S女小説「ミストレスマンション」を電子書籍として出版しました。
内容紹介
マンション管理組合のS女理事長に厳しい指導を受ける男性管理人の悲哀
管理会社の社員である軽部昌人(40)は、担当マンションの管理組合女性理事長、黒瀬千晶(35)の横暴ぶりに頭を悩ませていた。千晶になじられ首を切られた男性管理人はすでに三人目である。昌人は提携する人材派遣会社の香月佳奈子(25)に相談し、新しい管理人を要請するも、人選や研修などがあるため、すぐにというわけにはいかない。その間、仕方なく代打の管理人として現場に赴いた昌人だったが、慣れない仕事に懸命に取り組む彼にも千晶は容赦なく牙を剥くのだった。
第一章 女性理事長の猛威に震え
第二章 臨時管理人としての試練
第三章 変わりゆく恋人の部屋で
第四章 男を虐め倒す女性住人達
第五章 愛しき恋人の管理人拷問
第六章 貴女だけに捧げたい尻穴
本文サンプル
第一章 女性理事長の猛威に震え
☆ 一
「すみません、どうにも面倒なことになってしまって」
軽部昌人は、人材派遣会社社員の香月佳奈子に頭を下げた。
「いえ、当社の方こそ、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。マンション管理員の教育とスキルアップには特に力を注いでいるつもりなのですが……」
濃紺のスーツをきれいに着こなした二十五歳の独身美女も恐縮しきりである。
「とんでもない。香月さんの会社の責任ではありませんよ。あのマンションの管理組合が特殊で……」昌人は声を潜める。「特に理事長が、やっかいなんです」
「直接お目に掛かったことはないのですが、その……大変厳しい方だとは伺っています」
「はい。まだ三十半ばくらいのお若い女性なのですが、かなり気性が激しくて……で、こんなことがあったすぐあとで、大変厚かましいお願いなんですが、次の管理人さんをなんとかお願いできないでしょうか」
「あ、はい……いまのところ人材は余るほどいるのですが……でもあの管理員はかなり優秀なほうで……彼で駄目なら……ちょっと人選は難しい気がします」
佳奈子は昌人の目を真っ直ぐに見て言った。
「ええ。私も彼の仕事ぶりは見ていましたが、礼儀や技術、仕事への取り組みもとても優秀だと思いました。ただ…………」
昌人は言い淀み、テーブルに視線を落とす。
「何でしょう、遠慮なくおっしゃってください」
「やはり、ずいぶんと年下の女性に、理不尽なことで頭ごなしに厳しく注意されるのが耐えられなかったのだと思います」
「それにしても、派遣スタッフの職務放棄はこちらの落ち度です。決して許されることではありません。改めてお詫び申し上げます」
佳奈子はもう一度頭を下げた。
「いえいえ、香月さん、それはもう本当に……ですので、次の方は……そういうことに平気でいられるというか、受け流せるような人選をと……」
「なるほど、では女性の方がいいですか?」
「それはかえってよくないような気がします」
「そうですね。同感です」
佳奈子はパールのピアスを揺らして頷く。
「彼女より年下の男性がもしいれば……難しいでしょうか」
「それはそうですね……職種的に。年齢層でいえば、前任者と同じくらいかそれ以上にはなってしまいます。それはどうしても……」
「すみません。贅沢を言える立場ではありませんでした。とにかく、香月さんだけが頼りですので、この通りなんとかお願いいたします」
昌人はテーブルに額がつくほどに頭を下げた。
「あ、そんなこと、よしてください……大丈夫ですから……それより、明日にでも新任者を派遣したいのはやまやまなんですけど……」
「もちろん、承知しています……」昌人は頭を上げて応えた。「新しい方が見つかるまでは、私が現場に入るつもりです」
