、よく掛けるリストから菊川恵梨香を選んでタッチする。
「……あ、恵梨香ちゃん……突然電話してごめん、こんな時間に……実は……」
 郁夫は陰鬱な顔をして、一年前から恭子と付き合っていたのを言い出せずにいたこと、それゆえ、恵梨香とは別れなければならないことを声を震わせて説明した。
「本当に、ごめん、急にこんなことになっちゃって……」
 その言葉の途中で、電話は切れた。
「なんか違うんじゃない……いまの話って。さっき私が聞いたのと」恭子が怒りを圧し殺すようにして言う。「ほんの弾みじゃなかったの?」
「それはそうだけど……電話でいきなりそんなことは……」
「もう一回電話して……そこ、きちんと言ってもらわないと」
「恭子ちゃん……」
「あたし言おうか。あなたが言えないなら」
 再び自分のスマートフォンを操作しようとする。
「分かった……あああ……」郁夫は再度、恵梨香に電話を掛ける。しかし、彼女が応答することはなかった。「きょ、恭子ちゃん、出ないよ。明日、もう一度、きちんと言うから……」
 恭子は首を二三度振って天井を見上げ、深呼吸をすると、立ち上がって、郁夫の後方のベッドに腰掛けた。
「最低、最悪……」恭子はため息交じりにつぶやく。「やっぱり、お終いにしたほうがいいのかな、私たち」
「そ、それは……」
 郁夫は慌てて立ち上がり、恭子の隣に腰掛けようとするも、彼女の強い目力に気圧されて、そのまま固まってしまう。
「許せないわ」
「ごめんなさい、本当に……」
 郁夫は背筋を伸ばしていったん気をつけの姿勢を取ると、腰をほぼ直角に曲げて深々と頭を下げた。クライアントへの謝罪で身につけた作法だ。それをまさか女子大生の恋人に対して使うことになるとは思わなかった。
 それでもなお憮然としている恭子に、「す、すみませんでした」ともう一度頭を下げ直す。
「それが……」恭子はじっと郁夫を見つめている。「あなたの誠意?」
「こ、これで許してくれないなら、もうあとは土下座でもするしか……」
 意固地に過ぎる恭子の態度に困惑して言った。
「目一杯の謝罪を見せて欲しいわ。許されないことやったんだから、あなたは」
「ど、どうすれば……」
「だから、最大限の誠意を見せてって」
 恭子は声を荒げる。
――あああ……
 目の前の愛らしい女子大生が、十近く年上の男に屈辱的な謝罪を強要しようとしている。
「…………」
 不気味な沈黙が部屋を包んだ。
「や、やったら……ぼ、僕が恭子ちゃんに土下座をしたら、許してくれるかい?」
「するの? 本当にするんだったら、考えてあげるわ」
 恭子はそう言って口を真一文字に結んだ。
「わ、分かった……」
 郁夫は恭子の正面へと移動し、ズボンの裾を正して正座した。恋人は少し開いていた脚を閉じ、片方を上げて組んだ。
「ご、ごめんなさい……恭子ちゃん、反省しています……ど、どうか許してください」
 膝頭を見つめて言い、そのまま深く頭を下げた。目と鼻の先で、ストッキングの爪先がかすかに揺れている。
「もうしない、よね? 絶対」
 恭子の声が頭上から降ってくる。
「も、もちろん……二度としないよ……」
「いいよ、頭上げて」
 許可をもらった郁夫はゆっくりと体を起こす。花柄ワンピースに身を包んだ彼女がじっと見つめている。
「ごめんなさい……」
 郁夫は栗色の髪を後ろにまとめた恭子にもう一度謝った。
「座って」
 ベッドに腰掛けている恭子が隣を叩いた。
「あ……うん」
 郁夫はしびれた足で立ち上がり、少し間を開け、遠慮気味に腰掛けた。
「どうして分かったと思う?」
