小説出版

S女小説「妻の下僕に堕ちるまで」

S女小説「妻の下僕に堕ちるまで」を電子書籍として出版しました。

mywife

内容紹介

可憐な若妻に下僕として仕えるに至った夫の物語。

出版会社の地方支社に勤務する会社員湯村郁夫(31)は、部署の後輩で社内アイドルだった香澄(25)と結婚。同時に香澄は寿退社するが、夫は都会生活を望む彼女のために会社に願い出て、一年後に本社へ転勤。夫婦は晴れて東京での生活を始める。夫の郁夫は新規部署に配属になるも、そこでの直属上司は地方支社時代に彼の後輩だった松井貴子(29)だった。ロサンゼルス支社から戻ったばかりの彼女に、かつて部下として寵愛を受けた香澄は再会し、影響を受ける。次第に変わっていく妻香澄にうろたえるばかりの郁夫はついに彼女の日記を盗み見し、その事実に驚愕する。

第一章 妻の日記

第二章 昂ぶる願望

第三章 下僕生活

第四章 姉妹への謝罪

第五章 女の怒り

第六章 牡犬の果て

本文サンプル

第一章 妻の日記

☆ 一

私の名前は湯村郁夫ゆむらいくお。二十二歳で大学を出て教育関連の出版会社に就職し、サラリーマンとしては、まずまずであろう人生をスタートさせました。当初半年ほどは、研修などを含めて東京にいましたが、今ひとつ都会の空気になじみきれず、郷里の地方都市にある支社への転勤を希望しておりました。会社にとってはそれがまさしく好都合だったようで、私の意向はすぐに受け入れられました。
「湯村さん、若いのに中央に残りたがらないなんて珍しいわね。だけど、正直言って助かるわ。こっちは人員過剰だったから」
私の会社の特徴は、女性が管理職に多く登用されていることでした。私の直属上司だった当時の係長もその上の課長も女性でした。社長を始め、役員の過半数が女性であることが大きな理由かと思われます。
地方支社へ転勤し、やはりそこでも上司は女性で、私はそこそこに可愛がってもらいながら、地方ならではののんびりとした空気のなか、さほど困難でもない業務をこなす毎日でした。
松井貴子まついたかこが私の部署に転勤してきたのはそれから二年後でした。彼女もこの地の出身で、私と同じ動機や流れをたどったようでした。年齢は二つ下、私の二年後輩になります。目力が強く、いかにも利発そうな美人は、国立大学出身で、モデルのように背が高くスタイルも良く、非の打ち所のないような女性でした。彼女がまだ東京での研修時に、出張で初めて見たときは、年下にもかかわらず、おいそれと声を掛けるには畏れ多いオーラを感じました。
「私の場合、別に東京が嫌いってわけじゃないんですけどね……研修で湯村さん見かけて、一目惚れしたから、追いかけてきちゃった」
そんなことが即座に言える女性でした。ウィットに富んでいて頭の回転が速い。もちろん、冗談だと分かっていましたが、彼女にそんなことを言われていい気にならない男はいないでしょう。その日から、私は松井貴子の虜になりました。まずは、仕事の面で頼りになりたく思い、彼女が困っていそうなこと、今後困りそうなことまで先回りしてサポートしていきました。
「ありがとうございます。助かるわ、湯村さん。さすがっ」
そんな風に、彼女は他人を乗せるのがうまく、そのうち、私以外にも松井貴子信者が増えていき、その手助けの波に乗るようにして、彼女はあっという間に支社の誰よりも仕事を把握し、こなせるようになりました。揚げ句、二年ほど経つ頃には、私と同じ肩書きの主任へと昇格したのです。それでも彼女は、「私がここまでこれたのは湯村さんのおかげです」と私を先輩として立て続けてくれました。
同じ頃、地元採用で入社してきたのが短大卒の植村香澄うえむら かすみでした。当時二十歳でしたが、《可憐》という形容がまさしくしっくりくる純真乙女でした。まだどこかに少女の面影すら残していました。化粧などしなくても美しい白い肌。大きな瞳にはけがれというものがまったく見当たりませんでした。一目見た瞬間身震いがするほどでした。「美しい」のナンバーワンが松井貴子なら、「可愛い」の最上級は、植村香澄でした。彼女は松井貴子の元で仕事をすることになりました。松井貴子のスキルやノウハウを直に教え込まれ、植村香澄かすみもみるみる実力をつけていきました。松井貴子は悪い虫除けの役割も果たしました。香澄ほどの社内アイドルを男子社員が放って置くわけにはいきませんが、貴子の目が届いている間は誰も手を出すことができませんでした。私にしても同じです。松井貴子がいる間は、食事に誘うことすらできませんでした。
転機が起こったのはその二年後。会社がロサンゼルスに出版拠点を出すことが決まったとき、そのコアスタッフとして白羽の矢が立ったのが、英語力も抜群な松井貴子でした。出身地であるこの地やこの支社には人一倍愛着があった彼女ですが、千載一遇の機会と異国でキャリアを高めてみたいという向上心がそれを上回ったようでした。熟慮の上、ロスへの転勤を決断しました。彼女に二年間育ててもらった香澄は涙を流して別れを惜しみました。私も涙ぐんで、彼女の最後の日を見送りました。
松井貴子が去って、私の香澄への思いはさらに強まりました。松井貴子をサポートしたように、私は自分のことは二の次になるほど、仕事の面に置いて香澄を全力で支援しました。もちろん、松井貴子の擁護から外れフリーの立場になった彼女を、周囲の男が放って置くはずはありません。私以外の幾人かと、食事や映画のデートくらいはしていたようです。私はある日、断られるのを覚悟でプロポーズしました。断られたらもうあきらめようと思っていました。
「あなた以外にも、二人からプロポーズされたわ。だけどね……床に跪いてまでしてくれたのは、郁夫さん、あなただけだったよ」
それが本当に決め手になったのかどうかは分かりませんでしたが、とにかく私は彼女と結婚したくて必死でした。その思いが伝わったのかもしれません。
松井貴子が転勤してからおよそ一年後、私は香澄と結婚しました。
時期を同じくして、松井貴子もロサンゼルスで結婚したようでした。現地のフレンチレストランでシェフをしている男性だと、はがきに書いてありました。
「へえ、さすが貴子先輩って、感じね。なんだか、すべてにおいて格好いいわ」
ファッションモデルのような服装をして、やや年配の彼氏と写真に写る貴子のはがきを見て、香澄はつぶやくように言いました。
「しかし松井姓は変わらないんだね。婿養子なのかな」
私は彼女の美貌に改めて感嘆しながら、気になったことを口にしました。