☆ 二
「おはようございます」
「いってらっしゃいませ」
昌人は、マンションロビーをモップ掛けしながら、通勤、通学に出て行く女性たちに挨拶する。棟は最上階を除き、全戸女性専用で、若い女性独身者ばかりである。
「おはようございまぁすっ」
「ざいまあすっ」
女性たちの活気あふれる声とヒール音がロビーに響き、不惑を迎えたばかりの昌人も若々しく新鮮な心持ちになる。思わぬことで現場労働をやらされる羽目になってしまって塞ぎかけていた気分を持ち直す。
掃除を一通り終え、フロントスペースに待機していたところへ、一人の女性がエレベーターから降りてきた。最上階の住人で管理組合の理事長である黒瀬千晶である。ノーブルな美貌を持つ長身女性は、カツカツとヒールの音を鳴らしながら歩いてくる。
「あ、お、おはようございます」
昌人は緊張で身を固くして頭を下げた。
「おはようございます」
黒瀬千晶は落ち着いた声音で、頭は下げることなく、挨拶を返した。
「この度は、本当にご迷惑をおかけしてすみませんでした」
昌人は、管理人が辞めてしまったことを理事長に詫びる。激高した勢いで首を切ったのは彼女であるのだが、もちろん、そんなことはおくびにも出せない。
「いえ……で、次の管理人さんはいつ?」
「はい、ただいま急いで探していまして、それまではわたくしが……」
「あなたが……そう……今、少し話せます?」
「あ、はい、もちろん、中へ、ど、どうぞ……」
昌人はフロント脇の管理人待機室へ千晶を案内する。
「お茶とコーヒー、どちらに」
「あ、そんなのいいから、掛けて」
千晶はテーブルを挟んだ向かいを顎で差した。密室に入ったとたんに態度が急変した彼女に昌人は驚き、すぐに従った。
「す、すみません……」
昌人は不安を感じながら、とりあえず再度深々と頭を下げた。
「これでもう三人目ですよね、急に管理人さん辞めちゃうの」
「は、はい……申し訳ありません……」
「こんなこと言っちゃなんだけど……もうちょっとまともな人を寄こしてもらえないかな」
「すみません……ある程度は教育済みのスタッフを担当させてはいるつもりなのですが……」
「ある程度じゃ駄目なのよ」
「は、い……」
「それとも、うちのマンションの規模がさほど大きくないからって、それなりの扱いされてるのかな」
「いえ、とんでもありません……」
大規模マンションとはいえないかもしれないが、昌人が勤める中堅管理会社からしてみれば、十分に規模のある案件だった。
「あんまり融通が利かないようであれば、管理会社を代えさせていただくという選択肢も、私たちにはありますけど」
「く、黒瀬理事長……」
「先月も一社、営業に来てたわ」
「ど、どうか……全力でやります、やらせていただきますので……」
昌人は机につかんばかりに頭を下げた。
☆ 三
翌日の午後、自社オフィスにいた昌人の携帯が鳴った。黒瀬千晶からだった。
「いますぐ、来てもらえますか」
有無も言わさぬ調子で、しかもその声には多分に怒気が含まれていた。
昌人はタクシーを降りるとロビーへの階段を駆け上がる。
―――あああっ……何番だっけ……
玄関自動ドアの暗証番号が書いてあるはずの手帳をカバンから取り出そうとしたところで、黒瀬千晶が向こうから歩いてきた。玄関まで近づいて、自動ドアを開けると、無言のまま管理人待機室の方へ向かった。昌人は背筋を痺れさせながら後を追う。
「どういうことなのっ! うちのマンションほったらかしじゃない」
昌人が待機室に入るなり千晶の雷が落ちた。
「す、すみません。わ、わたくしも、どうしても社でやらなければならない業務がありまして……」
「それは、そっちの都合でしょ。うちの管理はどうなるのよ。何時間もフロントがら空きにして」