 尋ねる恭子に、メールのやりとりのことだと思い、郁夫は「いや……」と首を振る。「ど、どうして……」
「スマホ出して」
 郁夫がスマートフォンをポケットから取り出すと、恭子は郁夫の手を取って指を当てた。指紋に反応して画面が開かれる。
「ああっ」
「あなたが寝てる間にね……」
「そんな……」
「なんか怪しい感じだったから……やっぱりだったわ……女の勘は鋭いんだからね……だけどもうしたくないわ……こんな面倒なこと」
「あ、ああ……そんな……」
 郁夫はそう言うのが精一杯だった。いくらなんでもやり過ぎだと思うが、抗議できる立場ではない。
「私の指紋も登録しとくね」
 そう言って恭子は画面が開いたままのスマートフォンを取り上げて、操作し始める。
「きょ、恭子ちゃん……」
「もう、しないんでしょ。それともまだやましいことでもあるの?」
「い、いや……」
 ここは大人しく従うのが懸命だろう。これ以上彼女を怒らせない方がいい。

☆ 二

 それ以来、二人の関係が大きく変わった。デートの日程や内容の主導権はすべて恭子が握るようになっていった。
 週末のデート、二軒目のバーを郁夫が提案したところで、恭子が、「いや、うち行こ」と言った。よくない予感がよぎる。

 恭子は部屋に入るなり、バッグと上着を放り投げてベッドに腰掛けた。
「前から言おうと思ってたんだけど……ちょっときれいな女の人とすれ違うと、いちいちチラ見してるよね、あなた」
 いきなり大きな声でまくし立てた。
「いや、恭子ちゃん、そんなことは……」
 あまりの剣幕に怯んでしまい、郁夫は鞄を手にしたまま立ち尽くす。
「そうでしょ。気づいてないとでも思ってるの」
 確かに心当たりがないことはない。
「ご、ごめんなさい……」
「まだ懲りてないのね。上っ面の謝罪ならいらないわ」
「ど、どうすれば……」
「土下座してよ」
――またか……
 冗談で言っているのかと思い、表情を伺ったが、美しい顔に笑みが浮かぶ予兆はみじんもなかった。
「わ、分かりました……」
 二度目の土下座は、心なしか抵抗が薄れていた。鞄を置いてカーペットに膝を突き、正座を整え、背筋を伸ばす。
 同時に恭子も脚を組んだ。
「ご、ごめんなさい……」
 そう言って頭を下げようとした郁夫を、恭子が、「ごめんなさい?」と止めた。「言い方、違うでしょ」
「す、すみません……でした……」
 そう言って頭を下げ直す。恭子の爪先が動き、一瞬、蹴られるのではないかと思ってハッとする。
「土下座でしょ、もっと頭下げてよ」
「す、すみませんでした……」
 郁夫は床につかんばかりに頭を下げる。下げたまま許しの言葉を待つも、彼女の口から発せられそうにないので、頭をゆっくりと上げ、「こ、これくらいでいいかい」と恥ずかしさをごまかすように言った。
「ふっ、なにそれ」恭子は鼻で嗤う。「いいよ、あなたがいつまでもそんなだったら……お終いにしよっか……私たち……」
「それは……駄目、です……」
 思わず敬語を使い、何度も首を振る。いま彼女と別れることは耐えがたい。考えられない。
「駄目、ですか」彼女がうっすらと笑みを浮かべて言う。「じゃあ、どうすんのよ、ちゃんとやって」
「きょ、恭子ちゃん……本当に、すみませんでした……他の女性をよそ見するなど、もう、二度としませんので……今日のところは、許してください……」
 そう言って床に額がつかんばかりに頭を下げた。
「よし、少しよくなったわ。めっちゃ、気分悪かったの」
「あ、ああ……」
 郁夫は安堵の表情を見せる。
「でも、あと少しだね。まだ完全には治まらないわ」