☆ 二

香澄との結婚生活は何もかもが理想通りでした。会社を寿退社し、専業主婦となった彼女は相変わらず美しく、料理も上手で、きれい好き。私も仕事が終わればすぐに帰宅し、彼女の美味しい手料理を弾む会話とともに味わう日々。二人の2LDKマンションは、幸せに包まれていました。しかし、一年後、地方都市での穏やかでのんびりした生活に終わりがきました。東京への転勤が命じられたのです。とはいっても、これは私の希望によるものでした。正確には、香澄の要望です。
「一度は、東京で生活してみたいわ……」
テーマパークや観劇、美術館など、東京には地方にはない女性の楽しみがたくさんあります。心から愛する妻の願望であれば、私が動かないわけにはいきません。また、私の方でも少し刺激を求めていた時期でしたので、二人の総意として、東京への転属志望を出しておいたのでした。一年後、東京本社で事業拡張に伴う部署の新設がありましたので、晴れてそちらに転勤となりました。私の志願は今回も会社にとって渡りに船だったようです。
東京本社に初出社の日、配置辞令が掲示され、私は驚くことになります。新設された図書設備課という部署へ配置されたのですが、そこの課長に松井貴子の名があったのです。ロサンゼルスでの引き継ぎに時間が掛かっているようで、彼女の出社は一週間後ということでした。私は帰ってさっそく妻の香澄にその話をしました。
「そうなんだ……」
彼女としても複雑な心境のようでした。自分にとっては尊敬する先輩ではあるけれど、自分の夫が元後輩で年下の彼女に使われることになるわけです。
「ま、まあ、僕はあまり気にしてないけどね。というか、彼女は優秀だし、リスペクトしてるから、一生懸命仕えさせてもらうつもりだよ」
私のその言葉を聞いて、香澄はいくぶん安心したようでした。
「うん、そうね。頑張ってね。それにしても貴子さんと同じ東京にこれから住めるなんて、嬉しいわ。たまに会えるかもしれないし」
香澄の貴子への心酔ぶりは相当なもので、私の境遇よりも、彼女との距離が縮まったことにむしろ喜びを感じている様子でした。