「も、申し訳ありませんっ……あ、新しい管理人が見つかり次第、フルタイムで対応させていただきますので……」
「それまではどうするのよっ、見つかるまでこんな状態なの?」
千晶はさらに声を荒げる。
「申し訳ありません……」
「あなた、次の理事会来なくていいよ」
マンション管理組合の理事会は、管理会社担当も出席するのが常である。
「え、あ……黒瀬理事長……」
「管理会社の見直しを議題に挙げるから」
「そ、そんな……」
営業部が新規開拓を苦戦している中、昌人が属する管理部には手持ちのマンションを何としても死守するよう厳命が下ったばかりだ。このタイミングでの管理業務解約は、会社ばかりでなく、昌人自身の将来にも大打撃を与えるだろう。
「ど、どうか……この通りです……」
昌人はカバンを椅子に置くと両腕を体にぴったりとつけて、九十度に頭を下げた。
「ふん」千晶は鼻で嗤う。「それ本気で謝ってるの? 本当に詫びる気があるなら、床に頭つけるくらいしなさいよ」
「えっ」
昌人は体を起こして、千晶の表情を恐る恐る伺う。鼻筋の通った高貴な面立ちは怒りの色を残したまま、うっすらと笑みを浮かべているようにも見えた。
「アタシ、冗談で言ってないから……その気があるなら態度で示して」
「り、理事長……」
昌人は今一度、哀願するような眼差しを女性権力者に送ってみる。女性の表情は少しも揺るがず、じっとこちらを見据えている。観念するしかなさそうだった。
「わ、分かりました……」
昌人は革靴を脱いで脇に揃え、冷たい床に跪く。白地に黒の模様が描かれた膝丈のスカートからスラリとした脚が伸びている。
「こ、この度は、本当に申し訳ございませんでした……」
昌人は声を震わせ、黒革パンプスのつま先に向かって、額を沈めた。そのまましばし女性権力者の声を待つ。
「頭上げて」
「は、はい……」
「待っても一、二週間が限度だよ。それまでに必ず終日入れる管理人さん見つけてくること」
「そ、それまでは、いまの形でご容赦を……」
「しょうがないじゃない……だけど、時間が短い分、厳しくチェック入れさせてもらうから」
「は、はい……なにとぞ、よろしくお願いいたします……」
昌人はもう一度、床に額がつくほどに頭を下げた。
☆ 四
会社に戻った昌人は、さっそく香月佳奈子に電話を入れてみる。
「どうでしょうか、例の管理人さんの件」
「ええ、今、候補者をリストアップしたところです。もう少しお時間いただけますか」
「すみません、なんかせかしてるみたいで……実は、今日も理事長さんに呼び出されてしまって……雷を落とされちゃって……」
さすがに床に頭を着けて詫びさせられたとは言えなかった。
「そうなんですね……分かりました。なるべく急いでやりますので……」
「あ、あの……香月さん、よかったら候補の選定、手伝わせていただけませんか。僕、そちらのオフィスに伺いますので」
「ええ、それはぜんぜん構いませんけれど……」
「お待たせして、すみません」
別件の電話を終え、香月佳奈子が打ち合わせブースにやってきた。
「いえ、とんでもない。こちらこそ、お忙しいところにお邪魔しちゃって」
そう言いながら昌人は佳奈子の天使のような微笑みに癒やしを感じる。同じ美人でも昼間自分を罵倒し、土下座までさせた鬼女とは大違いだ。
「さっそくですけれど、これ候補者です」
佳奈子は履歴書のファイルを昌人の方へ向けて開き、差しだした。
「あ、ありがとうございます」
昌人はいったんテーブルに両手を着き、深々と頭を下げてからファイルに目を通していった。
「どの方も、挨拶や清掃スキルなど、一定のレベルは期待できる人材だと思っています」
「なるほど……」
昌人はファイルをざっとめくっていく。写真や略歴を見る限り、五十代から六十代のいかにも真面目そうな人物ばかりだ。