「え、う、うん……」
「どうすればいいのか聞きたい?」
「え……」
「あたしの機嫌がどうすれば完璧に戻るか聞きたい?」
「あ、うん……」
たせて」
「え」
「ビンタさせて」
「あ……」
 予想もしていなかった言葉に郁夫は絶句する。
「一発打たせてくれたら、今日のところは許してあげる」
「……い、嫌って言ったら……」
「いますぐ、Get Out! で、The End、だね」
 英文科の学生らしく、英語のところはまるでネイティブのような発音だった。
「わ、分かった、分かりました……」
 もはや、恭子の指示に従うことに、ある種の心地よささえ感じ始めていた。しばし、この刺激的なプレイに付き合うのも悪くはないかもしれない。
「いいのね、じゃあ、もうちょっと、こっちきて。そこじゃ手が届かない」
 郁夫が膝を擦って前に移動すると、恭子は組んだ脚を崩し、開いて、股間に招き寄せた。ミニスカートの隙間からチラリと白いショーツが見える。
 恭子が指先で煽るジェスチャーで、郁夫に腰を上げるよう命じる。
「歯、食いしばって」
 恭子は、膝立ちした郁夫の両肩を持って言う。
 本当に打たれるのだろうか。そう思いながら、郁夫は奥歯を食い締める。
「目は、開けてなきゃ……ふっ、怖いの?」
「あ、いや……」
 殴られることよりも、自分を殴る恭子の姿を見ることが怖かったのかもしれない。目を開くと、美しい恭子の顔が緊張のためか少しこわばっている。
 恭子が右手を振り上げる。思わず反対側へ顔を背けそうになる。それを見て、恭子が反対の頬に左手を当てて元へ戻した。次の瞬間、右手が振り下ろされる。
――パシッ……
「はうっ……」
 それほど酷い殴打ではなかったが、弱くもなかった。頬がジーンとしびれ、体の奧から熱くなる。痛くて屈辱的なはずなのに、得も言われぬ快感が体を包んでいく。いまだかつて味わったことのない感覚だ。
 二人はしばし見つめ合った。
 恭子の唇がかすかに動こうとした。
「あああ……ごめんなさい……」先に言葉を発したのは郁夫だった。「恭子さん、本当にごめんなさい……」もう一度、正座をして頭を下げ、完全に屈服した態度をうんと年下の恋人に見せた。
「手が痛いわ」恭子が照れたように言った。「本当は、まだ強く打ちたかったんだけど、ネイル痛んじゃうしね」
「だったら、今度は手袋でも嵌めて……」
 郁夫は、なぜそんなことを言っているのか、自分でもよく分からなかった。
「そうだね……って、また打たれるようなことする気?」
 恭子が微笑んだ。
「いや……そんなことは……ありません……」
 郁夫は照れ、小声で言う。
「コーヒー入れてくれる?」
「あ……」
「今日は、あたしの奴隷だ。郁夫は」
「は、い……恭子、様……」
 少々おどけた調子で言ってみる。

「お待たせしました」
「こっちに持ってきてよ」
「あ、はい……」
 郁夫は、いったんテーブルに置いたコーヒーをベッドに腰掛けたままの恭子に手渡す。
 恭子は一口啜ると、音符のデザインをあしらったマグカップをベッドのヘッドボードに置いた。
「座って」
 足元の床を顎で差す。郁夫がしゃがんで正座をすると、組んだ脚の爪先を伸ばして、「揉んで」と言った。
「恭子ちゃん……」
「恭子ちゃん? 奴隷でしょ」
「あ、はい……恭子さん……」
 そうだ、今夜は女王様と奴隷ごっこだ。
 郁夫は大きくつばを飲み込むと、「し、失礼します」と言い、ストッキングに包まれた足を手に取った。どうすればいいのか考えあぐねている郁夫に、恭子は、「足の裏、押して」と命じた。