「湯村さん、お久しぶり」
松井貴子は初出社するなり、私にまず握手を求めてきました。彼女は自信と熱意に満ちていました。そして、舶来のスーツや装飾品を身につけた彼女の美貌は一段と磨き上げられていました。仕事が出来る大人の女性としての魅力がますます輝いていました。
「ここで頑張って三年以内にはこの課を部に昇格させたいの。そのためには、湯村さんの力が必要だわ。よろしくお願いします」
そう言って私に頭を下げてくれました。私はそれを見て、ここでも彼女を全力で支えようという気力が湧いてきました。
初日に私たちは昼食を共にしました。
「しかし、松井さん、よくロサンゼルスから帰ってこれましたね」
彼女の方が上司である限り、タメ口は終わりにしなければいけない。敬語を使わなければならない。これは、再会した瞬間からそうすると決めていました。彼女もそのことには異存はないようでした。
「うん、まあ、いろいろあって……ロサンゼルスの方もなんとか軌道に乗ってきたし、私がいなくても大丈夫かなって思って」
「旦那さんは? あっちでシェフをされてたんですよね、確か……」
「うん、それがね……」
交通事故で腕を怪我してしまい、指先を動かせなくなり、シェフを断念せざるをならなくなったとのことでした。東京に戻ってきたのはどうやら、そのことも大きな理由のようでした。
「旦那さん、いま、お仕事は?」という私の質問に、貴子さんは大きくかぶりを振りました。
「大きな子供を養ってるようなものよ」

☆ 三

「貴子さんが、遊びにおいでって、ご自宅に」
一ヶ月ほど経った我が家での夕食時、香澄が嬉しそうに言いました。二人は時折、電話で連絡を取り合っているようでした。
「え? ああ……そうなの……」
正直言ってあまり気が進みませんでした。
「僕は遠慮しとくよ。香澄ちゃん、ひとりで行っておいで」
「ええっ、どうして?」
松井貴子の部下になって、一ヶ月。彼女は海外での厳しいビジネス経験を経て、恐ろしいほどに変貌を遂げていました。かつて私の下で働いていた女性とはすでに別人でした。他の同僚の前で、彼女に叱責されることもしばしばでした。同僚はすべて女性でした。妻の香澄の前でもし、あのような態度をとられたら、と思うと私はゾッとしました。香澄に社内でのありのままを話す気にはなれませんでした。貴子さんに心酔している彼女は、私よりも彼女の方に肩入れして、私の話しぶりを伝えてしまうかもしれません。そうなると会社での私の立場はますます厳しくなります。
「会社で毎日会ってるしさ、向こうも気疲れしちゃうだろうし……」
「だって、貴子さんが二人でおいでっていってるのよ」
「社交辞令だよ。それは。いいから、君ひとりで行っといで」
私は少し投げやりぎみに言いました。
「そう……わかった」
香澄は少し気分を害したかもしれませんでしたが、私もそれを取り繕おうとは思いませんでした。休日に口うるさい上司を訪ねる暇があったら、ゆっくり寝ていたい。松井貴子に日々、急き立てられ、どやされて、私はとても疲れていました。

「どうだった?」
松井家のランチに招かれた香澄に、私は夕食時、そう問いかけました。
「うん、楽しかったよ。旦那さんも凄く優しそうな人で」
「だろうな。婿養子になってくれるくらいだし、写真通りの感じ?」
私が写真で見た限り、ロサンゼルスに単身渡りシェフとして身を立てていたにしては、少々頼りなさげに見える細身の優男やさおとこでした。身長も妻の松井貴子よりずいぶん低かったように思います。
「旦那さん、ひろしさんね、うん、見た目のままだね」
「ふうん、貴子さんは別に何も言ってなかった? 僕のこと」
「どうして?」
香澄はこれまであまり見せたことのないような意味ありげな笑みを浮かべます。
「いや、別に……」
私は困ったようにして白身魚の皿に視線を落としました。
「結構、厳しく鍛えられてるんだって? 貴子さんに」
香澄のその言葉に私はドキリとしました。
「あ……ああ……別に、そうでもないんだけど……」
「家で、落ち込んだりしてないか、気にしてたよ。貴子さん」
「あ、そう?」
私はとぼけましたが、そう妻に言ってくるくらいなら、もう少しお手柔らかに願いたいものだと思いました。