「いかがでしょう……」
「ありがとうございます。ここまで絞り込んでいただけていたとは……凄く助かります……ただ問題は、例のことですね……黒瀬理事長の厳しいチェックに耐えられるか……」
「それなんですが、正直、私もどう聞いていいのか分かりかねましたので……とりあえず、家庭の事情などで求職の必要度が高い人材ばかりを集めました……」
「なるほど……少々のことがあっても辞められないという……」
「あ、まあ……」
佳奈子が困惑したような表情を示したので昌人は慌てた。
「いえ、すみません、ホント、難しいお願いをしてしまって……香月さんがお気に病む必要はまったくありませんので……」
「お気遣い、ありがとうございます」佳奈子の顔に笑みが戻る。「……で、どうしましょうか……」
「少しこちらで検討させていただきたいのですが、このファイルをお預かりすることは……できないですよね……」
「そうですね……本来無理ですけど……」佳奈子が声のトーンを落とした。「コピーでよければ、内緒で。だけど、管理は厳重にお願いします」
「助かります」昌人は再び深々と頭を下げた。「用が終われば、お戻ししますので」
「破棄してくだされば結構です」佳奈子は微笑んだ。「軽部さんのことは信頼してますから」
佳奈子はそう言ってコピーを取りに席を立った。
「今日は本当にありがとうございました」席を立ち上がった昌人は唾を大きく飲み込むと、さっきから考えていた台詞を思いきって口に出してみる。「香月さん、今日、も、もし、お時間よろしければ、お食事でもいかがですか。お礼をさせてください……」
「ホントですか?」
「え、ええ、もちろんです」
「今日、本当に来てもらえるとは思ってませんでした」
レストランからバーへ移り、昌人は顔を赤くして佳奈子に言う。
「どうしてですか?」
「だって、香月さんほどの人だったら、きっと彼氏だっているだろうし……でも、ダメ元でお誘いしてみたんです……」
「ふふっ」
佳奈子は意味ありげな笑みを浮かべる。
「そ、そうですよね、いらっしゃいますよね……だ、大丈夫でしたか、僕なんかと、こんなとこにきてしまって……」
「あ、いえ……」佳奈子は急に真顔になる。「ごめんなさい……そんなつもりじゃ……笑ってしまったのは……軽部さん、私が思ってた通り、純情な人だなって」
「え……」
「いませんよ、彼氏なんて」
「嘘でしょう……」
昌人は信じられないと言った顔をしてみせる。
「本当ですよ。正直言うと三ヶ月前まではいましたけど……今は完全フリーです」
「そ、そうなんですね……」
「軽部さんは?」
「僕も、実は独身なんです。バツイチです。三十のときに結婚して、五年前に別れました。子供はいません……」
「ふふっ」
再び佳奈子が吹き出した。
「あ……」
昌人はまた何か失敗をしたのではないかと不安顔になる。
「なんか、私たちお見合いしてるみたい」
「あ、あああ……」
昌人はずっと続いていた緊張がほぐれていくのが分かった。そして気がついたら次のような台詞を口にしていた。
「香月さん、お誘いしたその日に、こんなこと言うのどうかと思うんですけれど……」グラスから手を離して、姿勢を正す。「も、もしよかったら、僕とおつきあいしていただけないでしょうか。も、もちろん、結婚を前提としたまじめな交際です」
「え……」佳奈子は大きな目をさらに見開き、一瞬驚いた表情を見せた。「あ……私と? ……え、あ、ああ……」
「だ、だめでしょうか……」
「……少し考えさせてもらえますか……」
「も、もちろんです……すみません、いきなり……」昌人は慌てふためく。「あ、どうしたんだろ、僕……」
黙ってうつむく佳奈子の様子に不安になる。