 郁夫は、「あ、はい」と頷くと彼女に正対し直し、両の親指を使って、二十四センチの足の裏を、柔らかい土踏まずを、押し揉んでいった。
「あ、いい、そこ……もっと強く……」
 人の足を、それも恋人とはいえど女性の足を揉むなんて生まれて初めてだった。ひととおり揉むと、「はい、じゃ、こっちも」と恭子は足を替えて差しだした。慣れないマッサージにすぐ親指の付け根が痛み出した。
――結構、大変だな……
「それだけじゃ、終わらないよ。ふくらはぎもやってもらうから」
 恭子は郁夫の心の声に応えるようにして言う。
 恭子は尻を浮かせて、ストッキングを脱いだ。
「……ほ、本当に……」
 そうぼやきながらも、もはや恭子が言い出したことには逆らえない自分に気づく。手を休める間もなく、裏側のふくらはぎを下から上へ向かって揉んでいく。足首がきゅっと締まって、膝から下が長く、ほどよい肉付きの見事な脚だ。美しい脚だとは思っていたが、実際に手で触って揉んでみて、改めてその美的完成度や魅力を実感できた。
「ああ、気持ちいい……毎日やってもらおうかな……」
 恭子にしてもまんざらでもない様子だった。郁夫が見上げると、今宵女主人と化した女子大生は白い歯をこぼして悪戯っぽく笑った。

☆ 三

「もういい、ありがと」
 郁夫は揉んでいた脚から手を離す。時間的にそろそろ帰れと言われそうだ。浮気が発覚した日以来、この部屋には泊めてもらっていないばかりか、口づけすら許されていない。はっきりと断られているわけではないが、恭子のほうが、そういったそぶりや隙を一切みせないのだ。
「恭子ちゃん……」
 郁夫の問いかけに、恭子は首を少しかしげて微笑む。
「どうしたいの?」
 その言葉を誘惑と思いたい郁夫が、彼女の太腿に両手を掛け、膝立ちして体を寄せようとするも、恭子は郁夫の肩を両手で押し戻した。
「あああ……」
「キス、したいの? だったらここにして」
 組んだ脚を上げて、足の裏を郁夫の顔に近づける。
「きょ、恭子ちゃん……」
「できる? できない?」
 荒れの見あたらない、きれいな足の裏を見つめ、郁夫は生唾を飲み込む。
「わ、分かった、するよ……」
「いや、違うなぁ……」
 恭子は悪戯心に満ちた笑みを見せて、どう言うべきか、郁夫に教える。

「きょ、恭子さん……恭子さんの足の裏にキスをさせてください……」
「駄目。ちゃんとあたしの目を見て言って」
 郁夫は顔を火照らせ、二重まぶたが魅力的な恭子の目を見つめ、屈辱的なセリフを繰り返す。
「恭子さんの足の裏にき、キスをさせてください……」
「脚、きついんだけど」
「あ、ああ……ごめん……なさい……」
 左手で足首を、右手で踵を支える。
「いいよ、して」
「う、うん……」
 恭子の視線を感じたまま、足の裏にそっと唇を着けた。親指の下の桃色の皮膚は、柔らかそうに見えて少し固かった。顔を下げて、土踏まずのところにも唇を押し当てた。指で触ったときよりも冷たく感じた。
「くすぐったい、馬鹿」
「あああ……ごめ、すみません……」
 初めて言われた《馬鹿》という言葉にドキリとする。
「どうだった? どんな味がした?」
「あ……」足の裏に触れた唇を舐めてみる。「す、少し、しょっぱいかも……」
「今日は、昼間、用事であちこち歩いたからね」恭子は興奮気味に言う。「あ、郁夫のいまの顔、撮っといてあげればよかったな。あたしの足の裏にキスしてるとこ」
「や、やめてよ……そんな……」
「撮ったげようか」
 恭子は脚をTの字に組み直し、「こっちきてみ」と左側に回り込むよう郁夫に指示する。有無を言わせぬ勢いに、郁夫は戸惑いながらも従った。