その翌々週も香澄は、松井貴子の家に遊びに行くと言いました。
「また行くの?」
「うん」
「そんなにお邪魔していいの?」
「だって、向こうがおいでって言ってくるんだから」
「香澄ちゃんだって行きたいんでしょ」
「そうだよ。なんか問題でもある?」
以前ならそんな物言いを私にすることはありませんでした。貴子さんの家に通い始めてから、彼女はどこか変わったように思いました。

「嫁がたびたびお邪魔してるようで、すみません」
私はそれまで知らぬ振りをしていたことについて上司の貴子さんに詫びました。
「いえ、私が呼んでるんだから、いいの。あなたもそのうち、一度おいでたら? 気が向いたらでいいけど」
そう言って貴子さんは微笑みました。そのとき私は、彼女に初めて《あなた》と呼ばれました。それまでは湯村さんだったのに。

「ふう、なんだか疲れちゃった」
ある日の夕食後、香澄がそう言いました。その日は、終日、買い物やら役所の用事やらで出歩いていたようでしたが、そんなセリフを今まで彼女の口から聞いたことがなかったので、意外に思いました。
「郁夫ちゃん、お皿洗ったりしないよね?」
彼女は悪戯っぽく微笑んで言いました。私のことはこれまでさんづけでしたが、そのとき初めてちゃんづけで呼ばれました。
「別にいいよ。洗うから」
休日で、ずって寝転がってましたし、もてあましていたところだったので、お安いご用とばかりに、皿洗いにいそしみました。水を触っているうちに心も少し落ち着きました。

次の週の土曜日も、妻の香澄は終日出歩いてきたようでした。
「皿、洗おうか?」
私は自ら、皿洗いを買って出ました。
「助かるわ、よろしく」
少しばかりは遠慮があるかと思いきや香澄はすぐにそう返しました。その口ぶりはどこか貴子さんに重なるところがありました。
―――あれだけしょっちゅう会ってるんだから、それは影響受けるよな……