「わ、忘れてもらってもかまいませんので……今言ったこと……すみません……」
「忘れていいん、ですか? 忘れた方がいい?」
佳奈子の顔がやや悲しみの色を帯びているように昌人には見えた。
「い、いえ……忘れないでください……返事は、また今度でかまいませんので……」
☆ 五
「ほらっ、ここ残ってるじゃない」
千晶の大声がマンションロビーに響き渡る。
「す、すみません……」
昌人は重たいモップを抱えて走り寄り、指摘された床を磨き直す。
「ムラだらけじゃないっ。隅々まできっちりやってよ」
「は、はい……」
華奢な体でモップに力を込め直す昌人は、つくづく自分は肉体労働に向いていない人種だと思う。
エレベーターから若い女性が降りてくる。三階に住む女子大生だ。
「おはようございます」
「おはよう、これから学校?」と千晶が応じる。
「ええ。あ、管理人さん、代わりました?」
「うん。急に辞めちゃってね。凄く困ってんの。とりあえず管理会社の社員さんに臨時で来てもらってるんだけど」
「そうなんですね……ご苦労様です……」
「すみません、ご迷惑をおかけして……」
作業着姿の昌人は女子大生に頭を下げる。
「いえ、じゃ、失礼します」
女子大生は千晶に一礼すると表へ出て行った。
「黒瀬理事長、ロビーのモップ掛け終わりました。チェックをお願いいたします……」
昌人は、管理人の待機室で仕事をしている様子の千晶に言う。体と声が屈辱に震えているのが分かる。
「分かった。その前に、仕事の電話一本させて」
「はい……」
「ボーッとしてないでよっ、突っ立って待ってたって仕方ないでしょ。管理組合の理事長が指導しにわざわざ来てるんだからさ……コーヒーくらい淹れなさいよ」
「あ、すみません……気がつきませんで……」
厳しい口調で部下に指示を出している様子の千晶の元にコーヒーを差し出す。千晶はIT系通販企業の経営者であった。一口飲むと、煙草をくわえて火を点けたので、昌人は慌てて灰皿を探し、キッチンの隅にようやくそれを見つけると差しだした。千晶は昌人が灰皿を手から放してテーブルに置く前に、こぼれ落ちそうな灰を灰皿の上に落とした。
―――あああ、なんて……
昌人は泣きたくなるほどの屈辱を感じる。
何もしていないとまた叱られると思い、絞った布巾でテーブルを磨き始める。その昌人に、いまだ電話中の千晶が目配せを送り、自分の肩を揉む仕草をする。
―――な、何を……
昌人は見ぬ振り、気づかぬふりをしてうつむき、テーブルを磨いている。千晶が赤いマニキュアの指でトントンとテーブルを叩く。そちらに目をやると、やはり自分の肩を揉む仕草をする。昌人はたまらず、軽く礼をするとキッチンの方へ向かって、掃除を始めた。
「ねえっ」
電話を終えた千晶が大きな声を出す。ヒステリックというよりも威圧する声だ。
「はいっ」
昌人はスポンジを放り出して、すぐに彼女の元へ向かった。
「何か、アタシに言いたいことでもあるの?」
「い、いえ……」
―――あれは明らかに、肩を揉めという仕草ではなかったのか……いくらなんでも……そんなことはできない……
昌人は頭に浮かべた言葉をぐっと飲み込む。
「仕事は一段落ついたし、今日はじっくりやるわよ」
「あ、はい……も、申し訳ありません……今日も、午後から社に戻らなくてはならなくて……」
「あ、そ、じゃあ、午前中いっぱい、みっちりやりましょうか」
「は、い……」
「表の草が生えっぱなしでさ、凄く気になってんのよ。草抜きやろ」
「あ、あの……理事長……申し訳ないんですが、除草は管理契約外でして……確か、今年の契約更改のときにお値引きの条件として、除外させていただいたはずかと……」
「除草剤撒いてそちらで勝手にやってくださいってね。そんな話だったよね」