 恭子が自分のスマホを持って構えている。
「いいよ、やって。ワンモア、キッス」
「い、いいけど……よそに見せたりしたら、絶対に駄目だよ……」
「うん……見せるわけないじゃん、そんなの……あたしだって恥ずかしいし……いいから、早くやって」
 郁夫は意を決したように頷くと、Tの字に組んだ足の裏に横から顔を近づける。マシュマロのような土踏まずに唇をそっと押し当てた。
「くっ……」
 恭子は今度はくすぐったいのを我慢しているようだった。
――カシャッ……
 スマホの撮影音が響いて、郁夫はドキリとし、思わず唇を外す。
「ふふっ、いい絵が撮れたわ」
「ぜ、絶対に人に見せたりしたらだめだよ……」
「分かってるって……じゃあね、次は、舐めて」
「え……まさか、足の裏をかい?」
「だよ……郁夫の舌で舐めてきれいにして欲しいの、私の足の裏。できない? できるよね」
 恭子の声から明らかな興奮が伝わってくる。それを聞いて郁夫の心もなぜか昂ぶっていく。
「でも、いくらなんでも足の裏を舐めるなんて……」
「もうキスしたくせに、同じようなもんじゃない。はい、さっさとやって」
 恭子はさらに足裏を郁夫の眼前に突きだして言う。
「で、できないって言ったら……」
「さっきの写真、SNSにあげちゃうよ」
 恭子は、きっぱりと言って悪戯っぽく微笑んだ。
「そ、それは、困る……」
「じゃ、やんなきゃ……でしょ」
「わ、分かった……」
「ん?」恭子は首をかしげる。「その言い方、気に入りません」
「わ、分かりました……」
「なにが分かったの?」
「あ……きょ、恭子さんの足の裏を、お、お舐めいたします……」
「ふっ」恭子が吹き出しそうになる。「よく分かってるじゃない」と笑顔を真顔に戻した。「やって、ほら」足の指を反らせて土踏まずを郁夫の口元に差しだした。
「は、はい……」
 郁夫は舌を伸ばして、白い土踏まずにそっと触れる。
「くふっ……くすぐったい、馬鹿」
 爪先が軽く額を小突く。
「ああっ……」
 思わず恭子の目を見る。正気だろうか。
「もっと、しっかり舐めなきゃ、そんなふうにちょろっとだけやられるとこそばゆくってしょうがないわ……」
 恭子は郁夫をまともに見返してきっぱりと言う。恋人の頭を足蹴にしたことなど意に介していない様子である。
「あ……は、い……」
「てかなによ、その顔。なにか言いたいことでもあるの?」
「い、いえ……」
 ここまでやられれば、さすがにもう体裁を気にするのが馬鹿馬鹿しくなってきた。二人っきりの遊びなのだ。
 ひとつ大きく深呼吸すると、恭子がこそばゆくならないよう土踏まずに舌を大きく押し当てて舐め上げていく。しょっぱさが舌を、汗臭さが鼻を強く刺激する。
「そうそう……真ん中ばっかじゃなく、全体的にやって。足の裏全部」
 郁夫は顔を下げ、かかとのほうも舐めていく。ざらついた感触があり、塩味に雑味が混ざる。
「少し、雑になってるよ。もっと丁寧に、まんべんなくね……………………ねぇ、返事はっ」
「は、はいっ……」
 恥ずかしさと屈辱でもう恭子の顔は見られない。まぶした唾液を伸ばすようにして細かく舐めていく。
「上のほうも」
「はい……」
 郁夫の舌は指の付け根の丘へと移動する。しょっぱさが一段と濃くなったような気がする。舌を大きく動かし、それが責務であるかのように恭子の足の裏を懸命に舐め上げる。
「指の根っこのとこもね。そこに汚れがたくさん貯まってそうだから」
 恭子の言葉通りだった。ざらつきが粒となって舌に乗り、苦味に変わって、郁夫に深い屈辱を与える。