☆ 四

その日の夜、私たち夫婦はちょっとしたことからいさかいを起こしました。テレビのチャンネル争いです。どこのカップルにもありそうなたわいのない言い争い。
「分かった。じゃ、ドラマにしよ」
折れてくれそうにない香澄に私は白旗を揚げ、スポーツ中継からチャンネルを変えました。
「もう、始まってるじゃない。毎週見てたのにぃ」
私が譲っても、彼女はふてくされた態度を変えませんでした。私はうろたえました。こんな彼女は初めてです。
「そんなにふくれないでよ。ごめんだからさ」
私は機嫌をとるようにそう言いました。
「脚揉んで」
CMが始まると彼女は唐突に言いました。
「え?」
「脚揉んでくれたら許してあげる」
少々屈辱的ではあるけれども、彼女の白くて長い脚を揉むことは、男にとって嫌なことではありません。長く一緒に暮らしている夫婦であってもそれは新鮮な体験に思われました。
「わ、わかった……やるから、許して。香澄ちゃん、お願い」
私は照れ隠しもあって、少しふざけるような調子で、彼女の脚に向かいました。
「真面目にやってよ。本当に足疲れちゃってるから」
私のそんな態度をいさめるようにして、彼女は言いました。その口ぶりの背後に、松井貴子の姿が浮かぶようでした。
「う、うん……」
本当は、はい、と返事をしなくてはならないのではないだろうか、というほどに彼女の態度はクールでした。
「ちょっと待って、ごめん」
私は気を落ち着けるためにいったんトイレに行きました。戻ってくると香澄は黙ってドラマを見ています。どこを揉んだら良いのか聞くのもはばかられるほど彼女はテレビに集中しています。私はソファの下に正座に近い形で座り、彼女の左脚のふくらはぎを下から両手で揉み始めました。学生時代にテニスをしていた彼女の脚は見た目より筋肉質でしまっていました。
「だいぶってるみたいだね」
私が言うと、「しっ」と彼女は静かにするよう言いました。脚を揉みながら無理な姿勢で、私も最初はドラマを見ていましたが、首を横に向けてテレビを見るのがきつくなり、途中から見てもよく分からなかったので、体勢を戻して考え事を始めました。
―――それにしても、貴子さんの家で彼女は何をしてるんだろう? 単におしゃべりに行ってるだけか? 確か旦那は主夫らしいけど、彼はその間は? ……
私は彼女が毎日、パソコンで日記をつけていることを思い出しました。
―――多分、貴子さんの家に行ったときのことはつけてあるだろう。なんとか、見ることはできないだろうか…………ああ、いや、簡単だ。だけど、夫婦とはいえ、日記を見るのはまずいかな……
彼女の日記を盗み見ることがさほど難しいことではないと気づいた私は、しばし好奇心と闘わなければなりませんでしたが、最終的に行動に移すことにしました。
「あと、土踏まずも、揉んでくれる? ごめんね」
脚をずっと揉ませ続けて、さすがに悪いと思ったのかCM中に香澄はそう言いました。
「ううん」と私は首を振ります。
思い浮かんだ出来心を実行する気になっていたので、むしろ彼女に罪悪感を先行させていました。
「こう?」
私はテレビを背に、彼女の足の裏に正対する格好になり、両親指で彼女の土踏まずを押します。
「うん、いいけど、頭下げてくれる。テレビ見えない」
「あ、ごめん……」
私は這いつくばるようにして、頭を伏せます。足の裏の埃をなぜるように落とし、親指を使って土踏まずを指圧します。彼女は明るいグレーのルームウェアを着ていました。下はミニスカートで股間から白い下着が見え隠れしますが、夫婦だからか気づいてないのか彼女は気にならない様子です。私の方がどぎまぎさせられました。年下妻に足の裏を揉まされているという事実のせいかもしれません。
ほどなく指が疲れてきました。こんな作業は日頃やらないので当然です。許しを得るように、彼女の顔を見上げますが、依然としてテレビに熱中しています。私の視線に気づかないことはないと思うのですが、無視されているのかもしれません。私はほどほどのところで、もう一方の足に移ります。結局、ドラマが終わり、彼女がトイレに立つまで、続けなければなりませんでした。

私たちは夫婦でひとつのパソコンを使っています。それぞれにアカウントを持っていて、パスワードを入力し、ログインして使います。ですが、私が管理者としてセットアップしたパソコンだったので、彼女のファイルは私のアカウントから見ようと思えば丸見えの状態でした。

☆ 五

翌日、彼女がまたもや松井貴子宅に出かけて行った午後、私は胸を高まらせながら、パソコンデスクに座りました。罪悪感を抱きながらも、彼女のフォルダを開き、目当てのファイル群を見つけました。それはワープロファイルで、月ごとに別れていました。几帳面な彼女らしい整理の仕方でした。
私は彼女が松井家に行った日の日記を探しました。一番最初のものが見つかりました。

一九九七年五月十二日(日)
―――
松井家にお邪魔して、貴子さんと再会。四年ぶりに会う彼女は一段と輝いて見えた。私もあんな女性になりたいと改めて思う。私たちがソファでくつろいでいるところへ、旦那さんがお茶を出してくれて、まるで主夫といった感じ。四十二歳っていってたけど、そんな年上の男性でも貴子さんにかかっては、しょうがないか……。ロサンゼルスのことなど、いろんな話をしてくれたけれど、D&Sの話が面白かった。ちょっと刺激的♪ さっきいろいろ調べてみたけど、凄い世界があるんだなあ。まだまだ私はひよっこだわ。しかし、ひょっとしてこちらの夫婦もそういう関係? はっきりは聞かなかったけれど、どうもそんな気配が。
―――