「い、いえ……そういうつもりでは……」
「実際誰がやるのよ、こんな、オーナーも住民も女だらけのマンションで」
「……あああ……」
「誰にやらせるつもりなのかって」
千晶は声を荒げた。
「す、すみません……で、でも……」
「ちょっと、表の草を抜いてみてくれませんかって、お願いしてるのよ、アタシが」千晶は一転、優しげな声音に代わる。「駄目?」
拒否すれば、再び恫喝される。そんな思いにかられた昌人は、「わ、分かりました……私の個人的なサービスとしてでよろしければ……」
「だよね、そういうことなら、問題ないはずだよね……そんなの言われなくても最初っからやってよ」
千晶は細長く描かれた眉毛を吊り上げて言った。
「は、はい……すみません……」
「よし、ロビーはいいわ。いつもこれくらいきれいにやること。いいね」
一通りチェックし終わった千晶が威厳たっぷりに言う。
「はい……」
「次の管理人にもしっかり伝えるのよ、それがあなたの仕事なんだからね」
「承知しました」
昌人は、大柄の女性に相応しいゆったりとした足取りでロビーを抜けて表に出ていく千晶のあとを小走りに追う。
「ここから、あそこの端まで。きれいに抜いといて」
千晶は、エントランス脇の雑草を指さして言う。
「はい。た、確かに理事長がおっしゃられるように、ここは外から見えてしまいますので……」
昌人は自分を納得させるようにそう言った。
「だよね、気づいてたんなら、自分から言ってこないと……馬鹿」
「あ、すみません」
―――聞き違いだろうか……馬鹿と言われたように思ったが……まさかそんな……
昌人は千晶の言葉を胸に引っかけながら、軍手を嵌め、草むしりを始める。
「ところで、次の管理人のめどは立ってるの?」
「あ、はい……候補者を五人ほどに絞り込んで人選中です……」
「そう。そのリスト持ってきてよ。一緒に選んだげるから」
「あ、あのそれは……ちょっと、すみません。ご勘弁を……派遣会社と結んだ守秘義務もありますので……」
「どうしてっ?」
千晶の脚が動いて昌人の腰に当たる。
「あわっ……」
前のめりになって両手を地面に着いた。偶然だろうか、それとも……。
―――まさか、蹴られたのでは……
昌人は真意を探るべくスーツ姿の長身女性を見上げて表情を伺おうとするも、強い視線に気圧されてうつむいてしまう。
「何? アタシが信じられないっていうの?」
「い、いえ……そんなことは……」
「じゃあ、もってきなさいよ」
パンプスの脚が上がって、昌人の膝頭を蹴る。
―――ああっ……
今度は気のせいではない。本当の蹴りだ。クライアントの女性に暴力を振るわれたのだ。これは抗議しなければならない。しかし、昌人の口を突いてでたのは正反対の言葉だった。
「しょ、承知しました……あ、明日でよろしければ、お持ちしますので……」
「明日だね。分かった。待ってるよ……草は根っこから全部きれいに抜いといてね。あとでチェックするわ……」
千晶はそう言うと、高度を上げた陽が放つ紫外線が忌々しいとばかりに、建物の中へと戻っていった。
☆ 六
昌人は、千晶の監視指導の下、清掃業務を終えて、午後、会社に戻った。処理しなければならない仕事が大量に貯まっている。午前中をまるごと奪われるのはやはり辛かった。ストレスも積もっていく。しかもこんな厳しい状況の中、千晶のマンションの契約を他社に奪われることは絶対に許されないのだ。大きなプレッシャーを感じながら机に向かっていると猛烈にあの女性に会いたくなってきた。あの笑顔に癒やされたい。
「すみません、こんなに頻繁にお呼び出ししてしまって」
昌人はレストランのテーブルを挟んで座る佳奈子に詫びる。女性ははにかむように黙って微笑んでいる。