「ようし、もういいよ」
 その言葉に恭子のほうを見上げると、横向きに構えていたスマートフォンを縦に戻して、なにやら操作している。
「きょ、恭子ちゃんっ……」
 動画を保存しているのだと気づいた郁夫は、叫び声を上げた。
「なに?」
 操作を終えた恭子がこちらを向いて微笑む。
「ど、動画は……」
 郁夫が左手のスマートフォンに手を伸ばそうとすると、恭子はさっと右手に移し、反対側に置いた。
――あああ……
 足の裏にキスをする写真はまだしも、舐める動画まで……。これはもう取り返しの付かないことになってしまった。ただ、得体の知れない興奮が総身を包んでいる。
「も、もし動画撮ったんなら、それも、もちろん、絶対によそには……」
「SNSに上げたり?」
「あああ……やっぱり、駄目だ……」
 とっさに恭子のスマホに飛びついて手にした。
「なにやってんのよっ」
 恭子がとっさに上げた膝が鳩尾みぞおちにクリーンヒットした。
「ぐふああっ……」
 たまらず床に転げ落ちるも、恭子のスマホはしっかりと握ったままだ。苦しみながら画面を開こうとするが、もちろん指紋認証は反応しない。
「なにしてんの」
 恭子があきれ顔で見下ろしている。
「動画は消してください……やっぱり、写真も……」
「やだ」
「してくれないなら……」
 郁夫はとっさに立ち上がって、窓際へ向かい、カーテンを開いて、鍵を外し、サッシを開けた。冷たい風が一気に入ってくる。
「寒いじゃない、なにやってんのよっ」
「投げて、こ、壊すから……」
 四階下の路地のアスファルトは雨に濡れ、外灯を受けて光っている。
 恭子はフーッと深呼吸をする。考えを巡らせるような間を置いて、おもむろに立ち上がり、ポールハンガーにかけた青いカーディガンを羽織ると、ベランダ側のカーテンを開き、サッシを開けた。
「こっちのほうがいいかもよ……すぐそこにため池があるからさ。投げ込んじゃえば?」
「え、あ……」
 思わぬ恭子の反応に、郁夫は戸惑う。
「新品にしてくれる保険には入ってるけど、いくらか取られるから、それはあなたが払ってね」
 郁夫は脇の窓を閉めて、ベランダへ向かった。宵闇の中、たしかにため池の水がうっすら光っている。
「やってもいいけど、多分、無駄だと思うよ」
 恭子は不敵な笑みを浮かべて言う。
「え……」
「写真も動画も、もうクラウドにアップされちゃってるから」

「ご、ごめんなさい……もちろん、冗談だから……」
 郁夫はスマホを恭子に戻すと、サッシ戸もカーテンもすべて元通りにして、ベッド下に正座する。恭子が言うには、撮影した写真や動画は、すべてその場でネットワーク上にある彼女の専用領域に保存される設定にしてあるらしい。もはやお手上げだ。
 恭子はベッドに腰掛けると腕を交差して二の腕をさする。
「冷えちゃったわ」
「ごめ……すみません……」
「どうしてくれんのさ」
 恭子の脚が伸びてきて、肩口を蹴る。
「ああっ……すみませんっ、きょ、恭子さん……」
 不可思議な快感が体の奥底から湧き上がってくる。
「どうすんの?」
 組んでいた右腕を挙げて頬杖を着き、郁夫をじっと見下ろす。
「ど、どうとでも……」
「どうとでも? じゃっていい?」
「そ、それで、恭子、さんの気が済むなら……」
 郁夫は消え入るような声で言った。
 恭子は立ち上がると壁に掛かったベージュのコートからなにやら取り出して戻ってきた。手首のところにボアが着いたグレーの手袋だった。
「爪が痛まないように、手袋したらって、言ったよね。あなた、こないだ」

S女小説 虐めて濡れる(上)