―――D&S? ……
聞いたこともないその言葉を、その場でネット検索しましたが、社名などの固有名詞が出てくるばかりで、私にはなんのことか分かりませんでした。

一九九七年五月二十六日(日)
―――
こないだお邪魔したばかりなのにまたしても松井家を訪問。貴子さんが家事のことで旦那さんを叱っていた。かなり厳しく。旦那さんも、食べさせてもらっている負い目があるのか、しゅんとしてまったくの無抵抗。怒られるまま。正直言って、ちょっと情けないって思った。旦那さん、うちの郁夫と同じで、百六十センチちょっとくらいしか身長がなくて、貴子さんは百七十センチもあるから、よけい哀れな感じ。圧倒されてるんだもん。考えてみたら、貴子さんは、郁夫の上司だから、うちのもあんなふうに叱られてんのかな。もしかして。
貴子さん、家事のことだけでは叱り足りないみたいで、私への挨拶の仕方が良くなかったって言って、旦那さんに何度もやり直しをさせた。私もどうしていいか分からないからそのまま受けた。彼の繰り返しの挨拶を。だって、貴子さんの家だから。正直言って、優越感みたいな気分は感じた。なんだろう、これ。
私たちがしゃべっている間中、旦那さんは脇で起立したまま。下がっていいとか、座っていいとか言われてないからだと思う。やはり松井家はD&Sを実践していた。DはDominance(支配)でSはSubmission(服従)。妻が夫を服従させる関係。ロサンゼルス時代の隣家がたまたまそうで、夫婦で行き来する間に感化されたらしい。基本はCFNM(クローズド・フィーメイル・ネイキッド・メイル:Clothed Female Naked Male)、つまり夫は服を着た妻の前で、裸でいなければならないってこと。私に事前にそれとなく知識だけを話したのは、反応を見て、実践しているのを見せて良いかどうか、確かめたんだと思う。おそらく。ということは、それなりの反応をしたのかな。私……。
私さえよければ、次回からは、いつもの松井家の状態で、旦那さんが裸の状態で接客するって言われたけれど、さすがにそれはちょっと考えさせてくださいって言っちゃった。いくらなんでもなあ。よその旦那さんの裸を見るのはショックが大きすぎる。パンツも履かせないっていったから、本当に全裸だもん。
―――

香澄の身長は、百六十八センチで、私は百六十二センチ。私たち夫婦の間では、身長差のことはタブー、と思っていましたが、日記には平然と書かれていました。そのことにまずショックを受けました。そして、私のことを郁夫と呼び捨てにしています。《うちの》という言い方も気になりました。書き言葉とはいえ、それもこれまでの彼女だったらありえないことでした。彼女は確実に変わってきています。いえ、松井貴子に変えられているのです。

一九九七年六月五日(水)
―――
貴子さんから電話があって、今週末のお誘い。行きますって言っちゃった。ということは旦那さんの全裸を見るってことだな。正直言って見て見たい気もしないではない。何事も経験、経験!
―――

一九九七年六月九日(日)
―――
リビングでいつものように待ってたら、旦那さんが、お茶とお菓子を運んできてくれた。うん、いつも通り。彼が服を着ていないという以外は♪ イメージできていたからか、思ったより恥ずかしくもなかったし、驚きもしなかった。彼も小ぶりね。フフッ。そう、アレの小ささを貴子さんに私の前で指摘されて、彼は恥ずかしそうな泣きそうな顔をしてた。「夫婦関係もオープンになったことだし仕事やってもらおうか、ひろし」って長い脚を組みながら貴子さん。その言い方、命令の仕方が本当にサマになってるわ。なんと彼に脚を揉ませ始めた。もちろん、旦那さん、いえ浩は、従うしかない。足の裏のツボやふくらはぎなどを一生懸命マッサージする彼を見て、けなげに感じる。「香澄さんの脚も揉んであげなさい」って言うから、私は一瞬驚いたんだけれども、せっかくの機会だし、お願いすることにした。よその旦那さんに脚揉んでもらえるなんて、まずないからね。とっても気持ちよかった。そう、揉んでもらうカラダ的な気持ちよさと、あとは精神的なこと。なんだろう、ホント。それから玄関からヒールを持ってこさせて、足に履いたままの靴磨き。敷物や磨く道具を手早く準備して、本当によく訓練されてるみたい(笑) 私のパンプスも磨いてもらった。おかげでピッカピカ。「ありがとうございます」って言ったら、貴子さんに駄目って言われた。下男にお礼なんて要らないんだって。「凄いですね、貴子さん」って言ったら、まだまだこんなものじゃないらしい。なんだか、また次が楽しみになってきた。
―――