「どうしても、今日も会いたくて……やっぱり、あなたのことが好きです……ご迷惑でしょうか……」
「いえ……もし、そうだとしたら、私もこんなに続けて出てきませんから」
「お付き合いいただけるということでしょうか」
佳奈子は恥ずかしげに頷いた。
「あ、ありがとうございます。よろしくおねがいします」
「こちらこそ」
バーでしばらく飲んだ後、昌人はタクシーで佳奈子をマンションまで送っていった。
「じゃあ、気をつけて」
昌人が片手を上げて言うと、佳奈子は降り際に少し寂しげな顔を見せた後、「お茶、飲んで行きます?」
「どうぞ」
片付けをすませるまで入り口で昌人を数分待たせた後、佳奈子がドアを開けて呼び入れた。
「失礼します」
昌人はドギマギしながら、佳奈子のアパートに脚を踏み入れる。ひとり暮らしの女性の部屋に入るなんていつぶりだろう。
「コーヒーか紅茶か、それとも……ワインもありますよ、飲みかけのボトルでよければ」
「あ、そうですね……」
「ワイン?」
「はい」
「私も、なんだか、もう少し飲みたい気分でした」
「すみません、すっかり遅くまでお邪魔してしまって」
しばし二人で話し込んだ後、昌人は壁の時計を見やって言った。
「いえ……よかった」
「え」
「今日会えてよかったです……ホントのこと言うと、私も会いたくて……もっと言えば、私も早くから軽部さんのこと、いいなって思ってたんです」
「あああ……」
昌人は思い昂ぶったまま佳奈子の肩を抱く。目を閉じた彼女の唇に自身の唇をそっと重ねた。
☆ 七
翌日、土曜日の朝、昌人は約束通り、マンションの最上階にある千晶のオフィスを訪れた。最上階だけはそれぞれが広い二居住区の構成で、もうひとつの部屋は、やはり千晶が自宅として所有していた。
「り、リストをお持ちしました」
昌人は打ち合わせテーブルに、管理人候補者の履歴書を広げる。
「独り者はどれ? 確認しといてくれた?」
「あ、はい……えっと、この彼と、それから、こっちの方です」
昌人は佳奈子から得た情報を元にファイルを指さす。
「年齢は……五十八歳と六十三歳か……」千晶は同時に写真も見比べる。「じゃあ、こっちの少し若い方にしようかな。虐め甲斐のありそうな顔してるし」
「り、理事長……」
「何? 少しくらいストレス発散させてよ……高いお金払ってんだからさ」千晶は冗談とも本気ともとれる口調で言う。「文句あるなら、本気で管理会社再検討の議題を挙げるわよ」
「あ、いえ……はい……ど、どうか……お手柔らかにお願いいたします……」
昌人としてももはやそう言うのが精一杯だった。
「心配しないで、殺しはしないからさ」
波打ちロングヘアのハンサムレディーは、うっすらと笑みを浮かべながら言う。
「……」
もちろん冗談とは分かっているが、あまりにも物騒な言葉に昌人は絶句する。
「あと……相談なんだけど、ついでにさ、掃除してもらいたいところがあるのよ……」
「は、い……」
昌人は大きく喉を動かした。
「この、うちの事務所……ここの打ち合わせスペースと、あとトイレだけでいいからさ」
「と、トイレを……」
「駄目?」
「え、いえ、理事長、いちおう契約では、共用部のみのメンテナンスということで……」
昌人は半ばパニックになりながら声を震わせる。
「んなこたぁ、百も承知だよ。その上で、できるのかできないのか聞いてんの」
千晶の声に怒気がこもった。
「あ、それは……ただ、人材派遣会社との契約もありますので……」
「別にやるのはあなただっていいんだよ。誰がやったって。やるの? やらないの?」
昌人はしばし黙り込み、おもむろに声を絞り出す。
「しょ、承知しました……とりあえずは私の方でやらせていただきます……り、理事長様のご要望にお応えできればと……そ、その代わりと言ってはなんなのですが、今年とできれば来年以降も契約更新の方をお願いさせていただけないでしょうか……」
昌人の懇願を聞いて、千晶はフーッと大きくひとつため息をついた。
「あなたねぇ、言いたいこといろいろあるけど、まず……『とりあえず』って何? アタシの大事なオフィスの掃除を『とりあえず』やるの? クライアント様のオフィスをさぁ」
「あ、いえ……そう言う意味では……」
「ああ、分かった。アタシはその程度の客なんだ。お宅にとって」
「いえ、違います……」
「どこが違うのよ。しかも、ちょっと掃除追加したくらいで、契約をずっと保証してくれだって? 世の中舐めすぎじゃない?」
千晶は、真っ赤なルージュの唇を尖らせて声を張った。
「も、申し訳ありません……」
昌人はすぐさま千晶の足元に跪き、頭を下げた。二度目の土下座はもはや抵抗が薄れていた。躊躇なく行動に移すことができた。ただ、屈辱が背中を痺れさせる感触は前回と同じだった。
「『とりあえず』じゃ駄目でしょう?」
上から降ってくる声に、昌人は顔を上げ「はいっ」と返事をする。
「念入りにぃ、アタシが納得するまでピカピカにしないと」
「はいっ」
「あと、契約続けるかどうかは、あなたの仕事具合をしっかり見てから。来年の契約は、今年いっぱいのあなたを評価してから。そんなの当然でしょ」
「仰る通りです。も、申し訳ありませんでした」
昌人はもう一度頭を下げる。
「いい加減にしないと、お前」
その言葉と同時に、重たい圧力が昌人の後頭部にのしかかってきた。
―――ゴチッ……
「うがあっ」
フローリングの床で額を打ち付け、昌人は目から火が出るような衝撃を受ける。
「ほらぁ、やっぱり。土下座するなら、床に額こすりつけなきゃ。常識でしょ。サラリーマンとして」
なおもグイグイと体重を伸しかけるようにして踏みつける。
「すみません、許して、ください……」
あまりの痛みと屈辱に昌人は泣き声を上げる。
「ようし、そのままだよ……そのままにしてな……」
ようやく、頭から脚が退かされる。
「ようし、頭あげていいよ」
その声に昌人が体を起こすと、千晶がしゃがみ込んでいて、女優のような美貌がしっかりとこちらを見据えている。
「す、すみません……」
美女の威圧感に昌人の口から謝罪の言葉がついて出る。
「駄目、許さない」
「ど、どうすれば……」
土下座までして容赦してもらえないのならば昌人としてもなすすべがない。
「殴らせてよ、ビンタさせて」
「え……」
一瞬、何を言われているのか分からなかった。
「あなたが私に相当な失礼したんだから……私にもそれをお返しする権利があるんじゃない? 違う?」
「で、でも……暴力なんて……」
「そんな人聞きの悪いこと言わないでよ。そういうのが好きなの、私。察して……それくらいつきあってよ」
―――そうか、やはりこの女性はそういった性向の持ち主なのだ……
そうと分かれば、逆に腹をくくった方が良いように思えた。
「わ、分かりました。ですがどうか……お、お手柔らかにお願いします」
気がついたらそう言ってしまっていた。
「暴力じゃないからね。あなたとアタシのお約束の中でやることなんだから」
千晶はにんまりと笑い、隠し持っていた革手袋を取りだし、赤いマニキュアの指に装着する。
「あああ……」
「レディーの手を痛めちゃまずいでしょ」
―――そんなに強く打つつもりなのだろうか……
「なんて顔してんの」
黒いレザーグローブを嵌めた千晶の指が昌人の顎をつかんだ。
「理事長……」
「歯、食いしばって」
「あああ……」
「しっかり食い締めないと怪我するわよ」
―――この女性は、本気で自分を打ち据えるつもりだ……
ようやく気づいた愚かな自分を呪いながら、昌人はぐっと歯を食いしばる。
「目は開けて…………開けろ、目をっ」