香澄が私に脚を揉ませたのは、やはり貴子さんの影響でした。でなければ、いくら不機嫌だったとはいえ、彼女がそんなことを私にさせるはずがないのです。

その日の夜、私たちは住まいから徒歩で行けるお気に入りのレストランに出かけました。
「ひょっとして明日も行くの?」
翌日が日曜日だったので、そう尋ねてみると、「うん、言ってなかったっけ? 言ったよね」とベージュのワンピースに身を包んだ彼女は微笑んで言いました。
「あんまり頻繁にお邪魔するのもどうなの?」
「いいじゃない。お招きを受けてるんだから」
彼女は平然と私の言葉を否定するようになりました。こんなこと、地方にいた頃はありませんでした。
「僕もいっていいかしら」
私は貴子さんに以前、誘われていたことを思い出し、遠慮気味に言ってみました。
「明日は止めといた方がいいわ」
香澄は紙ナプキンで形の良い口元を拭きながら言います。
「どうして?」
「オンナだけの大事な話があるから」
貴子さんの旦那さんが全裸で彼女たちに仕えていることまでは知っています。それ以上のことを香澄が見たり体験したりすることを私は怖れました。しかし、それを無理に止めさせたりすると、日記を見たことを感づかれるかもしれません。私はもう少し様子を見ることにしました。そうするしかなさそうでした。
「煙草吸っていい?」
「え?」
私が驚く顔の前で、香澄はバッグから煙草とライターを取り出し始めています。きっぱりとしたその言い方に私はむしろうなずかされた恰好で、彼女はすかさず火をつけると吸いたくてたまらなかったとでもいうようにして即座にフッウウっと強く煙を吐きました。少し前から、彼女が煙草を吸っているだろうということには実は気づいていました。匂いで分かります。妻は近くにいたウェイトレスに灰皿を持ってきてもらいました。
「男の人の前では吸わないつもりだったんだけど、なんだか急に吸いたくなっちゃった」
私は自分が男の勘定に入ってないような気になり、少しばかりショックを覚えました。しかし彼女の煙草を持つ手のしぐさは思ったより悪くありません。むしろ格好良いと思いました。私は自分の妻が煙草が似合う女性だということに気づき、なぜか胸の鼓動を高めました。
「煙草吸う女ってどう?」
「うん、僕は全然かまわないし、むしろカッコイイとさえ思う。だけど、僕の奥さんには健康でいて欲しいから……」
「止めて欲しい?」
「う、うん、できれば……」
「やだっていったら?」
「……香澄ちゃんが、それでも吸いたいっていうんだったら……僕は、うん、止めない……」
妻は意味ありげな笑みを浮かべます。
「そんな言い方したら私が止めるとでも思った?」
「い、いや……」
クールな彼女のものいいに私は戸惑いました。
「安っぽいドラマじゃないんだからさ……」
冷静にそう言われて、私は赤面し、体が火照るのを感じます。
彼女はフーッと大きく煙を吐くと、「やっぱ、軽いのダメだなあ。元のに戻そ。美味しくないや」
副流煙と呼ばれる煙が私の方へやってきます。煙草の煙は吸わない人のところに向かってくるというのは嘘ではありません。私は軽く咳き込みました。
「それ演技? じゃない?」
妻はまるで女優のような美しい微笑みを煌めかせます。批判的めいたことを言われているにもかかわらず、私はこの時間、いま、彼女といるだけで、それだけで素晴らしいと思いました。それほどの魅惑的な笑みでした。
「で、でもやっぱり……体に良くないんじゃない?」
「妊娠したら止めるわ。子供ができるまで、いろいろ体験しておきたいの。いろんなことを」
そう言われると私は煙草のことや他のことも渋々了承するしかないように思いました。

翌日、香澄は昼の少し前に出かけていきました。行先はもちろん、貴子さん宅です。

☆ 六

香澄が外出している間、私は気が気でありませんでした。テレビをつけても見続ける気にならず、すぐにリモコンを切りました。このところ妻の外出が多いせいか、家の中が散らかりがちです。掃除機を掛け、少し片付けようかとも思いましたが、それでは彼女の思うつぼにはまってしまうと考え、止めました。ソファに腰掛け、ボーッと前を見つめていると、テレビの下の棚にビデオテープの箱が無造作に置いてあるのが目に入りました。

 

S女小説「妻の下僕に堕ちるまで」(Amazon:Kindle)